197話 露店巡り
地上に戻ってみたものの、まだ少しだけ外の街道が開通するには早かったようだった。
予定が空いた日があり、所持金に余裕がある。
なので、テグスたちは《中心街》の宿屋で、長く滞在した《大迷宮》で溜まった心身の疲れを、全て取り払うことにした。
「はぐはぐ。《下町》と同じで、美味しいです」
「倍以上こちらの方が安いですけどね、冬の終わり頃で値上がりしているのにも関わらず」
「んぐんぐ、ぷは~。お酒は、地上じゃないと飲めないのもあるの~」
「葡萄酒とかないよね。瓶詰めのお酒は、ほとんど酒精が高いものばかりだし」
「大扉から見つけた小麦を売った際、これでちゃんとしたエールが作れる、と食堂の料理長さまが喜んでおいででございましたしね」
「で、でも、エールもあった気がしますけど?」
「材木を運びで帰ってくる人と行商人から買い取った、携帯食の焼き固めたパンで作ったらしいよ」
「元が同じ麦なら、同じような方法でお酒が出来るはずなの~」
《迷宮都市》で一番良いものが揃う《中心街》で、テグスたちは飲み食いし、柔らかなベッドで眠るを繰り返した。
そんな極楽のような生活を四日間行い、先払いしていた分がなくなったので、テグスが代表して宿の受付に追加料金を支払いに向かう。
「お客様は、街道が開通するのをお待ちでございましたね?」
「はい。《外殻部》で自由市が立つのを待ってます」
「でしたら、明日から向かわれるとよろしいと思います。昨日、第一陣が入ってきたと知らせを受けておりますので」
「もう来ているのなら、今日向かった方が良いんじゃないですか?」
「それは早計というものです。入ってきた行商の方々は、恐らく本日は、既存の商人へ挨拶回りに向かっておられるかと」
理由に納得したテグスは、今日の分に加えて多少の情報量を上乗せしたのだった。
日が昇りきった遅い朝に、テグスたちは数日を過ごした宿から出て、《外殻部》へと向かった。
「人が少ないです」
冬の光景が抜け切れていないように、道行く人の姿はまばらだった。
「冬の間は多くの人が籠もっているから、外の街道が開通したっていう話が伝わるのは遅いだろうね」
テグスも宿屋の人が教えてくれなければ、多くの人が外へ出だした頃にようやく気付くぐらいだろう。
「人が少ないのでございましたら、それだけ珍しい物が手に入るのではございませんか?」
「なら、珍しいお酒を買い込んじゃうの~」
「そ、それなら、《下町》のお土産にも、買いましょう」
話しながら《外殻部》の自由市に到着してみると、一年前はあれだけいた人が嘘だったかのように閑散としていた。
露店や屋台を開いている商人は、やってくる人が少ないのを見越していたらしく、のんびりとした雰囲気で周囲と会話をしている。
「人がいなくて、歩きやすいです」
「なんだか、やる気がなさそうなの~」
「その割には、店先に並んでいる品物は良い物な気がするね」
周囲の露店に視線を向けると、中々に見を引く品物が並んでいる。
実用的な造りをした、新品の武器や防具。
堅牢に作られた、背負子や鞄。
保存食が入った壷と樽に調味料。
《迷宮都市》でよく消費されるものが、大量に並んでいた。
かと思えば、使い方が不明な異国の道具があったり、華美な装飾のある外套があったりもする。
中には、木彫りで作った、虎に似た像なんていうのもあった。
「あれらは餌のようなものですよ、明日以降に客を招き寄せるための」
「目玉商品、というものでございますね」
「像に引き寄せられる人って、いるのかな~?」
「木像なんて、薪にしかならないもんね」
そんな商人自慢の一品を見ながら歩き、ティッカリ主導でお酒と、それに合う保存食を購入していく。
装備品や道具も一通り見ていくが、多くは《下町》や《中町》にあるものより一段以上も劣っている。
実用性に劣る見た目だけのものに関しては、実用主義なテグスたちの目には、魅力的には映らない。
「ん? あの人は」
