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194話 単なる時間経過

 初めて四十一層を進んだ日から、テグスたちは二つの目標を掲げた。

 一つ目は、地力の底上げ。

 出てくる《魔物》を、最低でも一対一で倒すことが出来るようになるまで、試行錯誤していくこと。

 二つ目は、地図の作成。

 複雑に入り乱れる通路ばかりである上、罠を発動させた後にのみ開く隠し通路があるためだ。


「でもさ、アンヘイラが地図作りが上手いっていうのは知らなかったよね」


 数個目の隠し通路の中で、アンヘイラは厚めの羊皮紙にインクと羽ペンで線を描いていく。

 その横には、炭で線が引かれた紙が置いてある。


「けっこう、しっかりしてるです」

「元は人狩りの一味でしたからね、これでも」


 紙を見つつ、精緻な筆致で羊皮紙に書き加え続ける。

 そうして一通りの作業が終わると、紙の方は細かく破り捨ててしまう。


「既知の道と繋がりましたよ、この隠し通路の先が」

「なら、間違っていないか確認なの~」


 一度、隠し通路の先へ出てから、まだ同じ入り口にまで地図を頼りに戻って、信頼性を確保していく。

 その間に出くわす《魔物》は、気配察知からの不意打ちで数を減らし、人数任せに撃破していった。

 繰り返し戦闘していくうちに、出てくる《魔物》の戦い方も分かってきた。

 《騙造機猿》は、ウパルが《鈹銅縛鎖》で動きを阻害させた後で、ティッカリとハウリナで殴り殺す。

 《千攻触手》は、テグスが小剣で触手を斬り飛ばしていく間に、アンヘイラとアンジィーの矢で追撃する。

 《射果双樹》は、ティッカリの防具任せに防ぎながら前進し、一気に全員で倒してしまう。

 だが、《魔物》の数が多かったり《諸爆石犬》がいなければ、通路を迂回するなどして出来るだけ戦闘を回避している。

 なにせ、相手が無傷なら一匹、罠を利用すれば二匹まではどうにかできるが、三匹以上だと一気に苦しくなってくるためだ。


「二匹までが適正相手って、情けないけど仕方がないよね」

「じっくりと実力をつけていけばよろしいかと思われます。幸いなことに、私どもは成長過程の年齢でございますので」

「あ、あと。ち、地図の空白も、埋まってないですし。焦らないほうが、いいとおもうんです」

「長い目でいく方が良いと思うの~」


 倒した《魔物》の魔石化しつつ、隠し通路を見つけるために発動させた罠の素材も回収していく。

 背負子にある程度溜まったら、無理をしないうちに《下町》へと引き上げてしまう。

 罠の素材を鍛冶屋や道具屋に売って魔石を受け取り、魔石を払って宿屋と食堂を利用する。


「マッガズさんも言ってたけど、本当に魔石が貯まりやすいよね」

「はぐはぐ。たくさん食べられるの、いいことです」


 テグスが手にしているのは、得た魔石の量の関係で、革袋から麻袋へと入れ替えたものだ。

 大食いもいるテグスたちでも、食事代は握り拳大の魔石が一つか二つで済んでしまうので、溜まる一方である。

 

「呆れるほど高いはずなんですけどね、《下町》の物価は」

「手に入る魔石が大きいので、感じ難いのでございましょうね」

「こ、この魔石一つで、銀貨十枚ぐらい、って話ですもんね」


 仮に食堂の食事で毎食銀貨十枚飛ぶとなると、地上の物価の五倍以上だ。

 

