210話 連携の脅威
四十五層に入るようになって、五日。
鎧となる素材の多くは集まったものの、《遊撃虫人》だけは以前倒した一匹分だけしかなかった。
あの分だけで防具が出来るのか分からず、かといって《中町》に引き返すわけにもいかない。
なので、テグス、ハウリナ、アンジィーが中心となって、気配察知を利用して《魔物》を探し回る。
しかし、どうにも見つけることが出来ずにいた。
「他の素材は十分に集まったんだけどね」
「虫の人だけ、見つかんないです」
「せめて、あと一匹分は確保しておきたいところでございますね」
《遊撃虫人》の代わりのように、よく出会う《機工兵士》を倒して回収しながら、愚痴をこぼす。
すると、自作している地図を見ていたアンヘイラが、ぽつりと言葉をこぼした。
「こうなると足を伸ばしてみた方が良いかもしれませんね、もう少しだけ中央部に」
示すように見せてきた地図は、階段からあまり離れていない部分しか埋まっていない。
それは、テグスたちの四十五層における、活動範囲の狭さを表していた。
この範囲を少し逸脱しようというアンヘイラの提言に、アンジィーは少し怖がった表情をする。
「き、危険なことは、やめたほうがいいと、思います」
「その通りにございます。時間はかかっても、より安全に進めたほうがよろしいと思われます」
ウパルは慎重案を指示するようだ。
一方で、ハウリナとティッカリはというと――
「《魔物》は倒せてるです。数多くても、だいじょーぶです」
「一匹一匹は大したことないし、十分倒せるんじゃないかな~」
戦ってきた手応えから、もう少し先に行ってみる案に同意していた。
テグスはそれぞれの意見を聞き、どうしようかと少し考える。
「……じゃあ、ほんのちょっとだけ先に進んでみようか。ただし、狙いは《遊撃虫人》を一匹分だから。余計な《魔物》とは極力戦わずに、戦い終えたら、直ぐ引き返すからね」
テグスが採った慎重寄りの折衷案に、全員が不満の無い様子で頷く。
今までの活動範囲より少しだけ先に進むと、《機工兵士》、《造盛筋人》、《深緑巨人》の三種と出くわす頻度が、ちょっと多くなった。
その中に、《機工兵士》が《造盛筋人》や《深緑巨人》と連れ立っている姿も目にする。
目的外なので、それらとは戦わずに迂回し、《遊撃虫人》を探し回っていった。
少し時間が経ち、ようやく見つけたのは、二匹の《機工兵士》と並んだ、一匹の《遊撃虫人》だった。
曲がり角に隠れながら姿を確認し、テグスは気配察知を働かせて三匹が移動する方向と位置を掴み続ける。
そうしながら、ハウリナたちに振り返り、ひそひそ話を始める。
「三匹もいるし、安全を考えたら、避けたほうが良いと思うけど。皆はどう思う?」
「せっかく見つけたです。倒せば、防具が作れるです」
「戦い慣れちゃった《機工兵士》を素早く倒して、あとは《遊撃虫人》に集中すれば良いと思うの~」
「三匹だけなら釘づけに出来そうですね、矢で牽制すれば」
「で、でも、その、前に戦ったとき、《遊撃虫人》は後衛を狙ってきました。だからその、《機工兵士》を先に倒せば、っていうのは……」
「せめて二人は防衛の担当が必要でございましょうね」
それぞれの意見を取りまとめて、テグスは決断した。
「あの三匹を倒して、素材集めを終わらそう。ただし、正攻法じゃない方法で戦ってね」
その作戦を伝えた後で、テグスが先導して先ほどの《魔物》の後についていった。
《機工兵士》二匹と《遊撃虫人》一匹の組に気付かれないように、通路の罠を発動させないように気をつけながら、少し離れて追う。
やがて、テグスが襲うのに丁度良いと思った位置で、アンヘイラとアンジィーを呼び寄せた。
そして、少し遠くにいる三匹の《魔物》付近の壁や床を、何箇所か指差す。
「あれと、それ。あと、床のあの辺りを矢で狙って」
「先ずは傷を負わせるのでしたね、罠を発動させて」
「が、頑張ります」
音を立てないように矢を番え、アンヘイラとアンジィーは次々に放った。
空中を切り裂く矢の音で、攻撃していると気付いたのか、《魔物》たちが振り返って構える。
動かれると拙いので、テグスも投剣を数本放って牽制した。
矢は身体に当たる軌道ではないと判断したのか、二匹の《機工兵士》が《遊撃虫人》を庇うように移動し、飛来する投剣を鎧で受けようとする。
だがそれより先に、矢が通路に仕掛けられた罠の発動場所を押した。
