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200話 三度の再会

 図書館から転移し、地上へと戻った。

 とっぷりと日は暮れていて、辺りは建物から漏れるランタンの火と、天空からの月と星の明かりで照らされている。


「調べ物をしていましたら、すっかりと夜でございますね」

「お腹、減ったです」

「食料運びの報酬のお金で食べてから、宿を探そうか」


 《探訪者ギルド》の支部に着くと、果たした《依頼》の報酬を受け取る。

 先に帰った空腹だった一団は約束を守ってくれたようで、彼らの報酬の半分が上乗せされていた。

 そのお金を持って、《外殻部》の支部近くの食堂へ向かう。

 しかし、冬が明けで騒ぐ《探訪者》たちと、自由市にやってきたらしい行商人とその護衛たちで、ぎゅう詰めになっていた。

 酒盛りが始まっていて去る気配はなく、荷物があるテグスたちが入れる隙間も、残念ながら無さそうだ。


「仕方ない。別のお店に行こう」

「空いている屋台で済ませませんか、面倒ですし」

「それだけじゃ、足りないです」

「あ、あの、なら、テグスお兄さんたちと合流するまえに、行っていた料理店が、あるんですけど」

「アンジィーちゃんのお勧めのお店なの~?」

「は、はい。量が多くて、安くて、いいお店でした」


 全員が興味を抱いて、アンジィーの先導でその料理店に向かってみることにした。

 場所は貸家が多い場所の、少し奥まったところ。

 少し遠目で見ると、人が二十人も入れないほどの、住宅を改造したこじんまりとした店だった。


「外に、人がいるね。中が一杯なのかな?」


 しかしここにも行商人たちが来ているのか、出入り口の扉のところに、十数人もの人が立っている。

 その先頭にいる人は、扉を開けて中に何か声をかけている風に見えた。


「えっ。そ、そんな。いつも、空いていたのに……」


 残念そうに俯きかけたアンジィーは、急に顔を上げると、扉を開けて喋っている男へと猛然と走り出した。

 何時もとは違う様子に、テグスたちも慌てて後ろを追いかける。


「――ここの店が良いといった、俺の面子を潰す気なのか!」

「ですから。これだけの人数を賄える食材がないものでして」


 店に近づいてくると、言い争っている声が聞こえてきた。

 しかしながら、アンジィーは義憤に駆られて走り出すような性格ではないのにと、テグスだけでなくハウリナたちも首を傾げる。

 すると、走りよる勢いのままに、アンジィーが怒鳴っている男の頭を平手で叩いた。

 

