212話 情報と妊婦
テグスたちは地上に戻ると、先ず《探訪者ギルド》本部に向かった。
中に入ると、すぐにガーフィエッタを見つけ、近づいていく。
「こんにちは、ガーフィエッタさん。滑らかな口はまだ健在ですか?」
何時もの調子で言葉をかけると、ガーフィエッタは道端のゴミを見るような目つきを向けてきた。
「おやおや、随分と馴れ馴れしい言葉をかけてきますね。拝見したことの輩が、この私に軟派な真似をしようだなどと――」
しかし、テグスの成長に合わせて改修された《重鎧蜥蜴》の鱗の半胴鎧に目を向けて、唐突に言葉を切る。
そして、ハウリナたち――特に前と見た目が変わらっていないティッカリとアンヘイラを見てから、驚愕の視線をテグスに向けてきた。
「も、もしかして、テグスさん?」
どうやら、成長した姿を見て、テグスだとは気がつかなかったらしい。
「何言っているんですか、名前を変えたことがないので、当たり前じゃないですか」
「いえいえ。なんで急にそんなに大きくなられているんですか!? 前と今とでは、見た感じでは全くの別人ではありませんか!」
「ちょっと背が大きくなっただけで、大げさじゃないですか?」
「それがちょっとだとしたら、大抵の人の成長が微塵に等しくなりますよ」
いつも通りの掛け合いを続けて、ようやくテグスだと納得したのか、ガーフィエッタは無遠慮な視線で眺めてくる。
「その青年らしい姿を見せれば、あのレアデールでも驚くでしょうね。まあまあ、テグスってばこんなに大きくなっちゃって。という感じで」
「どうかなぁ。むしろ――あらテグスじゃない、丁度良いところに帰ってきたわ。孤児院を手伝って――って感じに、驚きもしないと思いますけど」
「それにしても。それだけ成長していれば、女ばかりを引き連れているんですから、もう爛れた夜を過ごしちゃっているんでしょうね。若いから仕方がないとは思いますが、少しは節度というものを覚えたほうが良いと思います」
「あのさ。ハウリナたちは仲間だから、そういう関係じゃないって言いませんでしたっけ?」
テグスが呆れ果てた口調で返すと、ガーフィエッタは今日一番の驚愕の表情を浮かべて、視線をハウリナたちへと向ける。
ハウリナは視線の意味が分からないのか首を傾げ、ティッカリは答える気のない苦笑いをする。
アンヘイラは我関せずと顔を横に向け、アンジィーも同じくそっぽを向くが少し頬が赤くしている。
そんな中、ウパルだけは至極残念そうな表情で、首を横に振った。
「そ、そんなまさか。てっきり性の目覚めが来たときのために、良好な関係を築いているのだとばかり。そういう対象でないなら、なんで男性を入れていないのですか」
「なんでって、特に深い理由は無いですよ。えっと……なりゆきですね」
別に、テグス自身は男性を仲間に入れる拒否感はない。
現に少し前、サムライと一時的に同行したこともある。
なら何故男性がいないかといえば、たまたまそういう機会がなかっただけだった。
だが、テグスの答えにガーフィエッタは納得いかないのか、少し疑う目をしている。
「まあそういうことにしておいて上げます。今後、仲間を孕ませて、泣きついてこないか楽しみにしておきます」
そんな言葉を聞いて、テグスはそんなことある分けないと思いながら、ここに来た理由に話を戻すことにした。
「そうそう、孕んだっていうことに関連してですけど――」
「身体を買った商売女の誰かを孕ませたんですか!?」
「いや、そういうことをしたことないですよ。じゃなくてですね、マッガズさんがどこにいるか知りませんか? ミィファさんが妊娠して、地上に住むことにしたそうなんですけど」
「ああ。あの戦闘狂と色狂い女ですか。テグスさんが面識をお持ちとは知りませんでした。ですが、なぜあの人たちに会いに?」
