プロローグ2
その後、テグスはコキトを合計十匹ほど追加で倒し。
短剣や鉈を始めとする金属性の武器を手に入れた。
結果として背負子が歩くたびに奏でる金音が、随分と大きく洞窟内に響いている。
そのまま目的の場所へ向かって迷いの無い足取りで、テグスはスタスタと薄暗い中を歩いていく。
途中でテグスがコキトに出会ったとしても、短剣を用いて危なげなく倒して、必要な武器を回収していく。
やがてテグスの進行方向の先に、下への階段があった。
それを下っていくと、小部屋の様な広い空間が出来ている場所まで辿り着いた。
「……うえぇ。なんか嫌な感じの人たちが居るよ」
小部屋の中には、マッガズたちの様な格好をした男女が何人もいた。
人が大まかに三つの集団に分かれている事から、部屋に居る全員がお互いの知り合いと言うわけでは無さそうだ。
テグスが小部屋の中に入っていくと、部屋の中に居た男女全員がテグスの方へ顔を向ける。
そして大半は興味無さそうに視線を外し、残りは侮蔑の視線を向けてくる。
「チッ。ガチャガチャ五月蝿いバカな素人は誰かと思えば、ガキが一匹かよ」
「《大迷宮》に来てまで《死体漁り》するんじゃねーよ」
その視線の意味を教えるかのように、小さいながらもテグスに聞こえるように、この部屋の中に入る誰かが呟く。
それを咎めるような視線を向ける人も居れば、賛同するように頷く人も居る。
普通の人ならば気を悪くしそうな雰囲気なのに、テグスは気にした様子も無く小部屋の中を見回す。
それはマッガズの一行が通過したのかを確かめるものだったのだが、どうやらこの部屋に居る人の中には、違う意味に勘違いした者が居たようだ。
「おい、ガキ。迷宮は遊び場じゃねーんだよ」
「死体から何を漁っているかと思えば、コキトのボロ剣かよ。折角なら死肉でも集めてろよ」
歳は二十台に入るか入らないかと言う感じの男が二人、テグスへと歩み寄ってきた。
片方の男は不躾にも、テグスの背負子を引っ張って中身を覗きこんでいる。
それを鬱陶しげに見ていたテグスは、溜め息代わりにその二人に向かって口を開く。
「あの。《門番の間》に行かないんですか?」
「ああん? そんな事、お前に何の関係があるってんだよ」
「休憩中なんだよ、こっちは。《死体漁り》のガキが訳知った口を叩くんじゃねーよ」
「《中町》に用があるので。門番の順番待っているなら、早く行って欲しいんですけど」
テグスがそう口にした瞬間、目の前にいる二人の表情が一変する。
先ほどまでは侮りや苛立ちが先に立っていたが、今度は前面に怒りの感情が浮かんでいる。
「ほほぅ、テメーみたいな《死体漁り》のガキが《中町》に用だとぉ?」
「そんなに急いでいるんじゃあよ、俺らの順番抜かしていいぜ。なあ、あんた等もそれで良いだろ!」
テグスの背負子に手を掛けていた方の男が大声を上げる。
小部屋の中に居たほぼ全てが、男の提案に興味無さそうに同意し。
少数の者が、対応を間違えたバカな奴だとテグスを見ている。
「ほら、許しが出たぜ。俺は親切だから《門番の間》まで送ってやる、よッ!」
テグスを小部屋の出口らしい場所まで、彼の背負子を引っ張って引き摺って行った男は、その中へとテグスを蹴り入れた。
乱暴な扱いに、テグスはたたらを踏んだ。
小部屋の先の暗い空間の中でこけない様に堪え、それは何とか成功する。
「それじゃあ頑張れよ、ガキ。なに、死んだらキチンと門番は倒してやるからよ」
「これで門番が一匹だけになるな。ぎゃははははッ!」
男二人が耳障りな笑い声を遮るかのように、入ってきた場所の地面から石扉がせり上がり、小部屋とこの空間を分断してしまった。
