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188話 四十層《階層主》

 準備部屋の中にいる人たちの多くが、ソリに手をかける。


「いいか、いつも通りにやれ! 新顔の子達が見ているからって、変に気張るんじゃないぞ!」

「「はい!」」

「ソリ二つは確実に運ぶ。出来れば三つ目もだ!」

「「はい!」」


 熱気を上げる人たちの傍らに、テグスたちとマッガズたちが立っていた。


「あのー。《階層主》の場所に入って良いですか?」

「もうちょっと待ってやってくれ。ああやって、統一を図っているんだ」

「《下町》に黒い木を運ぶためって言うのは分かるんですけどね」

「こっちの調子が崩れるよな」


 テグスとマッガズは喋りながら、苦笑いを浮かべ合う。

 そして、マッガズだけが急に真顔に変わる。


「それで。坊主は本当に、仲間だけで挑むつもりなのか?」

「ええ。自分たちの実力が、どれほどかそれで分かりますし」

「気概は買うが、危ないと思ったら助けに入るからな」


 納得していない表情を浮かべるマッガズに、横からミィファがしなだれかかる。


「ほんと、怖い顔つきなのに心は優しいんだから」

「お、おい。からかうんじゃねーよ」

「なーに。坊やたちの目の前だからって、慌てなくたって良いのに」


 困ったような顔のマッガズに、何かを求める目を向けるミィファ。

 前に会ったときよりも親密になったようで、二人の間にはどこか甘い空気が流れている。

 助けを求められる目を向けられて、テグスは頷きを返す。


「どうぞどうぞ。僕たちのことは気にしないで、続けて下さい」

「仲良いのは、いいことです」

「あ、テメ。そういうことを言うと――」

「ほらぁ、マッガズ。良いって言ってくれているじゃない」


 悪乗りなのかそれとも本気なのか、ミィファは唇を尖らせて顔を近づけていく。


「あれが大人の関係というやつですよ、俗に言う」

「え、あ、あの、ええーっと……」


 アンヘイラに耳打ちされて、アンジィーは顔を赤くしながらも、チラチラと二人の様子を見ている。

 マッガズたちの仲間たちも、どこかまたかという表情を浮かべて、止める気配はない。

 あと少しで唇と唇が触れるというところで、マッガズはミィファの脳天に拳を突き刺した。


「痛ったー! もう、恥ずかしいからって、何ってことをするのよ!」

「うるさい。戦闘前だぞ。色ボケるな!」

「坊やたちが倒すって言っているんだから、こっちの出番はないはずでしょ」

「用心に越したことはないだろ!」


 始まった痴話喧嘩の横では、まだソリを押す作業員の人たちが声を掛け合って意志を高めている。

 この不思議な光景を、テグスは興味深く観察していく。

 やや経って、作業員たちの意志を上げる演説が終わり、マッガズとミィファの喧嘩も軽い口づけをしあって終わった。


「それじゃあ、新顔の子達と戦闘役の人たちは入ってください。出来るだけ早くお願いします!」

「はい。じゃあ駆け足で入るよ」

「俺らも走って入るぞ――って、なんだよそんな目で見るな!」


 テグスの号令にハウリナたちは頷く。

 一方で、マッガズに彼の仲間たちは白い目を向けていた。

 しかし長年の間柄で培った絆からか、嫌な空気はなく、子供同士がからかっているような雰囲気だった。


「えーっと、いいですか?」

「ああ。俺の仲間は、きちっと仕事はする奴らばかりだからな」


 もう一度、仲間たちの顔を見渡してから、一斉に《階層主》が出る広間へと駆け出した。


「いくぞ、押せーーー!」

「「おおおおおおおお!」」


 同時に、ソリを押す人たちが気合の声を上げる。

 広間に入ったテグスたちは、左右に分かれて、ソリを置く場所を開ける。

 そこに、一台目が到着し。作業員たちは二台目の手伝いに戻っていく。


「おらおら。閉まり始めたぞ! 急げ急げ!!」

「「おおおりゃああああ!」」


 二台目が通過しきる前に、出入り口が生えだした蔓で覆われ始める。

 どうにか二台目を広間に置き、急いで三台目へと向かっていく。


「ぐおおおおおおおおおお!」

「「だああああああああ!」」


 大急ぎで三台目を押していくが、あと少しというところで、ソリに蔓が絡んで前に進めなくなった。

 停滞している間にどんどんと蔓が絡み、やがて作業員たちの身体にも這うようになってきた。


「くそ。三台目は諦める。全員退避だ!」

「「ちくしょおおおおおおおおおお!」」


 作業員がソリを放り出し、広間の中へと退避する。

 テグスはティッカリに顔を向けると、頷き返してくれた。


「あとちょっとだけだし、頑張っちゃうの~」


 ティッカリはソリの端を掴むと、踏ん張り始める。


「とや~~~~~~~~~」


 そして、一気に全身の力を総動員して、ソリを広間へと引っ張った。

 絡み付いた蔓が、ぶちぶちと音を立てて千切れていき。

 やがて、一気に均衡が崩れて、ソリが広間の中へと滑り込む。

 蔓は素早く開いた穴を塞ぎ、入り口が閉じられた。


「おおー。大したお嬢さんだ。お礼に一杯奢らせちゃくれないか?」

「《下町》に入れたら、受けるの~」

「じゃあ、僕からもお礼にお酒を奢らないとね」


 和気藹々と喋り合っていると、ガリガリと何かを削る音が聞こえてきた。

 テグスたちが視線を音の方へ向ける。

 広間は森の一角に自然に出来た花畑のような、円形に花が咲き乱れる周りに木が植わっている場所だった。

 その木がある場所に、角が額から生えた白馬がいて。

 木肌に角を擦り付けている。

 