「防具が出来るまで、あと三日あるので、その暇つぶしを兼ねた《魔物》の情報収集をしたいと思いまして」
「ああ、そういえば。扉明け、なんてあだ名がつくぐらいに、テグスさんたちはご活躍なさってましたね。なのに《魔物》に苦戦をなさっておいでですか?」
「四十五層から先のことについて、あらかじめ知っておこうと思いまして。《機工兵士》、《造盛筋人》、《遊撃虫人》、《深緑巨人》と戦いましたけど、複数で組まれたときの怖さも実感しましたし」
「ははぁ。なるほどなるほど。そういえば、防具を作っているのでしたね。でしたら、素材に関してはこの《迷宮都市》で二番目――いえ、三番目に良い物が出来上がるのでしょうね」
「三番目、なんですか?」
「ええ。二番目は、五十一層にでる九種の《階層主》から、得られる素材で作ったものです。そして一番は、最下層にでる『竜』の素材で作った場合ですね。レアデールが持っている鎧も、これで出来ているはずですよ」
ガーフィエッタの言ったことを受けて、テグスが思い出したのは去年の人狩りの季節に、レアデールが着ていた赤い鎧だった。
「レアデールさんのあの派手な鎧って、そんな素材で出来ていたんですね。というより、レアデールさん、竜を倒したことがあるんですね」
「もちろんですよ。歌いながら、精霊魔法を使い、刺突剣で滅多刺しにするようすから、歌唱精霊使い、なんて二つ名がついたそうですし。もっとも、その当時はお仲間がいたらしいですが」
急に又聞きのような話し方になったことに、テグスは疑問に思った。
「それって、どのくらい前の話なんですか?」
「さてさて。少なくとも、テグスさんと私が生まれる前のことだそうですよ。詳しいことを知っている人は少ないんじゃないでしょうか。精々、レアデールと同じ長生きする樹人族が知っているかもしれない、という程度ですね」
そうなのかと納得しつつも、テグスはなんと感想を言っていいか迷って、結局話を逸らすことにした。
「鎧のことよりも、マッガズさんたちの家を知ってませんか?」
「彼らでしたら、ここから程近くの借家にて暮らしてますよ。まあ、妊婦に良い産婆をつけようと思えば、《探訪者》への支援体制がととのっている《中心街》に住んだ方がいいですから」
ガーフィエッタにその借家の住所を教えてもらった。
そして、別れの言葉を二・三交わしてから、テグスたちは本部を後にしたのだった。
手土産を買ってから、教えられた借家につき、テグスが代表して扉を叩く。
しかし、反応が返ってこない。
「あれ、おかしいな。誰かいる気配はするんだけど」
「人の動く音もするです」
「あ、あの、風の精霊さんに、家の中を確かめて、もらいましょうか?」
どうしたんだろうと三人で首を傾げている間に、今度はティッカリが扉を叩いた。
「誰かいないの~?」
本人は軽く叩いている積りなのだろうが、扉が壊れるんじゃないかというぐらいの音が出ている。
すると、まるでその音に驚いたかのように、ばたばたと借家の中が慌しくなった。
少しして、その扉が音を立てて勢いよく開かれた。
「誰だ、俺らの家に討ち入りに来たやつは!」
出てきたのは、剥き身の剣を持ったマッガズだった。
よほど慌てて出てきたからか、上半身は素肌の上に鎧を着ている。
「こんにちはマッガズさん。ミィファさんの具合はどんな感じですか?」
「あん、何でそんな事を、見知らぬお前らに――」
警戒した目でテグスたちを眺める。
そしてティッカリとアンヘイラを見て、再びテグスに視線が戻ってきた。
「もしかして、あの坊主か!? おいおい、少しの間に大きくなりやがって」
「そのくだりはさっきやりましたので、中に入っても良いですか?」
