193話 四十一層に挑戦
四十一層の大体のことが分かったので、テグスたちは《下町》へと引き返してきた。
「なあ。本当にこの大剣を貰っちまっていいのか?」
「ええ。お礼ですので、受け取ってください」
あの罠がある大扉の中から回収した立派な大剣は、マッガズの手に握られていた。
「僕らの中で、大剣使う人はいないですし。それに効果がついた良いものだったんですよね?」
テグスが指差すのは、マッガズたちが所有している《鑑定水晶》。
剣か槍かを譲るさいに、彼らが調べるのに使ったものだ。
「祝福はないが、今まで使っていた剣より上等なもんだ。だからこそ、本当に良いのか?」
「僕らが持っていっても、行商人に売り払っちゃうだけですし。なら、有効に使ってくれる人に渡したほうが良いと思いますしね」
「……そういうことなら、仕方がねえか」
渋々といった感じで納得する様子に、テグスはどうしてだろうと首を捻る。
すると、ミィファが意味深な笑みを浮かべた。
「坊やは気にしないでいいわよ。ちっぽけな矜持が邪魔しているだけだから」
「おいおい。ちっぽけとは随分じゃないか」
「じゃあ、つまらないって言い換えるわ」
「より酷くなってないか?」
「だって、私たちは良い武器で戦力が上がるし、坊やたちは恩返しが出来る。ほら、どちらにも利点しかないのよ。なのに、ぐだぐだ言っている人がいる所為で、話が進まないじゃないの」
「あーもう、分かった。有難く受け取る。それでいいだろ!」
「はい、良く出来ました」
二人の受け答えを見ていた全員が、尻の敷かれっぷりに忍び笑いをする。
マッガズは面白く無さそうな顔で、舌打ちを一つした。
「チッ。それで坊主たちは体験してみて、これからどうするか決めたか?」
「はい。戦いかたを参考して、無茶しない範囲で僕らだけで戦ってみます。出来れば、大扉を開けるのも視野に入れたいですね」
「なら。手に入れた武器や道具は、行商人に売る前に《探訪者》に声をかけてみたほうが良いわよ。気前よく、大量の魔石で払ってくれるだろうし」
売り払い先にテグスが納得していると、アンヘイラが軽く手を上げた。
「お任せください、その際の交渉は。ですが先にこちらの戦力増強になる武器が欲しいですね、売り払う武器ばかりではなく」
「そういえば、皆の武器も新調しないといけないのかな~?」
ティッカリの指摘を受けて、テグスは仲間の武器を確認する。
ハウリナは《小迷宮》で取りかえったきりの黒棍と、《魔物》の大きさもあって滅多に使わなくなったレの字の短棒。
アンヘイラは弓も長い間使い続けている上に、最近では射出速度と威力の不足が目立っていた。
アンジィーに至っては、改造しているとはいえ、変哲もない機械弓だ。
この三人の武器は、早急に新しくする必要があるように見える。
テグスとティッカリの武器は度々新調しているし、ウパルは信仰上から《鈹銅縛鎖》が至上である。
それでも、より良い武器や、《清穣治癒の女神キュムベティア》の祝福付きの道具があれば、持ち替えるのもやぶさかではない。
「じゃあ、とりあえずの目標は。四十一層で戦って地力を上げながら、大扉を開けて武器――主目標は、棍、弓、機械弓、を手に入れることかな」
ほぼ全員が異議なしと頷くが、ハウリナだけは少し不満そうだった。
「どうかしたの?」
「黒棍、まだ使えるです。それと、テグスとの思い出、たくさんあるです」
なので、手放すのは反対らしい。
ハウリナが言った通りに、今まで長く共に歩んできたので、愛着があるのは分かる。
だが、テグスはあまり武器に思い入れを持たない性格なので、どう説得したものかと困ってしまう。
「捨てろと言っているわけじゃないの~。どうしても手放したくないなら、とても良い棍が手に入ったときに預けちゃったらどうかな~」
見かねたように、ティッカリが横から助けに入ってくれた。
ハウリナはじっと黒棍を見つめると、頷きを一つする。
「それ、良い考えです。でも、ちょっとやそっとの棍だと、持ち替えないです」
ティッカリにどうしようかという目で見られ、テグスは仕方がないと肩をすくめて了承する。
黒棍は丈夫な造りらしく、ここまでの使かってきていても目立った不備は無い。
威力だって、棍の場合は持ち替えたからといって急激な上げ下げは望めない。
なので、黒棍棒は未だに現役として使えると、考えたからだった。
「なんにせよ。しばらくは安全にいくこった。坊主たちは若いんだから、生き急ぐ必要もないだろう」
「あまりにも苦戦するようなら、根を詰めないで、適度に気晴らしするといいわ。じゃあね、坊やたち」
「はい。重ね重ね有り難うございました」
「ありがとうです!」
マッガズたちと別れると、テグスたちは食堂にいく。
食事を取りながら、四十一層でどう戦うかを話し合う。
