207話 問題は収まり、次の《魔物》へ
テグスの急激な身長の増加は、一巡月もすると落ち着きを見せた。
「これで、成長した身体の動きの把握が終われば、四十五層にいけるね」
一先ずの身体の急変が終わったことにほっとしているテグスを、ティッカリとアンヘイラがしげしげと見つめる。
「成長を目にしてないと、別人だと勘違いされそうなの~」
「声も少し変わりましたしね、以前より」
ほんの少し前まで少年といった風貌だったのが、一気に青年の顔と体つきに変わっていた。
身長は頑侠族のティッカリよりかは低いものの、迷宮都市に住む人間種の中では大柄な部類に入る。
声もより落ち着いた響きのあるものへと変わり、指も長く細くなっていた。
しかし、急に大きくなったため、手足の筋肉量が追いついてなく、凄く細身に見える外見をしている。
服は行商人から身の丈にあった物を買っていた。
だが、《重鎧蜥蜴》の鱗を使った鎧兜は、成長を見越した余裕分を食いつくし、《下町》の職人の手による丈直しが入って、どこと無く間に合わせっぽい見た目と化した。
それらを総合して全体的に見ると、背が高いだけの優男といった感じが拭えない。
「わふっ。大きいことは、いいことです」
「成長なされたとしても、心根が変わるわけではございませんしね」
「で、でも、なんだか、すごく、お兄さんって感じで、いいと思います」
「お兄さんって、ジョンのことを考えると、褒められている気がしないなぁ……」
ハウリナ、ウパル、アンジィーも、テグスほどではないが成長し、より系統がしっかりと分かるようになってきた。
「テグスの成長止まったです。なら直ぐに追いつけるです」
ハウリナは胸や尻といった部分を後回しに、身長と共に筋肉の成長が見られる。
顔つきも狼らしいというと語弊があるが、澄ましていれば冷たい印象の整った顔に見えてしまうだろう。
でも、変化が大きい表情はそのままなので、喋ったり感情を露にすると逆に子供っぽく見える。
「こちらとしましては、もうそろそろ成長が止まって下さると、ありがたいのですけれど」
ウパルは伸びる身長と共に、女性の特徴がはっきりと現れる体つきになってきた。
いまでも日増しに大きくなり続けている胸元が、貫頭衣状の防具が内から押されて盛り上がっている。
伸びて袖から覗く手足には皮下脂肪が薄く張り、みずみずしい柔らかさが見て取れた。
言い方は悪いが、その優しげな表情も相まって、非情に男好きしそうな感じがしている。
「い、言っていることが大きくて、誤解されてますけど。ああ見えて、お兄ちゃんは、しっかりしているんです」
最後のアンジィーはというと、背の伸びが先の二人より遅れていた。
体つきは、ハウリナよりは胸と尻は育っているのに、子供から一歩脱却できていないような、幼さが見え隠れする不思議な成長の仕方をしていた。
そんな少女とも大人ともいえない中途半端さと、気弱な表情も合わさって、どこか田舎娘といった感じが強い。
テグスは三人を順に見てから、最後に自分の鎧を見下げた。
「これは直ぐにでも、防具の素材を集めないといけないね」
ハウリナたちは防具の余裕範囲内に成長が納まっているが、もうそろそろ手直しを入れるという段階に差し掛かっている。
どうせなら、この際に一気に新調してしまおうと考えるのは無理の無い話だろう。
そんな算用をしている横で、サムライが軽くうな垂れていた。
「その前に、大扉から刀が見つかるとよう御座りまするが」
「まあまあ、ここからですよここから」
「そんな簡単に目当ての物が得られるはずがないでしょう、刀系統など元々出るかどうかすら怪しいのですから」
「……そうで御座りましょうな。気長に待つが吉で御座りますな」
全員で装備を整えてると、《下町》から四十五層へ目指して進んでいくのだった。
道中の《魔物》との戦闘は慣れたものだ。
成長期の四人は、伸びる身長から慎重に戦いを進めていく。
その分だけ、ティッカリが頑張っている。
「てや~~~~~」
殴穿盾と防具の防御力任せに接近し、《騙造機猿》と《射果双樹》を殴り、一撃で粉砕する。
サムライに習った、殴る際の身体の動かし方を実践しているからか、威力が前の五割り増しになったように見えた。
「あまり時間もかけられませんね、四十五層にいくのでしたら」