「別に蹴り入れなくたって、道さえ開けてくれれば自分で入ったのに」
蹴られて足跡が付いた背負子を背から下ろし、軽く叩いて跡を消していると、この暗い空間に光が灯った。
それは空間の全周にある燭台の上に、独りでに火が出現した光りだった。
燭台の火は空間の闇を振り払い、空間の中を照らしていく。
照らし出されたこの場所は、先ほどの部屋よりも二周りほど大きく、下手な民家なら余裕を持って建設できそうなほどの広さと高さがあった。
そして火の光に浮かび上がったのは、この部屋の姿だけではない。
部屋の中央部分にいつの間にか居たのは、テグスがここに来るまで散々相手にしていたコキトが一匹。
しかしそのコキトは見た目からして、今までのコキトとは違っていた。
このコキトは前のよりも明らかに一回り大きく、子供のテグスとほぼ同じ背の高さに。
体格も筋肉がもっと付いて、その胸元と額には革鎧に似た防具を皮ひもで着けている。
何より手にある武器が短剣や鉈などではなく、テグスやそのコキトの背丈では、両手で扱わなければいけない程の大きな剣に変わっている。
しかも錆びや刃こぼれの度合いが、テグスの短剣に比べて軽く、見かけでは手入れしつつ良く使い込まれた剣に見えた。
「……何時も通りの、コキト兵だよね」
背負子を地面の上に残し、腰から短剣を左右一本ずつ抜いて、テグスはゆっくりとコキト兵と呼んだ存在の周りを回る。
その間にテグスは目の前の敵を観察する。
鎧が覆っている場所の確認。
剣の長さを手の長さを含めて視認。
これまでにテグスが相手したり、他の人との戦闘を横で見たりしたコキト兵と脳内で比べていく。
そして最終的な確認を済ませるためか、テグスは左手の短剣をコキト兵へ振りかぶって投げつける。
子供が投げたにしては意外な速さで突き進んだ短剣は、しかしコキト兵が振り回した両手剣で打ち落とされた。
「反応も大体一緒だね。じゃあ本番、行ってみようか」
「ギャアオオオオオオオオ!」
攻撃されたのを引き金にしてか、コキト兵が雄叫びを上げてテグスの方へと駆け寄ってくる。
既に両手剣は大きく振り上げられている。
テグスは左の箱鞘からもう一本短剣を抜き、今度は左右両方とも逆手に構える。
「ガギャアアアア!」
叫び声と共に振り下ろされるコキト兵の剣を、テグスは大きく一歩後ろへ下がって避ける。
振り下ろされた剣は岩の床に当たり、ガツッと音が鳴る。
それを視界の端に入れて、テグスは今度は一気に前に出る。
進行方向はコキト兵の脇をすり抜けて、部屋の中央まで。
コキト兵もテグスの思惑が分かっているのか、慌てた様子で剣を横へと振り回す。
ブオンと剣が空気をかき回す音が、テグスへと迫ってくる。
しかし背負子を外して身軽になったテグスは、悠々と剣の間合いから脱出し、部屋の中央に陣取る事が出来た。
「とりあえず一回。まあ、余り効いて無さそうだけどね」
顔の前に掲げた右の短剣には、黒い血が刃に沿って付いていた。
そしてコキト兵の右の内太ももには一筋の傷が引かれ、そこからほんの少しだけ血が流れている。
それを目にしたコキト兵は、怒った様に剣を振り回して威嚇し始めた。
「グオオオォォ!」
「両手剣の弱点は、近距離の間合い……」
ブンブンと盛大に鳴る剣の軌道を見て、癖と速度を計って掴む。
段々とテグスの方から近付き、そしてテグスが行くと見せかける虚動を入れる。
それに反応したコキト兵が、思いっきり剣を大振りした。
テグスに当たる事無く眼前を通り過ぎた剣を見て、テグスは一気にコキト兵に近づいていく。
