180話 精霊魔法上達法と防寒具入手
防寒具の購入に必要な魔石を集めるために、テグスたちは沼地が広がる二十四層にやってきていた。
「あおーーーーーーーーーん!」
前と同じく、ハウリナの遠吠えで大量の《魔物》を呼び寄せ、順々に素早く倒していく。
そんな中で、以前とは大きく変わった点が一つあった。
「み、水の精霊さん、橋に上がらせないで、欲しいんです」
レアデールから教えられたからだろうか、アンジィーが積極的に精霊魔法を使用して戦っているのだ。
いまは、《跳蹴沼蛙》を水の精霊に願って足止めしたが、他の精霊に攻撃のお願いをしていたりする。
「アンジィーが精霊魔法を使ってくれるようになって、かなり倒し易くなったよね」
「本来ならテグスも同じ役割ができるんですよ、五則魔法が使えるんですから」
「威力と魔力の消費が大きすぎて、援護として使うには難しいんだよね」
倒した《魔物》を魔石化しながらの二人の言葉に、アンジィーは気恥ずかしそうに俯いてしまった。
「助かっているのは本当だから、自信持っていいの~」
「いいことです」
「ですが、張り切りすぎて倒れては元も子もありませんので、調整はなさってくださいませね?」
「え、あ、その、大丈夫です。元気です」
アンジィーは褒められてない様子で頬を赤くしながら、話題を終わらせたいかのように両手を振るう。
「はい、話はここまで。次にいくよー」
魔石を拾い上げ終わった後で、テグスは手を叩いて全員の気を引きしめ直した。
途端に、ほっとした姿を見せたアンジィーに、皆が苦笑いする。
その後は、時々は場所を移動しつつも、延々と魔石稼ぎに費やした。
そして疲労が蓄積しきる前に切り上げて、休憩のために二十三層へ上がった。
本日一番頑張って疲労していたアンジィーは休ませて、残りの面々で薪拾いや食事などの用意を行っていく。
「みんなみんな寄ってきて~♪ 楽しく楽しくお話しながら遊びましょう~♪」
中洲の河辺にテグスが天幕を広げていると、不思議な調子の歌が聞こえてきた。
テグスが手を止めて聞こえた方へ振り向くと、アンジィーが歌いながら曲調にあわせて人差し指を振っていた。
「風の精霊さんは小さな風を起こして~♪ 火の精霊さんは火の粉を散らして~♪ 闇の精霊さんは影を揺らして欲しいの~♪」
独特な詞と曲から、レアデールが教えたものだと直ぐに分かった。
気弱なアンジィーのことだから恥ずかしがっていると思いきや、真剣に集中している顔つきだった。
どうしてそんな顔をしているのかは、アンジィーの人差し指が振るわれるたびに、歌詞に合わせた現象が起きていることから分かる。
そのことから、アンジィーが精霊魔法を練習しているのだと分かった。
静かに休憩していれば良いのにと思いつつ、テグスは練習風景を眺める。
真剣な顔で分かるように、精霊魔法を失敗している時もあるらしく、歌詞の現象が起きないこともあった。
それでも、火の粉が風に舞い、土が動き水が跳ね、影が踊る光景は、歌うアンジィーの姿も合わさって幻想的である。
「きらきらして、キレイです」
隣で手伝いをしていたハウリナも、アンジィーの練習風景に目を奪われているようだ。
薪を持って戻ってきたティッカリと、料理をしていたアンヘイラとウパルも手を止めて、歌を聴き訪れる変化に目を向けている。
一方でテグスは、レアデールが『歌唱精霊使い』と呼ばれていたらしい理由は、この練習風景じゃないかと益体もないことを考えていた。
「みんなみんなその調子~♪ おやつをあげちゃう、から~♪ もう少し、遊びま……」
見られていることに気がついたのか、段々と歌声が小さくなっていき、現象が治まると同時に止まった。
「な、なんで、見ているんですか……」
そして顔を真っ赤にすると、手で顔を覆って俯いてしまった。
「恥ずかしがることではないと思われますよ」
「いい歌声だったから、もっと聞かせて欲しいの~」
「もうちょっと、キラキラを見たいです」
求められたて一層恥ずかしさを感じたのか、アンジィーは背を丸めてしまった。
すると、取り成しを頼むような目で、ハウリナたちがテグスを見てくる。