「大きいと希少価値が加わるから、地上の商人に売ったら、もっと良い値なんだろうけどね」

「こんなにたくさんなのに、珍しいです?」

「《下町》にいる人なんて、《迷宮都市》にいる人の何百分の一なの~。全体量からすると、と~っても貴重なの~」

「その上に、特定の行商人の方しか、取引出来ないのでございますね」

「ここにいる《探訪者》の人は、用がないと上まで行かない人ばかりだから、他にはあまり流通しないんだろうね」


 逆に言えば、テグスたちが《下町》で良い食材を食べられるのは、行商人が大きい魔石に価値を見出しているからともいえた。





 連日、四十一層に挑み続けて、一巡月。


「ようやくこれで完成ですね、四十一層の地図が」


 アンヘイラが書き上げた羊皮紙を見て、満足そうに頷く。


「完成といっても、入り口から四十二層への階段までだよね」

「仕方がないでしょう、何度か書き直す必要があったのですから」

「遠くに行けば行くほど、地図が狂うのかしばらく謎だったせいで、大分時間がかかっちゃったの~」

「通路がほんの少し下っていたり、上っていたり、曲がっているとは誰も感付けなかったので、仕様がないものでございますけれど」

「とにかく、地図ができたの、良いことです」


 早速、テグスたちも地図を見せてもらうことにした。

 必要な分の道が書かれた羊皮紙。

 詳しく見ていくと、隠し通路を利用することで、比較的安全に通行できる道が分かった。

 これで体力を温存して次の層へと行くことが出来る。


「でも、四十二層に行くには未だ早いよね」

「《魔物》、まだ上手く倒せないです」


 その安全な道を使って、《下町》へと戻っていく。


「罠を使わなくても、三匹まで楽に倒せるようになったのは、進歩だと思うの~」

「かといって不安が残りますよ、最大で六匹集まっているのを見ましたし」

「しばらくは、四十一層にて力をつける方向が良いと思われますね」


 じっくりと進んできた割には、テグスたちの地力が目標まで上がりきっていないのだ。


「まだ、僕らの装備に合う武器が、大扉の先から見つかってないってのもあるけどね」

「か、かなりの数を開けて、見てきたんですけど……」

「目論見どおりには行かないものでございますね」


 そんな風に、罠のある大扉を開けて得られる武器を当てにしていた分だけ、実力が及んでいないのだ。


「大量の単なる小麦だったのがありましたね、開けた中身が」

「肉の塊、詰め合わせは、よかったです!」

「武器や防具が出てきても、使わないものが多かったの~」


 調べる度に《鑑定水晶》を使うので、


「中には開けられないものもあったしね」

「気にはなりますが、あれはしかたがないものでございましょう」


 技術不足で開けられなかったのではなく、開くには罠を動かして仲間を殺す必要があるという、死の罠があったのだ。

 無論、そんな物を開けることはしていないので、中身は謎のままだ。

 もしかしたら、仲間を殺したのに空っぽ、なんていう意地悪なものかもしれない。

 そんな風に一巡月の間、開けられるだけの大扉は開けてきた。

 なのに、必要とする武器が手に入らなかったのだ。


「そりゃあ、神の悪戯って言われるやつだな」

「欲しいと思った物に限って出ない、っていう現象よね」


 たまたま食堂で出会ったマッガズたちに相談すると、あっけらかんとそう言い切られてしまった。


「そんなのがあるんですか?」

「本当に神様が妨害しているかは知らないぞ。けど、そんな感じになることが、ままあるわけだ」

「諦めた次の機会に手に入ったりするのよね」


 テグスがなるほどと頷いていると、マッガズが意味深な笑みを向けてきた。


「なんですか?」

「いやよ。まさか坊主たちに『扉明けの』なんて、枕がつくなんてな」

「ほんと、どれだけ大扉を開けてきたのよ」


 周囲にいる他の《探訪者》たちも、仲間内で同じ言葉を吐いて、テグスたちを見ている。

 中には、テグスたちが持ち帰って交換した武器や防具を、見せびらかしている人もいた。


「そんなに言われるほど開けてませんよ。えっと……開けられたのは、十ぐらいだったよね?」

「十四ですよ、正確には」

「三分の二ぐらいは食料品だったの~」

「今日のは、お肉だったです!」

「それだけ開ければ二つ名に十分だろ……それに、実は欲しい物に当たっているんじゃないのか?」


 よくよく考えてみると、手に入れた食べ物の殆どが、テグスたちのお腹に収まっていた。 

 今回の大扉から手に入れた大量の肉も、目の前に料理として並んでいる。


「そう言われてみれば、そうかもしれませんね」

「あははっ。そうだろう、そうだろう。次あたりには、大きい嬢ちゃんの影響で、大量の酒が手に入るかもな」

「それだと嬉しいわね。ここの品揃えは、代わり映えしないのよね」


 言葉とともにミィファに目を向けられて、食堂の料理長が黙れと身振りをした。


「まあ、いまのは冗談だけれど。まだこれからも大扉を開けていくんでしょ?」

「ええ。最低でも、アンヘイラの弓矢は入れ替えないといけないので」

「ティッカリ用の鎧が先でもいいですよね、傷が目立ってきましたし」

「この程度なら、まだまだ大丈夫なの~」


 防御役なので、鎧の一番損傷が目立っているのだ。

 それでも、元の素材と造りが良いからか、それとも強化した殴穿盾のお蔭か、もうしばらくは耐えられそうに見える。


「なにはともあれ。酒と出会ったりしたら、俺ら用のを取っておいてくれよ」

「《大迷宮》にお酒が出たら、どんな味か気になるわ~」

「確かに、気になっちゃうの~」

「手に入れたら、ちゃんと確保しておきますよ」


 そうそう出会うこともないだろうと、安請け合いした次の日。

 四十一層の脇道を歩いて、地図の空白を潰そうとして、一つの大扉と出くわした。

 苦労して開けると、様々な酒の臭気が混ざった匂いがしてきて、テグスは思わず苦笑いを浮かべてしまったのだった。



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