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201話 本気な騎士の片鱗と試験

 同じ宿を取ったテグスたちとベックリアたちは、翌日に同行して【中一迷宮】へと向かった。

 昨日会うまでに、兵士と予備騎士を求めるという宣伝は行っていたようで、黒山の人だかりが出来ていた。


「去年より多くいますね」

「うむ。外壁の内側――〝外殻部〟の方々で、本日試験をすると触れ回っておいた成果であろう」


 革鎧を着た格好が多いことから察するに、ほとんどが〝外殻部〟で実力が及ばなかったり、安定した身分を手にしようとする《探訪者》たちだろう。

 しかし、大々的に触れ回った所為だろう、《青銅証》を持って無さそうな風体の人も混ざっている。

 恐らくは、不真面目な検問を素通りして、〝雑踏区〟からやってきた人たちだ。

 そんな彼ら彼女らの真ん中を、ベックリアは一人で突っ切り、《中一迷宮》の前で向きを反転する。


「よく集まってくれた。今日これから、諸君らの実力を確かめさせてもらう、ベックリアという。我が目に適ったあかつきには、兵士として、または予備騎士として遇することを約束しよう」


 凛とした声と佇まいに、集まった人たちが一瞬息を呑み、約束を聞いて熱気が吹き上がる。

 しかしながら、どこにも跳ねっ返りというものは存在するようで――


「おいおい、行き遅れのアバズレがなんか言ってやがるぜ?」

「こんなのが実力を見るだってよ。来たのに無駄足だったな」

「ここは、その腐れた下半身丸見せしながら、『どうか兵士になってくださいませぇ~、お願いしますぅ~』、って足をおっ広げるところだぜ!」

「ぎゃはははは、そりゃいいぜ。脱ーげ、脱ーげ!」


 話を聞いて茶化しに来たのであろう一角から、下品な笑い声とはやし立てる声が上がる。

 それに対して、周囲にいる人たちの反応は様々だ。

 迷惑そうにするものいれば、ベックリアが女性だからと不安視しているものや、同調して囃す声を上げるものもいる。

 さて、ベックリアはどうかというと。意外なことに、微笑みを浮かべている。

 しかして、それが見せかけであると、彼女と戦ったことがあるテグスには分かった。

 何せ、戦気や闘気という類の雰囲気が、ベックリアの身体から吹き出ていると感じるのだから。


「ほほぅ。面白い発言だ」


 つかつかと靴音を立てて、笑い囃す一角へ歩き出す。

 流石に至近距離になると、危険だと他の人でも分かるのか、道を譲るように人が割れていく。

 やがてベックリアが接近し終えた、その一角の人たちは大人数だと感覚が麻痺するのか、恐れる様子は見えない。


「へへっ。なんだ、泣きつきに来たのか?」


 旅装のベックリアの腰を抱こうと、男が手を伸ばす。


「品位下劣なため、不適格だ。そして、下種に生きる資格はない」


 手が触れる直前にそれだけ言うと、鞘から抜く手を見せない剣捌きで、一人を瞬く間に斬り殺す。

 突然の事態に呆然とする人たちの間を剣閃が駆け抜け、続けて四人の首から血が吹き出た。


「応戦だ――」

「やっち――」


 我に返り号令を上げようとする人から順に、ベックリアの剣が喉を刺し貫いていく。

 声を上げない人でも、その合間に太腿の内側や鎧の合わせ目などに剣を突き立てて、致命傷を負わせていった。

 やがて、あまりに血しぶきが上がるために、赤い霧が出たように風景に霞がかかる。

 おおよそ、二十人を血溜まりに沈めると、ベックリアは顔をめぐらせて周囲の顔を見ていく。


「諸君らは、下品な言葉を使ったかね?」


 べっとりと返り血がついた笑顔を向けられた人たちは、言った言わないに関係なく、一様に黙って首を横に振った。


「ふむ、そうか。しかしながら、殺して良い相手というのは、手加減の必要がないので気が楽なものだ」


 手で顔の血を拭い、来た道を引き返していく。