「お土産も買ってあるです!」
「妊婦さんには駄目だからって、お酒は入っていないの~」
畳み掛けるように言葉をかけると、マッガズは目を白黒させた。
「お、おー。なんだか分からんが、まあ入ってくれ。ミィファのやつも喜ぶだろうよ」
「それじゃあ、おじゃまします」
招き入れられて、テグスたちも中に入る。
《探訪者》が中心となる《中心街》の住居というだけあって、内装は質実剛健な感じの落ち着いたものだった。
中は広いのに家の造りは頑丈そうで、安心感がある。
「中々、良い家ですね」
「この三階建ての家は、《中心街》じゃ平均的な借家らしいぞ。俺とミィファは、腹の子の関係で一階。他の仲間たちは、二階と三階を使っている」
マッガズが先導して、一階の一室に案内される。
「ちょっと待っててくれ。ミィファに話を通すからよ」
テグスたちを残し、先にマッガズが中に入る。
すると、すぐに話し声が薄っすらと聞こえてきた。
内容が気になって、テグスはハウリナに顔を寄せる。
「なんていっているか聞き取れる?」
「こんな格好じゃ恥ずかしい、って言っているです」
「お熱そうで、よろしいことにございますね」
「言いえて妙だったのかもしれませんね、ガーフィエッタの発言にありました色狂いとは」
少し時間が経ってから、マッガズが部屋の扉を開けて顔を覗かせた。
先ほどとは違って、鎧の代わりに上着を着ている。
「待たせてすまなかったな。さあ、中に入ってくれ」
中に入ろうとして、マッガズと擦れ違うとき、彼の首筋に先ほどは無かった丸い痕を見つけた。
どうやら、着替え以外の何かをしていたようだと、テグスは見てみぬ振りをする。
一方で、ミィファはというと、何事も無かったかのように、緩い服を着て安楽椅子の上で微笑んでいた。
「あら、坊やたち。久しぶりね」
事前にマッガズに教えられていたのか、成長したテグスの姿を見ても、驚いた様子は無かった。
「お久しぶりです。お邪魔だったかもしれませんけど、地上に来る機会があったので、顔を出してみました」
「邪魔だなんて。顔見知りが来てくれるなんて、嬉しいものよ。このお腹になってから、マッガズが外に出したがらなくて、暇なのよ」
ミィファが撫でる自身の腹は、小さな球が入っているかのように膨らんでいた。
それを見て、ハウリナは興味津々な様子で、近づいていく。
「これ、お土産です。果物いろいろあるです」
ハウリナは買ってきた物を手渡しながら、視線がちらちらとお腹へ向けている。
「あら、ありがとうね。ふふっ、そんなに気になるなら、撫でてみる?」
「いいんです?」
「そんなに興味深そうな顔されるとね」
ミィファの許しを得て、ハウリナは慎重な手つきで撫でていく。
「初めて、子供のいるお腹を触ったです」
「あら、獣人は一度に沢山子を産むらしいのに、機会は無かったの?」
「お腹が膨らんだ人、スゴク怖いです。うっかり近づくと、叩かれるです」
「人間種だと他の子達に撫でさせたりすることは普通なんだけど、習慣の違いってやつなのかしらね」
そんな会話がされた後、ハウリナだけでなくティッカリやウパルもお腹を撫でにいった。
一方、アンヘイラは興味なさそうに、ウパルは羨ましげにしているだけで、近づこうとはしていない。
「坊主は撫でなくて良いのか?」
「他人の妻にうかつに手を触れると、殺されることもあるって、レアデールさんが言ってたので」
「おいおい。そりゃあ、内容が別の話だとおもうが」
「じゃあ、僕がお腹を撫でに行っても大丈夫ですか?」
「おう、そりゃ――って、成長した坊主の姿を見ちまうと、なんかもやもやして、平気とは言い難いな」
ほらね、とテグスは得意げな顔になると、マッガズと共に部屋の隅に移動する。
