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189話 《下町》

 《折角獣馬》を倒し、その死骸の近くにテグスは座り込んでいた。


「だいじょーぶです?」

「手足を使いすぎただけだから、もう少ししたら感覚が戻ると思うよ」


 ハウリナが心配そうにするので、だるい腕をどうにか持ち上げて、その頭を撫でて安心させてやる。


「でしたら。回復なされている間に、こちら側で解体をしておいた方がよろしいでございましょう」

「確か角を使うのでしたね、殴穿盾の杭の部分に」

「あ、あの、皮も、剥いでおいたほうが、良いでしょうか?」

「ハウリナちゃん用に、肉と内臓は大目に確保しておくの~」

「……手伝うです」


 ハウリナはまだ心配そうだったが、他の面々と同じく《折角獣馬》を切り開いたり、頭蓋骨を砕いて硬い角を引き抜こうとし始める。

 その光景を、テグスはぼんやり眺めていると、マッガズに背中を叩かれた。


「よお。随分と無茶したな」

「想定外のことが多すぎましたよ」

「はははっ。だが無傷で倒せたんだ、これからはもっと良い方法が思いつくだろうさ」


 一人前だと言いたげに、テグスの頭をぐしゃぐしゃに撫でると、ソリの方へと歩いて行ってしまう。

 髪を整えつつ、腕と足の調子を確かめて、もう歩くことが出来るまで回復したと判断した。


「よっと」


 膝に手を当てながら立ち上がると、装備品の重さに足元がふらついたが、倒れることはなかった。

 解体作業を手伝おうと手を伸ばすが、ハウリナたちから大人しくしていろと睨まれてしまう。


「もうちょっとで終わるから、待っているといいの~」

「解体作業など言語道断でしょう、軽く震えている指先では」


 注意までされて、すごすごとテグスは引き下がると、大人しく待つことにした。

 やがて、大きい角と皮、肉と内臓は回収し。

 残る骨や食べれない部位を魔石化すると、指二本分の大きさの魔石が出た。

 それだけ、《魔物》としての強さがあったということだろう。


「おおーい。もう回収作業は終わったかー?」


 マッガズたちとソリを運ぶ作業員たちが、出現していた出口の一歩手前で手を振っている。

 どうやら、《折角獣馬》を倒したテグスたちを、先に行かせるために待ってくれているようだ。


「呼んでいるし行こうか」


 テグスが背負子を背負おうとすると、ティッカリにひょいっと奪われてしまった。


「疲れているんだから、預かるの~」

「テグスが、先頭です」


 そしてハウリナに背中を押されながら、歩いて前に進む。

 やがて出口に合流すると、作業員たちが無謀な作戦を行ったテグスに、軽く叩いたり撫でたりをしながら、集団の先頭へと追いやる。

 もみくちゃにされて困り顔になりつつも、集団の先導者のように一番に出口の先へと歩き出す。

 短い通路を進んでいくと、先にあったのは神像がある小部屋状の場所ではなかった。


「ようこそ。ここが一端の《探訪者》しかこれない《下町》だ」


 マッガズが語ったように、ここは真っ直ぐな一本の道の両側に、黒い木で出来た建物が並ぶ、小さな半円状の洞窟にできた町だった。

 道には魔道具の光で照らされているが、大きな建物の直ぐ裏が壁なので、《中町》に比べると広さは半分もないぐらいだ。

 しかし、道を行き交う人の少なさからか、大分空いているように感じる。


「それじゃあ、酒を奢る前に、神像の前に木を運んじまうからよ」

「また後でな、新顔の坊主と嬢ちゃんたち」


 ずりずりと重そうに三台のソリを引いて、道の先へと進んでいった。

 残されて、テグスとマッガズは顔を見合わせる。


「後で酒場に行けば良いだろうから、それまで暇があるがどうするよ?」

「ソリを運ぶ際の戦闘役だったんですから、どこかに報告とかはしなくて良いんですか?」

「あいつらが報告してくれるだろうし、報酬を貰うのは後で良いだろ。なんなら、《下町》を案内してやろうか?」


 テグスは仲間たちにどうしようかと顔を向ける。


「ありがたいお申し出でございますし、お受けしたら良いと思われます」

「知っておくことに越したことはないでしょう、どこに何があるかや良い店など」


 他の面々も同じ意見なようだ。


「マッガズさん、案内をよろしくお願いします」

「おう、任せておけ。じゃあ、俺は坊主たちを案内するから――」

「もちろん、私だけは変なお店に連れて行かないか、同行するからね?」


 ミィファはマッガズの腕を取ると、べったりとくっ付く。

 他の仲間たちは、勝手にやってくれとばかりに、散っていく。


「くはー。なんて俺の仲間は、こうも白状なのかね」

「私たちの恋路を邪魔しないようにって、気遣ってくれる良い仲間じゃない」


 二人の意見の違いに、テグスたちは苦笑いすると、道案内をお願いした。




 《下町》は一本の長い道しかない変わった町で、その分だけ建物の数も少ない。


「大体あるのは、武器の研ぎ直しや鎧の修理をする店と、宿屋と食道と酒場だな」


 端から端へと歩きながら、どれそれが何の店かを教えてくれる。


