187話 夜の森を進む
頭の角を前に向け、二匹の《野伏毛犀》は突っ込んでくる。
まだ目が暗闇に慣れないテグスたちにとっては、その姿は蔓草が生えた岩が移動しているようにしか見えない。
「闇の精霊さん、暗い中でも、皆の目を見えるようにして、欲しいんだよ~♪」
目を細めてどうにか見ようとしていたところ、急に目が暗闇に慣れた。
いや、目の周りに黒い靄のようなものが漂っていることと、あの歌声から、アンジィーの精霊魔法だと分かる。
「ありがとう、助かった!」
「ちゃんと見えちゃえば、こっちのものなの~」
長鉈剣を手にしたテグスと、殴穿盾を構えたティッカリが、迫る《野伏毛犀》へ逆襲しにいく。
「『刃よ鋭くなれ(キリンゴ・アクラオ)』」
「とや~~~~~~~」
突進を寸前に避けたテグスは、横合いから鋭刃の魔術をかけた長鉈剣を突き入れる。
ティッカリは腰を落としながら両腕を上げると、迫る角へと力強く振り下ろした。
硬い体表を切り裂いて刃が内臓を傷つけ、立派に生えていた角は頭蓋ごと殴穿盾に破砕される。
「「ンノオォォォォ……」」
断末魔代わりの鳴き声を上げて、《野伏毛犀》は地に伏せた。
「ゲゲゲァーーー」
《黒炎大鴉》の方も、ハウリナたちが倒したようだ。
すると、再び目が暗闇で良く見えなくなった。
どうやら、アンジィーが精霊魔法を止めたようだ。
「アンジィーの機転に助かったよ」
「本当なの~。偉いの~」
「え、あ、あの、ありがとう、ございます」
お礼を言われ、ティッカリから頭を撫でられて、アンジィーは気恥ずかしそうだ。
一頻り褒めてから、倒した《魔物》の解体に取り掛かる。
《黒炎大鴉》は死んでしまえば、ただの鴉と変わらないようだ。
《野伏毛犀》の蔓のようなものは体毛のようで、その下には硬い表皮がある。
触れてみた感じでは、《重鎧蜥蜴》の大鱗と同じか少し硬い。
「鎧にしてもらいますか、この表皮を持っていって」
「いや、倒せない相手じゃなさそうだし、下町の先に行ってみてから判断しよう」
今回は《七股箆鹿》の毛皮を大量に持っているため、食べる分の肉を確保したら、一まとめに魔石化してしまう。
ここまで来ると、やはり出てくる魔石も大きくなり、握りこぶし半分ぐらいの大物だ。
テグスたちは、初めて見る大きさに驚いた。
「でっかくて、驚きです!」
「魔石が小さくなってたのでしょうね、いままで素材と肉にした後の残骸を魔石化していたので」
「これからは、防具の支払いを稼ぐ場合において、この付近がよろしいと思われますね」
確かに、この周辺で魔石を集めれば、より早く代金を支払うことが出来そうだ。
「そのためには、呼び寄せる方法を考えないとね」
「恐らく寄ってくると思いますよ、明かりを点せば」
「く、暗がりの火は、遠くからでも、よく見えますし」
なるほどと理解しつつも、今は四十層へ向かうのが目的なので、検証は次に持ち越すことにした。
それ以降、三十七層から三十九層までは、大した危険もなく進むことが出来た。
もちろん、《魔物》の襲撃はある。
先に出会った二種に加え。
暗がりと木々の間から漏れる光の間を移動すると、白い体が浮かんでは消える、梟の《魔物》である《闇瞳白梟》。
周りの黒い木とそっくりだが、棘のように尖った葉を射ち放ってくる、大木の《魔物》の《硬針軟木》。
どちらも一筋縄ではいかない《魔物》だった。
なら何故、危険がなかったのかというと――
「闇の精霊さん~♪ 真っ黒な手で、捕まえて欲しいんだよ~♪」
「キミィーーーー!」
音もなく静かに飛んでいた《闇瞳白梟》の身体に、真っ黒い触手のようなものが絡みつく。
落ちてばたつくが、一向に解ける気配はない。
身動き取れない間に、ハウリナが黒棍で殴り殺した。
テグスたちの周囲には、同じように倒された《黒炎大鴉》と《野伏毛犀》の姿もある。
「アンジィーの精霊魔法が、ここまで凄いとは思わなかったよ」
「恐らく《迷宮都市》随一なのではないかと、闇の精霊を使わせたら」
「そ、そんな、ほ、褒めないでください。お、教わった通りに、しているだけですし」
