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204話 少しの変化

 一巡月ぶりに《下町》に戻ると、大して変化は無さそうに見えた。


「だからこそ、お前らの持ってきたお土産が、嬉しいんだろ」

「うひょー、酒だ酒だ。見慣れぬ酒が来たぜー!」

「つまみも、大量に勝ってきてくれているなんて。ありがたや、ありがたや」


 自由市で買い集めたものを、良く使う食堂の顔見知りに配ると、大変に喜ばれた。

 早速《下町》には来ない類の酒や、保存手段によって味がことなる干し肉などで、宴会が始まる。

 その姿を見て、変化の乏しいからこそ、こういう憂さ晴らしが必要なのだろうと、テグスは納得した。


「そういえば、マッガズさんたちが見えませんが、下層にいっているんですか?」

「ああ、あいつらなら。連れの女に大当たりしたから、どうするか宿で話し合っているんだろ」

「当ったって、《魔物》の攻撃がですか?」

「馬鹿言え。女で当たったとなりゃ、これよ、これ」


 ぽんぽんと樽腹を叩いて見せる。

 少し首を傾げてから、テグスはやっと理解する。


「ああ、子供が出来たってことですね。えっと、確かこういうときは、おめでとう、って言いに行けばいいんだっけ?」

「そうです。お祝いにいかないとです!」 

「妊婦さんにお酒と味の濃い食べ物って、大丈夫だったっけ~?」

「間が悪うございますね。地上にいるときでしたら、買いに走れたのでございますが」


 ああでもないと話していると、丁度良くマッガズが食堂にやってきた。


「あ、マッガズさん」

「おお、坊主たち。帰ってきてたのか」


 呼ぶと男臭い笑みを浮かべて、近くにきたので、地上から持ってきたお土産を渡す。


「おめでとうです!」

「お子さんが出来たって聞いたの~。おめでとうなの~」


 祝いの言葉をかけると、マッガズは少し困ったような顔をする。


「何か問題ごとがあったんですか?」

「いや、ミィファのことの話し合いは無事に終わったよ。そうじゃなく。めでたいとか、おめでとうとか、言われまくっていてな。こう、食傷気味なんだ」


 酒を飲みすぎたような、うんざり顔をしていた。

 しかし、周りで宴会をしている探訪者たちは気にした様子もなく、話題となる中心人物がやってきたことで、より酒がすすむようで――


「うらやましくも、きっちりヤルこと決めやがった、竿野郎に!」

「これからしばらく、《下町》から消えるであろう、幸せ者に!」

「「子供ができて、おめでとう!」」


 勝手に音頭をとって、酒盛りの材料にしてしまう。

 恐らく、何かあるたびに宴会のダシに使われているのだろう、マッガズはまたかといった表情だ。


「さっき、話し合いが終わったって言ってましたけど。この後、どうするんですか?」

「ミィファの腹の問題があるからな、医者が見つけ易い地上に住むことになった。場所は、とりあえずは《中心街》で、より良い場所が見つかれば移動する。仲間を解散するかは先送りして、子供が生まれてから話し合う。ってことに決まった」

