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176話 夜が来て

 使用した矢を回収し、めぼしい物を奪い終わると、死体を正面出入り口の横に積み上げていく。


「結構な数になったね。奴隷商ごとに活動するって嘘だったんじゃないの?」

「合ってますよ。彼らはそれぞれ別の商隊に属していると、何人かごとに装備品が違っているので」


 人狩りに詳しいアンヘイラの指摘に、テグスは納得しながら最後の一人を積み終えた。


「ここにつんで、ジャマじゃないです?」

「ちょっとしたら、誰かが持ってちゃうから大丈夫」

「それって本当に大丈夫なの~?」

「気になってしまいますよ、何に使われるのか」

「腑分けに用いて下さっていれば、有効活用なのでございましょうけれど」


 その声に孤児院の中を見てみれば、ウパルが立っていた。

 手には木皿があり、上には小麦粉を練って焼いたようなものがある。


「パン用の小麦と芋で作る、《静湖畔の乙女会》の菓子でございますよ。食堂の方はアンジィーさんが持っていかれておりますので、安心してご賞味くださいませ」

「ふんふん、おいしそうです」


 差し出されたのを、ハウリナが早速一つ手に取る。

 焼き上げられたばかりの芳しい臭いに鼻を鳴らしてから、ぱくりと一口で食べた。


「はぐはぐ、味、薄いです?」

「どれどれ――本当だ、薄味だね」


 ハウリナの感想を受けて、テグスも一つ食べてみる。

 良く言えば素朴な、悪く言えば小麦粉と芋と塩だけで作ったと感じられるお菓子だった。

 二人の感想に、ウパルは分かっているとばかりに肩を落とす。


「本来ならば蜂蜜や水飴を加えて、より味わい深いものなのでございますが」

「甘くなったら、美味しそうだってわかるの~」

「《雑踏区》だと甘い蜜なんて、《小五迷宮》以外じゃ手に入れ難いからなあ」


 本来の味わいじゃないことに、テグスは心底残念に思った。


「でも、これはこれで、おいしいです」


 一方でハウリナは気に入ったのか、早くも二つ目を食べていた。


「片付けは終わったし、匂いに人が寄ってくるかもしれないから、食べるのは中で」

「あー、にいちゃんたち、なに食っているの!?」

「いいなーいいなー。美味しそうー」


 孤児院に戻ろうとして、《小迷宮》から戻ってきた子供たちが無事に帰ってきた。

 そして、いま起きていることを知らない様子で、物欲しげな目と口の端から出た涎で、食べていいかと意思表示している。


「はい、どうぞ。大して美味しいものではございませんが」

「やったー、一つもらい!」

「これって、お菓子ってやつ?」

「お菓子!? ちょうだい、ちょうだい!」


 味に微妙な表情をするかと思いきや、食べた子供たちは笑顔で食べている。


「我々は慣れてしまったということでしょうね、贅沢な味というものに」

「その理屈から言うと、ハウリナはまだ慣れてないってことになるんだけれど?」


 テグスがアンヘイラが言った皮肉に返すと、ハウリナが不思議そうな目を向けてくる。

 なんでもないと身振りをしたあとで、テグスは日の高さに目を向け、少し眉を寄せた。


「レアデールさんのこと、心配なの~?」


 すると、様子を見ていたらしいティッカリが声をかけてきた。


「ちょっと遅いなってね。かなり日が傾いてきたし」

「梃子摺っているのかもしれませんね、人狩りは隠れていることが多いので」

「だとすると、まずいかな」


 今後の予想を立てて、テグスは少し苦い顔をする。


「その予想通り人狩りの第二陣が来るでしょうね、夜の帳が下りた後で」

「やっぱりそうだよね。二陣のために、お母さんを長く足止めしているって可能性もあるのかな……」


 素早く頭の中で状況整理したテグスは、菓子を食べている子供たちに目を向ける。


「出入り口を固めるために、《迷宮》から帰ってくる子にも手伝ってもらおうっと」

「ふぇ、なに、にいちゃん」

「どうかした?」

「もういっこ食べていい?」


 テグスの立てた作戦を知らない子供たちは、暢気に菓子を食べていたのだった。




 日が落ち、空に星と月が輝く。

 暗い路地を進み、テグスたちのいる孤児院に迫る人狩りが三組あった。

 全員が布で顔を覆い、極力肌を出さない黒系統の服を着け、夜闇に紛れるように進んでいく。