「さて。あれがここの《階層主》――《折角獣馬》だ」

「なんか、資料の挿絵で見たのとは、見た目と角の形が違ってますね」


 絵では、角は細い円錐状で、馬体は鍛えられた細身だった。

 だが実際には、両耳まで幅がある円錐状の角は、馬上突撃槍のような不恰好。

 馬体は、大柄の荷馬のように幅広な体格をしていた。

 しかも良く見ると、角の先端が折れているのか、平たくなっている。


「角を木に当てているのは、削って尖らせようとしているのかな?」

「角の方が硬くて、出来ないがな」


 見ていると、木は大きく削れているのに、角の先端は少しも削れたようになっていない。


「そんなことよりもだ、お前らの獲物だ。頑張れ」


 軽く背を押され前へ踏み出すと、《折角獣馬》は警戒したような目をテグスに向ける。

 完全に敵だと認識されたようなので、テグスと仲間たちは背負子を地面に下ろすと、武器を構えて対峙した。




 《折角獣馬》の戦い方は実に単純なものだった。


「ブルヒヒィイイイイイイイイーーー」


 花畑の周りにある木から飛び出し、角を前に向けて一直線に突進。

 テグスたちが避ければ、反対側まで駆け抜け、木々の間を移動してからまた突進。

 これの繰り返ししかしてこない。


「今回は馬鹿正直な戦いかたですね、いままで隠れて襲ってくる《魔物》ばかりだったのに」

「でもさ、あの大きな身体と、木を簡単に木屑にする角の硬さは危険だよね」

「走るのも、速いです」

「受け止めるのは、ちょっと怖いの~」


 テグスたちは突進を避けながら言葉を交わすが、余裕があるわけではなく困っているのだ。

 突撃槍のような角を向けて迫ってこられると、攻撃する場所を探すのが難しい。

 正面から打ちかかれば、角と大きな身体で跳ね飛ばされると、想像しやすい。

 避けて攻撃するのも、通り過ぎるのが早すぎて、身体に小さな傷をつけるので精一杯だ。

 矢や投剣での攻撃は、正面からは効果が薄く。

 後ろから狙っても、花畑を通り過ぎるのが早すぎて、木の間に入り込まれて難しい。

 花畑には大きな馬蹄の形に穴が開いているので、踏まれでもしたら内臓が潰れてしまうので、下に潜り込むのも無謀だ。


「ここは、決して千切れはしない《鈹銅縛鎖》の出番かと思われます」

「良い考えだけど。力負けしそうだから、ティッカリの補助がいるね」

「力比べなら任せて欲しいの~」


 《折角獣馬》の突進を避けながら、ウパルは袖から《鈹銅縛鎖》を急いで伸ばし、胴体へと巻きつけることに成功した。


「あっくぅ――」


 しかし一瞬にして《鈹銅縛鎖》が伸びきり、身体に巻きつけて運んでいるウパルの口から、苦悶の息が漏れた。


「急いで引っ張るの」


 ウパルが引きずられる前に、ティッカリが《鈹銅縛鎖》を掴み、力の限りに引っ張る。


「ブルヒヒイイィィィー!」


 少し速さが落ちたが、それでも《折角獣馬》は前へと進む。

 足元が花畑で柔らかい土壌で踏ん張りが弱いので、二人でも押し留めきれないのだ。

 


