177話 大量の子供たち
レアデールが連れてきた幌馬車から、子供が次から次へと降りてくる。
「静かになったから見にきてみれば、おいおい、こりゃどうなっているんだ?」
この光景を見て驚いているテマレノに、レアデールが微笑みかける。
「人狩りから取り戻した子たちよ。普段着に替えてくるから、食堂にでも集めておいてくれないかしら」
「そういうことか。これからしばらく、仕事漬けになりそうだ」
溜め息を吐いてから、テマレノは子供を食堂へ誘導し始めた。
テグスたちも馬車から下りる子の手伝いをしつつ、中を見て確かめる。
「幌馬車が四台で。子供が、合計で六十人ぐらいだね」
「物品もいくつかありますね、《迷宮都市》から帰る分でしょうか」
「何人か大人も転がっているの~」
「縛られてるです」
馬車に乗ってきたレアデールを仲間だと勘違いして捕まったのか、蔓草のようなものに巻かれた黒尽くめの大人が恨めしげな目で見ている。
どうしたらいいかと悩んでいると、孤児院の中から普段着姿のレアデールが後ろ髪を紐で纏めながら出てきた。
「その人たちは、隣の支部に運んじゃって。孤児院に手を出したから、職員がお話を聞きたがっているだろうし」
「そういうことなら」
「運んじゃうの~」
テグスとハウリナ、ウパルとアンジィーとアンヘイラ、そしてティッカリが、それぞれに一人ずつ黒尽くめを抱える。
そして、どうせ話を聞く時に手荒に扱われるのだからと、引きずりながら運び入れる。
支部に入って見ると、にこやかな笑顔で手に変な器具を持った職員が数人待っていた。
一人ずつ運び入れる度に、建物の奥へと連れて行く。
テグスたちが全員運び終えて程なく、人狩りのものらしき悲鳴が聞こえてきた。
あの人たちがどうなろうと構わない上に、人狩りの情報もいらないので、テグスたちは直ぐに孤児院へ引き返す。
「さて、居た場所を子供たちに聞くために、お夕食を作っちゃおう。というわけで、テグスたちも手伝ってね」
「手伝うのはいいんだけれどさ。元から孤児院にいる子も含めると、百人ぐらいいるんだけれど、食料足りるの?」
「足りないだろうから、ちょちょっと《小三迷宮》で《白芋虫》を獲ってきてね」
片目を閉じて茶目っ気を出しながらのお願いに、テグスは予想通りだと少しうな垂れる。
「……なら、僕とハウリナの二人が先行して確保しておくから、ティッカリとアンヘイラも孤児院へ運ぶために後からついてきて」
「わふっ、急いで集めるです」
「沢山積まなきゃいけないだろうし~、背負子を空にしてから行くの~」
「なら、レアデールの手伝いを任せましょうか、ウパルとアンジィーに」
「微力を尽くさせていただきます」
「は、はい。ま、まだ、精霊魔法で調理するの、難しいけど、がんばります」
孤児院の中へ戻って背負子を装備すると、テグスとハウリナは全速力で、ティッカリとアンヘイラは小走りで、《小三迷宮》へ向かうのだった。
テグスとハウリナが可能な限り《白芋虫》を持って孤児院に戻ると、食堂は子供たちが肩を寄せ合うほど込み合っていた。
「はーい、たくさん食べてね。お腹が一杯になったら、詳しいお話を聞かせてね」
よほどお腹が減っていたのか、レアデールが料理が乗った皿を置くと、我先にと奪い取るように食べていく。
孤児院に元からいた子たちも負けじと頑張るが、腹の減り具合に差があるからか、少し押され気味だ。
「次の皿が完成いたしました。お運びくださいませ」
「あ、ああぅ、こ、焦げちゃう……」
料理が消費される速度に合わせて、供給している方も大変らしく、調理場からウパルとアンジィーの焦り交じりの声が聞こえてくる。
「どんどん運んじゃうの~」
「手伝ってください、テグスたちも」
調理場から皿を持って出てきたのは、先に《白芋虫》を大量に持たせて帰らせた、ティッカリとアンヘイラだった。
「仕方ない、手伝うとしようか」
「そうするです!」
背負子から《白芋虫》を全て調理台に出すと、ウパルとアンジィーの調理の補助に入る。
そこからは、ひたすらに料理を作り続けた。
途中、精霊魔法を使って調理していたアンジィーが疲れたため、役割をレアデールが引き継いで続ける。
「あんなに獲ってきたのに、もうなくなっちゃったよ……」
そうしているうちに、たくさん集めたはずの《白芋虫》は、綺麗さっぱり使い切られてしまっていた。
ティッカリが心配そうに食堂の中に目を向けてから、安心したように胸をなでおろす。
「よかったの~。みんな、お腹いっぱいになったようなの~」
「これにて一段落でございますね」
「はぅ、つ、疲れました……」
「ご苦労様。私は子供たちへ聞き取りに行くから、ゆっくり休んでて」
《迷宮》を行くのとは違う疲れで果てたテグスたちに、レアデールは苦笑を向けながら連れてきた子供たちの方に去っていく。
誰かともなく気を抜くように息を吐き、誰か分からない腹の音が聞こえた。
「……働いて、お腹減ったです。でも、食べる物ないです」
まるで、自分のお腹が鳴ったと申告するように、ハウリナは少し悲しげな声色だった。
この訴えに、全員が同意するように頷く。