テグスはふと路地脇に視線を向けると、ある人を見つけ、近寄っていく。
「去年もここに居ましたね。売れ行きはどうですか」
「……誰だ?」
敷物の上に座っていた男が、テグスを怪訝そうな目で見上げる。
「風で矢を打ち出す魔道具を買ったんですけど、覚えてませんか?」
「思い出した。少し大きくなって、雰囲気も変わったから気付かなかった」
「身長は差ほど変わっていないって、言われたんですけどね」
苦笑いしながら、広げられている品物に目を向ける。
一年前と同じで、作るのに失敗した魔道具を売っているように見えた。
どんな物なのだろうかと想像していると、店主に視線を向けられていることに気がついた。
「どうかしましたか?」
「いや。あの魔道具は捨ててしまったようだと思ってな」
テグスの装いのどこにもないのを見て、肩を落としている。
「ちゃんとまだありますよ。最近ではあまり使ってませんけど、改造して持ってますよ」
「改造って、どんな風にだ?」
「アンジィー。渡してあげて」
「は、はい。こ、これ、です」
改造された魔道具をしげしげと見つめながら、店主は眉間に皺を浮かべる。
「重要な持ち手の部分しか残ってない上に、なんだこの塞がった筒は」
「筒に小さく開けた穴から粉を噴き出して、目くらましとか目潰しに使うようにしたんです」
「……試しに動かしてみても?」
「いいですよ。中身は単なる小麦粉ですし」
店主は周りの迷惑にならないように、粉吹き魔道具を地面に向けて動かした。
放たれた小麦粉が、地面に打ち付けられて舞い上がり、ゆっくりと落ちていく。
「なるほどな。こういう使い方もありだな……良ければだが、これを交換してくれないか?」
「敷物の上に並べられている魔道具と、ですか?」
「研究用に持っていきたい。仲間に伝えるときに、言葉だけよりも説得力がある」
最近では使っていなかったが、粉吹きの魔道具は不良在庫ではない。
どうしようかと、所有者であるアンジィーに目を向ける。
「あ、あの、持っていっても、構わないかなって」
「あれば、何かに助かるかもしれないよ?」
「に、似たことは、精霊魔法でもできますから……」
予想外の返答に、テグスは目を瞬かせた後で納得した。
アンジィーなら、闇の精霊か風の精霊にお願いすれば、目くらましや目潰しが出来るだろう。
「持ち主がそう言っているので、交換でいいですよ」
「良かった。なら、どれを持っていく?」
並べれられているのを見てみる。
十個ほど並べられていて、どれも見た目が違う一品物だった。
「僕らは《探訪者》なので、《迷宮》内で役立ちそうなのってどれですか?」
テグスの問いに、店主は少し悩んでから、金属製の小さな杖のような物を手に取る。
「これは、先から火を噴く杖だ。《魔物》を火で包む事が出来る」
売り文句は立派だが、テグスは単純にそのままではないだろうと予想した。
「でも。ここで売っているって事は、何かの欠陥があるんですよね」
「……ああ。この先から火が出るんだが。出るのは一瞬で、届く距離は一歩分だ」
「それでは役立ちませんね、目くらましにもならないですし」
「もう少しだけでも、遠くに届くのでしたら。後衛に持たせるなどの、活躍の場もあるのでございましょうけれど」
「い、一瞬だけだと、薪に火をつけるのだって、できません」
「ああッ!」
急に大声を出した店主に、テグスたちは何事かと身構え、周囲を見回す。
しかし、どこにも不審な人は見当たらなかった。
「そうか、なるほど。威力を小さくして、長く留めるか。しかしそのままだと、点火の魔術に取って代わることは……」
視線を再び店主に向けると、火を噴く杖の改造案を考察を呟いていた。
どうやら、アンジィーの発言が契機になったようである。
「考察は後にしてください。それよりも、他に良いものはありませんか?」
「あ、ああ、すまない。なら――これはどうだ。水が湧き出る革の水筒だ」
「……もしかして。水が一気に出て破裂したり、口から噴き出したりするんじゃないですか?」