アンヘイラも《贋・狙襲弓》を使って、《千攻触手》を矢で串刺しにし、《諸爆石犬》を爆発させて進む。
その道中で、大扉が現れればテグスの出番だ。
「ん~っと……はい、開いた」
大きくなった手では不器用になるかと思いきや、長く成長した指が細かに動き、以前より短時間で罠を解除してのけた。
極限的な集中状態の移行も、滑らかに行われているので、仲間が周囲を警戒するのもほんの短時間で済んでいる。
開けた大扉の中には、通し穴がある鞘に入った大きな武器が、二つ置かれていた。
「おおー、念願の刀系統の武器で御座りまする! 一つは野太刀、もう一つは長巻で御座りましょうか」
サムライが発した聞きなれない武器名に、テグスは首を傾げる。
すると、アンヘイラが口を耳に寄せてきた。
「ほぼ似ていて長い刀身が特徴の武器ですね、長巻の方が柄が長いという違いはありますが」
説明を受けて観察すると、鞘に入っている刃の長さは、確かに両方同じようだ。
野太刀が両手剣並みの柄なのに対し、長巻は槍のように長い柄が備わっている。
「長巻っていう方は形からすると、槍みたいにして使うものなの?」
「基本は振り回して刃で薙ぐ武器ですね、突く使い方も出来ますが」
テグスは見た目から使い方を想像してみる。
間合いが広くて戦い難そうだが、振り回す分だけ隙が大きそうな武器に感じた。
そして、槍のように突くことが主眼に置かれていないということは、習熟するのも苦労しそうな気がする。
テグス自身はあまり使いたいとは思えない武器だった。
しかし、サムライはすんなりと、その長巻の方を手に取り、布縄で腰の後ろに吊るしてしまった。
「えっ、そっちでいいんですか? 希望するなら《鑑定水晶》を使って特徴とか調べますけど?」
「それは無用に御座りまする。これぞ、一撃必倒の武器で御座いますれば」
嬉しげに鞘を取り払い、刃を天井に浮かぶ光球の光に晒す。
その刃は、テグスが持つクテガンが作った剣とは、また違った模様が走っている。
切り立った山の稜線のような、激しく燃える炎のような、そんな筋が刃の部分にのみにあった。
見つめていると、その模様が首に迫ってくるような気がして、落ち着かない気分になる。
「これは良い物に御座りまするな。では、早速試し振りをば」
サムライも気に入ったようで、長巻の長い柄を幅広く持ち、一度、二度と上下に振るう。
「ふむふむ。振りやすいが、威力が刃先に乗る、業物で御座りまするな」
感触に満足がいったのか、玩具を与えられた子供のように、嬉々とした笑みを浮かべている。
技術を教えてもらう報酬を手渡せたことに、テグスは胸を撫でおろした。
「じゃあ、サムライさんの武器も見つかった事ですし、今日でお別れということになりますね」
「うむ。大変に世話になった。いやはや、一巡月も同道するとは思いもよらなかったに御座りまする」
「それでどうしますか。僕らは四十五層に行って、防具の素材を集めに行くんですけれど」
「今日までは仲間に御座りまするしな。同道いたそう。ついでに、この長巻の使い心地も確かめられればと」
そういうことならと、テグスたちは再び四十五層への道を歩き出した。
四十五層に着いた。
今までよりも、さらに道幅が広くなり、天井が高くなった通路が広がっているう。
だが、出てくる《魔物》は、四十一層から四十四層までと一緒だった。
「あれ? この層から《魔物》が変わるはずなんだけど……」
「新たな《魔物》が本格的に現れるは、この層の半分ほどからに御座りまするよ」
「サムライは、来たことあるです?」
「うむ。祖国から持ってきた刀では、新たな《魔物》の一部には通じなかったので御座りまする」
「木をすぱっと斬っちゃうのに、駄目だったの~?」
「此度出会った際に、理由をご覧頂ければ、幸いに御座りまするな」
四十五層の地図を作成しながら進んでいくと、事前に調べては居たが、見るのは初めてな《魔物》が二匹現れた。
その《魔物》は、手に持つ武器が真新しい両手剣と斧槍という違いはあるが、鈍い銀色の全身鎧を着た人型だった。
「あれって、《機工兵士》だよね。もう半分も進んだのかな?」
《中一迷宮》の図書館で読んだ通りの外見だったので、迷い無く判断がついた。
だが、アンヘイラが作成している地図によると、この位置はまだ最初の最初の様に見える。