矢や槍に、断頭台の刃に似たものが数枚、壁や天井から飛び出して《魔物》たちへ襲いかかる。
「ちぇ。結果は、一匹だけ半死か……」
テグスが思わず舌打ちしたように、《機工兵士》の一匹が全ての罠を引き受けていた。
矢と槍を鎧を着た身体で止めて、断頭台の刃を金属性の戦槌と両腕を犠牲にして防いだのだ。
その犠牲を生かすためか、それとも逆になんとも思っていないのか、残る二匹がテグスたちに向かって走ってくる。
「作戦通りに、ちょっとずつ、後ろに下がるよ」
「角の近くに引きこむの~」
防御力が高いティッカリを前面に立たせ、残りの面々はゆっくりと下がっていく。
《遊撃虫人》が腕から銛のような矢を放ってくるが、殴穿盾に防がれる。
やがて、着いた曲がり角を曲がり、射線が通らなくなった。
テグス側も姿を見失うが、ハウリナの耳は捕らえ続けられる。
「まだ、追ってきてるです」
「よし、まだ計画通りだね。じゃあ配置につこう」
テグスも気配察知で接近を確認しながら、支持を出した。
伝えてあったとおりに、ティッカリが角の影に隠れ、その直ぐ後ろにテグスも隠れて黒直剣を握る。
少し離れた場所で、ハウリナとウパルが立って、後ろで弓矢を構えるアンヘイラとアンジィーの防御役になった。
やがて、接近する《魔物》の足音が段々と大きく聞こえてくる。
ティッカリは隠れながら、大きく腕を引き、踏み込むために少しだけ膝を曲げた。
テグスはその後ろで、接近する相手を気配で位置を掴む。
そして、殴りかかる丁度の瞬間を見極めて、ティッカリの肩を叩いた。
「とや~~~~~~~」
角から飛び出してきた《機工兵士》と、ティッカリの殴穿盾が完璧な調子でぶつかろうとした。
あと少しで激突というところで、《機工兵士》は後ろから黒い外殻がある足で蹴り飛ばされる。
狙いを失った殴穿盾は空中を殴った。
それを確認したテグスは、すかさず黒直剣を振り上げて、地面を転がる《機工兵士》に切りかかろうとする。
振り下ろす直前に、テグスの顔の前に何かがやってくるのが見えた。
慌てて黒直剣を打ち付けると、それは蟷螂の鎌をのような形をしていた。
その武器を持つ腕を辿ると、《遊撃虫人》が無理した体勢で防いでいるのが見える。
姿勢を戻し《機工兵士》を助けるためか、《遊撃虫人》は逆の手の鎌を振るってきた。
テグスは追撃は無理だと諦め、少し後ろへ移動して避ける。
「作戦は失敗。ティッカリは《機工兵士》、僕は《遊撃虫人》。援護よろしく!」
「任せて欲しいの~」
ティッカリが指示に従い移動するのを、《遊撃虫人》は防ごうとする身振りを見せる。
だが、矢が飛来して機先を制し、身動きを封じる。
その間に、ティッカリは《機工兵士》と一対一に持ち込めた。
《遊撃虫人》の顔がアンヘイラやアンジィーの方へ向く前に、テグスが複眼の前に立ちふさがる。
「これは集中状態の二段階目の訓練を生かす場面かな」
テグスは気配察知で周囲の仲間と《魔物》の立ち位置を確認しながら、いつでも極限的な集中状態に移行できるように心構えをする。
そして、《遊撃虫人》の背の翅が開くと同時に踏み込み、黒直剣の間合いに入った瞬間に集中状態へ入った。
人と似て非なる身体の造りのためか、予想が上手く機能していないと感覚する。
だが、テグスを飛び越える積りだということは分かり、黒直剣を真っ直ぐに突き出し、翅の片側を破り捨てた。
《遊撃虫人》は飛ぼうとするのを諦め、両手の鎌を交差するように振るってくる。
突き出した手を引いて手甲で防御するため、テグスは黒直剣を手放す。
耳元で手甲が奏でる音を聞きながら、鎌を上へと跳ね上げた。
鎌と腕は繋がって離せないようで、《遊撃虫人》は万歳をするような体制で仰け反っている。
好機に、テグスは小剣二本で抜き斬りに使用とするが、《遊撃虫人》の足が上がるのが見えた。
嫌な予想に、大きく後ろへ下がりながら、攻撃範囲が外れたと認識し集中状態を解く。
すると、テグスの目の前で、上げた足から出てきた鋏虫の顎を大型にしたようなものが閉じ合わさった。
倒立後転で距離をあけようとする《遊撃虫人》に、援護の矢と《鈹銅縛鎖》が飛んで向かう。
しかし、惜しいことに矢は鎌で斬り払われた。
《鈹銅縛鎖》は手首に巻きついたが、《遊撃虫人》はまきついた部分を斬り落として自由を確保する。
そこに、ティッカリの声が通路に響いた。