大慌てで剣を振り戻すコキト兵の二の腕に、テグスは左の短剣を思いっきり突き刺した。
「ギャギャアギャアア!」
「たああああぁぁ!」
やはり見た目通りに筋力が増しているのか、左手一本で扱ったなまくらな短剣は、コキト兵の腕に切っ先を少し埋める程度にしか刺さらなかった。
だがその痛みに、コキト兵の動きが鈍ったのを間近で見たテグスは、直ぐに右の短剣をその喉元へと差し込んだ。
筋肉の少ない喉だからか、なまくらでも短剣の中ほどまで突き刺さり、コキト兵の喉を切り裂き潰す事に成功する。
十分な攻撃に見えたが、コキト兵に致命傷を与える事は出来なかったのか、まだコキト兵の身体に力強さが残っている。
それをテグスも分かっていたのだろう、突き刺さった短剣を押し込むために、身体ごと前へ投げ出すように地面を踏み進む。
「これで終わりだあぁぁ!」
思いっきり右手を突き出すと、短剣がコキト兵の首の骨を滑り擦る感触が手に伝わる。
そしてテグスとコキト兵が地面に共に倒れる頃には、コキト兵の首の左半分が切り裂かれた。
大量の黒い血がコキト兵の首から流れ出て、岩床を黒く染めていく。
テグスは倒れた体勢を素早く立て直すために、両手の短剣を放し前転して地面を転がる。
そして両足が地面に付いた瞬間、思いっきり前方に飛んで距離を離すと、足から着地し身体ごと振り返り、一組の短剣を左右の箱鞘から手で抜く。
「ふー、ふー……」
少しだけ弾んだ息を整えつつ、コキト兵の様子を伺う。
首から血を流しつづけているが、その四肢はぴくりとも動かない。
完全に死んだように見える。
しかしテグスは用心の為に、右手の短剣を思いっきり振りかぶると、コキト兵の顔に向かって投げつけた。
「ギャアアアアア!……」
顔の中心部にあった目に刺さった瞬間、最後の力を振り絞るかのように、コキト兵は右手一本で両手剣を一振りした。
その剣は誰も居ない空間を空しく通過し、やがてその手から吹き飛び、床に激突して音を立てた。
テグスは短剣を仕舞い、床に飛んで落ちたその剣を両手で掴んで拾う。
そしてそれを振り上げたままコキト兵に近付く。
今度こそ死んだように横たわるコキト兵の、半分だけ繋がった首目掛けて、テグスは両手剣を振り下ろした。
ブツッと筋を押し切った感触の後で、コキト兵の首が地面に転がった。
それを確認したテグスは、これで安心出来ると地面に座り込む。
「いやぁ、焦った。まさか首が半分千切れても動くなんて」
少しの間だけ座って休憩していたテグスだが、すぐに腰を上げて背負子を取りに戻った。
そして使用した短剣を回収し始め、使えなさそうなのを背負子へと投げ入れる。
「この両手剣は持っていくとして、この革鎧は……要らないな」
止めを刺すのに使った両手剣を確保し、コキト兵の身体を調べ終わり、たいした物がこれ以上無いと判断する。
「じゃあ《祝詞》を……あはは、あの人達に嫌がらせしてやろうっと」
魔石に変える《祝詞》を唱えようとして、何かを思い出してテグスは忍び笑いを漏らした。
何かを思い出すように目を閉じてから、文言を唱え始める。
「ワレ、もうコレに得るモノ無し。されど、後続の者への成長を願うなり」
一部文言が変わった《祝詞》を上げると、コキト兵が消え始める。
やがてコキト兵の肉体や広がった血の跡が消えると、そこには何も残らなかった。
そう魔石も残っていないのだ。
「これで門番が復活してから、あの小部屋との石扉が開くようになったし。じゃあ早速《中町》に行こうかなっと」
両手でコキト兵の剣を握り、男たちが居た小部屋とは反対側に出現した出口へと、テグスは歩いていった。