 途中の道で、二つは遠回りして孤児院の庭がある方へ向かい、一つは裏口へ続く路地へ入る。

 昼に襲ってきた奴らと比べても、動きは洗練されていて、彼らが人狩りの中でも実力者であると見ただけで分かる。

 だが、裏口へと進む集団は一本道だったのが災いして、闇夜の中から飛来した矢と投剣で全て殺されてしまった。


「魔法とは便利ですね、夜でも昼のように見えるとは」

「五則魔法には似たのがなかったから、アンジィーのお蔭だね」


 屋根の上にいるアンヘイラとテグスの目の周りに、わだかまる闇のようなものがある。

 これは、二人の隣にいるアンジィーがかけた精霊魔法だった。


「それにしても大丈夫ですか、長い時間この魔法をかけてもらってますが」

「よ、夜になると、魔力ちょっとでも、闇の精霊さんは、お願い聞いてくれるから」

「精霊魔法は五則魔法よりも燃費が良い、って理由もあるだろうけどね」


 理由を付け加えてから、テグスは路地の周囲を確認すると、屋根を軽くつま先で数回蹴る。

 すると、裏口に待機していたらしい、年長の子供たちが外へ出て使った矢を回収し始めた。

 全員、昼の人狩りたちから奪った武器を持ってはいるが、緊張した様子が伺える。

 働き具合を少しだけ確認してから、テグスは視線を庭の方へと向けた。

 あばら屋の隙間や脇から、先ほど分かれた人狩りたちが進み出てきている。


「両方とも五人ずつだけど、片方は散開して左右に変則移動、片方は集まって真っ直ぐに進んでくるね」


 昼の襲撃の顛末をみていたのか、それぞれに矢の対策を立ててきたようだ。

 一方は矢に当てられないように、もう一方は当てられても仲間で対処しやすいように動いている。

 

「警戒と狙撃は二人で十分ですし、テグスも下で戦っては?」

「そうさせてもらおうかな。精霊魔法は消していいけど、援護はよろしくね」

「は、はい。やってみます!」


 屋根から飛び降り地面に着地したとき、テグスの目にあった精霊魔法が消える。

 普段通りの夜の暗さに戻った視界に目を瞬かせつつも、密集して迫る人狩りたちを威圧するように、腰から長鉈剣を引き抜く。

 近づく彼らは黒く艶消しが施された武器を構える。

 奴隷にする相手を殺してしまったり酷い障害を負わせないためか、杖の先に球をつけたような鈍器だった。

 止まる気配がないため、テグスは素早く投剣を抜いて放つ。


「おおおおおおおおおお!」


 多少の手傷は覚悟の上なのか、全員避けずに鈍器で打ち落とそうとしてきた。

 何本かは打ち落とされたものの、五人のうち二人の胴に投剣が当たる。

 だが、刺さりが浅い。

 黒い服の下に、革の防具か鎖帷子をつけていたようだ。

 冴えない戦果を見てから、テグスは長鉈剣を両手で構えなおす。

 一対五の状況で、人狩りの男たちは殴り易くしようと、少しだけ仲間との距離をあけようとする。


「――あおおおおおおおおおおおん!」


 そこに、横合いから隠れていたハウリナが、黒棍を持って突っ込んできた。

 テグスに集中していた男たちは驚き、慌てて対処しようとする。


「全員で視線を外しちゃ駄目だと思うよ?」 


 にやりと笑って長鉈剣から片手を離すと、アンジィーから受け取っていた粉を噴霧する魔道具を抜いて、男たちの方へ向ける。

 機構を動かし、筒の中に入っていた粉を顔へ撒いた。


「白い、小麦粉?」

「くそ、こんな小細工――がぐッ!?」


 手で粉を払おうとした一人が、接近し終えたハウリナに黒棍で頭を殴られて崩れ落ちる。

 仲間がやられたことに、顔の覆面を白くした男たちは、視界が開ける時間を稼ぐために鈍器を振り回す。


「がっ、だ、誰だ」

「ぐあ、仲間を殴るな」


 しかし密集していたことが災いし、振り回す鈍器が左右の仲間に当たってしまう。

 彼らが混乱している間に、テグスは静かに一人の胴を斬った。

 長鉈剣は投剣を止めた防具を断ち、切れ目から出た血と臓物が地面に落ちる。

 

「この、ガキが!」


 粉が晴れて、仲間が死んだことを知った一人が鈍器を振り上げる。


「させないです!」

「――ぐあッ!」


 ハウリナの脛当てによる蹴りが顎に決まり、膝から崩れ落ちる。

 追撃で、黒棍が後頭部へ叩き込み、大きくへこませた。


「くそっ、小さくても《探訪者》か」

「その上、多対一の戦いに慣れてやがる!」

「だが、ガキの一人でも連れて行かないことには」

「させると思いますか?」

 

