211話 新たな防具の作成
テグスたちは新たな防具となる素材を集め終えると、《下町》で挨拶周りしてから《中町》へと転移してきた。
目指すは毎度おなじみ、《白樺防具店》である。
「こんにちはー。鎧を作りに来ました」
テグスが扉を開けて声をかけると、やる気なげに机に突っ伏していたエシミオナが、起き上がる。
「いらっしゃい……ん~ん? あ~れ、なんだ~か大きくなって~ない」
身体を揺らしながら、テグスたちを不思議そうな声を出してきた。
加えて、長い髪の向こうにある目は、不審げなものだった。
「成長期ってやつらしいですよ。成りすましじゃないので、安心してください」
証拠の代わりではないが、以前と見た目が変わっていないティッカリとアンヘイラを、視線の矢面に立たせる。
すると、エシミオナは納得した様子で、身体を揺らす。
「他~の種族は少し会わな~いと、見た~目が変わって区別が付きづ~らかった~んだった」
「僕らの容姿のことは良いですから、以前言ってあった通りに防具を作りに来ました」
「あ~、はいは~い。前に行~商が持ってき~た分は下処理してあ~るよ。どうや~ら追加もあるようだけど」
テグスたちは背負子から、《機工兵士》の鎧と《遊撃虫人》の外殻を渡す。
エシミオナは受け取ると、奥の作業場へ持っていった後で戻ってきた。
「そ~れで、防具はど~んなのが良い~んだっけ」
「僕は、動き易いものを」
「テグスと同じが、いいです」
「いま着ているものより、丈夫なのが良いの~」
「何でも構いません、矢を射るのに邪魔にならなくて色が黒なら」
「袖の広い貫頭衣で、色は白を希望いたします」
「こ、こだわりはないので、お任せします」
要望を聞いたエシミオナは、考える素振りを見せた。
「う~んと~ね。こ~の素材なら、身体をか~なりの部分を鎧~で覆っても、動き易さを~担保できる~よ。それでも、前と同じ軽装鎧にする?」
問われて、テグスは悩んだ。
判断材料にしようとしたハウリナは、テグスに任せれば大丈夫という目で、判断を委ねている。
今までの鎧に不満はなかったというエシミオナの腕を信じて、彼女の提案を受け入れることに決めた。
「じゃあ、あまり重たくならなければ、お任せします」
「任せて~おいて~。他の人の注~文は問題な~いから、体格を計っちゃ~うね」
テキパキと計測し終え、エシミオナは次に売台の上に天秤を乗せる。
「作成料は~結構かか~るよ。余った~素材を買い~取って引いて~も、このぐらいだ~ね」
以前と同じように、重そうな金属の塊が天秤の片側に乗せられる。
テグスたちがいま着ている鎧を作ったときより、錘がほんの少しだけ大きいように見えた。
「そ~れで、君らの着て~いる鎧を下取~りする~と――」
「いえ。この錘ぐらいの分なら、多分いま払えます」
ウパルとアンジィーが持っていた背嚢を売台の上で逆さにすると、拳大の魔石がゴロゴロと出てきた。
ついでに、アンヘイラも背負子から魔石が詰まった麻袋を取り出して乗せる。
エシミオナは魔石の数に驚いたのか、揺れていた身体が止まっていた。
「これで足りますか?」
「……あ~、多分足りる~かな」
先に乗せた錘を外し、天秤に乗せられるだけの魔石の重さを量り、終えたらまた次を乗せるを繰り返す。
やがて、エシミオナが量り終えると、拳大の魔石が十個ほど返ってきた。
「こ~れで売買成立だ~ね。い~や、この~数を一気に持~ち込んだのは初め~てだから、驚いちゃ~ったよ」
「成長期が始まって鎧を作ると決めてから、溜めていたんですよ」
「それにし~たって、ずいぶ~んと多いよ」
テグスが悪戯成功した悪童の笑みを浮かべ、エシミオナは苦笑いする。
「さ~て、全員~の鎧が出来上~がるまで一巡月はか~かるから。その後~に一度き~てね」
「分かりました」
「いい鎧を、お願いです」
店を後にし、テグスたちは《中町》の食堂で、空いた時間をどうするかを話し合う。
「選択肢としては二つだね。一つは物を買い込んで《下町》にいって、日が来たら《中町》に戻る。もう一つは地上と《中町》付近で活動しながら、サムライさんが教えてくれたことを訓練する」
テグスがどっちにするかと問うと、ハウリナたちは考えて結論を出した。
「瞬足の練習、広い場所がいいみたいです」
「拘束術を修めるには、少々《下町》付近の《魔物》は強うございますね」
ハウリナとウパルは、《中町》付近での活動を支持するようだ。
「実入りが激減しますね、地上や《中町》付近で活動すると」
「料理もそうだけど~。お酒も大扉から見つかるものが美味しいから、あまり地上にいる必要のない気がするかな~」
