19話 貴族子息の末路
ハウリナが運んだ男は、《探訪者ギルド》の支部にて厳しい尋問を受ける羽目になった。
しかしテグスによる痛めつけと、ハウリナが運ぶ道中での振動による痛みで、男の心の支柱はポッキリと折れていたらしく。
尋問する職員の質問に、淡々と全て答えていった。
そして分かった事が幾つか。その中で重要そうなのは。
先ず、獣人を一人倒すと鉄貨で幾らという取り決めがあること。
次に、その証拠として獣人の耳と尻尾を切り取って持ってくること。
更に、武器は支給するが、破損したりなくした場合は報酬から引かれること。
最後に、その報酬を受け取る場所と日時について。
残念な事に、この男はその貴族の息子とやらの名前を知らなかった。
「ちッ。知っていれば、何処の国の貴族の馬鹿なのかが分かったんだが」
と、職員は残念そうに呟いていた。
それで、テグスとハウリナはその間、何をしていたかと言うと。
男という不測事態の所為で取られた時間を取り戻すかのように。身体強化の魔術を使って素早く《小四迷宮》の六層へと潜り、手早く《空腹猪》を狩っていく。
その合間合間で《ニ角甲虫》の雌をハウリナが鉄棍で引っ繰り返し、テグスが腹に一撃をいれて仕留め、その羽根殻を剥ぎ取って回収する。
そして程よく腹が減った所で、地上へと戻ってきた時には、男の尋問は終わっていたのだった。
「ふ~ん、それでどうするんです?」
「どうするって何がだ」
「その貴族の息子とやらを、どうするのかって話しですよ」
「ああ、そうだな。どうするんだろうな。明日あたり、冷たくなっていると嬉しいな」
「そういう依頼があるんですか?」
「あったとしても、お前らには回さねーよ。実力も年齢も低すぎる」
そんな世間話をしながら、幾つかの《空腹猪》と《ニ角甲虫》の羽根殻を渡し、代わりに鉄貨で八十枚を手に入れた。
それを仲良く二人で折半する。
「じゃあ今日はこれで。大分お金が溜まったので、明日か明後日には《小四迷宮》を攻略しちゃうので。お別れのときはまた挨拶に来ます」
「おう。って、さらりと言うなよな。《迷宮主》で足止めされている奴が、ここにもごまんと居るんだからな」
「まあ、攻略済みですし?」
「……そうだった。坊主は攻略し終わったんだったな」
首に下げられた《鉄証》をテグスが掲げて見せれば、買取窓口の男性職員は忘れていたと項垂れてしまった。
その姿をテグスとハウリナはくすりと笑った後で、二人してテグスが見つけたあの宿へと向かって去っていった。
翌日、朝も早くから《小四迷宮》へと潜った二人。
「テグスも、肝を食べるです!」
「う~ん、あんまり好きになれないんだけど?」
「食べると強くなるの。身体に力が湧くです!」
「じゃあ、ちょっと焼いてから食べるよ」
テグスはハウリナに詰め寄られて観念した様に、切り分けた肝を一つ手に取り短剣の上に乗せ、温熱の魔術で火で炙った程度まで温める。
肉とは違う肝独特の生臭いような匂いを嗅ぎ、少しだけ嫌そうな顔をしてから、テグスはその肝を口に入れた。
「ん? 意外と、美味しい?」
「焼いて食べるの、子供の証です」
「生よりも焼いたほうが好きだから、子供でいいよ」
生の場合だと、柔らかい食感で噛んだ後から生臭さが出てくるように感じだった。
しかし焼くとその生臭さが旨みに変わったのか、噛んでも噛んでも血の様な味の後に美味しさが舌の上に広がる。
少しボソボソして、水が飲みたくなるのだけが欠点だが、それでも焼いた肝はテグスのお気に入りとなった。
試しにと心の臓も魔術で温めてみると、血の匂いが薄れて、スジ肉か関節付近の肉を食べているかのような、コリコリとした食感と肉の味が出てくる。
これは良い発見をしたと、テグスは次から次へと魔術で調理して、パクパクと食べ進める。
「うん。こんなに美味しいのなら、もうちょっと狩っていこう」
「肝と心の臓の、お祭りなの!」
と言う訳で、二人は《迷宮主》に行く前に大量の《空腹猪》を狩り、昼食が要らないぐらいまでその内臓を思う存分食べたのだった。
腹が満たされたハウリナの一撃によって、《迷宮主》の仮称『動く若木』を倒し、その赤い魔石を回収する事に成功。
そして二人は意気揚々と《迷宮》を上り、途中でもう二匹ほど《空腹猪》の肝と心の臓を食べた後で、地上へと帰還した。
「《迷宮主》倒したです!」
「はいはい。じゃあ手続きしましょうね」
受付にいた中年の女性にハウリナが近寄り、赤い魔石と彼女の《鉄証》を取り出して掲げて見せる。
受付の女性はニコニコとハウリナの差し出すその二つを受け取り、手早く《鉄証》に《小四迷宮》攻略の証を刻んだ。
「じゃあ《鉄証》と魔石の代金の鉄貨十枚ね」
「ありがとうございますの!」
「そこは、ありがとうございます、だけで良いからね」
「ありがとうございます!」
「はい、どう致しまして」
テグスの訂正した通りにハウリナが喋ったのを、受付の女性は微笑ましそうに見て手を振った。
ハウリナは手を振り返しながら受付を離れると、テグスと一緒に買取窓口へと進む。
「こんにちは、来ました」
「おう、坊主と嬢ちゃん。今日もまた《空腹猪》の――って、量が多いな何時にも増して」
「あはは。ちょっと気張っちゃいましてね」
「お祭りなのです!」
「祭り? ああ、《迷宮》内で焼肉でもやって、その残りって訳か?」