「そうなんですか。少し寂しい気もしますね、なんだかんだと節目に会ってましたから」

「こっちもそんな感じだ。ミィファなんか、まだ大して出てない腹さすって、坊主みたいなやつに育てるなんて、気の早いこと言ってるんだぜ?」

「僕なんかよりも、もっと良い目標になりそうな人を、それとなく勧めておいてください」

「《探訪者》として、坊主ほど大成してるやつは、早々いないと思うがな。その都市で、あだ名付きだしな」


 その後、軽く食事を交えて、短い間だけ話した。

 マッガズは宿にいるミィファと仲間の分の料理を持って、帰っていった。

 もう出会うことはないかもしれないと思いつつも、テグスは彼の後姿に再度、新しい門出の祝福を願ったのだった。





 一日休みをとって、次の日からテグスたちは、再び四十一層から先へと向かった。

 作成した途中だった四十三層から先の地図を完成させるため、歩き回っていく。

 《魔物》を倒し、罠と隠し通路を見つけ、大扉を開けてお宝を回収する。

 前と変わらない風景のように見えるが、少し変わった点があった。


「また、大扉があったです」

「じゃあ、集中するから警戒はよろしくね」


 先ずは、テグスが大扉を開ける際に、極限的な集中状態になることを始めたこと。

 少しでも早く没入出来るようになるためと、集中状態に慣れる訓練だが、思わぬ収穫もあった。

 普段は一つずつ順々に、解除できる罠を探すのだが、この状態で大扉を見ると、どこをどう解除すればいいか、頭に思いつくのだ。

 お蔭で、素早く大扉を開くことが出来て、結果的に日帰りでも多くのお宝を集めることが出来るようになった。

 変わったことはそれだけではない。

 テグスが集中状態の入り方を伝えてから、ハウリナたちも練習をしていた。

 その所為なのか、全員に何かしらの変化が起きていた。

 ハウリナは、より遠くまで気配を探ることが出来るようになり。

 ティッカリは、もっと膂力を引き出せるようになり。

 アンヘイラは、矢の狙いがさらに鋭くなり。

 ウパルは、《鈹銅縛鎖》の動かす滑らかさが向上していた。

 そんな中、一番の変化があったのはアンジィーだろう。


「闇の精霊さん~♪ あの《魔物》の足を引っ張ってね~♪」


 図書館で精霊について見識を深めたのとの相乗効果か、以前なら暗い場所限定だった、闇の精霊魔法での攻撃が出来るようになっていた。


「えっと、その、精霊さんの居場所を、ぼんやり感じられるようになって。そ、そうしたら、もっと協力してくれるようになった、んだと思います」


 アンジィーはそんな風に自分の変化を語ったが、テグスがいくら集中しようと精霊の場所は感じられなかった。

 そんな、新しい変化を受け入れつつ、日を過ごす。

 やがて、階段から階段までの分だが、四十四層までの地図が完成した。


「じゃあ、明日から四十五層に挑んでみようか」

「わふっ。新しい《魔物》と戦うです」


 次の日の予定を立てながら、この日も大扉からお宝を回収して《下町》に戻った。

 そして、行きつけの食堂に入ると、懐かしい顔と出くわした。


「あれ、サムライさんじゃないですか。森の層で木を斬るのは止めたんですか?」

「おお。久しゅう御座いまするな。今は、夜の森にて黒い木を斬っておるで御座いまするよ」


 サムライの周りには、確かに作業員の人たちが談笑しながら料理と酒を楽しんでいた。

 手招きされたので、テグスたちも同じ机につく。


「場所を移動したのは、なにかの心境の変化があったんですか?」

「いやなに。『扉明け』という、お宝発掘者が現れたとのこと。これは一度、ご尊顔を拝し、が願いを聞き届けてもらえぬかと交渉しに参った次第で御座りまする」

「はぁ……」

「もうそろそろ、その御仁が帰って来られる時間帯と耳にし。こうして喫食しつつ、お待ち申し上げている訳で御座りまするよ」


 テグスとその噂が結びついていないのか、サムライの語った事情に対して、どう反応すれば良いのか悩む。

 しかし、あまり長い間放置しても申し訳ないと、おずおずと手を上げた。


「ん、どうしたので御座りますか?」

「あのー、その噂の人物って、僕らなんですが」


 伝えると、サムライは大げさに見えるほどに驚き、テグスたちの背負子にお宝が入っているのを見て、再度驚いてみせた。

 そして、机に額をつけるほどに頭を下げる。


「お願いする立場であるのに、これは大変申し訳ないことを。目の前におられるのに、あのような失礼の物言い。平に、平にご容赦の程をお願いするもので御座りまする」

「い、いや、そんなに大げさに謝らなくて良いですから」


 サムライの様子を見て、早めに言い出してよかったと、テグスは少し安堵感を覚えていた。


「それで、僕らに何のようがあるんですか?」

「はっ。入手なされた宝の中に、刀や太刀に類する物があれば、譲って欲しいとお願いに参ったので御座いりまする」


 仰々しい態度で話すので何かと思えばと、テグスは拍子抜けした。


「いいですよ。でも、いままで見たことがないので、期待しないで下さい」

「見つけた際の支払いはこんなものでしょうか、顔見知り価格で」


 すかさずアンヘイラが机に水で金額を書く。

 それを見て、サムライの顔が強張った。


「うぬぅ……もう少々、お安くはならぬもので御座りましょうか?」

「価格は勉強しますよ、なにか他に取引できるものがあれば」

「ふむむっ……ならば、戦う技術を売ろうと思うので御座りまするが」


 サムライの戦いぶりや刀さばきを思い出し、魔石や硬貨では代えられないものを手に入れる好機と、テグスは判断した。


「分かりました。有用そうなものがあれば、求めている武器を見つけた際には、無料で差し上げます」

「おお、かたじけない。では、しばらく同道いたして、手渡す戦技を吟味したく思うので御座りまする」

「それなら。明日、四十五層にいってみて、《魔物》と戦ってみようと話していて。それに同行する形になりますけど、それで良いですか?」


 そう尋ねると、サムライは少し心配そうな目をする。


「四十五層に入るのは、恐らく初めてで御座りまするな?」

「はい、そうですけど。実力はちゃんと伴っていると思いますよ」

「いえいえ。力の程を心配はしては御座りませぬ。しかしながら、以前より少し身長がお伸びになられたご様子ゆえ、成長期に入られたのではないかと思った次第に御座りまする」


 背が高くなったかと、テグスがハウリナたちに目で問いかけるが、首を捻られた。


「えっと、身長が伸びるのと、四十五層に行くのを渋るのに何の関係があるんでしょう?」

男子おのこの中には、短期間で一気に背が伸びる方も居られるゆえ。もしその体質で御座りますれば、成長期に身体の成長に感覚が追いつぬことがあり、戦うのは危のう御座りまする」

「それが僕にも当てはまると?」

「栄養をたんまりと取っておりまするのに、十三、十四と身長が変わらぬ時期がある男子に、多い特徴に御座りまするので」

「なるほど。なら、仮に一気に伸びるようなことがあれば、四十四層までで様子見ということで良いでしょうか?」

「それでよう御座りまする。技を伝えた方が、直ぐに死去されるのは、残念至極で御座りますゆえ」


 都合よくそんな時期は来ないだろうと楽観していた。

 しかし、サムライの言葉が引き金になったかのように、テグスの身長がこの日から一気に伸び始めたのだった。






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