「とや~~~~」
重々しい音と共に殴穿盾で《機工兵士》を押しつぶし、行動不能にしたようだ。
これで残るは《遊撃虫人》だけだと、テグスは気合を入れ直した。
すると、何を思ったのか《遊撃虫人》は急に背を向けて、通路の角の向こうへ走り去ろうとする。
逃げられてはたまらないと、テグスは追って角から顔を出そうとして、気配察知に異常を感じて慌てて首を引っ込めた。
眼前に甲冑に包まれた足が蹴り出される。
思わず、ティッカリが倒した《機工兵士》に目を向け直して気付く。
「あの、罠にかけたやつ!?」
あの傷で倒せてなかったことと、通路の角を使った作戦を《魔物》側も使ったことも驚く。
その驚愕した硬直の隙に、テグスの軽装鎧に黒い手が伸びてきて掴み、そして角の向こう側への遠くへと投げ飛ばされた。
「テグス!」
ハウリナの心配そうな声が聞こえたが、テグスはそれに応える暇は無い。
素早く空中で身を捻りながら、集中状態へ入り、投げ出された通路の罠のない場所を把握する。
そして、足から安全な場所に着地し、小剣二本を構えながら集中をいったん解いた。
テグスの視線の先には、片方の手首を失った《遊撃虫人》と、千切れかかった両腕を持つ《機工兵士》が立っている。
そして、ハウリナたちがやってくる前にテグスを倒す積りなのだろう、一斉に襲い掛かってきた。
「こっちを仲間と切り離すなんて、知能があるなんてッ――」
小剣と《魔物》側の間合いに入り、テグスは集中状態に再び入る。
《遊撃虫人》と《機工兵士》の動きを把握して先読みし、小剣を振るっていく。
テグスの攻撃を、《遊撃虫人》は鎌で《機工兵士》は鎧で防ぎながら、反撃してくる。
小剣と鎌と蹴り足が交差し、一進一退の攻防が続く。
しかし段々と、二対一では集中状態の利点が生かしきれないと、テグスは悟る。
片方の動きを読みきろうとすると、もう片方がおろそかになる。
だが、両方を満遍なく読もうとすると、慣れの問題だろうが、見落としが多くなり予想外の攻撃に繋がった。
しかも悪いことに、《遊撃虫人》と《機工兵士》はお互いの行動を見越した連携までとってくる。
《遊撃虫人》鎌の攻撃に対処すれば、甲冑で覆った足で蹴られそうになり。《機工兵士》を先に倒そうとすると、少し強引に黒い外殻を持つ腕や足が割って入ってくる。
手や腕が欠けた状態でこれだ。
仮にどちらも健全な身体だった場合、もっと状況は悪かったと分かる。
じり貧になりつつある状況ではあるが、テグスに焦る気持ちは沸いてこない。
体当たりしてきた《機工兵士》に、鎧の隙間から小剣を指し入れ、その剣を千切れかけの腕で押さえ込まれても。
動きが止まったテグスに、《遊撃虫人》が鎌を振り下ろしてきても、焦りは無かった。
なにせ、飛来した矢が《遊撃虫人》の後頭部を貫き、《機工兵士》の後ろ首に黒棍が叩き込まれると分かっていたのだから。
テグスは集中状態を解き、少し重たい疲れを頭の中に感じながら、助けてくれたアンヘイラとハウリナに声をかける。
「ふぅ。助かったよ」
「どういたしましてです」
「助かりましたね、多少でもこちら側にも罠発見の技術があって」
どうやら、アンヘイラは罠を見極めて回避していた分だけ、救援が遅れたと謝っているようだ。
残るティッカリとウパルとアンジィーも、通路を怖々と罠を避けて歩いてくる。
「あらかじめテグスに罠の場所を教えてもらってないと、歩くのがちょっと怖いの~」
「もう少しだけでも、看破力が必要に感じられる事態にございますね」
「で、でも、それなりに、場所は分かりますから、必要ないじゃないでしょうか」
近づいてくるのを待ちながら、テグスは少しだけ四十五層から出る四種の《魔物》の評価を改めていた。
どうやら、同種ではなく別種と組むと、途端に連携が巧みになる特色があること。
恐らく数が増えれば増えるほど、厄介さが上がるであろうこと。
まだ特色があるかもしれないが、以上の二点だけでも、力押しし可能の無い《探訪者》より、危険な相手であることがわかった。
そんな事を考えていると、回収作業をしていたハウリナが覗き込んできた。
「テグス、お疲れです?」
「いや、大丈夫。でも、目的だった《遊撃虫人》は倒せたし、防具を作りにいくために引き返そうか」
全員が合流して回収作業が終わると、長居は無用とばかりに引き返し、先ずは《下町》へ向かうのだった。




