17話 鍛錬と勉強
ハウリナという仲間を意図せず手にしたテグスは、とりあえずレアデールの薦めもあって、暫くは《小三迷宮》と孤児院にてハウリナの成長を待つ事になった。
「あおおおおおぉぉん!」
「よいしょっと。これでハウリナの背負子も出来たっと」
朝早くに鉄棍を手に持ち、なまくら短剣三本を後ろ腰に装備した箱鞘に入れて動き回る、ハウリナ。
背負子を背に、左腰に剣を吊り、右腰にはなまくら短剣五本を入れた箱鞘、腰の後ろはボロ布を持ち手に巻いて偽装した《補短練剣》を入れた木鞘の装備なテグス。
そんな格好で二人は《小三迷宮》に潜る。
ハウリナが倒した《白芋虫》を背負子に入れたり。ハウリナが鉄棍で叩き折った《徒歩枝》の素材と紐を使って新しい簡易背負子を作り、ハウリナにも《白芋虫》と《徒歩枝》の素材を集めるのを手伝わせたり。支部では集めた《徒歩枝》の素材だけ換金したりする。
「はぐはぐはぐはぐ」
「もぐもぐもぐもぐ」
「はい、もっと食べて良いからね~」
《白芋虫》に加えて、得た鉄貨で買った食材を、レアデールに調理してもらい、孤児院の子たちと一緒に食べる。
大量に狩り過ぎたと思われるほどの《白芋虫》は、大食漢のテグスと競い合うように食べるハウリナのお腹の中へ。
「はい、ハウリナちゃん。『私の名前はハウリナです』」
「私、の、名前は、ハウリナ、です」
「もうちょっと滑らかに喋りましょう。はい」
「私の、名前はハウリナ、です」
レアデールが幼い孤児たちが昼寝で暇な間に、ハウリナの言葉遣いの訂正をする。
テグスは孤児院の外で、熟練が足りない腰の片刃剣の扱いに慣れるため、素振りをして過ごす。
「じゃあ夕飯の為に、狩りに行くよ」
「はい。狩り、に行くですよ!」
夕飯までの残り少ない時間を、迷宮を駆け回って《白芋虫》を中心に集め回る。
時間が決まっていたので、二人の背負子一杯になるまでは集まらなかったものの、それでも大量の《白芋虫》に少量の《徒歩枝》素材と水石を手に入れた。
レアデールへと大量の《白芋虫》を渡し、テグスは夕飯の手伝いをしながら精霊にお願いする練習を始め、《徒歩枝》素材はハウリナが短剣で削って幼い孤児たちの訓練用の武器に作り変える。
「はぐはぐはぐはぐ」
「もぐもぐもぐもぐ」
「ほら、みんな。テグスお兄ちゃんと、ハウリナお姉ちゃんみたいに、沢山食べないと強くて大きくなれないわよ」
「「「は~~い!」」」
テグスとハウリナの食欲に感化されたからか、幼いのと迷宮から帰って来た孤児たちは、次々に口の中へと夕食を詰め込んでいく。
夕食を食べ終えたら、良い時間になるまでテグスは魔術の光りの下で、五則魔法について書き写した紙と《補短練剣》を手にして過ごし。
ハウリナは鉄棍を手に敷地に出て、腹ごなしの素振りを始める。
程よく時間が過ぎたところで、水瓶から手桶一杯分の水を掬い、使い古した布で軽く体を拭き清めてから、場所を空けた孤児院の狭い物置の中で二人で眠る。
そんな生活を、夜に輝く二つの月が出会い分かれまた出会う、一巡月が過ぎるまで繰り返す。
「今日はハウリナに、《小三迷宮》の《迷宮主》を倒してもらうから」
「うん、分かったです!」
ハウリナの喋り方は、少しだけ語尾が変なくらいにまで改善された。
そして痩せすぎて骨が浮かんでいた体は、この一巡月の間に沢山食べ続け運動し続けたからか、それなりに筋肉が骨回りに付き、薄い脂肪も肌の下に付いた。
顔色と肌艶も健康そうな状態になり、《雑踏区》の中の多少良い環境に住む子供程度の見た目になった。
「あおおおおおぉぉん!!」
迷宮を食料や素材を集め背負子に入れつつ、我が物顔で突き進む。
そして《迷宮主》にハウリナが相対してみれば、鉄棍の一撃で軽装コキトが沈んでしまった。
それは獣人は魔術が得意という知識があったテグスが、軽く身体強化の魔術を教え。すんなりと出来る様になったハウリナの戦闘力が、格段に向上したためだ。
「はい、じゃあ教えた《祝詞》を唱えてみようか」
「うん、分かったのです! ワレ、もうこれ等に、得るモノ、無し。疾く、御許に、お返し、する」
日常会話なら改善されたものの、まだ難しい言い回しが多い《祝詞》をすんなりと唱えるまでには至っていないらしい。
たどたどしく、間違えないようにしながら唱えると、軽装コキトは小さな赤い魔石を残して消えていった。
「魔石化しましたの!」
「それはハウリナの《鉄証》に攻略の証を刻むのに必要だから、失くさないようにね」