アンヘイラとティッカリは、《下町》へ行きたいようだ。
「あ、あの、特に、訓練に必要な場所もないですし、あまり食べ物にも不満はないです……」
アンジィーはどちらとも決めかねている様子だった。
「僕もどっちでも良いんだけど……」
テグス自身も、場所が狭くても訓練が出来るので、《中町》と《下町》のどちらでも良かった。
しかし、聞いた理由を加味して考えて――
「ハウリナたちの地力を上げるために、防具が出来るまでを過ごす中心場所は《中町》にするね」
テグスの決定に、ハウリナは喜びを見せ、ウパルは静々と頭を下げる。
反対側だったアンヘイラとティッカリも、決定理由に納得したようだった。
アンジィーは、そんな様子を見て、少し安堵したような仕草をしていた。
テグスは全員に不満が無い様子を見てから、次の議題に移ることにする。
「それで、ハウリナとウパルは、どこで練習したいか候補はある?」
「罠のない、広い場所がいいです」
「人の形をしたものの縛り方は大分習熟いたしましたので、動物の形をしたものが多い場所がよろしいかと思われます」
二つの条件に合う場所となると、《中二迷宮》か《中三迷宮》が候補になる。
しかし、どちらも最下層付近にまで行かなければ、満足な《魔物》とは出会えないだろう。
《中三迷宮》の場合は、一層一層が広く時間がかかるため、いっそ《下町》に行った方が良い。
なら《中二迷宮》に決定かなと落ち着きそうになったところで、テグスは手に触れた《七事道具》の忘れかけていた効果を思い出した。
「そうだった。《大迷宮》の四十層までにある罠の多くを、無効化するんだったっけ……」
そんな効果を勘案すると、より良い候補地は別にあった。
「となると、空いている場所があって大型の魔物もいる、沼地の層と海の層。このどっちかが良さそうだね」
テグスの提案に、ハウリナとウパルは感想を言う。
「海が良さそうです! 海のもの、たくさん食べるです」
「沼地にて、蓮の葉を集めて茶にするのもよさそうでございますね」
同時で違う内容の発言に、お互いが顔を見合わせる。
性格的にウパルが譲りそうだったので、テグスは二人の間に割って入った。
「とりあえず、道順に進んでみて、訓練に良さそうだったらそこに決めようよ」
「そうだったです。海の食べ物より、瞬足が出来るようになるのが先です!」
「縛り方の考察の方が重要でございました」
二人とも見せた恥じ入るような素振りを見て、テグスは見た目は変わっても中身は一緒だなと、自分のことを棚上げした感想を抱いたのだった。
沼地の層と海の層を行き来し、一巡月の間を訓練に費やした。
ハウリナは、一歩目から最高速を出す、瞬足のコツを得ていた。
しかし、足場が変わるとコツも少し変わるらしく、橋の上から砂浜に切り替わってから苦戦している。
ウパルの方は、出くわす《魔物》を《鈹銅縛鎖》で縛り上げ続け、効率的な拘束法を生み出し、筋力の差があっても身動きを取れなくする方法を見つけた。
テグスたちも、各々が技術の向上に勤めて、一定の成果を得ている。
その間にも、《大迷宮》をいく行商人たちに、獲れるものを売り払ったりもしていた。
そして出会うたびに、このような反応を返される。
「いやー。扉明けさんたちが《下町》にいないと知ったのは損失ですが、装備の更新ならば仕方ないですね」
「大扉を開けられるんですから、防具の一つや二つを見つけて――身体と戦法に合わない防具を使ってもしょうがないと。たしかにたしかに」
「早いうちに戻っていただかないと、顧客の方にせっつかれてしまってて困っちゃうんですよねー」
ちなみに、そんな手前勝手な理由を口に滑らすと、アンヘイラが値段交渉で突いて、大負けに負けさせていた。
そんな一巡月を過ごし、テグスたちは三十層の女神の浮き彫りから《中町》へと転移で引き返した。
一晩宿を取って、満腹に食事をして久しぶりのベッドで熟睡する。
次の日に、《白樺防具店》へ向かった。
「こんにちはー。防具出来てますか?」
「待って~たよ。出来てい~るけど。微調整し~たいから、中~に入って~入って」
エシミオナの手招きで店の中に入ると、それぞれの目の前に防具が一式ずつ置かれる。
ティッカリのものは重たいのか、小さな台車に乗せて運ばれてきた。
「着けてみ~て。着心~地とかも~調整しちゃ~うからね」
早く早くと身振りをされたので、テグスたちは今の鎧を脱いでから、新しい防具をつけ始める。
ウパルだけは、服と一体化した防具なので、店の奥で着替えるようだ。
途中、着方が分からない部分は尋ねながら、どうにか全員が着替え終わった。
「へぇ~。見た目は全身鎧っぽいのに、結構軽いや」
