191話 再挑戦
殴穿盾の杭の部分を《折角獣馬》の角に換え終えたが、クテガンは新素材に四苦八苦していたので、その他の装備は変わらない。
携帯食料や香辛料、その他必要だと思われる物を《中町》で買うと、再び《下町》を目指して進みだした。
以前は寒さで諦めた河の層も、防寒具があるので順調に進んでいき、やがて海の層まで到着した。
そして食材集めの傍ら、殴穿盾の杭の貫通力を《帝王躄蟹》で確かめることにした。
「とや~~~~~」
ティッカリが力いっぱいに突き出すと、今まで傷一つつけられなかった大きな爪に大穴が開いた。
逆に杭の方はというと、皹どころか傷一つない。
「威力に大満足なの~」
「これなら、硬い相手はティッカリに任せちゃえるね」
「盾もスゴイです。でも、久しぶりのカニです!」
穴ぼこだらけの死体を、ハウリナはいそいそと回収していく。
外殻は利用不能状態なので、魔石にしてしまう。
その後も順調に層を進み、三十層の《強襲青鯱》と戦う。
「森の層で、気配察知を鍛えてきたから」
「ど、どこにくるか、分かりますね」
「おおよその位置が分かりますね、気配察知がつたない我々でも」
「意外と楽なお相手でございますね」
特に気配を消しているわけではない《強襲青鯱》など、もうテグスたちには来るのを待ち構える余裕がある相手になっていた。
水面から飛び出してくる瞬間を狙って、各々の武器で楽に仕留める。
音を立てながら円形の砂浜の中央からせり出した来た円筒。
その片側、《靡導悪戯の女神シュルィーミア》の浮き彫りが内にされた扉が開く。
《強襲青鯱》の肉と皮を得てから、テグスたちは顔を見合わせた。
「一度、教えてもらった《祝詞》を唱えてみる?」
「なんでも試すです」
「どうなるか、楽しみなの~」
「《探訪者》ギルド本部で換金すればいいですしね、地上に戻されたとしても」
「楽な方法に頼ることは推奨いたしませんが、今回は初めてでございますしね」
「は、早く戻れるのは、良いことだと思いますけど」
とりあえず、反対意見は無さそうなので、テグスが代表して浮き彫りの前に立つ。
「ワレ、願う。この場から、試練に備える地へ向かうことを望む者なり」
《祝詞》を口に出すと、テグスたちの足元に光が広がり、そして転移した。
人が居なくなった三十層では、浮き彫りのある扉が自然と閉まり、円筒が再び砂浜へと潜っていく。
やがて、何事もなかったかのようになり、次なる《探訪者》を待ち始めたのだった。
転移させられたテグスたちは、目の前に《折角獣馬》がいて驚いた。
驚愕したのは《折角獣馬》も同じだったようで、前脚を浮かび上がらせて仰け反っている。
「ブルヒヒィイイーー!」
「うわあああああ!」
「ひゃわぅ!」
驚きから復帰したのはほぼ同時。
《折角獣馬》は上げていた前脚を下ろすと突進を始め。
テグスたちは散開して避けると、塞がった入り口のところに背負子を順次下ろしては、広間に散っていく。
「あのウマ、どうやって倒すです?」
「同素材である、殴穿盾の杭で角を弾き飛ばすっていう手もあるけど――」
「違う方法を取るの~?」
「用意はしていないと思いますが、特に何かを」
疑問の声を受けて、テグスは人の悪い笑みを浮かべると、背負子から取り出していた麻袋を広げて見せた。
「先ずは。前に木材を運んだときに、見せててもらった方法の応用だね」
「え、えっと、それで、頭を包んで、前を見えなくさせる、ってことですか?」
「なるほどでございますね。ですが、どなたがおやりになるのでございましょう」
「それは勿論、僕が――」
言い終わる前に、横からハウリナが麻袋を奪ってしまう。
「テグスは、お休みです」
「え、でも危険だから、僕がやったほうが――」
「危険だから、やるです!」
有無を言わさない目で見られてしまう、仕方がないと、ハウリナにやり方を耳打ちする。
「ブルヒヒィイイイー!」
その間にも、《折角獣馬》は相変わらず、木々の間を通って助走してから、花畑を突っ切って突っ込んでくる。
木材の搬入を含めれば、もう数十回も見てきたので、テグスたちは楽々と避けていく。
「というやり方だけど、わかった?」
「わかったです!」
心配そうなテグスに、ハウリナは力強く頷くと黒棍を預け、麻袋を持って一人だけ花畑の真ん中へ歩み出た。
「ブルヒヒィイイイイイイーー!」
《折角獣馬》が再び鳴き声を上げて突進してきた。
ハウリナは、麻袋の口を大きく開くと軽く腰を落とす。
突撃槍のような大きさの角が目前に迫る。
「ブルヒヒヒヒイイイイイ!」
「……いまです、とおっ!」
ハウリナは身体を少し横にずらして避けると、角の先端を袋の口に入れる。
突進する勢いのままに、袋の底から角が突き抜けた。
腕が持ってかれそうに成るのを堪え、頭に袋がかぶさった《折角獣馬》の体にぶつかる寸前に、ハウリナはひらりとその背に飛び乗った。
「ぎゅっと袋をしばって、とやっ!」
「ブルヒヒブルヒヒィィ!」
暴れ前に袋の口を硬く縛って、簡単には頭から抜けないようにすると、ハウリナは直ぐに退避する。
《折角獣馬》は二度後ろ足を振り上げてから、背の重みがなくなったと感じたからだろうか、木々の方へと走っていく。
