190話 集めもの
あくる日から、テグスたちは黒い木を運ぶ仕事に加わることにした。
「昨日の今日で、お前さんたち大丈夫かい?」
「たくさん肉を食べて、元気です!」
「それに、魔石か硬貨が欲しいので、働かないと」
「殴穿盾の強化するのに、必要なの~」
「頼まれてもいますからね、使い古しの武器の回収も」
「まあ、大丈夫っていうんなら、いいんだがよ」
早速作業が始まり、テグスとハウリナとアンヘイラ、ティッカリ、ウパルとアンジィーに分かれた。
テグスたちは、一人一本ずつ木材をソリまで運び、ティッカリはまとめて五本ほどを掲げて運んでいく。
ウパルとアンジィーは力仕事を任せるには不安なので、周囲の見張りと荷物番をしてもらっている。
ソリ三台に満載にしたら、《階層主》が出る広間へと押していく。
「おらー、押せ押せ押せ!」
「「おおおおおおおお!」」
「だあああああああああ!」
「あおおおおおおおおん!」
一台目が通り、二台目も通った。
「よい~~しょ~~」
三台目は作業員たちとティッカリが懇親の力で押して、素早く中へと運び入れた。
「よーし。じゃあ俺らの出番だな」
テグスたちではなく、マッガズたちとも別の探訪者たちが、今回の戦闘役だ。
戦い慣れているのか、気負った様子はなく、それぞれの武器を構えていく。
大半は、剣や槍に戦槌といった見慣れた武器たちだが、防具に一風変わった物を持っていた。
人が三人は隠れられそうなほどの、大きな盾だ。
「あの大盾、かなり薄くない?」
「貫かれてしまいそうですね、あの角だけでなく普通の剣や槍にも」
テグスとアンヘイラが顔を寄せて話し合っていると、戦闘が始まった。
戦闘役の男たちはばらけていくが、あの大盾は二人一組で運用するようだ。
一応は予備として、テグスたちと作業員たちも戦力に入っているため、武器を構えておく。
「ブルヒヒィイイーー!」
現れていた《折角獣馬》が突っ込んでいく。
男たちは軽々と避けていき、大盾を持つ二人が次に狙われた。
「行くぞ!」
「おうさ!」
声を掛け合った二人の持つ盾が、《折角獣馬》の角に突き破られる。
しかし、一瞬早く横へと避けていた二人に突き刺さることはなかった。
「踏ん張れよ!」
「よっしゃ!」
盾の縁を掴んだまま離さずに、角の根元まで貫かれた盾が到達し、《折角獣馬》の頭へとくっ付いた。
「ブルヒ、ブルヒィイ!」
前が見えない苛立ちの鳴き声を上げつつも、《折角獣馬》は走り逃げると、木々の間に入ろうとした。
しかし、大きな盾が木の端にぶつかり、衝撃で転んでしまう。
「よっしゃ、やるぞお前ら!」
「走られなきゃ、大した相手じゃねーしな!」
「ブルヒブルブルヒィィー!」
立ち上がって再び木の間に入ろうとするが、盾で前が見えず、数歩進んだところでまたぶつかってしまう。
その間に、戦闘役の人たちが群がり、握っている武器で滅多打ちにしていく。
《折角獣馬》は盾を外そうとするが、捲れた金属部分が角に引っかかってしまっているようだ。
そのまま、大した抵抗も出来ずに、《折角獣馬》は死体になった。
穴が開いた大盾は、彼らの仲間で鍛冶魔法が使える人が、穴を大雑把に塞いでしまう。
よくよく観察すると、盾は何度も修復されているようで、継ぎ目だらけだった。
「参考になる戦い方だけど」
「マネできないです」
なにせ、大きな盾など持っていないし。
仮に持っていたとしても、鍛冶魔法を使える人がいないので、修復代で魔石やお金が飛んでいきそうだ。
何かで代用できないかなと、テグスは考えつつも、ソリを運ぶのを手伝った。
一度の荷運びで、両手分の魔石が、それぞれに支給された。
「こんなに、いいんですか?」
「この木は夜の森の層にしかないからな、とっても高値で売れるのさ」
「それにだ。四十一層からは、《魔物》一匹につき大きめな魔石が一つ出るから、もっとやってもいいぐらいだ」
「その分だけ、手強いんだけどな」
なるほどと頷いて、テグスたちは再びソリ運びの仕事に戻る。
そして、ソリ運びの仕事がなくなれば、三十九層に戻って《魔物》を狩って魔石を集めにいった。
四日後。
貯めた魔石を使い、《下町》の武器屋防具屋から、壊れたり買い換えて引き取った金属製の武器防具を集め回った。
「そんなものどうするんだ?」
「《中町》の贔屓にしている鍛冶屋が、欲しいって言ってたんです」
「俺らにゃ見慣れちまったが、上じゃ希少品だっていうからな」
《探訪者》の傍らで、鍛冶魔法を使った武器屋を営んでいる人に、分けてくれた礼を言って店を出る。
重くなった背負子や背嚢を担いで、テグスたちは《下町》にある《清穣治癒の女神キュムベティア》の像の前に立つ。
「四十層にある準備部屋への転移で、何度も目にしてきたけど。やっぱり《中三迷宮》の神像とは、雰囲気が違うよね」
姿形はほぼ同一なのだが、浮かべている表情が嘲笑に似た笑みに変わっている。
「なんだか、怖い笑顔です」
「見下しているような感じだけど~、なんかちょっと違う気もするの~」
「わがままな女王様風でしょうね、言い表すならば」