「これでは意味がございません。《鈹銅縛鎖》を馬体から外さねば引っ張り込まれてしまいます。なので、合図したら手をお放しくださいませ」

「ぐむむむ~。わかったの~」


 少しでもウパルの負担を軽減するために、ティッカリは手放す直前まで、力の限りに引っ張る。

 そして、合図をして手が離れたのを見たのと同時に、ウパルは《鈹銅縛鎖》を操作して外すことに成功する。

 しかし、その短い時間で身体を引っ張られ、花畑へ頭から突っ込む羽目になった。


「二人とも、大丈夫!?」

「平気なの~。ウパルちゃんは~」

「しょ、少々、顔と衣服が汚れただけでございます」


 ウパルが顔を上げると、頬と額が土で汚れ、髪には花びらが何枚もくっ付いていた。

 体制が崩れている二人を見ていたのか、《折角獣馬》が引き返して突進してくる。

 ティッカリは急いでウパルを抱え上げると、横へ跳んで逃げた。


「おおーい。大丈夫かー?」


 少し離れた場所から、面白そうに笑顔になっているマッガズが、声をかけてきた。


「まだ、大丈夫です」

「手助けがいるなら、早目に言ってくれよー」


 テグスは一つ深呼吸をすると、仲間の顔を順に見ていく。

 取れる手を考え、最終的にアンジィーに視線を向けた。


「土の精霊魔法で、《折角獣馬》の足元に穴を開けられない?」

「や、やってみます。け、けど、土に手を置かないといけないから……」

「大丈夫。僕が抱えて避けるから」


 一度、《折角獣馬》の突進を避けてから、アンジィーがテグスの横で座り込み、地面に手を当てる。


「土の精霊さん、あのお馬さんの足に、イタズラで落とし穴を作りたいんです~♪」


 小声で歌うような口調で、精霊に魔力と引き換えにお願いを伝えた。

 無防備そうに見えるからか、アンジィーに《折角獣馬》が角を向けながら突っ込んでくる。

 テグスは中腰になると、いつでも抱えて退けるように準備する。

 やがて、避ける限界一歩手前で、《折角獣馬》は前脚を穴に取られてひっくり返った。

 角が地面に突き刺さり、そこを支点にして浮き上がると、大きな馬体がテグスとアンジィーの上へ振ってくる。


「ごめん!」

「ひ、きゃ!」


 テグスは後ろから抱きつくように抱え上げると、身を投げ出すように横へ跳んだ。

 花畑に突っ込み、二人の頭に土と花びらがくっ付く。

 背中から落ちた《折角獣馬》は、身体をばたつかせながら起き上がると、元気に木の間へと向かって走っていく。


「普通は足が駄目になるものですからね、穴で挫いた馬は。良い作戦でした」


 アンヘイラに助け起こされながら、テグスは口に入った土を唾と共に吐き出す。


「ぺっぺ。安全策は、出尽くしちゃった感じだから。ここからは少し危険な方法を取らないとね」

「え、ええー。これで、安全なんですか?」


 アンジィーは信じられないという、非難めいた目を向けている。


「怪我しないで相手を倒す作戦が、安全策でしょ?」

「えっと、違うような、違わないような……」


 テグスがそう信じているからか、アンジィーは何と言うべきが悩んでいるようだ。


「まあ、僕一人で出来るのを、まず試してやるから。それで駄目なら、皆に手伝ってもらう方法に変えるから、安心してよ」

