16話 《ツェーマ武器店》
話し合いが終わり、テグスはハウリナを連れ立って、孤児院――《探訪者ギルド》支部の近くに在る《ツェーマ武器店》へとやってきた。
外観は《雑踏区》にある店の例に漏れず、狭い間口を持つ無駄に敷地面積の広い、あばら家改造型の店舗だった。
唯一の違いは、武器屋を表す看板の絵は通常は剣なのに、何故か棍棒に変わっているのが特徴といえばそうだった。
「ここだね」
「主――テグス。何故、この場所に?」
看板に下手な字で《ツェーマ武器店》と、薄れたインクで書かれているのを見ていたテグスは、ハウリナの疑問に答える為に顔を向ける。
ハウリナは本当にテグスを主と定めたのか、勝気な瞳の輝きはそのままだが、どこか命令を待つ猟犬の様な雰囲気を身に纏っている。
「ここでちょっと買い物をしようとね」
「そうなのか。では、待つ」
「いやいや。ハウリナも来るんだからね」
「武器。買うお金、無い」
「武器を買うかどうかは別として、こんな場所に女の子を一人で置いて行けないよ」
「女の子、違う。《黄牙》の民、戦士」
「《黄塩人形》に負けたのに、戦士なの?」
「……戦士、違う。女の子」
ガックリと残念そうに肩を落とし、発言を訂正するハウリナに、テグスはくすりと笑いを漏らす。
しかし声は少女のものなのに、口調は如何してこう男っぽい片言なのかと、テグスは早くレアデールにハウリナの喋り方の改善をしてもらおうと心に決めた。
なので暫くは《小三迷宮》に潜る事になるだろうと予測を立てつつ、《ツェーマ武器店》の間口から中に入る。
「すいませーん。テマレノさんから、ここを勧められたんですけどー」
「はいよーって、テマレノの紹介かよ。案の定、孤児院のガキが二人だしよォ」
余り良い接客態度とは言い難いが、テマレノの所為で苦労を背負い込んでいそうな雰囲気をしていたので、テグスは苦笑いを浮べるだけに反応を留めた。
ハウリナはなんとも思っていないのか、店の内装を興味深そうにキョロキョロ見ている。
「そんで、今日はどんな用かね。坊主が持っている短剣みたいな刃のある武器は、ここじゃ扱って無いぜ」
「それはまた何でですか。売れるでしょう?」
「刃のある武器は盗人が挙って万引きしていくから、仕入れても損になる事が多いんだよ。店の奥に隠しておいても、何時の間にやら盗まれているし。かといって用心棒を雇うほど収入がある訳じゃ無いしよ。なら安全に売れて稼げる、鈍器専門にしちまおうって決めたのさ」
人と店には歴史があるというが、なんと悲しい背景を持つ鈍器専門の武器屋なのか、とテグスは思った。
しかし今のところ、鈍器は必要では無いので、目的の物があるかを尋ねる事にする。
「とりあえず、短剣の鞘があれば欲しいんですけど。二つほど」
「だから刃のある武器は扱って無いって言っただろ。まあ鞘はあるな、補修用のな」
ほれ、と差し出されたのは、一つは木で出来た鞘で、もう一つは革で出来た鞘だった。
「このどっちが良いか選べ。木のほうが鉄貨で百枚、皮の方が五十枚だな」
「え、木の方が高いんですか?」
「素人の典型的な勘違いだなそりゃ。ここじゃ《魔物》の皮なんぞ、ピンからキリまで揃うんだ。なんで革が供給過多で、だぶ付くのさ。
逆に木の方は、《中迷宮》以降の迷宮でしか鞘になるような良い木材が手に入らんから、ぐっと高くなるわけさ」
「へぇ~。でも、この箱鞘は結構な安値だったんですけど?」
テグスがポンポンと叩くのは、自分の右腰にある短剣が何本も刺さっている箱状の鞘。
それを見た店主は、テグスの思い違いの原因に思い至ったらしい。
「そりゃあ包丁入れを改造したヤツだろ。日用品の既製品は商人が外から持ってくるんで、ここでも大量に出回っているからな。そういうので良いんだったら、中古のが鉄貨で十枚で手に入るな。まあ道具屋の領分だから、ここには無いがね」
「それじゃあ道具屋に――」
