195話 二つの弓
四十一層に入るようになって、二巡月が経過した。
未だにテグスたちは、四十二層までしかいけていない。
「ちっとも、前にいけないです」
「《魔物》には、大分慣れたのにね~」
地力を上げることには成功していて、不意打ちなら四匹まで、不意を撃たなくても二匹までは倒せるようになっていた。
「行商人や《探訪者》に良い武器を売ってくれと求められてますからね、大扉を開け続けた所為で」
「い、意外と、大扉を開ける人、少なかったようですよね」
「武装の強化に繋がることでございますが、命懸けで挑むことはあまりしないようでございましたね」
「でも。お蔭で、四十五層以下の話も聞けるようになったよ、ねッ。よし、開いた」
すっかりと手馴れた調子で、素早く大扉を開け、中の罠も取り払っていく。
終わってから、ハウリナたちを中へと呼んだ。
「ようやく、僕らにとって当たりがきたよ」
「おー、弓があるです!」
中の壁に掛けられていたのは、テグスの身長程の弓と、鞘に入れられた曲剣だった。
近づいてよく見てみる。
弓は黒い細革を全体に巻いた素朴な外見で、素材が何で出来ているかは良く分からない。
一方で曲剣の方は、豪華にも鞘と柄に緻密な装飾と宝石がつけられていた。恐らく、剣身にも見事な飾りが施されていることだろう。
「綺麗な見た目なの~。思わず剣の方を取っちゃいそうかな~」
「商人の方ならば、迷いなく曲剣の方をお選びになられるでしょう」
美術品といわれても納得するほどの綺麗な姿に、ティッカリとウパルが目を奪われている。
「必要ないでしょう、実用的ではなさそうですし」
「きらきらして、変です。弓の方が、カッコいいです」
一方で、アンヘイラとハウリナは、悪趣味だという目を曲剣へと向けている。
「え、あの、今回のは、両方取れたりしないんですか?」
「残念だけど、無理だよ。取り合えず、《鑑定水晶》の出番かな」
テグスは背負子から濁りがほぼない水晶を取り出すと、素朴な弓へとくっ付けた。
「ワレ、願う。この弓の真なる名称と、その役割を知る事を」
水晶が少し光り、やがて消える。
テグスは天井にある光球に透かして、中に出現した文字を読んでいく。
『銘:悪戯女神の《贋・狙襲弓》
効:本物よりは遅いが、高速で矢を打ち出す。
悪戯女神が、夫の狩猟神のものを真似て作った試作弓』
贋物という意味の古代文字を見て、テグスの眉間に皺が寄った。
「どうしたのですか、そんな顔をするなんて?」
「ちょっと待ってて」
念のために、装飾過多な曲剣に《鑑定水晶》を使ってみる。
『銘:剰飾曲剣 効:無し』
よりどうしようもない結果に、テグスの表情が引きつった。
「ハズレ、だったです?」
「取り合えず、説明して欲しいかな~」
「ああ、うん。先ず、弓の方だけど――」
説明をしていくと、ほぼ全員が困った表情を浮かべた。
「欲しはずの弓が、ニセモノだったです」
「あ、あの、それなら、高く売れそうな、剣の方がいいと思うんですけど」
「贋物であっても、効果がある弓の方が、よろしいのではございませんでしょうか?」
どうしようかと顔を見合わる。
しかし、唯一納得顔をしていたアンヘイラが、あっさりと《贋・狙襲弓》を手に取ってしまった。
「迷う必要などないでしょう、弓を手に入れることが扉を開ける目的の一つでしたし」
「贋物なんだけど、いいの?」
「使用し続けますよ、持っている弓よりも良いのならば。もしくは売れば良いのです、使ってみて駄目でしたら」
試すように、三度弦を引いて放つを繰り返して、アンヘイラは満足顔になった。
「良い手ごたえですね、手放すのは惜しいぐらいの」
「まあ、アンヘイラが良いならいいけど……」
他の面々も使う人が良いのならと納得し、曲剣は残して大扉から立ち去った。
四十二層から《下町》へと引き返す最中、《魔物》の気配を感じ取った。
隠れて襲撃できる場所まで素早く移動すると、テグスが代表して物陰から内訳を見てみる。
《諸爆石犬》二匹、《射果双樹》二匹という、今まで見たことのない組み合わせだった。