そして、小声で会話を始める。
「今日は、ミィファさんの様子見ということもありますけど、四十五層から先に出てくる《魔物》の情報も教えて欲しいなと思って尋ねたんです」
「ああ、なるほどな。それで、どんな情報が欲しい?」
「マッガズさんたちがどんな戦い方をしていたか、最大で何匹で組んでくるかですね」
「そう聞くってことは、一回ぐらいは戦ってみたんだな」
「素材を集めて、新しい鎧を頼んでます」
「おいおい、それじゃあ――ああ、なるほど。四十五層以下に行きたいわけだな」
訳を理解したマッガズは、顎をさすって考える素振りをする。
「まず、戦い方だが、大したことはしてねえよ。連携されると拙い相手だからな、罠の場所が判明しているところまで誘い込んでから、分断して各個撃破だ」
「マッガズさんにしては、随分と消極的な戦い方ですね」
「おいおい。足元に罠があるような状況で、豪快な戦い方なんて出来るわけが無いだろう」
「罠を利用して、《魔物》に攻撃したりはしないんですか?」
「それこそ、罠の仕組みに精通してなきゃ出来ない芸当だろうよ。なあ、扉明けさんよ」
そういうものだろうかと、テグスはよく分からなかった。
「それで、最大何匹で組んでいるかだが。六匹が最大だな。五十層まで行ってみたが、七匹以上には出会ったことがない」
「その見た中で、一番簡単な組み合わせと、厄介な組み合わせはなんでした?」
「そうだな……一番楽だったのは《深緑巨人》が六匹集まってたときだな。通路に詰まって、ろくに身動き取れなくなってやがったぜ。厄介だったのは、《機工兵士》と《遊撃虫人》が二匹ずつ、《造盛筋人》と《深緑巨人》が一匹ずつの組だ。危うく大怪我を負うところだったからな」
四十五層から出る四種の《魔物》は、別種と組むと本領を発揮するようなので、マッガズの発言は的を得ているように感じられた。
「それで、五十層の《写身擬体》だが――」
「あれ、マッガズさんたちって、五十層を突破してたんですか?」
マッガズの続けての言葉に、テグスは驚いて問い返す。
すると、急に苦々しい表情になって、首を振り替えしてきた。
「いや。五十層からは、お優しい神様のご慈悲で、入り口が閉じないのさ。少なくとも、俺が戦った時には塞がれなかった」
「マッガズさんたちでも、勝てなかったんですか?」
「自分自身と戦って勝てると思うか、坊主は」
唐突な切り替えしに、テグスは少し脳内で自分自身と戦ってみる。
どう考えても、決着がつかず、静かに首を横に振った。
「《写身擬体》はそういう《魔物》だってことだ。まあ、逃げられるんだから、戦って確かめてみな」
マッガズがそう先輩ぶった表情で助言してきた。
そのとき、ふとテグスは気になったことがあった。
「あの。入り口が塞がれないなら、《大迷宮》十層のコキト兵にあくどい《探訪者》がやる方法のような感じで、仲間で一番弱い人を先に入れて《写身擬体》が出てきてから一斉に踏み込めば良いんじゃないんですか?」
《階層主》と戦う場合、入り口が再び開くのは、突破するか、入った人が死んだときのみだった。
だが、五十層ではその人的被害を気にせずに済むなら、少々ずるい方法が取れるのではと、テグスは考えたのだ。
「そうすれば、弱い一匹だけを相手にすれば良くなるってか。早々上手くいくもんじゃないんだぜ」
まるでやったことがあるような意味深な笑みで、マッガズはテグスの浅知恵を否定した。
「そうなんですか。貴重な助言、ありがとうございました」
「いやいいさ。ミィファが楽しげだからな、その返礼代わりだ」
マッガズの慈しむような視線の先では、離れていたアンヘイラとウパルも参加し、女性人が姦しい話合いを展開しているのだった。