そう、アンジィーの精霊魔法が冴え渡っているからだった。
元々、闇の精霊と親和性が高いといっていたが、夜の森の層で本領を発揮していた。
しかも、気配察知が出来るようになっていたので、いち早く敵を見つけては精霊魔法で先制攻撃。
テグスたちは、その後で《魔物》仕留めるのが役割になっていた。
「お蔭で、安全に進めるの~」
「これほどに容易く感じられるのも、精霊魔法があればこそでございましょうし」
「アンジィー、エライです」
「ほ、本当に、その、照れますから……」
口々に感謝されて、アンジィーは気恥ずかしそうにうつむいてしまった。
その姿に皆で微笑みを向ける。
そうして三十九層を進んでいると、遠くの方から斧で木を打つような音が聞こえてきた。
「三十一層と同じで、木こりの人がいるのかな?」
「ふんふん。多くの人の匂いがするです」
「木々の間から、火が見えるの~」
テグスたちは慎重に進み、音の元へとたどり着いた。
「やはり、木を切り倒してございますね」
「山積みされてますね、この層の黒い木が」
かがり火が多数焚かれた切り出し場には、多くの人が木を切る作業をしていた。
中には、落ちた枝を集めている人もいる。
「おーい。あんたら、見かけない顔だが、初めてきた人たちか?」
様子を見ながら、下への階段がある場所へと向かおうとすると声を掛けられた。
顔を向けると、三十台半ばほどの男が、大斧を肩に担いで近づいてきていた。
「はい。この先の《階層主》に挑んで、《下町》までいくつもりです」
「おー、やっぱりか。いやー、若そうな人ばかりだというのに、中々に立派、立派」
がははっ、と笑うのを見ながら、テグスは何の用かと首を傾げる。
「いや、済まない、済まない。《階層主》――《折角獣馬》って馬の《魔物》だが。それに挑む前に、荷運びの集団と同行しないかって、初めての人には声をかけているんだ」
男が指差す先には、階段の下へと木材を運ぶ人たちの姿があった。
「あの人たちと、一緒に入るってことですか?」
「その通り。なに、君らは見ているだけで良い。どう戦うか、自分たちの実力が敵っているかを確かめて欲しいからな」
「どうして、そんな提案をしてくれるのかな~?」
「いやいや、ここまでこれる人は中々いないからな。大事にしたいだけだよ」
どうしようかと、テグスは顔を仲間たちに向ける。
ハウリナは《折角獣馬》と戦いたいという顔をしているが、それ以外の面々は提案を受け入れるべきという表情をしていた。
意見は分かったので、顔を男の方へと向け直す。
「申し出をありがたく受けたいと思います。でも、不躾なお願いなんですが。先に僕らが《折角獣馬》と戦って、危険そうなら助けに入ってもらうことって可能ですか?」
「そりゃあ……どうか分からんな。人によっては早く《下町》に入りたいからと嫌がりそうだが。まあ、今日の戦闘担当と交渉してくれ」
階段を下りた先にいると言われ、テグスたちは四十層への階段を、木材を運ぶ人と共に下りていく。
やがて、準備部屋が見えてくると、そこには木材を山積した簡素なソリが並べられていた。
「おー、初顔じゃないか。一緒に来るのかい?」
周囲の作業員を指揮していた人が、テグスたちににこやかな顔を向けてきた。
「ええ。申し出を受けようと思いまして。少し戦闘担当という人に、挨拶とお願いがあるんですけれど」
「それなら……おーい、マッガズ。新顔が来たぞー。よろしく頼むー!」
「わーったから、少し待っててくれ!」
聞いた名前に、テグスはおやっという顔をした。
人の輪から外れてきたのは、筋骨逞しい粗暴そうに見える男と、その横をついて歩く女性だった。
その二人も、テグスたちを見て、おやっという顔を返してきた。
「お久しぶりです」
「おー、やっぱり坊主たちか。随分と立派になったな。その上、もうここまで来るなんてな」
「わー、懐かしいわ。本当にあの時の坊やたちなのね」
その二人は、以前にテグスたちに世話を焼いてくれた、マッガズとミィファだった。