仕方がないと肩をすくめると、近づいて丸まった背を軽く叩いた。
「多分、精霊魔法の練習はレアデールさんからの言いつけなんでしょ。ならやらないと」
「で、でも、その、見られていると思ったら……」
「あー……なら、僕らは休憩の用意をする方に集中するよ。ハウリナたちも見させないから」
少し顔を上げて、涙目で本当か問いかけてくる。
テグスが力強く頷くと、アンジィーは安心したように丸めた身体を元に戻した。
「そんなわけだから、皆は準備に集中すること」
「うん。分かったです」
「歌声が聞こえるだけで、満足なの~」
約束したように、全員が食事の準備に集中して、アンジィーの方は見ないように努める。
「えっと……風の精霊さん~♪ 火の精霊さん~♪ また集まって欲しいな~♪」
しかし、見られずとも聞かれていると分かっているためか、再開した歌はたどたどしいものになってしまっていた。
精霊魔法を積極的に使用し始めた結果、戦法に幅が生まれて《魔物》が倒し易くなった。
そのお蔭か、二十四層で集め始めてから五日ほどで、目的量の魔石を集め終わることが出来た。
早速、二十層まで戻り、神像に《祝詞》を上げて《中町》まで転移する。
「魔石を持ってきました」
「はい~はい。こっち~も、調整は終わってい~るよ」
《白樺防具店》にて、テグスたちは用意した魔石と引き換えに、人数分の防寒具を手に入れた。
「色が茶色で、匂いは鹿っぽいです」
「三十四層か~ら現れる《七股箆鹿》の毛~皮で作ってあ~るからね。それと~忘れない~てないよ~ね、その毛皮を持って~くるのも料金のう~ちなんだよ」
「分かってますって。六人分だから、六匹でいいですよね?」
「もっと~持ってきてもい~いんだよ。そ~の分、次に防具を新調す~るとき値引きする~からね」
「これで十分だと思うけど、新しくした方がいいの~?」
「《下町》か~ら下の層じゃ、そ~の防具だ~と直ぐにボ~ロボロだよ」
全員が、また防具の更新が必要なのかという、嫌そうな表情をした。
「そんな顔し~ないで~よ。ま~あ、装備の更新で~の魔石稼ぎに疲れ~て、先へ進む~のを止める《探訪者》も多い~けど~ね」
そういった人たちを数多く見てきたのだろう、言葉の端に悲しげなものが混ざっていた。
だが、その選択肢を取るのもあり得る話である。
なにせ、テグスたちがいまの活動範囲を継続出来れば、その稼ぎで生活に困らないどころか、裕福な暮らしが送れるはずなのだ。
日々の糧を得るためだけなら、この範囲で止めておくのが、賢い判断といえるだろう。
だが、テグスはそんな選択肢を選ぶ積りはなかった。
「《大迷宮》の最下層まで行くのが僕の目標ですから、また防具の更新のときにはお世話になりにきます」
「はい~、またのご利~用お待ちし~てます」
エシミオナの言葉を受けながら外へ出ると、テグスは仲間たちに振り返った。
「それで皆はどうする?」
「どうするって、なにがです?」
「《大迷宮》の最下層に行くっていうのは、僕の目標だからね。ついていけないって思うなら、離れてくれても良いんだよ?」
テグスとしては気遣った言葉をかけた積りだったが、全員からむっとした表情を浮かべられてしまった。
「テグスが主です。ついてくです!」
「いまさらなの~。ここまできたら最後までお供するかな~」
「付き合いますよ、《下町》にある武器が気になりますしね」
「教義を全うするか、テグスさまから拒絶されるまで、付き従う覚悟は出来ております」
「あの、その……最近、精霊魔法が上手に使えるのが、楽しくなってきたし。仲良くなったみなさんと、分かれるのは寂しいし……」
咎める視線つきでの返答に、テグスは聞いてはいけない質問だったと理解した。
「なんか、ごめんなさい」
「いいです。気にしないです」
「テグスさまの心優しさからきた言葉であるとは、理解しておりますよ」
「でも、こっちをもっと信じて欲しかったかな~」
仕方がないと生暖かな目をされて、テグスは恥じ入ってしまう。
そのお詫びの気持ちがあったからか、この日の食事はテグスの手持ちが許す限りに、豪勢なものになったのだった。