 それを黙ってみる人たちにあった大小の侮りは、この異様な実力を見てなくなっていた。

 再び《中一迷宮》の出入り口の前で、ベックリアは人たちに向き直る。


「さて。今から試験を始めるわけであるが、怖気づいたのなら帰るのを止めはしない。どうする」


 問われて、からかい半分で来たような人たちが、慌てて何処かへ去っていく。

 しかし、残る人たちは《迷宮都市》を抜け出す好機に懸けているのか、生唾を飲み込みながらも踏みとどまっている。


「ふむふむ。では、試験内容を伝えておこう。合格基準は単純である。この私の身体、および服に、少しでも傷をつけることが出来たら適格者として認めよう」


 言葉を聞いた瞬間に、ざわざわと人の間に漣のような音が蔓延する。

 漏れ聞こえる声には、無理だと諦めるものが多い。

 それを、ベックリアは手を上げて止めさせた。


「まあ待て、慌てるでない。流石にこの人数を、私一人でこなすのは骨である。ゆえに、他にも達成条件は存在する」


 ベックリアは、ジョンを始めとする連れてきた人たちと、テグスに向かって手招きする。

 ジョンたちと共に、昨日約束したのだからと、テグスもベックリアの横へ並ぶ。


「この者たちと、こちらが用意した木製武器にて立ち会い、見事打倒出来た者も適格としよう

「「おおーー!」」


 追加条件を聞いた人たちは、テグスやジョンたちの容姿を見て、これならばという声を上げる。

 特に、並んでいる中で背が低いテグスに視線を向けてから、声を出す人が多い。

 そのことに少し腹を立てたものの、表情には出さずに、視線の元を辿って顔を覚えておくことにした。

 対戦することになった場合、少し懲らしめてやろうと思ったからだ。


「うむ。では、一層の適当な場所にて、実力を見させてもらおう」


 ベックリアを先頭に、ジョンたちと集まった人たちが進む。

 テグスは仲間たちと合流してから、最後尾を歩いていく。

 その際に、見える範囲の人たちの実力を量るのも忘れない。

 大体の強さが分かったところで、隣を歩くハウリナが少しつまらなそうな顔をしていることに気がついた。


「どうかしたの?」

「あの人たち、テグスと遊んでもらえて、うらやましいです」

「遊びとはちょっと違うと思うんだけど……」

「木の棒で戦うの、遊びと同じです」


 不満げな顔から、本気の言葉だと分かる。

 そういうことならと、テグスは考え――


「じゃあ、後で木の棒で戦ってあげようか?」

「ほんとです!? 楽しみです!」


 聞いた言葉で一気に気分がよくなったように、ハウリナの尻尾が幸せそうに揺れている。

 その姿を見て、テグスだけでなく他の仲間たちも微笑んでしまう。

 そうしてから、ティッカリは心配顔になると、テグスの耳に口を寄せる。


「こんな人数を相手にするなんて、大丈夫なの~?」


 さらに、目で手伝おうかと問いかけてくる。

 しかし、テグスは首を静かに横に振った。


「きっと、大丈夫だよ。それに、ティッカリたちに手伝ってもらうのもちょっと難しいだろうし」

「どうしてです?」

「戦うのなら出来るの~?」


 ハウリナとティッカリだけでなく、アンヘイラたちも不思議そうにしているのが、テグスにはおかしく思えた。


「そうだなぁ。アンヘイラとアンジィーは遠距離専門だし、ウパルは中距離と拘束が戦い方だから、相手の実力が良く分からなくなっちゃうよね」

「鎖という特殊武器を相手取った結果では、実力の判別も難しいものがございましょうしね」

「近距離戦主体の人が的確ということですね、相手の力を見るには」

「そ、それに、模擬戦なのに、矢が当たったら、危険ですもんね」

「ティッカリは木製の武器を折らずに扱うのは難しいだろうし。そしてハウリナは、手加減できるの?」

「たしかに、きっと壊しちゃうの~」

「てかげんは、ムリです!」


 なるほどと全員が納得してから、テグスは量った平均値を元に、どう戦うかを考え始めるのだった。


 