「待ちな坊主。お前、それ使ってて不便じゃないのか?」
立ち去ろうとしたテグスを、店主は呼び止めて箱鞘を指差す。
しかし何を言っているのだろうと、テグスは意味が分からず首を傾げる。
「いやよぉ、普通そんな留め金も留め紐も無いものに短剣入れて、戦闘の最中に抜けたりしないか?」
「ああ、確かにちょっと動いたりしますけど。そこはほら、身体の使い方でどうにかなりますし」
どんな動きをしているのかを見せるように、テグスは中腰でゆっくりとその場で移動する。
その動きは滑らかで、歩くたびに発生する頭の位置が上下する動きの、その幅がやけに小さい。
箱鞘に入っている数々の短剣も、カタカタと少し動いたり浮いたりはするが、抜けるような素振りは無い。
「……お前、色々とぶっ飛んでるな。でも悪い事言わねえから、ウチで鞘を買え。特にそっちの嬢ちゃんに、短剣を使わせる積りならそうしろ」
「それはまた何でですか?」
「あのな、日用品の包丁用の鞘てのは、持ち歩くようには基本的に出来て無いんだよ。そんな物に短剣入れて歩いてみろ、普通は歩いている最中に抜けて、地面に落ちるんだよ。武器用の鞘にだって、歩いていて抜けないようにと、盗まれないようにって、留め金付きの革紐で留めたりするんだぞ」
「へぇ~、そうなんですか」
「……俺にゃあ、お前さんが何で《雑踏区》で、普通に短剣持ち歩けるのか不思議でならないよ」
店主は終いには説明に疲れた様子で、良いからどちらか選べとテグスに二種類の鞘を見せる。
鞘の説明を受けたテグスは、さてどうしようかと悩む。
一応、鉄貨で四百枚は残っているので、高い木の鞘だって買う事は出来る。
しかしこういう物を選ぶ時は、詳しい人に聞くのが一番だと判断した。
「じゃあ、どっちが良いか教えてください」
「――おい、高く売れるからって、木の鞘を薦めるとは思わないのか?」
「ここまで色々と聞いて答えてくれる人は、大体が良い人です。それにテマレノさんの紹介のお店ですから」
「だから信用するって言うのか?」
「騙されたら、テマレノさんに責任を取ってもらえば良いので!」
テグスが断言するように言い放つと、店主は口を大きく開けて呆気に取られ、次に大笑いし始めた。
「ぎゃあはははははっ。ひぃーひぃー、そいつは良い考えだ。お前、将来は良い《探訪者》になるぞ」
何がツボに入ったのか、笑いによって涙が浮かんだ目を擦りつつ、店主は手で革の鞘を少し前に出す。
「低級の《魔物》の革で出来てて、それなりに頑丈。だが水気に弱いんで、血とかが染みてしまうとカビが出易い。迷宮で《魔物》相手に戦って、剣を拭かずに入れると直ぐに駄目になる、剣共々な。まあ安いんで、頻繁に取り替えるのが前提だな」
次に革の鞘を戻して、木の鞘を前に出す。
「普通は木の鞘は同じく水に弱い上に、革より安値で作られる。外製の鞘――坊主のその箱型の鞘もこの分類だな」
「じゃあその木の鞘は違うっていうの?」
「その通り。こいつは《中迷宮》の《巌密硬樹》から作った鞘で、鉄並みの硬さに木の軽さ、多少の水気を吸ってもカビないっていう、まさに理想的な鞘だな」
店主の販売文句を聞いてからその鞘を見ても、テグスには普通の木で出来た鞘にしか見えない。
それに思い浮かんだ疑問がもう一つ。
「じゃあ何でそんな《中迷宮》の《魔物》の素材を使ったものが、鉄貨で百枚なんですか。もう少し高くても良いと思うのですけど?」
「そりゃあ、こっちだってもっと高値で売りたいさ。だが棍棒を作った時に出た端材で拵えた物だからな。その程度で十分元が取れるんだよ」
ホラと店主が指差したのは、壁に掛かった一本の棍棒。
見た目では普通の木の棍棒に見えるが、確かにその鞘のと材質が同じものに見える。
「ちなみにあっちの棍棒の値段は、幾らなんでしょう?」
「あれは鉄貨で二千枚だな。本当はもっと高値で売りたいが、この値段でも《雑踏区》にしちゃ大金だしな」