「それと似たようなものですね」
「別に何をしようと勝手だが、あんまり油断すんなよ。焼いた肉の匂いで、《魔物》が集まってくる事もあるんだからな」
「じゃあそれを利用して、罠を仕掛けるなんて事も出来るんですね」
「出来ないわけじゃないが、二人でやる積りなら止めて置け。うっかり大量に釣れたら、死ぬかもしれん」
「そこは追々、良い思い付きがあったらですよ」
「安全に、一匹ずつ狩ったほうが確実だぞ?」
テグスとハウリナが持ってきた十匹もの《空腹猪》を換金し、鉄貨幣二百枚を得た。
昼食はもう内臓を食べたので要らないからと、孤児院に腹回りと足だけに分けた肉の塊を寄付する。
「じゃあ、明日はもう《小五迷宮》に行くので。もう帰りますね」
「ああ、孤児院の方にはオレが伝えておく。ガキどもが泣くな、明日から肉が食えなくなるってな」
「そんな事を言っちゃって。知ってるんですよ。皮を剥いだ後の《空腹猪》の肉の値段が低い事を良い事に、大量に塩漬けにしているそうじゃないですか」
「なんだばれてたか。おかげさまで、節約すれば定期的に孤児院の飯に肉を出せるぐらいには溜まったな」
「それなら良かったです。ああ、そうだ。例の貴族って冷たくなりました?」
食事の延長戦上の他愛ない話しのように、テグスはそう窓口の男性へと話しかける。
「なんでも、昨日の夜に暴漢に襲われたそうだ。それで例の貴族の息子と、その従者と奴隷が一人ずつ死亡したそうだ。まあ《雑踏区》で死んだ奴らと同じく、身包み剥がされていたし。偽名を使っていたそうだから。こいつらが本当に貴族かどうかは確認待ちだ。
だから今はこの支部の一室に防腐処理をして入れて、見知った顔か見る為に一般に公開されている。お前らも見ておいた方が良いぜ。馬鹿の末路はこんなものだってな」
答える男性の方も殊更気負った様子は無く、世間話でどこぞの家庭の噂でも話しているような口調だった。
「こんな事も無ければ、貴族なんて見る機会も無いでしょうし。一度見ておきますよ」
「貴族、見て確認するの」
「おう、そうしてみろ。じゃあまたこっちに来たら顔出せ。孤児院にもな」
ヒラヒラと手を振った男に、テグスとハウリナは一つ会釈をしてから、支部の一室へと足を伸ばす。
そこには言っていた通りに、三人の全裸の遺体が横たわっていた。
一人は歳の若い少年。もう一人は中年一歩手前の大人の男。最後にガリガリに痩せた首輪を着けた少女。
全員防腐処理をされているらしく、ややへこんだ腹には内臓を出す為に作った真っ直ぐな斬り傷を糸で留め、鼻には綿が詰められている。
歳若い少年は後頭部に大きなへこみ。大人の男の側頭部にも同じ様なへこみがあった。
少女の頭部には分かり易い傷は無く、代わりに腹部に青痣が出来ている。
「従者が襲撃者から貴族の子供を守ろうとして死んで。貴族の子供は逃げ出そうとして死んだ。奴隷の少女は、きっと内臓を壊されて死んだんだろうけど、変な死に方だなあ」
「…………」
テグスは冷静に三人の死因を観察していたのだが、ハウリナに無言のまま服を引っ張られた。
どうしたのかとテグスが視線を向けると、ハウリナが何時に無く怒ったような表情を浮べている。
「行くです」
「わ、ちょ、ハウリナ!?」
テグスの腕を掴んだハウリナは、引き摺るようにしてその場から離れようとする。
身体強化の魔術も使っているのか、テグスは逆らう事が出来ずに、そのまま支部からあの宿屋まで連れて行かれてしまった。
ハウリナはそのまま宿の主人に金を渡し、テグスと二人で宿の一室に入ってしまう。
「どうしたんだよ、ハウリナ」
変なハウリナの様子に、テグスは探るような視線を向ける。
するとハウリナはテグスの方を見て、ぼそりと一言告げる。
「……見知った顔だったの」
「見知ったって、ハウリナがこの街で知っているのって。まさか?」
奴隷として連れてこられたこの街で、ハウリナが知っている人は少ない。
テグスの知っている人物以外で、ハウリナが知っているとなれば、もう答えは一つしかなかった。
「前の主、だったです」
「そうか、あれが前の」
「最低の主だったです。ご飯も食べさせてくれないの」
「あ、うん。それは最低だね」
ハウリナの良い主の基準は食なのかと、テグスは誤解しかけた。
しかしそれは彼女の悲痛な表情を見て、それだけでは無いと分かった。
恐らく一番分かり易い部分が、食べ物の事だっただけで。それ以外にも、ハウリナが最低と言うに足る事を、あの貴族の息子はやってきたのだろう。
「でも、一人いなかったです」
「一人居ないって、あの三人で全部じゃないって事?」
「前の主、弟だったです。兄がいるはずです」
そこでテグスは、あの窓口の男性は貴族の息子が獣人に返り討ちにあった、と言っていた事を思い出した。
そういえばあの貴族の息子の死体には、返り討ちにあったような怪我が無かった。
そして不可解な奴隷の少女の死に方。
「つまりまだあと一人いて、この騒動は終わらないって事?」
「分からないです。逃げるのが良い手なの」
普通ならこんな状況に陥った人なら、さっさと《迷宮都市》から逃げる、とハウリナは言いたいのだろう。
だがテグスは本当にそうなのか疑問に思った。
なにせ逆恨みで人を集めて、この街にいる全ての獣人に対して危害を加えようとした人物なのだ。
このまま消えるとは思えなかった。




