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214話 移動と交渉

 孤児院で一日を過ごした翌日、テグスたちは《大迷宮》の道すがら、酒や乾物などのみやげ物を買う。

 そして、足早に《大迷宮》を下り、《中町》までやってきた。

 そして《白樺防具店》で、エシミオナから調整が終わった防具を受け取る。

 見た目には、前とは差ほど違いがないようだったが、着てみてその感想が一変する。


「へぇ。なんだか、かなり着やすくなった感じがするね」


 どう調整したかは分からないものの、まるで身体と一体化しているような着け心地だった。

 テグスとほぼ同じ鎧を着たハウリナも同じ感じを持ったのか、うきうきとした調子で手や身体を捻って具合を確かめている。


「身体に、しっかり合っているです」

「具合が良くなってますね、こちらの鎧も」

「着心地は前と変わらないけれど~。なんだか着やすくなった感じがするかな~」


 他の面々の鎧も、前より改善されているようで、上がる感想は良い物ばかりだった。

 貫頭衣状の防具を着替えるため、店の奥に行っていたウパルも戻ってくる。

 見ると、確りと防具は身体の線に合ったものになっているようだった。


「前よりも肌触りが良く、身体に引っかかる部分がなくなってございますね」


 全員から不満の声が上がらなかったのを聞いて、エシミオナは安堵したように、口を弧の形にする。


「じゃあこ~れで納品ってこと~で。あと、身体の成~長がまだ続くか~もしれないから、調整可能なようにし~てあるよ。違和~感が出るようになった~ら、《下町》~の防具屋で調整しても~らってね。でも、大きくな~りすぎて鎧が合わな~くなった場合は、仕立て直しをタダでやってあげるから、店にきて~ね」


 テグスたちは有難い申し出を受け取りつつ、不要になった前の鎧は、エシミオナに下取りしてもらった。

 代金は受け取らず、再び防具の更新をした時に、その分を値引きしてもらうようにする。

 そうして、防具を一新し、見た目からして歴戦の《探訪者》風になったテグスたちは、一路《下町》を目指して歩き出したのだった。




 沼の層と海の層で、大量の食料を背負子の背嚢に確保した。

 そして、三十層の《強襲青鯱》を倒した後で、貝や階層を安全に入手する。

 現れた出口の扉にある、《靡導悪戯の女神シュルィーミア》の浮き彫りに特殊な祝詞を上げて、四十層の《折角獣馬》か地上へかの賭けの転移をする。

 