鉄貨二枚の安いパンを一日三枚消費するとして、大よそ一年間は飢えずに暮らせる。
「一年分の生活費かぁ……」
とテグスは思わず、棍棒を見て溜め息をつく。
こんな普通の木と違わない見た目の棍棒に、一体誰が二千枚もの大金を払うのかと思ってしまう。
「お前、こんなの買う物好きが居るのかって思っただろ。結構買っていくヤツいるんだぜ。主に《中迷宮》に潜る鈍器使いの《探訪者》だけどな」
それを聞いてテグスは、なるほど確かにと頷く。
《雑踏区》の住人相手ならば、脅威が分かりやすい刃物の需要が高いので、棍棒などの鈍器は買うことも盗む事もあまりない。ぼったくりが頻発している土地柄なので、それが高価な値札が付いた物であったとしてもだ。
逆に《探訪者》にとってみれば、ここのは《外殻部》の商店で買うよりも安く手に入る穴場となるわけだ。
なるほどねと納得していると、ブンブンと武器が振られる音がした。
顔を向けてみると、二人から放置されて暇だったのか、ハウリナが身長程の長さがある鉄の棒の様な武器を振り回していた。
狭い店内で他の物に当てない見事な棒捌きだが、迷惑な事に変わりは無かった。
それを咎めようとテグスが向きを変えると、ハウリナは棒を扱う手をピタリと止めた。
「相談、終わる?」
「いやまだだけど、もしかしてハウリナは、鈍器が欲しいの?」
「《黄牙》の民、体使う攻撃得意。子供、体作る時、狩の補助の時、コレ使う」
「えーっと、刃の無い武器を使うのが《黄牙》の子供の特徴ってことかな?」
「子供違う。けど体細い、小さい、半人前」
片言なので理解し辛いが、どうやらハウリナが奴隷になる前に、使っていたのと同じ様な武器があったらしい。
そしてハウリナは自分自身は弱いので、この武器を使いたいと言いたいらしいと、テグスは理解した。
「そりゃあ鉄棍だな。細い見た目で不安に思うかもしれないが、《小迷宮》程度なら十分使える良いヤツだ。壊れた鍋とかのくず鉄からの鋳造品で、手間もさほど掛かってないから安いぜ。鉄貨二百枚でいい」
ハウリナが気に入ったと見るや否や、店主から売り文句が出てきた。
テグスは予備として蓄えているなまくらな短剣を、ハウリナにも使わせようと思っていたのだが、どうやらその思惑は通らないらしいと理解した。
「……あの棍ってやつと、木の鞘を二つ下さい」
「毎度。合計で鉄貨四百枚だな。テマレノの紹介だからな、頭金があれば残りはツケにも出来るぜ?」
「ちょうど先日、大金が手に入ったので大丈夫です」
背負子の中から鉄貨が大量に入った袋を取り出し、店主へと手渡す。
店主はその袋から鉄貨を無造作に取り出して机の上に置くと、半円の溝と目盛りが付いた木枠を取り出し、それに鉄貨を填めていく。
どうやらそれ一つで、一定数の鉄貨を纏めることの出来る道具らしい。
「――これで四百っと。幾つか状態の悪い物があるが、それはまあ次回からのご贔屓に期待して、オマケしておくかね」
それを何度かくり返し、鉄貨四百枚を袋から取り出し終えた店主は、残りの鉄貨と袋をテグスへと返した。
テグスが受け取ると、その袋の軽さが異様に手に感じられた。
「じゃああとは、木鞘の調整だな。短剣出しな、合わせてやるから」
じゃあとテグスが差し出すのは、なまくらの短剣が二本。
テグスが鞘を欲したのは、五則魔法の次の段階に進む為に必要な《補短練剣》を収めるためだったが。それを見せるのは、今日会って多少話した相手には出来ない。
なのでテグスは、大体同じ形なのを利用して、なまくらの短剣で調整して貰おうとしている。
もっとも、それで合わなかった場合に備えて、店主の調整法を見て学ぶ積り満々なのだが。
「なに直ぐ終わるさ、《木鞘―溝変更―短剣形状》」
しかしその思惑は、テグスに才能が無いと分かっている鍛冶魔法での調整だったために、意味の無い物になってしまった。