しかし、顔には袋がかぶさっているため、突進の速さのままに木に衝突してひっくり返る。
「やったです!」
目論見通りに上手くいったものの、《折角獣馬》が倒れた場所は、テグスたちの誰もが追撃するには少し遠く見えた。
「ならば出番ですね、遠距離攻撃の」
「ど、毒矢を使います」
直ぐに起き上がろうとする《折角獣馬》に向かって、二本の矢が飛来する。
一本は腹に、一本は腿に命中。
しかし一・二本の矢では力不足だったようで、《折角獣馬》は立ち上がると木々の間を駆け始めた。
そして、木の肌に身体ごと袋をこすり付けてボロボロにすると、視界を取り戻す。
「ブルヒヒヒィーーー!」
「袋が破れちゃったの~」
「まあ、次の作戦があるから。アンジィーも、こっちに来て!」
「は、はい!」
ティッカリに近寄っていたテグスに呼ばれて、アンジィーも小走りに集まる。
「前と同じ、穴を前脚の部分に掘って欲しいんだ。それで、ティッカリは――」
作戦を伝えると、早速花畑の真ん中へと三人は進み出た。
《折角獣馬》は警戒して、ぐるぐると木々の中を走り続けたが、結局は三人の方へと方向転換した。
「ブルヒヒヒヒィイィイ!」
「土の精霊さん~♪ お馬さんの足元に穴を掘りましょう~♪」
今までで一番速い突進に、アンジィーが急いで土の上に両手を乗せて、歌うような声でお願いを伝え始める。
「いくよ~♪ 一、二の、三~♪」
テグスの指示通りに引きつけてから、《折角獣馬》の前脚の下に穴が開いた。
「ブルヒィ!?」
驚いた声を上げてこけると、以前に戦った個体と同じく、地面に刺さった角を支点に馬体が宙を舞う。
今回は考え通りだったので、テグスはすかさずアンジィーを引っ張って落下地点から退避させる。
代わりに進み出たのは、ティッカリだった。
「よっと~。いらっしゃいなの~」
両腕を広げて、背から落ちてくる《折角獣馬》を迎え入れると、ぎゅっと抱きしめた。
「ブルヒヒブルヒヒ」
《折角獣馬》は四つの足をばたつかせ、首を捻ってどうにかティッカリを攻撃しようとする。
しかし、足の稼動範囲は背中までは届かず。首を曲げても角が地面に引っかかって、攻撃できない。
「駄目駄目~、暴れても離さないの~」
「ティッカリ、そのまま押さえておいて。『刃よ鋭くなれ(キリンゴ・アクラオ)』」
長鉈剣を抜き、鋭刃の魔術をかけると、テグスは横合いから《折角獣馬》の腹を裂いた。
「ブルヒイイイイイイイ!」
悲痛な鳴き声を上げ、斬られた腹から血と内臓を飛び出させながら、どうにか逃れようと暴れ続ける。
「いい加減に、大人しくするの~」
ティッカリは持ち直すように掴んでいる腕を上げる。
《折角獣馬》の頭が地面から離れ、角が引っかからなくなった。
最後の一撃だというように、《折角獣馬》は首を動かす。
「ブルヒイイイイイイ!」
「とや~~~~~~~~」
しかし、首が振られた瞬間に、ティッカリは上げていた腕を力強く振り下ろす。
地面に再びぶつけられた頭からの衝撃は、曲げていた首へと伝わり、骨を粉々に砕いた。
これが致命傷になったのか、先ほどまで暴れていた脚の動きが止まり、《折角獣馬》の全身の力が抜け切る。
「……最後の止めは想定外だったけど、おおむね作戦通りに倒せたよね」
「倒し方ができたです」
「戦闘役として、お金稼ぎが出来るようになるの~」
「失敗しましたが麻袋を顔に被せるのも有効ですよ、逃げる方向さえ操作出きれば」
有効なもの一つが出来たので、後は予備としての作戦を考えれば万全になるだろう。
「先々のことは後でよろしいかと思われます。素材を回収いたしましたら《下町》に赴きましょう」
「そ、そうですね。海の層で得たお肉とかも、たくさんありますし」
「前に祝ってくれたお礼返しで、今あるのを振舞まっちゃおうか」
「わふっ。またお祝いです!」
「どうせ今日は、宿でお休みだから、たくさん飲んじゃうの~」
《折角獣馬》の肉も解体して持つと、出現した出口を通って《下町》へと向かう。
そして、前に来たときと同じ食堂へと顔を出す。
「お、おーおー。前にきた若い子たちじゃないか」
「なんだなんだ。もうここに来たのか。上でゆっくりしてたっていいんだぞ?」
「いえ。地上は、いまは冬なそうなので。いてもお金がかかるだけですし」
「あーそうか。季節なんてものが、地上にはあるんだったな」
地上にはあまり戻っていないのか、木材の運搬員の人はしみじみとした口ぶりをしていた。
「そんなことより、お礼のお返しです!」
「海の層から新鮮なものをお届けなの~」
背負子の中から、ここまでで集めてきた《魔物》の肉や身を出して、机の上に並べていく。
それだけではなく――
「おおー。普通の貝やら魚やらも持ってきたのか!」
「お礼にしちゃ随分と豪華過ぎるな。お酒を奢らないと釣り合いが取れないってもんだ」
「もう直ぐ、残りの仲間の作業も終わる頃だし。料理長! 飛びっきり美味く作ってくれよ!」
「あ、料理代はこれでお願いします」
テグスが魔石を支払うと、料理長と呼ばれる男が、食材をもって調理場へと消えていった。
やがて漂ってきた良い匂いにつられて、周りからも人が集まり、再び宴会へと突入していったのだった。




