179話 少しの違い
情報を仕入れてから、テグスたちは《大迷宮》を進んで《中町》へとやってきた。
コキトたちから得た鉄製武器を引渡しがてら、強化を頼んでいた二本の小剣を受け取りに、クテガンの店へ向かう。
「おっちゃん。取りに来たよ」
「おー、ようやく来たか。待ちくたびれちまうところだ」
「今日が出来上がる日だったはずだけど?」
「調子が出てな、かなり前に出来上がってたんだ。ちょっと待ってろ」
作業場から持ってきたのは、見た目は前とあまり変わらない小剣だった。
どんな違いがあるかと、手にとって眺めてみる。
長さや身幅の厚さに代わりはない。
少し重くなった気はするが、誤差の範囲にしか感じない。
そして、刃に浮かぶ紋様を見て、違いに気がついた。
「なんだか、色が変わった?」
「おっ、気がついたか。《虎鋏扇貝》の貝殻で傷に強くなるようにすると、光を受ける角度で紋様の色合いが変わるみたいなんだ。作ってみるまで、俺も知らなかったがな」
試しに剣を傾けてみると、強化の素材に使用した貝殻の内側のように、薄紫から薄赤までの幅で変わっていった。
色調変化の綺麗さに釘付けになる女性陣に苦笑いしながら、テグスはクテガンが差し出した鞘に小剣を収めてしまう。
残念そうにするのを横目に、クテガンが新たに差し出してきたのは、テグスとアンヘイラが使っているのと同じ投剣だった。
「素材が余ったからな、試しにこっちにも使ってみたんだ。今装備しているのと交換してやる。なんなら、長い方の剣も強化してやろうか?」
「今から三十層より先にいくつもりだから、預けられないよ」
投剣を交換しながらの言葉に、クテガンは感心したような声を上げる。
「ほぅ、もうあんなところまで行くのか。《下町》に行くことが出来たら、壊れた金属性の装備を集めてこい。そうしたらもっと凄い物を作ってやれると思うぞ」
「気が早いよ。本部の職員の人に、苦戦するって言われているんだから。それじゃあ、小剣ありがとう」
「おうよ。こっちもいい経験になった」
クテガンの店を後にして、《白樺防具店》へ向かった。
「いらっしゃい……ああ、防~具は出来ている~よ」
売台にうつ伏せになっていたエシミオナは、入ってきたのがテグスたちだと知ると、立ち上がって防具を取りに奥へ。
持ってきたのは、真っ白な長袖貫頭衣とこげ茶の革鎧だった。
「二人ともこっちにきて、つけた状態を見せて」
呼ばれて、ウパルとアンジィーが進み出る。
それぞれに防具が手渡されたが、ウパルの方は少し困惑顔だった。
「申し訳ありませんが、どこか着替える場所などございますでしょうか?」
「あ~あ、そうい~う場所とかな~いんだよね。普~通は服型の防具な~んて作る人いない~から」
仕方がないとその場で脱ぎ始める一瞬前に、察していたらしきティッカリがテグスの両目を手で塞ぐ。
「裸をテグス様に見られる分には、気にいたしませんよ?」
「気になるならないじゃなくて~、倫理的な問題なの~」
二人の声を聞いたテグスは、裸なら孤児の子たちで見慣れているのにと、心の中だけで呟いた。
少しして、着替えと装備が終わったのか、ティッカリの手が目から外される。
「へぇ、二人とも似合っているよ」
ウパルが見につけた、貫頭衣状の防具は、今まで来ていたものよりも白さが目立つ。
見た目の質感も違い、素材の《強襲青鯱》の革っぽさが残っているように見えた。
アンジィーの方はというと、襟元と肩からお腹まで厚く覆う革鎧に、腿上まである革の前垂れがついている。
以前の革鎧よりも丈夫そうな見た目に、安心感が感じられる。
「ありがとうございます」
「か、革鎧を、似合うって言われても……」
防具を装備した姿を褒められて、ウパルはにこやかに、アンジィーは困惑顔で返事をする。
確かに変な言葉だったと反省しながらも、どうしてもテグスは二人の防具の出来栄えが気になってしまう。
「ちょっと防具に触ってみていい?」
「はい、構いません」
「あ、はい、どうぞ」
許しが得られたので、先ずウパルの袖口を触ってみた。
表面と裏側で指触りが違う。
どうやら、防具の性能とは別に、内側に布を使って着心地を良くしてあるようだ。
しかし、表側は用いた素材から察するに革のはずだが、知らなければ細かな織物だと勘違いするような滑らかな質感だった。
「《鈹銅縛鎖》を動かすのに問題はない?」
質問を受けて、ウパルが実際に防具の下で動かし始める。
まるで蛇が中に入っているかのように、ときどき現れる下からの盛り上がりで、滑らかに移動しているのが見て取れた。
「はい。支障はございませんね」