テグスは静かに身振りで種類と数を教えると、長鉈剣を引き抜いた。
すると、アンヘイラが自分に任せろと返してきた。
弓の効果を確かめたいのだろうと理解し、他の面々に援護を伝えた後で、任せると返信する。
音を立てないように矢を二本抜き、《贋・狙襲弓》一本を番え引いていく。
そして陰から出ると、片方の《諸爆石犬》へと放った。
今までの弓なら避けられてしまうので、二の矢が必要だった。
その手馴れで、手にある矢を番えようとする。
しかし、必要はなかった。
何せ、矢に反応した《諸爆石犬》が跳んで避ける前に、高速の矢が顔へと突き刺さったのだから。
攻撃を食らって《諸爆石犬》は自爆し。巻き込まれてもう一匹も爆発した。
テグスは矢の速さに少し驚いていたが、爆風で巻き上がった煙が晴れる前に駆け出し、見極めていた罠のない場所を踏んで《魔物》たちへ近づく。
煙の向こうにいた《射果双樹》は、二度の爆発でボロボロだった。
それでもテグスに攻撃をしようとする。
「『刃よ鋭くなれ(キリンゴ・アクラオ)』!」
刃物のような硬い針と円形の葉っぱや、松ぼっくりと胡桃に似た実が発射される前に、鋭刃の魔術を長鉈剣にかけて斬りつける。
斬り込むと、硬い粘土を木のナイフで切るような速度で、一匹目を切れ味と力任せに両断。
返す軌道で、二匹目も斬りつけて、横へと断っていく。
最後の足掻きか、振るった枝を打ち付けてきた。
「はい、残念だったの~」
急いでテグスの踏んだ場所を辿って追ってきたティッカリが、振るわれた枝を両方の殴穿盾を合わせて受け止める。
その間に、長鉈剣は振り抜かれ、《射果双樹》は上下に分かれて動かなくなった。
「ふぅ……贋物なのに、あまりに矢が速くて驚いちゃったね」
「射た後のアンヘイラちゃん、結果にちょっと驚いていたの~」
振り返ると、アンヘイラが空弓を引いては放つを繰り返して、首をしきりに捻っていた。
本当にあの矢の速さは、彼女の埒外だったらしい。
「矢のことは後です。さきに、木の実を回収です」
追いかけてきたハウリナは、爆発の前に押さえるのが間に合わなかったのか、頭の獣耳の根元を揉んでいた。
テグスが大丈夫かなと目を向けると、気にしないようにというように、獣耳を軽く動かして見せる。
そして、黒棍の先で硬い葉の間にある二種類の実を出しては、背負子の中へと入れていく。
「これって、お酒の良いあてになるから、大好きなの~」
ティッカリは、足元に転がっている胡桃のような実を拾って握り割ると、中の可食部を摘んで口に入れる。
テグスも横から中身へと手を伸ばした。
少し硬いが、噛んで細かくしていくと、軽いチーズに似た味と口の熱で溶けた植物油の粘り気が、もったりと口に広がっていく。
「美味しいんだけど、何時までも口に残りそうな味なんだよね」
「だからこそ、高い酒精の酒で洗い流すと最高なの~」
早く《下町》でお酒が飲みたいと、表情に浮かんでいる。
仕方がないなと、さっさと《射果双樹》を魔石化して、隠し通路を利用して素早く引き上げていく。
その途中、再び大扉を発見し、折角だからと開けてみると、再び二種類の武器を発見した。
片方は、簡素な造りの大きな丸い盾。
もう片方は、少し大きめな連射式の機械弓だった。
まさかという気分で、テグスが《鑑定水晶》を、胴体部に引く機構がついた機械弓に使ってみると――
『銘:悪戯女神の《機連傑弓》
効:連続して、矢を高速で射ち出す機械弓。
夫の狩猟神が改良して、使い勝手が向上している』
先ほど見つけた《贋・狙襲弓》に似たものだった。
「二巡月も探し回って見つからなかったのに、なんで今日は一気に二つも見つかるかな……」
「こういうのって~。見つかるときは、あっさり見つかるものなの~」
「あきらめなかった、ごほうびです」
「な、なにはともあれ、戦力は増しましたよ」
テグスはなんだかなと思いつつ《機連傑弓》を取り、アンジィーへ手渡すと、《下町》に帰る道を再び歩き出したのだった。