「あっ痛ッ! 誰だ、このスページア・エンター・インサータスの後ろ頭を叩いたのは!?」

「お兄ちゃん! 一方的に怒鳴って、恥ずかしいと思わないの!!」

「お前に兄と――お、おお! アンジィーじゃないか。仰々しい革鎧を着ているから、気がつかなかったぞ!」


 明かりで顔が判別できる距離まで来て、テグスたちも気がついた。

 体格がよくなり旅装だったので分からなかったが、アンジィーの兄であるジョンだった。

 再開に喜び抱きつこうとするジョンの頭を、再びアンジィーが平手で叩いた。


「そんなことより、お店の人に謝るのが先でしょ!」

「い、いや、しかしな。食材がないと、ふざけた事を――」

「冬が終わって直ぐなんだから、こういう小さなお店には、そういうこともあるでしょ!」

「むぐっ。久々の再開だというのに、容赦がないな、妹よ」

「なにが、妹よ、よ! 格好つけたって似合わない!!」


 ぽかぽかと胸元を両手で叩きながら、ほぼ一年ぶりの再会だからか、アンジィーの目に薄っすらと涙が浮かんでいる。

 泣く子にはジョンも弱いのか、短く唸ってさせるがままにしている。

 会えたことは良かったと思いながらも、どうして騎士になりに行ったジョンがいるのだろうと、テグスは不思議に思った。

 そして、彼の同行者に視線を向けると、大多数の知らない顔の中に、見知ったものが一つあった。

 女性ながらも精悍な顔つき、左手には特徴的な白い盾。


「げっ。ベックリアさん!?」

「相変わらず酷いな、テグス君は。そちらの兄妹の姿とは言わないまでも、笑顔で挨拶をする程度には親交があるであろうに」


 思わずテグスが身を引くと、女騎士のベックリアは苦笑い混じりながら、朗らかな笑みを返してきた。

 過去の彼女と少し違う雰囲気に、思わず二度見をしてしまう。


「なんだか、性格が少し丸くなりました?」

「ああ、まあなんだ。身の回りが多少変化したものでね」


 周りからよく言われた言葉なのか、慣れた様子で肩をすくめて見せる。

 嫌がっている様子はないため、よほど良い変化だったのだろうと予想が出来た。


「今年は去年連れていた二人がいない換わりに、ジョンたちを連れてきたんですね。それで、また僕を勧誘しにきたんですか?」

「そのことも含めた積もる話しは、食事をしながら――と言いたいところだが、この店は食材がないそうなのでね」


 視線を店へと向けると、扉の前で涙ぐむアンジィーをジョンが慰め、その向こうに困り顔の店主がいた。

 テグスは兄妹を通り過ぎると、店主の男性に声をかける。


「あの、本当に食材が無いんですか?」

「ええ。少し前に来た方々が、冬が明けた打ち上げだと、大半を食べつくして行きまして」

「でしたら、どこかこの人数が入れそうな食堂に、心当たりはありませんか?」

「それでしたら――」


 三つほどの店を教えてもらえた。


「ベックリアさんたちも、別の店に移動でいいですよね」

「このまま、この店に迷惑をかけても、料理は出ないであろうしね」

「ジョンとアンジィーも、泣いてないで、いくです」

「あ、はい。ごめんなさい」

「なっ、泣いてなんかいないぞ。それと、俺の名前はジョンではなく、スページア――」


 ジョンが喚き始めるのを尻目に、テグスたちとベックリアの一行は、別の店へと歩き出した。

 途中、ジョンへ同僚らしき兵士たちが、アンジィーとの感動の再会を揶揄して再現するのだった。




 教えてもらった二件目に空きがあり、テグスたちは入る事ができた。

 大人数なので、壁際の席に纏めて座る。

 その際に、テグスは案内してくれた店員の手に、数枚の銀貨を乗せる。


「これで、適当に料理を出してください。ティッカリ、お酒飲むんでしょ?」

「喉が渇いているから、エールをなみなみで欲しいの~」

「残るこちらは、果実水を所望いたします」

「料理、肉が多いとうれしいです」

「畏まりました。お代はそちらの旅人風の人たちも含めて、でよろしいので?」

「その通りです。ほらさっさと頼んでください、料理の前の飲み物を」

「年下に奢られるのは心苦しいものがあるが、厚意に甘えよう。こちらもエールを」

 