 警戒を露にしている残りの三人へ、テグスは斬りかかる。

 《大迷宮》で経験を積んだからか、あっさりと彼らの武器を持つ手を順に切り落とし、返す剣で首をはね飛ばす。

 倒れる死体の、なくなった首から噴出す血の向こうに、二つの人影があった。

 散開して近寄ろうとしていた人狩りたちの中で、アンヘイラとアンジィーの矢を幸運にも避けきった二人だった。


「『刃よ鋭くなれ(キリンゴ・アクラオ)』」


 テグスは柄から離した右手で投剣を二本摘むと、小声で鋭刃の魔術をかけてそれぞれに投げつけた。

 恐らく、先ほど投剣が致命傷を与えられなかった場面を見ていたのだろう、彼らに避ける素振りはない。


「――ぐぶぅ、ごぁ」

「な、なぜ……」


 しかし、魔術をかけた投剣は黒い服の下につけた防具を貫通し、彼らの胸に致命傷を負わせる。

 防具を抜けた理由が分からないのか、覆面の下から戸惑った声を上げながら倒れた。


「ふぅ。アンヘイラ、周囲はどんな感じ?」


 一息入れてから、視線を屋根の上に向けた。

 目に黒い靄を漂わせたままのアンヘイラは、弓矢を軽く番えた状態で周囲を見回す。


「様子見をしてますね、少し遠くから。言い争っているのもいますよ、他の奴隷商とで」

「少し休憩する時間はありそうだね」


 状況の確認が終わると、孤児院の庭に続く扉が薄く開かれ、年長の子たちが顔を覗かせる。


「にいちゃん。裏口の死体から、回収終わったよ」


 扉の隙間から、矢と投剣を見せてくる。

 それらを受け取りながら、テグスは手招きした。


「丁度良かった、庭に転がっている死体からも回収しておいて」

「えー。まったく、人使いがあらいなー」

「後でほーしゅーは、きっちり貰うからね」

「美味しいお菓子がほしい!」

「はいはい。明日以降にね」


 わらわらと飛び出した子供たちは死体に取り付くと、刺さった矢と投剣を引き抜き、ついでに物品も漁りだした。

 その間に、受け取った矢を一本ずつ、屋根上へ投げ渡していく。

 受け取った最後の一本を矢筒に入れると同時に、アンヘイラが正面出入り口の方を見る。


「幌馬車の列ですよ、人狩りたちが移動していく先にあります」

「とうとう痺れを切らせて、全員で総攻撃。そして子供たちを回収ってわけかな?」


 テグスにとっては、散発的にこられるよりも、そっちの方が対処が簡単なのでありがたかった。


「え、あ、あの、どうすれば、いいんでしょう」

「迎えうつといいです」

「アンヘイラとアンジィーは変わらず、屋根の上から矢を放ってくれればいいよ。下で僕らが頑張ればいいだけだからね」


 結論を出すと、テグスは手を叩いて子供たちに注意を呼びかける。

 すると、作業を中断し、回収し終わった矢と投剣を手渡すと、急いで孤児院の中へと戻っていった。

 テグスも矢をアンヘイラに投げ渡すと、庭を守る必要もなくなったので、孤児院の中を通って正面出入り口に向かう。

 その途中、テマレノが顔を廊下に出していたが、身振りで食堂の護衛を続けるように伝えると、肩を竦めて顔を引っ込めた。

 木戸がはまった出入り口に配置されていたティッカリとウパルが、近づくテグスとハウリナに不思議そうな目を向ける。


「襲撃はこれで終りなの~?」

「いや。馬車で乗り付けてくるみたいだから、ここが主戦場になるんみたいなんだ」

「では、丁重にお出迎えをしなければなりませんね」

「もうそろそろ、来るです」


 獣耳を立てて、物音を聞いていたハウリナから警告してきた。

 少しするとテグスの耳にも、道を進む轍の音が音が聞こえてくる。

 静かに息を潜めながら、テグスはティッカリへ身振りで、木戸を殴穿盾で壊せと伝える。

 最初は理由が分からない様子だったが、不意打ちをするのかと納得した様子を見せた。

 やがて、馬車の発する音が孤児院の間近で止まり、人の歩く音が微かに聞こえてくる。

 そして木戸の前に立ち止まったのを悟って、テグスはティッカリに木戸を壊すように手で伝えた。


「とや~~~~」


 力強く殴られた木戸が破砕し、外側に立っているであろう人に向かって飛ぶ。

 合わせて、テグスとハウリナが武器を振り上げながら飛び出し、ウパルが《鈹銅縛鎖》を伸ばして絡め取ろうとする。


「あらあら。お帰りの挨拶が、随分と過激ね」


 殺伐とした状況に不似合いな、のんびりとした言葉が聞こえた。

 その瞬間、テグスたちは飛び出した勢いを返されたように、孤児院の廊下へ吹き飛ばされる。

 廊下の上を一回転してから体制を立て直し、テグスは出入り口に立つ強敵を睨みつけようとして、ぽかんと口を開くはめになった。


「お、お母さん?」

「ただいま、みんな。ちょっと遅くなって、ごめんなさいね」


 兜の覆いを上げて顔を見せたその人は、確かに赤い鎧を着たレアデールだった。

 そして彼女の後ろにある幌馬車からは、人狩りの被害者らしき大勢の子供たちが、顔を覗かせていたのだった。


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