 昨年と同じく、《中一迷宮》の行き止まりの大きな広間にて、選別試験が行われていく。


「だあああああああああ!」

「どうした。使い慣れた武器であろう?」


 ベックリアと相手をする人は、自分が使い慣れている武器で襲い掛かる。

 刃引きのない剣を相手にしても、涼しい顔で白い盾で防ぎ、反撃に平手で相手の顔を殴る。


「どうしたのか。せめて、こちらに剣を抜かせてみせよ」

「く、この、おりゃああああああ!」


 実力差を感じて破れかぶれになったのか、剣を上段に構えて突っ込んでくる。

 ベックリアは慌てずに、失望したような表情を浮かべると、高速の蹴りを革鎧のある腹に叩き込んだ。

 吹っ飛んで地面を転がって動かなくなった相手を無視し、並んでいる人の方へ手招きをする。


「次。来るがいい」

「くそ。やってやる、やってやるぞ!」


 今度の槍持ちの相手は、慎重に距離を詰めてから、矢継ぎ早に突きを繰り出す。

 それをベックリアは、次々に盾で受けつつ、威圧を高めて相手により高い力を発揮するように求めていく。

 戦おうと並んでいる人たちは、少しでも有利になるような情報を得ようと、血眼で戦いを見つめている。

 そんな高次元な戦いを見せる場所から離れたところで、ジョンを始めとする人たちが、木製の武器を使用して戦っていた。


「ぐぎぎぎ。いい加減、合格させろや」

「負けるなど、ご免被る。これでも、兵士の班長に取り立ててもらっているのでな!」


 同年代の青年と競り合いながら、ジョンは両手剣を模した木剣を扱って、終始優勢に戦いを運んでいく。

 再開した当初は旅装で気づかなかったが、一年間に比べて筋力と体格が増したようだった。

 さらに、以前は攻撃に比重を置いた戦い方だったのが、攻守の割合が平均的なものに変わっている。

 しかしながら、ベックリアが連れてきた他の兵士らしい人たちはというと、木の盾を使った防御に比重を置いた戦い方をしている。

 そのために、ジョンが相変わらず攻撃偏重なように見えるのが不思議だ。

 一方で、ハウリナたちは壁際に座って、暇そうに干し肉や干し果実などの保存食を齧って観戦している。

 そんな風景を見ていたテグスに、声がかけられる。


「よそ見して、戦う気があるのか!」


 声の方向へと視線を戻すと、攻撃し疲れて息も絶え絶えな男がいた。

 テグスは質問されたことに対して、小首を傾げながら考える。


「実力を見ろといわれたんですけど、基準で困っているんですよね」

「て、手前ェ!」


 侮られたと思ったのか、顔を真っ赤にして大きい木剣を振り下ろしてきた。

 左右の手に一本ずつある、小剣を模した木剣で弾いて逸らす。

 そして、相手が見えるであろう速さで、目に向かって片方だけ振るった。


「どぅわっ!?」


 慌てて避けたようだが、体勢が崩れきってしまっている。

 なので、テグスは容赦なく相手の喉元に、振るわなかった方の木剣の先を突きつけた。


「ちょっとそこで止まっててください。ベックリアさん! 合格の基準って、どの程度なんですか!?」

 