「ブルヒイイィィィーーーー!」


 転移して、直ぐ目の前に荒ぶる角付きの馬を見て、どうやら四十層へ転移できたようだと、テグスは安堵した。

 そして早速、突進してくる《折角獣馬》の脚に、アンジィーが精霊魔法で花の茎を動かして絡みつかせて、動きを鈍くさせる。

 その後は、テグス、ハウリナ、ティッカリの三人がかりで攻撃し、あっという間に倒してしまった。


「馬肉、獲ったです!」

「解体するのも面倒だし、引きずって運んじゃうの~」


 うきうきと出口へ向かうハウリナの後ろに、ティッカリが片手で角を掴み《折角獣馬》を引きずってついていく。

 その様子を見て、アンヘイラが構えていた弓矢を下ろしながら、そっと息を吐いた。


「良い相手だと思ったのですが、鎧の防御力を確かめるのに」


 続く残念そうな言葉を受けて、テグスは困った顔をした。


「ここまでの《魔物》だと、そんなに苦労する相手じゃないから、さっさと倒してきちゃったしね。どこかで確かめないといけない、とは思うけど」

「で、でも、わざと攻撃受けるの、危ないですよ……」

「そうでございますよ。それと、新品の鎧を故意に傷をつけるのは、忍びなく思われます」


 そんな会話を交わしながら《下町》へと入り、馴染みの食堂へと足を向けた。

 すると、テグスたちの顔をみた客たちが、口々に言葉をかけてくる。


「おー、人気者が帰還してくれたぜ!」

「おおー、それがお前らの新しい防具かよ。随分と立派な物を作ってもらったな」


 テグスとハウリナの軽量板金鎧や、アンヘイラとアンジィーの弓矢を使う人のための鎧を、彼らは興味深く眺めてくる。

 だが一番注目してくるのは、ティッカリの複合装甲化された全身鎧だった。


「やっぱり、腰を据えて防具を作るなら《中町》に帰らなきゃ駄目か」

「《下町ここ》にいる武器屋と防具屋は、《探訪者》と掛け持ちしている連中ばかりだからな」

「行商に頼むのもありだが、身体の各所を計らなきゃならないしなぁ……」


 ウパルの防具に注目しないのは、見た目が前の防具とは丈が違うだけにしか見えないからだろう。

 そんな防具談義に花を咲かせ始めた面々の前に、テグスたちは土産として酒を陶器瓶で何本か置く。

 歓声を後ろに聞きながら、食堂の料理人に《大迷宮》を進んでいる間に溜め込んだ食料を渡す。

 そして、料理を頼み、席に座って待っていると、何度か取引したことがある行商人が大慌てで食堂に駆け込んできた。


「はーはー、お久しぶりです。あの、行き成りで不躾で申し訳御座いませんが、今日は大扉を開けには……」


 行商人はテグスに近づくと、額の汗を拭うこともせず、商人特有の無機質な笑顔で尋ねてきた。

 その様子が演技だろうと見抜きながらも指摘はせずに、テグスはにこやかな笑顔を浮かべ返す。


「ええ。いま着いたばかりなので、今日はもう休息を取ろうかと思ってます」

「ああ……矢張りそうですよね。あのー、でしたら明日は?」


 随分と踏み込んで予定を聞いてくるなと、テグスは訝しんで逆に問い返す。


「あの、なんでそんな急いでいる様子なんですか? 抱えている顧客にせっつかれでもしているんですか?」

「ああ、これはこれはすいません。何せ焦っていたもので」


 いまさら気が付いたように、行商人は汗を拭い、呼吸を整えるように深呼吸をする。

 だがテグスには、ようやく話に食いついてくれた、という白々しい仕草のように見えた。

 なんだか変なことをしているなと、感想を抱きつつ、やってきた料理を食べながら行商人の話を聞く。


「通常でしたらこのようなことは聞かないと、あらかじめ付け加えておきますが。出来れば、扉明けさんたちには、大扉から出来るだけ多くの武器や防具を回収してもらい、こちらに渡していただけないかと、お伺いにきたのです」

「もぐもぐ。いつも通りに、顔見知りの《探訪者》の方たちに渡して、引き取り手がいなければそちらに回す。じゃ、駄目なんですか?」

「ええ、まあ、こちら側はお願いする立場なので、駄目とは決して言えないわけなのですが……」


 変な言い回しに、テグスが首を傾げると、アンヘイラが移動してきて横についた。


「つまり駄目だと言いたいそうですよ、そちらの行商は」

「いえいえ。そんなことはないですよ。ただ少しでも、こちらに回してくれる分を多くしていただけたらなと」

「商人間ではこういう意味ですね、いいからさっさとこっちに回すよう約束しろと」


 アンヘイラが簡素に言いなおしてくれるので、テグスとしては理解し易かった。


「まあ、理由次第なら、ですね。顔見知りの人たちには、お土産を渡したりもしてきたので、待ってはくれるでしょうし」


 テグスが視線を、先ほど防具談義をしていた人たちに向けると、仕方がないというような感じの身振りを返してくれた。


「なるほど、まずは安心しました。しかし理由次第ですか……」


 何か言いにくい理由なのかと思うテグスの耳に、アンヘイラがそっと口を寄せた。


「なにやら個人的な理由のようですよ、あの態度からすると」

「なんだか、言いにくそうにしているように見えるんだけど?」

「何かしら誇れる理由があれば声高に主張し商売に利用しますよ、商人という存在は。持っている理由が商売の交渉に不利益になると考えているんです、言いよどむということは」


 テグスとしてはよく分からない理屈だったので、それが理解できているアンヘイラが純粋に凄いと思えた。

 そして、行商人も内情を理解する存在が脅威に見えたのか、あっさりと悩んでいる様子を止めてしまう。


「それで理由なんですが、人狩りが始まる時期がやってくる前に、本国に帰る商隊を作ると、地上にある本店の判断がありまして」

「その前までに、目玉商品となるものを多く抱えておきたい、ということですね」


 直接的な言葉で喋ってもらうと、テグスとしては理解が早く済むので助かった。

 さらに、行商人の言葉は続く。


「その商隊が出発する期限と、行商間で取り決めた《下町》にやって来る順番を考えますと。我々に許される機会は、あと二・三日限りになりそうでして。こうしてお願いに来たわけなのです」