 ベックリアが率先して頼むと、彼女の同行者たちも注文を出す。

 全て聞いてから、店員は引き上げると、差ほど時間をおかずに飲み物を人数分持ってきた。

 全員が杯を持ち、それぞれの目が、テグスとベックリアに分けて集中する。

 何を求められているかを悟り、二人は顔を見合わせると同時に杯を掲げる。


「不意の再開を祝して」

「兄妹の再会と、新しい出会いに」

「「かんぱーい!」」


 一気に杯の中を飲み干すと、狙ったように机の上に料理が並べられ、再び同じ飲み物が全員に配られる。


「さて、じゃあ食べようか」

「お腹、ぺこぺこです」

「んぐんぐ、ぷはぁ~~~。次は、甘めの果実酒が欲しいの~」

「出してもらってばかりでは悪い。こちらも出させてもらおう」

「ほら、お兄ちゃんも、遠慮せずに食べて食べて」

「お、おう。な、なんだか、押しが強くなったな、妹よ」


 食事を始めると、テグスたちの側にベックリアが、ジョンたちの側にアンジィーが入り込むような形になった。


「ぽんと銀貨を出すとは、テグス君は随分と稼いでいるようだね」

「《大迷宮》の下層まで行けてますからね。お金の使い道がなくて、溜まる一方ですよ」

「ほほぅ。そんなに稼げるのかね、《迷宮都市》の《大迷宮》とは」


 テグスとベックリアは、気安いとまではいかないものの、顔見知り程度の態度で会話を続けていく。


「それで、そちらの近況はどうなんです?」

「この地に来たのは、昨年と同じで兵士や予備騎士候補を集めるためだ。去年は意外と掘り出し物がいて好調だったためだ」

「そうじゃないかと思いましたけど。でも聞きたいのは底じゃなくて、なんで少し性格が穏やかになったかという点ですよ」

「前の私が荒々しかった、と捉えられかねない言い方だが」


 二人の様子を見て、ハウリナは少し面白く無さそうな顔をする。


「ぶすっ。テグスが、構いっきりです」

「でも、お互いに楽しげじゃなくて、情報収集って感じなの~」

「考えながら喋っている感じですね、どこまでの情報を開示するか」

「ほら、ハウリナさん。お肉のお皿が参りましたよ」


 一方で、ジョンたちはというと。


「おい、スページア――いや、ジョン。良くできた妹さんじゃないか」

「え、あ、あの、その、そんなこと、ないです」

「こういう控えめなところも愛らしいな。可愛らしい妹って感じに」

「ふん。俺に一度すら剣技で勝てん相手に、妹を紹介などしてやらん!」

「もう、お兄ちゃん。実の妹をだしにするなんて、信じらんない」

「い、いや。そういうつもりではなくてだな。そいつは、女癖が悪いから、牽制のつもりでな」

「ぶははっ。兄妹ならではの、気安い態度だな!」


 アンジィーを話題の中心に据えて、大盛り上がりしていた。

 そのまま会話を続けていて、唐突にテグスが大声を上げる。


「ええー!? ベックリアさん、婚約、したんですかー!!」


 少し棒読みな感じなのは、面白げに歪んだ口元で分かる通りに、わざとだからだ。


「こ、こら。声が大きいじゃないか」


 慌ててベックリアが口を押さえようとするが、もう遅い。

 居合わせた周りの客から、口笛が飛び、婚約を祝う乾杯の音頭が上がる。


「ひゅーひゅー。おめでとう! 良い子を作れよ!」

「ようこそ、男の墓場へ!」

「おい、気が早いぞ。まだ婚約なんだろ。そこは、ちゃんとものにしろって激励して、墓穴に落とすところだろうが」

「羨ましい、良い顔の青年に!」


 大半は見た目で、男性と勘違いしているようだった。

 ベックリアは祝われて嬉しくも恥ずかしがりながら、間違われて素直に喜べない表情をしていた。

 そんな彼女を、ジョンたちが取り囲む。


「婚約の件、知らなかったですよ、騎士ベックリア。相手は誰なんですか?」

「同じ騎士なんですか、それとも貴族と?」

「あーあ。これが知れ渡ったら、男女共に絶対に泣く人が出てくるよ」

「悲しむのは、むしろ女性の方が多いんじゃないか」


 根掘り葉掘り聞こうとする全員に、ベックリアは鋭い視線を投げかけて黙らせた。


「ええい、黙れ。だが、そこまで言うなら教えてやろう。私の婚約相手は、在野上がりながら城に勤める文官だ。廊下で出くわした際に、お互いに一目で恋に落ち合ったのだ」


 黙らせた割には、目に恋を浮かべて、嬉しげに語りだした。

 どうやら、愛しい人のことを喋りたくて仕方がないらしい。


「そ、それは、劇にありそうな、素敵なお話ですね」

「そうだろう、そうだろう。上司に結婚しろとせっつかれていたが、これで一つ煩わしさが消えたことも幸いだ」


 アンジィーも女性らしく恋の話に食いつき、さらにベックリアの相貌が嬉しさで崩れる。


「しかしながら男女逆な気もしますが、ありふれた劇の役柄としては」

「「……ああー」」


 アンヘイラの指摘に、ジョンたち側が納得したような声を漏らす。

 だが確かに、見目麗しい男性騎士と城勤めをする勤勉な女性に性別を換えると、一気に恋物語の度合いが増したように感じられた。

 皆の感想を見たベックリアが不満そうな顔をするので、テグスは慌てて話題を変えようとする。


「そんな幸せそうな婚約をしたのに、《迷宮都市》に来ていいんですか?」

「いいのだ。これが国の外に出る最後の任務になるのだからな。兵士と予備騎士候補を見つけ連れて帰っれば、直ぐに挙式だ。それからは、後進の育成に力を入れろと言われている」

「なんだか、随分と急な気がしますけど」

「年齢的に行き遅れだということと、上司が引退するのでな」


 意味深な言葉の内に潜むであろう理由が、テグスはよく分からなかった。

 そのことについて尋ねる前に、ベックリアは杯の中身を飲み干すと、唐突なまでに話題の転換をしてきた。


「さて、テグス君は明日は暇かな?」

「暇といえば、暇なのかな?」


 調べ物は終わったので、《下町》に戻って四十五層に挑むという目的はあれど、緊急性のあることではない。

 むしろ、道程に日数がかかるので、ベックリアに付き合って数日消費しても、差はあってないようなものだ。


「それは重畳。ならば、兵士や予備騎士候補を選定する作業に付き合ってもらいたい」

「構いませんけど。どうせ最後には、僕と戦う積りなんでしょ?」

「ふふっ、その通りだ。なにせ、随分と力をつけたように見えるので、楽しみで仕方がない」


 獲物を狙う肉食獣のような瞳を見て、テグスは安請け合いをしたのは失敗だったと思った。


「……誰だよ、ベックリアさんの性格が丸くなったって言ったの」

「それ、テグスです?」


 ハウリナの不思議そうな口調の的確な言葉に、テグスは思わずうな垂れたのだった。


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