「《諸爆石犬》は矢で自爆させられるから良いとして、他の《魔物》は厄介そうだよね」
「《騙造機猿》に関しましては、《鈹銅縛鎖》にて縛り上げて差し上げれば、さほどの脅威とはならないかと思われます」
「矢で穴だらけに擦れば大丈夫ではないかと、《千攻触手》と戦う際には」
「問題は《射果双樹》なの~。近づくのが大変だし、遠距離だと致命傷を与えられなさそうかな~」
「一番良いのは、ティッカリが防御しながら接近して倒すことだけど」
「それだと危険です」
入念に作戦を話し合って決めると、まだ体力に余裕があるため、一度テグスたちだけで四十一層を巡ってみることにした。
入り組んだ石造りの通路を進んでいく。
分かれ道が沢山あるので、上への階段の付近を行ったり来たりしながら、罠の発見と解除に全員が慣れるよう訓練する。
「この罠の素材だけでも、地上に持っていけば一財産になりそうだよね」
「確かに質が良いですよね、総黒鉄のようですし」
罠は凶悪なものばかりで、種類も落とし穴から釣り天井まで様々。
飛び出してくる矢や槍は、黒鉄というハウリナの黒棍と同じ素材で出来ているようで、強靭かつ鋭い切れ味を持っていた。
「殺しに来てございますね」
中には毒の塗られているものもあり、薬にも詳しいウパルによると、危険な種類のものばかりのようだ。
「あ、あの、さ、穴の底に、泡の出ている液体が……」
「酸の臭いがするです」
落とし穴にも数種類あり。
アンジィーとハウリナが見ている酸液が入ったものや、単純に槍が並んでいるもの。
果てはカラクリ仕掛けで刃が回転し、人をひき肉にしようとしているものまである。
しかしながら、何故テグスが罠を放置せずに動かしているのかは、安全の確保以外にも理由があった。
「やっぱり、罠の中には連動しているものがあるようだね」
「ちょっと分かっただけでも、怖いものばかりなの~」
「こうして見ると分かりますね、気晴らしが必要だという理由が」
連動罠は、槍が飛び出してきたと思えば、横合いから矢が飛んでくる。釣り天井が落ちだすと、その先で落とし穴が開く。括り罠が何かを吊り上げると、それに向かって周囲から礫が飛んでくるといった感じになっている。
テグスは大扉を解除した経験を生かしつつ、安全を確保しながら凶悪な罠を動かしてみて特色を掴み、より安全の確保に努めているのだ。
加えて――
「他にも何か仕掛けがあると思ったら、罠とは違うものがあるんだね」
壁から飛び出した槍の端を掴み、上へと持ち上げると、直ぐ横の壁の一画が開いた。
その中は、人が二人並んで歩ける一直線の通路で、天井には弱々しい光球が広い間隔で浮かんでいる。
「ここ、安全です?」
「罠はなさそうですね、分かる範囲では」
「心配しなくても罠は見当たらないよ。魔物もいなさそうだね」
試しに入ってみるかと視線で問いかけると、全員が緊張した面持ちながら頷き返す。
テグスたちは中へ入り、進んでいくと開いていた入り口が唐突に閉まってしまった。
「心配しなくても、壁の一部を押せば開く仕掛けになっていたよ」
閉じ込められたと焦ったハウリナたちは、そう聞いて安堵の息を吐いた。
隠し通路の閉じられた端まで歩いてみたが、本当に一切の《魔物》と罠がなかった。
「ちょっと離れていて」
ハウリナたちに少し下がらせてから、テグスは壁の一部を押し込んだ。
反応良く出口が開き、その先の通路が見えた。
顔を出して周囲を確認して安全だと分かったが、テグスは隠し通路に戻ってきてしまう。
「どうかしたです?」
「出口がどこの通路に繋がったのか分からないから、戻っただけだよ」
「それだと、出た瞬間に迷子になっちゃうの~」
「そうなると使えるようで使えませんね、この隠し通路は」
「もしも通路として使用いたしますご予定でしたら、詳細な地図を作らなければならないようでございますね」
四十一層から下は複雑な通路のようなので、じっくり進みながら作成するのもありだろう。
「地図は兎も角。《魔物》や罠がないから、見つけられれば休憩場所として使えるね」
「そ、それと、薄暗いから、闇の精霊さんは、お願いを聞いてくれやすい、みたいです」
「戦う選択肢が増えますね、通常通路の《魔物》をおびき寄せれば」
有効利用の方法はあとで考えることにして、全員で隠し通路を戻っていく。
入ってきた場所の前で休憩を取ってから、機構を動かして通常通路へと出る。
再び罠の看破する技術を上げつつ進んでいると、《魔物》たちの気配を察知した。
角から覗くと、少し遠くに《騙造機猿》、《千攻触手》、《諸爆石犬》が一匹ずつだ。
テグスの指示で、アンジィーが角から飛び出し、機械弓で短矢を放った。
狙われた《諸爆石犬》は跳んでかわしたが、続いて出たアンヘイラの矢が避けた先で打ち込まれ、光と音と爆風を撒き散らして自爆する。