「失くさないの!」
テグスに言われたハウリナは、持たせた皮袋の中に丁寧に仕舞い、口紐をきちんと締めてから背負子に括りつける。
これで良いかと問い掛ける瞳を受けて、テグスはハウリナの頭を優しくなでる。
ハウリナはその手を嬉しそうに目を細めて受け入れて、尻尾も左右にゆっくりと振って嬉しげだ。
「《迷宮主》を倒したから、ご褒美の部屋に行こうか。ハウリナは神像見るの初めてだよね?」
「うん。初めてです」
「なら、今後の成長を願う意味を込めて、神像を布で磨こうか」
「うん。そうしますです」
「そこは、そうします、で良いからね」
「そうします!」
ちょこっとハウリナの発言に訂正を入れながら、テグスは二人連れ立って神像がある場所へとやってくる。
そこには相変わらず、オンボロの武器を左右三対の手に持った《技能の神ティニクス》の像があった。
二人は手に塗らしたボロ布を持ち、それを使って像を隅々まで磨いていく。
テグスはその間に、チラリと腰の後ろに隠されるようにあった短剣のある場所を見た。
そこにはテグスが入れたなまくらな短剣とは違う、もっとボロボロで朽ち果てそうな短剣が入っていた。
誰かが武器を取り替えたんだろうと納得しながら、テグスは磨く手に力を入れなおす。
「綺麗になりました!」
「そうだね、綺麗になったね」
薄っすらと水気を表面に含んだ神像は、水浴びをした後のようにサッパリとして見えた。
二人はその見た目に満足し、その場所を後にした。
勿論帰り際に、換金目的の《徒歩枝》素材と、おかずになる《白芋虫》を大量に狩り集めるのは忘れない。
支部にて色々な用事を済ませ、夕食の準備と食事を終えた二人。
夕食の後、二人はレアデールに呼び止められ、炊事場に残される事になった。
「どうしたの、お母さん」
「もうそろそろ、二人は孤児院から出ても大丈夫だと思うの。ハウリナちゃんは元気になって言葉も大丈夫になってきたし、テグスは剣と魔法を覚えてハウリナちゃんを守れるようになったし」
「主を守るのが、私の役目です!」
「ふふっ、そうだったわね。ハウリナちゃんが、テグスを守れるぐらい強くなったようだしって言い換えるわね」
ハウリナが不本意だと言いたげに訂正すると、レアデールは微笑みながら彼女の頭を優しく撫でて誤魔化す。
テグスはハウリナの分かれば良いという言いたげな、満足そうな表情に苦笑いを浮べてから、レアデールへと視線を戻す。
「《小三》の《迷宮主》をハウリナが倒したから。もうそろそろ《小一》から巡ろうかと思ってたし、丁度良いかなって」
「あら、ハウリナちゃん。《迷宮主》倒したの?」
「ちゃんと倒したです。一撃だったの!」
ハウリナは首に下げられた《鉄証》を手繰り寄せ、その『三』の文字が刻まれている方をレアデールに見せる。
するとえらいえらい、とレアデールが頭を撫で、ハウリナは益々誇らしそうな顔をする。
「じゃあ明日早くに出て行くから。ハウリナもそれで良いでしょ?」
「主の決定に従いますの」
「ちょっとだけ、変な語尾が残っちゃったわね」
レアデールが良く使う『~のね』の語尾をハウリナが使い出してしまい、訂正を入れたのだが『~です』と『~の』を多用する癖が残ってしまっていた。
それを悪い事をしたと思ってそうな表情を浮べて、レアデールが苦笑いする。
そして彼女の視線は次にテグスの方へ。少しだけ真剣な目をしている。
その意味をテグスは確りと理解している。
この一巡月の間は、迷宮と孤児院という小さな活動域だったため出会わなかったが、ハウリナの元持ち主が現れる可能性がある。
それをレアデールは、注意するようにとテグスに目で告げたのだ。
テグスは分かったと静かに頭を上下させて頷き、左腰の片刃の剣に手を添える。
もし必要になったら迷わずコレを使うという意思を、レアデールに示すために。
レアデールはそれを正しく理解したのだろう、顎を引くようにして小さく頷き返してくれた。
「じゃあお別れの夜だから、ハウリナちゃんはお母さんと寝ましょうか」
「いいの?」
「勿論良いわよ。ハウリナちゃんは大きくなってから、私の子供になったから、愛情を注ぎ足りてないし」
「……よろしくお願いしますの。お母さん」
二人は並び立って寝室の方へと向かっていく。
たぶん二人は同じ布団の中で抱き合って眠り、朝を迎える事だろう。
そしてテグスは久々に、一人で眠る事になった。
この一巡月の間に使い慣れた、狭いはずの物置を少し広く感じながら、あっさりと眠りに付いた。