「いやいや。真ん中を越してくる固体もおりますゆえ」
サムライは、長巻ではなく打刀の方を抜く。
そして、ハウリナに教えている一気に最高速を出す、瞬足を使って駆け出した。
あっという間に《機工兵士》に近づくと、一匹を斜め斬りにし、もう一匹の胴を横に薙ぐ。
その際に、金属が切り裂かれる甲高い音がした。
サムライが鞘に打刀を収めると、着られた部位の鎧が落ち、続いて《機工兵士》自体も地面に崩れ落ちた。
「この《魔物》は、まだ倒せる部類で御座りまする」
あっさりと斬ってのけた、《機工兵士》の鎧。
テグスが手に持って調べると、単純に剣で切れるような代物ではないと分かった。
「鎧の素材になるのに、簡単に斬れちゃうはずがないんだよね」
そもそも、テグスたちが図書館で入手した情報から、新たな防具の素材にしようとしている一つに《機工兵士》の鎧がある。
そんな鎧をすんなり斬った、サムライの技量に、テグスは驚くばかりだった。
「あ、あの。こ、この鎧って、貰ってもいいですか?」
そんな中、アンジィーがおずおずと尋ねると、サムライは声をかけられると思ってなかった様子で驚いていた。
「勿論、よう御座りまするよ」
「あ、ありがとうございます」
ぺこりと頭を下げたアンジィーは、テグスたちを呼び寄せると、《機工兵士》を剥ぎ取りにかかった。
複雑な着せ方をした鎧をどうにか外すと、中から出てきたのは人そっくりなナニカだった。
片方は男でもう一方は女の形をしている。髪や目などがあり、皮膚の感触も同じ。
だが、直感的に人ではないと、無機質な表面を見て分かる。
証拠に、サムライに斬られた場所を見ると、骨の代わりの金属が、内臓の代わりの管が通っているのが分かった。
「その中身も、好事家に喜ばれるそうで、高値で取引されてるそうに御座りまする。行商殿は、人形趣味、とか申して御座りましたな」
「まあ、精巧な造りだから、分からなくはないけど……」
こんなものがあったら、不気味でしょうがない気が、テグスにはした。
何はともあれ、二匹の《機工兵士》を回収して進むと、今度はサムライが斬れなかったという《魔物》と出会えた。
「あの大きさからすると、《深緑巨人》だね」
「こ~んなに高い天井に、頭が擦っているの~」
緑色の肌を持つ細長い猫背の人型なのだが、ティッカリの四人分はありそうな天井に頭が届いている。
「これを倒すのが骨で御座りまするよ」
試しにと、サムライが打刀で斬りつける。
大きさのさもあって、両断出来たのは、人間で言うところの脛の骨だけだった。
「あれ? 斬れているよね」
「見るです。なおっていくです」
ハウリナの指摘で、テグスも理解した。
斬られた場所が、木の瘤のようなもので覆われて、塞がっていくのだ。
「オ、オ、オ、オ、オ、オ、オ、オ」
攻撃されたことに気がついたのだろう、《深緑巨人》はゆっくりとした動きで手を伸ばす。
サムライは逃げつつ、腕に打刀を振るう。
深々と走った刀傷が、少ししてまた塞がっていく。
「このような風にて、苦戦していたので御座りまする」
十分にテグスたちに見せたと判断したのだろう、サムライは打刀を仕舞うと、長巻を抜いて掲げ持った。
「それでは、参りまする!」
瞬足で近づき、力の限りに長巻が振られる。
加速された長い刃が、《深緑巨人》の足へ深々と入り、そのまま両断して抜けた。
「オ、オ、オ、オ……」
《深緑巨人》は脚を失って崩れた体勢を、壁に手をついて倒れるのを防いでいる。
両断された傷は塞がれど、手足が切り離されると再生はしないらしい。
そこに、サムライの長巻が容赦なく振るわれる。
もう片方の足を斬り飛ばされ、《深緑巨人》は堪えきれずに仰向けに倒れていく。
サムライは頭の落下地点に先回りし、長巻を振るって首を斬り落とした。
重たい音を立てて倒れた《深緑巨人》は、もう動かなかった。
「ふむ。これは良い業物を手にしたものに御座りまする。テグス殿たちには、重ねて感謝の弁を申させて頂くに御座りまするよ」
そして、倒した《深緑巨人》は好きにして良いといわれた。
皮膚がウパルの新たな貫頭衣の素材の一つになると、本に記載されていたので、有難く回収させてもらうことにする。
肉も、本では豆を押し固めたような味のする可食部とのことで、少しだけ切り取っておいた。
 