ウパルも動かしたときに気になる部分はない様子で、満足げな微笑みを浮かべた。
作ったエシミオナも同じような顔をする。
「どうや~ら大丈夫だ~ね。《虎鋏扇貝》の貝殻を~使って防御力~を上げてあるけれど、ナイ~フが刺さらない程度の~防御力しかないか~ら、過信しないでね」
この薄さで刃物を止める働きがあるのに驚きつつ、テグスは続いてアンジィーの革鎧に触れてみる。
こちらは、叩けば硬い音がなるほどの硬革になっていた。
厚みも十分あって、防御力は高そうに見える。
「重くはない?」
「そ、そんなには……」
「こっちに~も《虎鋏扇貝》の貝殻を使って~、出来るだけ~硬くしてから、軽くし~たうえで重さ~を分散するよ~うに作ったけ~ど。《大迷宮》の下ま~で行くには、この子~の戦い方で~は最低限これぐ~らいは必要じゃないかなって思うよ。どうし~ても駄目だって言うな~ら、後で手直しはする~よ」
「どっちにも貝殻使っている割には、光の反射とかはしないんですね」
「《探訪者》の防具だ~からね、キンキラにな~らないように、調整し~てあるんだよ。外の国に売~る甲冑は、逆にも~っとキラキラさ~せる処置をするんだけれど~ね」
この後で使い心地を確かめる必要があると心に留めながら、テグスは別の用件を思い出した。
「新しく防寒具を買うか作るかしたいんですけど、どんなものがありますか?」
「外套を前に~作ったよね。ああ~、もしかし~て、冬の森の~層まで~いくの?」
全員で頷いて応えると、エシミオナは納得顔になった。
「じゃあ、前の~外套だけじゃ駄目だ~ね。全身~で一揃えし~なきゃ」
「どのくらい寒いか知ってますか?」
「下手し~たら、指が凍って~落ちるぐら~いね」
テグスは思わず想像して、顔を嫌そうにしかめてしまう。
それを見て、エシミオナは愉快そうに唇を上げる。
「冬の森か~ら帰ってそのまま駆け込んで~くる人もいるから、防寒具は十~着以上用意してあるんだけ~れど。渡す条件が~魔石以外にもう一つある~んだよね」
「条件ですか?」
警戒するテグスに、エシミオナはひらひらと手を振って返してくる。
「大し~たことじゃな~いよ。冬の森に~いる、防寒具~の素材になる《魔物》の毛皮~を、出来るだ~け多く取ってき~て欲しいんだよ。《大迷宮》~の《下町》付近か~ら下の層だと、行商人に~素材を売っちゃ~う人が多いから、あんま~り手に入らないんだよね」
「その条件なら、いいですよ」
冬の森の層に出てくる中で、どの《魔物》の毛皮が必要なのかを教えてもらう。
「防寒具は調整をしておくから、魔石をこのくらい集めてきてね」
天秤に乗せられたのは、ウパルとアンジィーの防具に払ったものの十分の一程度のように見えた。
「随分と安いように見えますけれど?」
「特殊な加工もない、防具じゃ~ない防寒具だか~らね。このぐら~いが妥当だよ」
理由に納得して、テグスたちは店を後にした。
そして新調した装備の使い心地を試すためと、防寒具の購入費を稼ぐために、十一層への階段を下りていった。
今日は二十層を目標に進み、テグスは強化された小剣を、アンヘイラは投剣を、ウパルとアンジィーは防具の調子を確かめていく。
先ず、武器を使用した感じはというと――
「切れ味は、あんまり変わってない気がするね。傷に強くなったということだけど、よく分からないや」
「いえ、傷に強くなってますよ、本当に。なにせ大変ですからね、砥石で研ぐのが」
切れ味に不満があるらしきアンヘイラが、研ぎ直しをしているのだが、一回前後させるだけでも砥石の削れ具合が酷い。
「切れが悪くなったら投剣同士で磨き合いですね、本来なら非常手段なのですけれど」
あまりの研げなさに、諦めて元の場所に仕舞ってしまう。
意外な短所を発見はしたが、強化できていることは実感できた。
「二人の防具の調子はどう?」
もう少しで二十層というところまで進んでから、テグスはウパルとアンジィーに尋ねた。
「はい。防具とは信じられないほどに、着心地良く仕上げられてあります」
「う、うーんと、最初は、ちょっと前との違和感があったけど、なれちゃいました」
「アンジィーは、革鎧の重さがきつかったりしない?」
「だ、大丈夫です。いまの、ところは」
変な言い方だったので革鎧が重いのかと思いきや、しきりに背負子の紐を調整しているのを見ると、素材を積んだ後で疲れないか心配しているようだった。
新調した武器と防具に不備がないと分かり、テグスたちは二十層の《集猟蜥蜴》を倒すと、《蛮行勇力の神ガガールス》の神像に《祝詞》を上げて《中町》まで転移したのだった。
 