「は、初めて見たとき、別の女神様かと、思いましたもんね」
以前の物との差から、どうしてか悪女風に見えてしまう。
そんなテグスたちの感想は置くとして。
《清穣治癒の女神キュムベティア》を信奉する《静湖畔の乙女会》の信徒である、ウパルはどうかというと。
特に失望した様子はなく、神像の足元で祈りを捧げている。
「――慈悲を与えるばかりが、《清穣治癒の女神キュムベティア》様のお役目ではございません。時には無慈悲に徹して突き放すことも、人が成長するには必要であると、教義にもございますので」
むしろこの神像を見るたびに、より信心が増しているようですらあった。
なにはともあれ、テグスたちは《祝詞》を上げ、《中町》まで転移しようとする。
「ちょっと待った、待った!」
あと一言で《祝詞》が完成する前に、呼び止められた。
振り向くと、マッガズとミィファが立っていた。
「見送りにきてくれたんですか?」
「違う違う。いや、違わなくはないのか?」
「ほらほら、考えるのは良いから、伝えなさいよ」
肘鉄を食らい、咳払いを一つしてから、マッガズはテグスに顔を向ける。
「あー、とあることを教える前にだ。《靡導悪戯の女神シュルィーミア》の神像に《祝詞》を上げると、どこか別の場所に送られてしまうことがある。なんて噂を耳にしたことはあるか?」
「ありますよ。《中四迷宮》でそんなことが一度もなかったですから、単なる嘘だと思ってましたけど」
「それな、実は本当なんだ」
急に何を言い出すのかと首を捻っていると、マッガズは後ろ頭を掻きだした。
「つまりだ。三十層にある例の浮き彫りがあるだろ。あれに特別な《祝詞》を上げると、四十層に直行するようになっているんだ」
「そんな便利な方法があるんですか?」
「ああ。もっとも、《折角獣馬》の出る場所に直接送られるし。三回に一回の頻度で地上に戻されるんだけどな。運悪く十連続地上へなんて《探訪者》もいたらしい」
補足説明に、なんとも使えない《祝詞》だと、テグスは思った。
「使う使わないは、お前らに任せるから。とりあえず教えておくぞ」
唱え方は『ワレ、願う。この場から試練に備える地へ向かうことを望む者なり』とのことだった。
「それじゃあ、またな坊主たち」
「また《下町》に来たら、四十一層から四十四層までは案内してあげるわよ」
「十層刻みじゃないのは、四十五層になにか試練でもあるんですか?」
「試練はない。しかし、悔しいことだが。四十五層からの《魔物》は手強すぎて、坊主たちを気にかけてやれる自信がない」
未だに自分たちよりも強者なマッガズが、苦々しい顔でそんな事を言うなんてと、テグスは信じられない気持ちになった。
表情を見て、マッガズは不敵な笑みを浮かべる。
「俺の言葉に衝撃を受けてどうするよ。坊主たちだって、仲間だけで突破しなきゃいけない《魔物》には変わらないんだぜ?」
「それは――それもそうですよね」
いま敵わなくても、いつかは敵うようになれば良いと、考えを入れ替えた。
「長々と引き留めてわるかったな、坊主たち。また合おうぜ」
「お腹に子供が出来て、半引退しなければね」
「お、おい。なにを急に!?」
二人がべたべたし始めたので、テグスたちは祝福込みもからかい笑顔を向ける。
「はい、またお会いしましょう。子供が生まれたら見せてくださいね」
「真理ですよね、やったら出来るは。ええ、《魔物》を倒すことですよ、勿論のことですが」
「子供が出来るの、嬉しいことです」
「子は宝というのは、どの種族でも共通なの~」
「可愛いお子様が授かれるよう、お祈りをしてもよろしいでございましょうか」
「え、あ、あの、おめでとうございます」
「うっせー! まで出来てねーよ!!」
怒って拳を振り上げるのを見て、テグスたちは笑顔のまま神像に《祝詞》を上げ、逃げるように《中町》へと転移していったのだった。
《中町》に戻ったテグスたちは、早速《白樺防具店》のエシミオナに約束の《七股箆鹿》毛皮を渡した。
代わりに殴穿盾の杭の部分を、《折角獣馬》の角に換装することを頼んだ。
お代に魔石を要求されたが、今回の毛皮の余剰分で相殺ということになった。
「はい~、承った~よ。上はもう~冬だか~ら、来年分に~なっちゃうけど。ま~だまだ買い取~り強化中~だよ」
「毛皮で思い出しましたけど、行商人の人に毛皮の運搬を頼んでも大丈夫ですか?」
「ん~。活動拠~点が変わるだ~ろうから、それで良い~よ。あん~まりにも不~躾な人なら、こっちで追~い出すから」
話が終わり、テグスたちはクテガンの店へと移動する。
「おっちゃーん。《下町》にあった使い古しのを持ってきたよー」
「おーおー。随分と遅かったじゃないか。待ちくたびれたぜ」
クテガンは、背負子の中から壊れかけの武器を手に取ると、子供のように目を輝かせた。
「ふふふっ。これでまた一歩、完璧な武器に近づけるぞ!」
テグスたちにお礼も言わずに、持ってきた金属を全てのを引き取ると、鍛冶場に籠もってしまった。
武器を融通してくれている手前、テグスたちは何も言わずに、宿屋に引き上げて休むことにするのだった。