「行商人が店を開くこともあるけれど、今日はやっていないわね」


 ミィファが指し示したのは、暇そうに頬杖をつく三十台の店番がいる何も無さそうに見える店だった。


「あの人は何をしているんですか?」

「ああ。あの人は、素材の買い取りをしているのよ」

「支払はどうしているのでしょう、品物やお金は無さそうに見えますが?」

「紙に買い取ったときの金額を書いて渡してくれるんだ。店が開いたときに紙を渡せば、その分の硬貨か魔石と引き換えてくれるのさ。そのまま買い物だって出来る」


 見るとはなしに見ていると、ティッカリがテグスの肩を軽く叩いてきた。


「どうしたの?」

「あそこに、沢山角が積まれているの~」


 指差す店の奥の角を良く見てみると、《折角獣馬》の角らしきものが積まれていた。


「木を運ぶために一日に二・三度は行き来するからな。必然的に溜まっていくんだ」

「おとぎ話の題材だかなんだかで、外の国では高値で取引されているそうだけどね」

「……交渉すれば一本だけ、譲ってくれますかね?」

「なんだお前ら、必要なのか?」

「ティッカリの殴穿盾を強化するのに、良い材料らしくて」

「この杭の部分を、角に置き換えると良いって言わていれたの~」


 殴穿盾の全体を見て、マッガズは納得したようだった。


「なるほどな。ちょっと待ってろ」


 頬杖を付いている店番に、マッガズと引っ付いているミィファが近寄る。

 二言三言交わし、マッガズが掌大の魔石を一つ手渡す代わりに角を一つ入手した。


「ほら。持っていけ」

「代金なら僕らが」

「いいって。顔見知りが《下町》にこれた祝いだ。受け取っとけ」

「そうよ。むしろ、こんな安物が祝いだなんてって、怒って良いぐらいなんだから」

「おいおい。そりゃないだろ」


 笑いあう二人に、テグスは角を受け取りながら深々と頭を下げる。


「お祝いの品をくださり、有難うございます」

「お、おいおい。よしてくれよ。背中が痒くなるぜ」

「そ、そうよ。あまり丁寧な言葉使われるの、なれてないんだから」


 本当に背中が痒いのか、マッガズとミィファは身体を小刻みに揺すっている。

 その様子をみて、テグスたち側は忍び笑いをした。


「まあなんだ。あと少しで店の紹介は終わるからな。そうしたら、木材収集員たちの行きつけの酒場に行くぞ」

「そうね。お祝いが角一本じゃ寂しすぎるしね」

「お願いします。そういえば、僕もティッカリにお酒を奢らないとね」

「今日は、沢山お酒が飲めそうな予感がするの~」

「肉もあるです。焼いてもらうです」

「楽しそうな予感が、してまいりますね」

「《下町》の物価が気になりますけどね、個人的には」

「あ、あの、せめて今日は、気にしないでいきましょうよ」


 一通りの店の情報は教わり終わり、足早に酒場へと向かった。


「おおーい、こっちだこっち!」

「聞け、みんな。新顔だぞ、しかも若い!」

「勇敢で前途有望な《探訪者》たちに、奢ってやろうっていう気の良い奴らはいないかー!?」

「おっ、本気で若いヤツばっかじゃねーか」

「成人して三年四年ぐらいか。いいことだな」

「どうせ集めた魔石の使い道なんて大してないんだ、ここは散財する場面だな!」


 中に入った途端に、歓迎する空気が生まれ、あれよあれよという間に輪の中心に引きずり込まれてしまう。

 そして机の前に座らされると、料理と酒がどかどかと置かれる。


「代わり映えしなかった面々に、新しい顔が加わったことに!」

「若くて伸びしろが期待できそうな、羨ましい坊主とお嬢さん方に!」

「騒ぐ理由をくれた、優秀な《探訪者》たちに!」

「「「乾杯!」」」


 テグスたちが目を白黒させているうちに、大宴会な雰囲気になってしまっていた。


「え、ええっと?」

「良いから、飲め食え。特に坊主は、手足の筋肉を使ったからな、たっぷり肉を食え」


 ばしばしと叩かれて腹が据わり、テグスは木杯を手に立ち上がる。


「お祝いしてくれる皆様に、乾杯!」


 ぐっと中身を飲み干し、机に底を叩きつけると、周囲から歓声が上がった。

 テグスが規範を示したことで、ハウリナたちも追随する覚悟が決まったようだ。


「馬肉があるです。焼いて欲しいです」

「おうよ。頼んでやるから、出しな出しな」

「お酒なら、どーんとこいなの~」

「なら、飲み比べを申し込むぜ! 酒だ、樽でくれ!」

「中々に良い武器ですね、見慣れない素材ですが」

「ふふん。いいだろいいだろ。四十六層まで行けたら手に入るぜ」

「この料理、味が良うございますね。《大迷宮》ならではの素材だからでございましょうか?」

「おい、料理長! この嬢ちゃんが、味を気に入ったんだとよ!」

「あ、あの、その、ありがとうございます」

「いいのよ。ほらほら、こっちも美味しいから食べなさいな。細いんだから大きくならないと」


 ひっちゃかめっちゃかな様相ながら、楽しい酒宴は続いていくのだった。


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