「うぐっ。ま、まあ、それと似たようなことが起きる」
「なら革より頑丈な壷で作ったら良いのに~。それで、お酒が出てくるもっと良いかな~」
「なるほどッ! いや、酒が出る方を研究した方が実入りが……後にしよう。次はこれだ」
と、次々に紹介をしてくれるが、どれもこれもが惜しくも使えない性能ばかり。
最後に残ったのは、指一本分の厚さがある長方形の、平たい陶器の板だった。
底の面だけに小さな魔石が嵌められ、特殊な処置が施されているように見える。
「これって何なんですか?」
「魔道具で盾を作ろうとした時の試作品だ。壊れやすい陶器で作って壊れなかったら、薄い金属の盾に応用しようとしたんだが……」
「これぐらいの厚みがないと、壊れちゃうってことですか」
「そうだ。いや、単に斬るだけなら、どんなものにも耐えられるんだ」
試しにと、店主が魔道具を起動する。
そして、所持していた短剣の刃を、力強く表面に数度こすり付ける。
離してから両方を見ると、陶器板の方には傷はなく、短剣の刃が少し潰れていた。
使えそうなのにとテグスが店主に目を向けると、肩をすくめる。
「だが、衝撃を加えると割れてしまう。振らない剣があるわけでなし。そもそも打撃武器という物に耐えられないようではな」
「無理そうですね、金属盾や木の盾に応用しても」
「作ってはみたが、衝撃で金属が歪み、木が破断して魔道具としての機能が損なわれた」
テグスは説明を受けながら、どうにか使えないかと頭を捻った。
そして思い浮かんだことを、こっそりとアンヘイラへ耳打ちする。
すると、感心した目を返してくれた。
「ということで、この陶器の魔道具と交換します」
「あ、ああ。いいのか?」
何が『ということ』なのか分からない様子だが、店主は無事に交換できて安心したようだった。
《外殻部》で宿屋を取り、部屋の中で今日買い込んだ物を整理していく。
多くはお酒と、その肴となる保存食品が多い。
「お酒は、珍しい三本をお土産に残して、あとは全部飲んじゃうの~」
「はぐはぐ。硬い干し肉、しょっぱくて美味しいです」
ティッカリとハウリナは、早速味見をしている。
「それにしましても、大したものは見当たらず。残念でございましたね」
「外から流れてくる物より、《中町》か《下町》の方が良い物が多いしね」
武器防具は言うに及ばず。
傷薬や道具も、品質が劣るものばかりだった。
それでも、何にでも使える安い布や、外からしか手に入らない香辛料とお茶の葉などは買っておいた。
「あ、あの、それで、陶器の魔道具って、何に使うんですか?」
「ああ、これね。アンヘイラ、先に使うよね」
「ええ。そろそろ我慢ならなかったので、切れ味の悪さに」
アンヘイラはテグスから魔道具を手渡されると起動し、表面に投剣の刃を当てて砥ぎだした。
「ああ、砥石にするんだ~」
「《虎鋏扇貝》の貝殻を入れて硬くしたやつが、砥げなくて困ってたんだよ。当てて擦った短剣の刃が潰れてたから、出来るんじゃないかなってね」
「も、もしも出来たら、テグスお兄さんの剣にも、使えますね」
結果はどうかと見守る。
少しして手を止めたアンヘイラは、油灯ランタンにかざして、刃の具合を確かめ始めた。
傍目にだが、より鋭さが増しているように見える。
「及第点といったところですね、この魔道具の砥ぎ具合は」
ふっと陶器板の表面を吹くと、削れた投剣の粉が飛んだ。
「しかしながら。ないわけではないですね、これに問題点が」
実際に砥げているのにと、首を傾げるテグスに、アンヘイラは陶器板の底を見せる。
「魔石を一つ消費します、投剣一本を砥ぐのに」
「小さいものが使われてはいたけど、かなり燃費が悪いね」
手で隠せるほどの剣身で魔石一つだと、テグスの黒直剣と小剣を砥ぐには少なくとも五個以上は必要になりそうだ。
それでも、鋭さに不満のある刃が砥げるとあれば、良い交換だったと思い直したのだった。