「そ、そういうことが、言いたいわけじゃ、なくてですね」

「二人とも暇は無さそうですよ、お喋りしている」


 木の間から、突進し始めた《折角獣馬》を見て、テグスはアンジィーとアンヘイラを下がらせる。

 そして長鉈剣を仕舞い、硬くなった小剣を左右の手に握った。


「ブルヒヒィイィィィーー!」


 避ける素振りのないテグスの胸へ、角が向けられる。

 左右の小剣を十字に交差させて、角の先端を受け止めようとするように構える。

 テグスの視界の端で、マッガズが慌てて割って入ろうとしている姿が見え、口に半笑いが浮かぶ。


「たあっ!」


 テグスは角が小剣に触れる直前に地面を蹴って、上空へ身体を浮かべる。

 そして、十字に交差した小剣を角の上に置き、そこを支点に伸身の前転宙返りをした。

 このまま長い角を飛び越えて、《折角獣馬》の背に乗ろうとしているのだ。

 無謀な挑戦に見えたのだろう、走り寄っているマッガズの口が大開になっているのが、逆さまに見えた。

 テグスは目論見通りに後ろ向きに背に乗れたものの、予想以上に《折角獣馬》が速く、座れたのは腰骨の辺りだった。


「ギリギリだった――おわッ!?」

「ブギヒヒィイイイイイイ!!」


 突如、《折角獣馬》は突進を止め、怒り狂ったようにテグスを落とそうと、その場で激しく動き始めた。

 前脚を高々と上げたかと思えば、後ろ足を連続して振り上げる。

 背にしがみ付いて振り回されているテグスは、暴れ川に翻弄される木の葉の気持ちが、少し分かる気がした。

 さらに――


「危なッ!」


 首を曲げて、角をテグスに打ち込もうとする。

 ただし、長い角で自分の身体を傷つけないためか、背からやや上の空間へと振り回している。

 なので、テグスは《折角獣馬》の背に寝転がるように仰向けになった。


「大人しく、しろッ!」


 寝ながら、左手の小剣を逆手に持ち変えると、わき腹へ突き刺した。


「ビギヒヒィイイイイイイイ!」


 さらに暴れ方が激しくなり、テグスは足で胴体を挟み、刺した小剣を手がかりに身体を保持する。


「テグス、だいじょうぶです!?」

「あわわ~、危なくて近づけないの~」

「テグスが危険ですしね、矢で狙うのも」

「お助けできないのは心苦しいですが、祈るより他に手段がございませんね」

「が、頑張って、失血死するまで、耐えてください」

「あー、こうなるともう、俺らでも手が出せんな」

「まぁ、大丈夫そうだし。坊やが落ちるか、《折角獣馬》が死ぬかを待っていれば良いと思うわ」


 暴れるのに巻き込まれない位置で、ハウリナたちとマッガズと仲間たちが見ている中、テグスは必死に言葉を発せず耐える。

 そのままの状態で時間が過ぎていき、《折角獣馬》が倒れたのは大分後になってのことだった。


「くはっ! はーはー……腕と足に、力が入らないや……」


 地面に投げ出され、花に埋もれながら、テグスは荒い息を吐いて、この作戦は二度とやらないと心に決めたのだった。

 


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