 テグスが大声で尋ねると、ベックリアは白い盾を使った体当たりで相手を吹っ飛ばしてから、顔を向けてきた。


「ジョン未満なら不適格だ! 君が苦戦する以上なら、予備騎士として適格とする! よし、次だ。こい!」

「ありがとうございます!」


 返答に返事を返してから、テグスはにっこりと木剣の先にいる人に笑いかける。


「――というわけで、貴方は兵士として合格ということで。後一歩で、予備騎士に合格でしたよ」

「お、おう。そ、そうなのか?」


 負けたのに合格と言われても納得し辛いのか、しきりに首を捻りながら下がっていく。

 一方で、物差しの基準として使われたジョンは気落ちしてから、一転して実力を見せ付けるように対戦者を叩きのめし始めた。

 テグスは頑張るなあと感想を抱いてから、次の人に視線を向ける。


「おう。頼まあ」

「はい。どうぞ」


 今度の相手は木製の斧を持った人が相手だ。

 テグスが木剣を握り直すと、突っ込んできた。


「ぬううううううん!」


 重々しい風切り音とともに、木斧が横へ振られる。

 一歩下がって避けながら、素早く脳内でジョンと比較をしていく。

 その間に、二撃目の打ち下ろしを二つの木剣を交差させて受ける。と見せかけて、斜め前へ踏み出して避け、がら空きの胴を剣で撫でた。


「はい。不合格」

「この程度、まだやられたわけでは――」

「不合格ったら、不合格ッ!」


 抗議の声は、軽く跳んでから首筋に木剣を叩き込み、失神させて黙らせた。

 このままでは試験の邪魔になるので、引きずって端に転がしておく。


「お待たせしました。次、どうぞ」


 剣を構えて待つが、中々次の対戦者がこない。

 不思議に思って並んでいる人を見ていると、顔を青くしている人と、馬鹿だと笑っている人に分かれている。

 どうしたのだろうかと、耳を済ませてみた。


「――げっ、それ本当なんですか!?」

「そうとも。一人の少年と、棍持ちの獣人の少女、変な盾を持つ巨女、宗教服の少女、残り二人の女は弓を使う。という特徴が合っているからな。あれが、扉明けと呼ばれているやつらで間違いない」

「あんなナリで、商人たちが注目し始めた《探訪者》なんて、見た目詐欺だろ」

「やっぱ、こっそり列を変えようかな。年下とはいえ、《大迷宮》の下層に行く人相手に、勝てる気がしないし」

「いやいや。随分と優しい戦い方してくれているぜ。見てみろよ、あっち。実力が拮抗しているから、戦いが長引いているぜ」

「そうだな。負けた人でも合格できるようだし。列はこのままで良いのかもな」


 と言った感じの会話が、列の端々から聞こえてきた。

 テグスは、知らない人に知られているくすぐったさを覚えながら、聞こえていない振りをして少し大きめに声をかける。


「あのー、次の人はいないんでしょうかー?」

「お、おおよ。待たせて悪かった」

「いえいえ。どうぞ、きてください」

「行かせてもらうぜ。どぅりゃああああ!」


 この人を素早く倒して失格を告げると、次々と人数をさばいていく。

 元々、テグスの実力を知って並んでいる人もいたからか、別の列よりも合格者が多い。

 それでも、苦戦するという相手には当たらなかった。

 もっとも、そんな実力のある人は《探訪者》として一定の成功をしているだろうから、兵士や予備騎士になろうと考えないはずなので、当然の結果と言えた。


「はい。貴方も合格です」

「よっしゃ。あんがとな」


 最後の人まで戦いきってみると、列が消化したのは、ベックリアに次いで二番目だった。

 腕で浮いた汗を拭っていると、ベックリアが微笑みながら近づいてきた。

 その笑顔に、テグスは嫌な予感がした。


「やあ、テグス君。まだまだ元気そうだ」

「ええまあ。一人にかける時間を極力短くしたので」

「それは重畳。ものは相談なのだが、少し頼みたいことがあるのだが。引き受けてもらえないだろうか?」


 まだ試験を終えていない人たちが多くいるのを見て、テグスはなにを頼むか予想がついた。


「他の列の人を、多少受け持つってことですよね?」

「情けないことだが、ジョンたちが疲れ始めているのでね。このままだと、適格でない合格者が続出しかねない。頼めるか?」

「それなら仕方ないですね。この後に、ベックリアさんと戦うので、あまり疲れたくはなかったんですけど」

「うむ。こちらも戦うのを楽しみに思っている。お互いに肩慣らしの積りで、身体を温めておこうではないか」


 元の位置に去っていくベックリアに、テグスは肩をすくめる。

 その後、再分配された人で出来た列を、順調に消化していった。

 一方で、ジョンたちは戦う人数が少なくなって気が楽になったのか、あと一踏ん張りだと体言するように、疲れた身体に鞭打って戦っているようだった。


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