なにせ、孤児院に来てからいままで、きちんとした食事を取っていないのだ。
「みんな作る気力もないだろうし、どこかで買って食べようか」
隣が《探訪者ギルド》支部だけあって、近くに《探訪者》狙いの屋台や食堂がちらほらあるのだ。
「こっちなら銅貨で、いっぱい食べ物が買えるの~」
「《雑踏区》の料理とはどんなものか、楽しみに思います」
「ですが食べるのが怖いですね、《雑踏区》の屋台の肉とは」
「ま、前に食べましたけど、普通のお肉でしたよ。なんの肉かは、よくわかりませんでしたけど」
「なんでもいいです。早く食べたいです」
食堂にいるレアデールに断ってから、テグスたちは連れ立って食事に向かった。
大して美味しくはない食事を詰め込んで帰ってきてみると、支部の職員がレアデールが持ってきた幌馬車の査定をしているところに出くわした。
「こんなのも、買い取り対象なんですか?」
「まあね。《外殻部》の商人に良い値で売れるんだよ。馬車一台新しく所持すれば、それだけ商品が載せられるから」
「勝手に売り買いして、大丈夫なの~?」
「あははっ、今回は各地の孤児院が襲撃されたんだよ。これはもう《探訪者ギルド》に手を出したようなものだよ。だから、あの人狩りと繋がっている商人連中に、こちらから賠償金ふんだくってやるね」
武力だけなら《迷宮都市》随一の組織に睨まれるなど、その商人は生きた心地がしないだろう。
もしかしたら、明日の朝日を見れない人もいるかもしれない。
だが、テグスにとっては終わったことなので、軽い頷きをしてから孤児院の中へと戻る。
「お帰りなさい。今日は本当に助かっちゃったわ」
話を聞き終わったのか、レアデールが微笑みながら小声で迎え入れてくれた。
なぜ声を潜めているのか疑問に思っていると、食堂の中を指される。
見てみると、全員お腹いっぱいになり眠くなったのか、粗末な毛布を共有しながら横になっている姿があった。
「……あの連れてきた子たちはどうするの?」
「元の場所に帰すように務めるけど、半分戻せればってところね。駄目だった中で成人している子は、明日に《鉄証》を持たせて、未成年の子は各地の孤児院に振り分けられるわ」
この孤児院には余裕があるので、最大で十人程度引き取る予定らしい。
「なんで、帰れないです?」
「元々、身寄りがない子が多いのよ。小間使いや拾い食いで、生きてきたそうよ。言わなかったけれど、きっと盗みに手を染めている子もいるでしょうね」
悲しげに言うレアデールを、ウパルは不思議そうにみる。
「なぜ、彼ら彼女らは《探訪者》にはならなかったのでございましょうか?」
「誰でも簡単に《仮証》や《鉄証》が貰える、《小迷宮》に出る《魔物》には子供でも勝てるものもいる、って知らなかったのよ。教えてくれる人がいなかったと言い換えてもいいわね」
「《迷宮都市》の成り立ちを、知らないものがいるのでございますか?」
「神々が人の向上を期待して造り上げたってやつよね。《雑踏区》にいる人のほぼ全てが、噂かおとぎ話ぐらいにしか思ってないわ」
レアデールが語った事実に、ウパルは信じられないといった顔をしている。
「神の御業が《迷宮》として目の前にございますのに、不信心も極まれりでございましょう」
「《迷宮都市》を造った神なら、信心から祈る暇があるなら、不信心でも挑んで力をつけてたほうが喜ぶと思うけれど。まあ、これは考え方の違いだから気にしなくてもいいわ」
このままでは、宗教的な話が終わりそうもないので、テグスは二人の間に体を割り込ませて距離を取らせた。
「神とかの難しい話は置いておくとして。ようするに、あの子たちはこれから《探訪者》として生きていく、ってことでしょ」
「成長した後で相談してくれるなら、別の道も用意して上げるわよ。こう見えて、人脈はかなり広いんだから」
レアデールは長寿の樹人族なので、その若い見た目から彼女が重ねた年月を推し量ることは出来ない。
でも、有名な《探訪者》だったというので、繋がりは多岐にのぼるだろう。
「テグスも、別の道がいいなら言ってみなさい」
提案に、テグスは直ぐに首を横に振った。
「《大迷宮》を最下層まで見てないから、まだ《探訪者》のままでいいよ。それに、そんな今更なことを言い出したのは、この状況が落ち着くまでの食料集めを頼みたいからなんでしょ」
「あら、分かっちゃった?」
「育ててもらった親子なんだから、分からないわけないでしょ」
以心伝心で、お互い同時に軽く笑い顔になる。
「そう長くはならないと思うわ。四・五日って感じかしら」
テグスは受ける積りだったが、確認のために仲間たちへ目で問いかける。
愚問だったらしく、全員頷きで了承を返してきた。
「食料集めを引き受けるよ。代わりにアンジィーの精霊魔法の上達は任せるね」
「任せなさい。精霊魔法を使った調理法を仕込んであげるわ」
そういうことじゃないと、全員が軽く調子を外されたのだった。
「……ちなみに、料理に闇の精霊を使うと、どうなるの?」
「お肉や果物が熟成されて、美味しくなるわ」
「アンジィー、よく教わるです!」
「え、あ、はい。頑張ります?」




