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183話 夏の森の《魔物》たち

 獣道状の通路。

 その脇の茂みを打ち払って、小さな休憩場所を作った。

 天幕を朽ち木を骨として張り、枯れ木で焚き火を起こし、休んでいる風を装う。

 もちろん、天幕の中に休んでいる人はいないし、焚き火で煮炊きもしない。

 これは《魔物》を誘い込むための罠である。

 なぜ、誘い込む必要があるのかというと――


「……まだ、近くにいないです」


 ハウリナの感覚を導き手として、気配を掴む訓練のためだ。

 動かずに一ヶ所に居れば、周囲の動きはその分だけ掴み易い。

 しばらく、動きはない。

 ぱちり、と焚き火が弾ける音がする。

 その時、ハウリナの獣耳が急に左右に向いた。

 《魔物》の動きを感じ取ったのだと分かると、テグスたちも気配の察知に集中する。


「きたです!」


 警告と同時に、木の葉が擦れる音が聞こえた。

 至近から出てきたのは、先ほど襲われたのと同じ、蜘蛛の《魔物》である《黄縞蜘蛛》だ。


「たあああああああ!」

「とや~~~~~~」


 襲い掛かられたテグスとティッカリが、素早く対応して殺す。

 遅れて飛び出てきたもう一匹も、アンヘイラとアンジィーが矢で射殺した。


「ふぅ。忍び寄る点では、二十一層から二十三層に出る《猛毒山蛇》と同じだけど。こっちの《魔物》は、まったく気配が分からないや」

「襲われるまで、いることすら分からないの~」


 ここまで順調にきたテグスたちでも、三十一層の《魔物》は別格に厄介に感じていた。

 倒した《黄縞蜘蛛》の素材を回収後、再び気配の探知に入る。

 葉擦れの音が大きく聞こえ始め、付近全てが怪しく感じ始める。

 ハウリナが反応しないので、錯覚だと分かり、心を落ち着かせる。

 それを何度か繰り返し、再びハウリナが耳を向ける。


「……んぅ?」


 何かが変なのか、ハウリナは首をかしげながら、一方向に視線を向ける。

 そこに、一匹の狼の《魔物》がいた。

 背や横側は茶色い毛だが、顎下からお腹にかけて真っ赤な毛並みを持つ、変わった見た目をしている。


「姿から《赤牙孤狼》だって分かるけど」


 夏の森の層にいる全ての《魔物》は隠れながら攻撃してくる、という話とは違って堂々としてた。

 しかし、襲い掛かるようでも、威嚇するでもない、ただ立っている。

 注視しながら、テグスは違和感を覚えた。

 そして、考え限りの予想を立てて、狼の《魔物》がいる方とは反対側――つまり背後に顔を向ける。

 緑色の下草や枝の葉がある中に、何か動くものが見えた気がした。

 気のせいかとじっくりと見ていると、察知されたと思ったのか、草むらから一気に飛び出してきた。


「緑の虎――《緑同虎猫》、しかも二匹!」


 居ても一体だと思っていたのにと、テグスは驚きの声を上げる。

 そして気がつく。

 《赤牙孤狼》は、この二匹を背後から襲わせるための、囮なのだと。


「一撃だけなら持たせられる!」


 二匹から振るわれる爪を、耐久力を強化した小剣で受け流す。


「テグス!?」


 上がった声と戦闘音にハウリナが振り向くのを見て、《赤牙孤狼》が口を開けて飛びかかる。

 口内は、まるで血肉を食べたばかりのような、牙も粘膜も舌も赤黒い色をしていた。


「させは致しません!」

「ギャイン――」


 ウパルが《鈹銅縛鎖》の先で横面を叩いて、怯ませて退かせた。

 一撃目は防いだものの、虎の《魔物》二匹より膂力が劣るため、テグスは二撃目を防ぎながら自分から後ろへと跳ぶ。

 距離を離して、一先ずの安全は確保するのと同時に、仲間たちが戦闘態勢を整える時間も稼げた。


「グルルルルルルル!」


 逃がした獲物の変わりと言いたげに、中に休憩中の人が居ると思ったのだろう、天幕を大きな前脚で踏み潰す。

 しかし、朽ち木で見た目だけ整えただけなので、容易く潰れる変わりに天幕の被害は最小限に留まる。


「グルグルグル……」


 張りぼてだと気づいたのだろう、悔しげに鳴くと、同種の一匹と共に背後の茂みへと逃げた。

 ほんの一瞬、木で存在が見えなかっただけなのに、どこに行ったのか見分けがつかなくなってしまった。


「ガルガーーーーー!」


 ハウリナが《緑同虎猫》の位置を探ろうとすると、邪魔するように《赤牙孤狼》が襲い掛かる。

 完全に、誰が鍵となっているか知られてしまったようだ。


「悪い犬は、鎖に繋いで差し上げます!」

「矢もいかがです、追加で食らうのならば」

「ど、毒で、動けなくします」


 左右の袖から伸びた《鈹銅縛鎖》が身体を縛り上げ、地面に落ちたところを、矢と毒矢が貫く。

 《黄縞蜘蛛》の毒が新たに混ぜられているからか、よく効いて動かなくなった。

 囮の役割が消えたからか、《緑同虎猫》が時間差で茂みから飛び出し、攻撃し終わった三人を狙う。


「見えてたです!」

「予想していたよ!」

「近くに居てよかったの~」


 そこに残りの三人が割って入る。

 一匹の爪をテグスが受け止め、その隙にティッカリが黒棍で脳天に攻撃を加える。

 ティッカリが残る一匹の殴穿盾で爪を防ぎ、お返しにと反対の突撃盾を顔面に叩き込んだ。

 二匹とも、頭部の損傷が激しく、程なくして死に至った。