「あれ? でも人狩りがやってくるまで、あと一巡月か二巡月ぐらいありますよね?」


 テグスが指折り数えて、日数を確認しても、まだまだ余裕がありそうな気がした。

 しかし、行商は静かに首を振る。


「いえ。本店の属する国は、人狩りを行う農業国と仲が悪く。得てして、属している商会もお互いがお互いに足元を見がちでして」

「下手に街道で人狩りを行う人たちと出くわすと、商隊に不利益が生まれそうってことですか?」

「ええ。山賊に扮して、物資と人を奪うなどという真似をしてくるかもしれません。誰かが逃げ延び抗議したとしても、賊の仕業と言われればそれまでですしね」


 商人の世界も大変だなと思いながら、テグスはどうしようかと考える。

 すると、香草茶を飲んでいたウパルが、会話に入ってきた。


「待ってくださっている《探訪者》に不義理とはいえ、そのようにお困りのご様子ですし、ご慈悲を与えてみてはいかがでございましょう」


 つまり、融通を利かせて上げたらと言いたいようだ。

 そこに、アンヘイラが言葉を加える。


「そんな愁傷なタマなわけないでしょう、この行商人が。しかし、恩を売るというのは良いと思いますよ、慈悲ではなく」


 二人の言葉を含めてテグスは、行商に武具を優先的に回す利点と、《探訪者》たちとの約束を守る利点を天秤にかける。

 そして、脳裏で浮かべた均衡は、やや《探訪者》側に傾いた。


「そうですね。大扉から見つけた武器や防具を回してもいいですけど――」

「ありがとうございます。いやあ、これで本店に顔向けができます」


 勝手に話を終わらせようとしてきたので、テグスは威圧的な目線を送る。

 すると、行商人は顔色を青く変えて、発言を促してきた。


「――回してもいいですが、珍しい形状だったり効果が高い武器と防具は、待っている《探訪者》の人に先に渡します」

「そ、それですと……」


 受け取る物が少なくなると危惧したような表情だが、行商人は言葉を途中で止めて黙り込んでしまった。

 そこに、アンヘイラが冷ややかな笑みを向ける。


「発言を止めたのは賢明な判断だと思いますよ、こちら側には『売らない』という最強手段がありますので」

「うぅ……商売に明るい方がいらっしゃるので、難しい交渉になると覚悟してましたが――」

「演技はやめたほうが良いですよ、どうせこうなると予想していたんでしょう」

「――仕方がありません。面子は保たれるようだと、納得します」


 アンヘイラの指摘を受けてすぐに、行商人はけろっとした様子に変わる。

 変わり身の早さに、テグスだけでなく食事をしていたハウリナとアンジィー、酒を飲んでいたティッカリも驚いたようだった。

 しかし、アンヘイラは平静なままで、さらに言葉を続ける。


「さて、何かやることがあるのではないですか、かなり融通を利かせたのですから」

「そうですね。では、ここの飲食代はこちら持ちということでどうでしょうか?」


 行商人の提案に、アンヘイラが何かを付け加えようとする前に、ハウリナとティッカリから喜びの声が上がる。


「わふっ。それ、いいです!」

「わ~い、たくさんお酒が飲めるの~」


 テグスも、待っている《探訪者》を優先する判断をしたので、この提案で決着にする気になる。

 そこには、机に並べられた料理が、もう大半が食べつくされていたことも関係していた。

 交渉が纏まったので、テグスとハウリナが中心となって遠慮なしに料理を注文し、ティッカリが酒をいくつも頼んでいく。

 そんな光景を見ながら、行商人は人知れず懐を撫でるように手を動かした。


「見た目が細いからと侮ったでしょう、あの三人は底なしなのに」


 その仕草を目ざとく見ていたアンヘイラに指摘され、行商人は判断を誤ったと言いたげに軽くうな垂れるのだった。


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