「わふっ。ほぼ、テグスとおそろいです♪」
テグスとハウリナの鎧はほぼ同じ見た目をしていた。
胸から腹にかけて灰色で艶の無い板金風の鎧が、肩口から肘と腰元から膝にかけてを組み合わせた同じ色合いの金属片が、覆っている。
腰元にある覆いはなく、動き易い。
二人とも手甲と脛当ても完備されているが、ハウリナの方は手首から先の部分がなく、黒棍の取り回しが上手く出来るように改良されている。
鎧の下地の布は肌触りがよく、かといって鎧の重さに伸びたりもしない、不思議なものが使われていた。
兜は鉢金式で、視界が広く取れるようになっている。
「その鎧~は、《機工兵士》の鎧を溶か~した中に《遊撃虫人》の外~殻を混ぜ合わせること~で、軽量化してあ~るんだ。布地は《深緑巨人》の表~皮を解いて繊維にし~てから、布にした~ものだね。矢を使~う二人の鎧にも、大~体同じ物を使って~いるよ」
視線を向けたアンヘイラとアンジィーも、上半身はほぼ同じ軽量化金属板鎧だ。
ただし、肩から肘にかけては《深緑巨人》の布のみで、弓矢の取り回しがし易くなっている。
代わりに、手甲は外と内の両方を守るものになっていて、脛当てはより薄く簡素なものに変わっていた。
頭の防具も違い、帽子状で耳元に垂れた布地で覆われているものの要所に、薄い金属板を貼り付けてある。
そして、一番大きな違いは腰元だ。
腰巻のように、薄緑色の布が腰から膝下までを覆っていた。
「そ~れも《深緑巨人》の布だ~けれど。二枚~重ねに縫~っていて、間に《遊撃虫人》の外殻を薄片に~したものを縫い付けてあ~るんだよ。信徒のお嬢さ~んの防具を応用し~たんだ~よ」
エシミオナに指された、店の奥から戻ってきたウパルを見ると、見た目はほぼ一緒だった。
説明から考えると、《深緑巨人》の表皮から作った布を白く染め、中に《遊撃虫人》の外殻を薄片にしたものを縫い付けてあるらしい。
頭にも似た感じの薄い頭巾があり、布が頭から肩甲骨あたりまでを覆っている。
重くは無いのかと思い、テグスが垂れ布の部分を触れてみると、少し厚い布程度だった。
「装備~者の首が疲れるようなもの~は作らないよ。でも~流石に、頑侠族の娘の防具をつ~けたら、保障はし~ないけどね」
最後のティッカリはというと、今までで一番物々しい見た目になっていた。
焦げ茶色の金属板を何重にも張った、複合装甲型の全身鎧で、頭に覆いを下ろすことの出来る兜を被っていたのだ。
殴穿盾をつけると、まるで城壁が動いているかのような、重厚さが感じられた。
「溶かし~た《機工兵士》の鎧に《造盛筋人》の骨を加~えて、強度と重量を増~した金属を、ふんだんに使ってみ~たよ。重さもかなりあるけど、頑丈さはそう他にはないぐらいにまで高められたよ」
「って言っているけど、ティッカリは重くないの?」
「前よりも、結構重いけど~……うん、大丈夫そうなの~」
ティッカリは軽く飛び跳ねて見せるが、着地する音が重々しい。
しかしながら、そんな雑な動きをしたのにもかかわらず、全身鎧が擦れる音が聞こえてこなかった。
「うん~うん、《深緑巨人》の布は確~りと仕事をしてい~るようだね」
エシミオナの口ぶりから、音を出さない仕組みを組み込んでいるらしい。
テグスたちも身体を捻って見るが、静音性は十分にあった。
十分な出来栄えに満足していると、エシミオナから待ったの声がかかった。
「見た感じだ~と調整が必要なよ~うだね」
何をどう調整するのかは言わずに、全員の鎧に指を這わせながら、それぞれの鎧を外していく。
流れでウパルの防具も引っぺがしそうになったが、店の奥で以前のものに着替えてもらう。
その際に、成長して長くなった足に《鈹銅縛鎖》が巻きついているのも見えたが、テグスは目線を逸らして見なかったことにした。
「じゃあ、手直しす~るから、後三日待って~ね」
そう一方的に言われても従うしかなく、テグスたちは店を後にする。
新しい防具を受け取ったらそのまま《下町》に行く予定だったが、そういうわけにも行かなくなってしまった。
「あー、地上で買い物でもして待とうか」
「お土産を買うです。孤児院に、寄付もするです」
「マッガズさんに、会いに行くのもいいかもね~。もうそろそろ、ミィファさんのお腹も大きくなっているんじゃないかな~」
「生命が育まれる物を見るのは、よろしいものでございましょうね」
「め、迷惑かもしれませんから、さきに伝言が送れたら、いいんですけど」
「まず地上へ転移ですね、どちらを優先するにしても」
取り敢えずの予定を立て、テグスたちは《中町》から地上へと向かうことに下のだった。