 天幕の骨組みを再び朽ち木で行い、見た目だけ整えたら、解体を始める。


「しかしながら知能が高そうですね、囮まで使ってくるとは」

「この赤い色は、目を引くためのものっぽいかな~」

「単体では、さほど海の層で戦闘致しました《魔物》と大差はないよう見受けられます」

「で、でも、その、襲う直前まで分からないの、や、やっぱり怖いですよ」

「気長に慣れていくしかないね。ここで苦労しておけば、敵発見の技術は冬の森の層や夜の森の層に行っても、役立つだろうし」


 素材と肉を回収し、再び《魔物》の気配を掴む練習を始めたのだった。




 緊張の連続とその後の戦闘で、精神的に疲弊したテグスたちは、木の切り出し場まで引き返してきた。

 丁度、天井に浮かぶ光球が、夜明け直前や夕暮れ間近の光量に急に弱まった。

 

「夜の森の層に挑む前に、暗がりの練習が出来るなんて親切だね」


 テグスの皮肉気味な言葉に、全員が苦笑いを浮かべた。

 今日一日の訓練で、そうとう疲れがたまっているのだ。


「おお、帰ってきたので御座りまするな。守備はどのようだったので御座りましょうか」


 帰ってきたテグスたちに、サムライが近寄ってきた。

 木を切っていた時とは違い、薄板を何枚も紐で止めたような一風変わった鎧をつけている。


「怪我はないですけど、ボロボロですよ」

「うむうむ。苦難こそ、人が成長する糧に御座りまするゆえ。その調子で励むがよろしかろうと、思うに御座りまするな」

「それで、サムライさんは鎧を着て一体どこに?」

「なに、夕餉の食材を獲りに、少々森の中へ。まあ、散歩のようなもので御座りまする」

「昼に木を切ったのに、次は狩りです?」

「野草なども少々採るつもりでは御座りまするよ。肉ばかりでは飽き申すゆえ」

「あ~、だから前に魚を釣っていたのかな~」

「あはは。恥ずかしい部分ゆえ、忘却していただきとう願うで御座りまするよ」


 カカッと笑うと、本当に近くを散策するような足取りで、森の中へと分け入ってしまった。

 

「スゴイ人です」

「あの、ああいう人が、《大迷宮》の下層で、たくさん活躍してるんでしょうか」

「前に出会った、下層を拠点にしているって言ってたマッガズさんも、サムライさんほどじゃないと思うけど……」


 純粋な比較は難しいので言葉を濁したが、一対一で戦ったらサムライの方が勝ちそうだとは、テグスは思った。


「そんなことよりも、明日に備えて休まないと」

「どこで休むです?」

「丸太小屋を借りれるか聞いてみるの~?」


 作業員はほぼ全員引き上げたのか、切り出し場には誰も居ない。

 変わりに、丸太小屋の木戸や木窓から、ランタンのものと思われる光が漏れている。


「もう少し早ければ、交渉出来たんだろうけど」


 仮に今から戸を叩いても、この層の《魔物》と間違われるかもしれないと危惧する。

 知能が高いため、そういう真似もしそうだと思ったのだ。


「では、入り口の階段をもどって踊り場ですね、休める場所と考えたら」

「本日の作業は終了しているご様子でございますし、邪魔にならないと思われますが」


 切り出し場には《魔物》が出てこないと聞いたが、それは昼だけの話で夜には現れる、という可能性もある。

 安全を確保し、翌日に疲れを残さないためには、踊り場まで戻った方が良いように、テグスには感じた。


「それじゃあ、踊り場だと煮炊きには向かないだろうから。ここで食事をしたら、階段を上ろうか」

「わふっ。肉は大量にあるです!」

「《黄縞蜘蛛》も珍味って話だから、味が気になるの~」

「え、あ、あの、本当に食べるんですか?」


 石切り場の付近で薪を拾い、木々がない場所で今日狩った《魔物》の肉を焼いて食べていく。

 

「狼の肉、始めて食べたです。なかなか、おいしいです」

「狼の獣人なんだから、同属食いじゃないの~?」

「そんなこと、知らないです」

「タレ焼きにしたら美味しでしょうね、この《青首大将》の焼き身は」

「あ、あの、初めて食べる味ですよ、この《緑同虎猫》のお肉」


 どれどれとテグスが食べてみる。

 毛が緑の虎猫だからか、香草の匂いの中に独特な獣臭がする。

 しかし、舌に強烈な旨味として感じる脂身と合わさると、不思議と悪くない気がする。


「ぺっ。この肉は、食えないです」

「厳しい匂いかもしれないですね、獣人の鋭い鼻には」

「乾燥肉にしたら、お酒に合いそうな気がするの~」


 テグスに流し目を向けて、お酒を一口でいいからと意思表示する。

 めっ、とテグスが睨むと、しゅんとしてからもそもそと《緑同虎猫》の肉を食べ始めた。

 ちなみに、アンジィーは頑なに食べようとしなかった、毒抜きして焼いた《黄縞蜘蛛》の味はというと。

 ぽりぽりと砕ける外殻の食感と、《巨鋏喇蛄》の身の味に似た中身が合わさり、持参した塩をかけて食べると手が止まらない。


「明日からは、もっと、獲るです」

「この中で一番、蜘蛛が美味しいのって、どうかと思うの~」

「手の込んだ料理にするには、少し向かない食材ではございますが」


 やがて、他の肉は余っているのに、《黄縞蜘蛛》だけは全部平らげてしまったのだった。


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