「ハウリナ、耳は大丈夫?」
「わふっ。ちゃんと押さえていたです」
「それじゃあ、いっちゃうの~」
爆発音が消えてから、テグス、ハウリナ、ティッカリの前衛が角から出る。
残った二匹は怪我を負っていて、特に《騙造機猿》は片腕を失うほどの大怪我だった。
「ギギィ――キキィ――」
独特の鳴き声を上げて、《騙造機猿》が失った腕の所為での不恰好な走りで、テグスたちへ近づいてくる。
《千攻触手》も、地面に接地している身体から太い蔓に似た根を出すと、ゆっくりと移動し始めた。
まだ遠くにいるので、テグスは投剣を投擲して、床にある罠をわざと発動させて安全な場所を作る。
その瞬間、天啓に似た閃きが頭に走った。
「もしかし、てッ!」
投剣を投げつけたのは、《騙造機猿》の走る軌道上にある、罠の始動場所。
この行動の理由について、テグスはさっきこう閃いたのだ。
《魔物》が罠を踏んでも発動しないが、それ以外のものが先に動かした場合はどうなるのか。
「ギャギギ――キキキィ――」
床から飛び出した槍が、《騙造機猿》のわき腹を貫いたことこそが、答えだった。
「なら、利用するしかないよね」
「任せてください、遠くの方は」
《千攻触手》の進む先にある罠を、アンヘイラが矢で射って動かした。
壷のような身体の下に落とし穴が開く。
「ピィキューーピキュゥーーー」
《千攻触手》は根を伸ばして転落は防いだが、鳴き声とともに鉄鍋で肉を焼いたような音がする。
どうやら、落とし穴にある強酸で、根が焼けているようだ。
「ギャギギ――」
《騙造機猿》が千切れた腕と、槍を無理やり抜いたわき腹から歯車をこぼしながら、さらに接近してくる。
「お任せなの~」
ティッカリがテグスとハウリナの前に立ち、右側の殴穿盾を前後反転させて、杭の部分を手先へと付け直した。
「ギギィ――!」
《騙造機猿》は片腕を振り下ろす。
ティッカリは左の殴穿盾で防御したが、高い膂力を誇る身体が揺れた。
「くぅ~。ちょっと効いたから、お返しなの~」
「ギギィギャ――」
右の殴穿盾の杭を打ち込もうと腕を振うが、上げた片足に掴まれて押さえ込まれる。
左側も振り下ろされた腕で押さえられ、相手は片足だというのに、こう着状態になってしまった。
一対一ではティッカリと互角かもしれないが、横から《鈹銅縛鎖》で足をすくわれて転んでしまう。
その後は、長鉈剣に裂かれ、黒棍に頭を打たれて、殴穿盾の杭で貫かれて、活動を停止した。
「残るは《千攻触手》だけど――」
「あ、あの。飛び道具が、あまり効きません」
「多数ある触手が邪魔ですね、動けないので的なのですが」
落とし穴に落ちないように精一杯で移動できない《千攻触手》だが、アンヘイラとアンジィーの矢を殆どその触手で打ち落としていた。
「作戦では遠距離で仕留めるはずだったけど。そうそう上手くいかないよね」
長鉈剣の換わりに、小剣を二本抜いて近づいていく。
「ピキュピキューー」
近づくなと言いたげに、触手が伸びてテグスの身体へ絡み付こうとする。
その一本一本を、丁寧な動きで小剣で切り落としていく。
しかし、触手には再生能力があるようで、少しすると切断面から新しい触手が伸びてきた。
それでもテグスは小剣を振るい続け、ある程度の量の触手が切り払うと、唐突に一歩横へとずれる。
開いた空間を切り裂くように矢が飛び込み、《千攻触手》の大壷のような胴体を貫いた。
驚いたように触手の動きが止まったのを見逃さず、テグスは駄目押しに十字に小剣で切れ目を入れた。
「ピキューーーー……」
攻撃を受けた《千攻触手》の根が穴の縁から外れ、鳴き声と共に落とし穴の中へと落ちた。
激しい泡立ち音と、酸の表面を触手が打ちつける音が発せられる。
テグスは酸を浴びないようにと退避して、しばらく様子をうかがう。
やがて音が止まったのを見越して、溢れた酸に触れないように接近すると、身体を伸ばして穴の中を見てみる。
《千攻触手》の姿は、蛇の胃から半消化で出された、蛇苺のような姿になっていた。
「こっちは回収出来そうにないから、《騙造機猿》だけ魔石化しちゃおう」
「しかしながら、罠の利用も良し悪しのようですね、こうなってしまうと」
「色々と想定外のこともございましたので、結果的には良好といってよろしいかと思われます」
「分かったことも多かったから~。作戦の立て直しをしないといけないの~」
「《諸爆石犬》がいなかったら、危なかったです」
「そ、それなら、早めに、帰りましょう」
地力の違いが予想以上に違うことと、作戦の修正が必要と分かり、テグスたちは急いで《下町》まで退却することにした。
それでも、隠し通路と罠の利用などの、マッガズと同行したときにはなかった収穫も多く、テグスとしては満足のいくものだった。




