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175話 人狩りを狩る

 テグスたちは唐突に血まみれのレアデールを見てしまい、驚いて固まってしまった。

 佇んでいたレアデールが気がつき、振り返って笑顔を見せる。


「あら、ずいぶん早く帰ってきたわね」

「お、お母さん、その血は……」

「ああ、これね。孤児院に押し入ってきた悪い子を斬ったんだけれど、事情を聞こうと止血をしたときに暴れちゃって、うっかり被っちゃっただけよ」


 心配な顔をするテグスの視線を誘導するように、レアデールは指を足元に向ける。

 そこには、縄で縛られてぐったりと横たわっている、五人の男女がいた。

 全員、手や足のどれか一本が欠損していて、縄の一部で止血がされている。

 拷問を受けたのか、欠損した部位の骨や肉が、虫食いのように抉れている人もいた。


「孤児院に押し入ってきたって、なんでまた……」


 孤児院の内情を知っている人ならば絶対にやらない行動に、テグスは感心交じりに呆れてしまった。


「子供が沢山いる場所を聞いて、教えられた場所がここだって言ってたから、たちの悪い住民にはめられたんだろうさ」


 横から声をかけてきたのは、テマレノだった。

 勤務上がりに呼び戻されたのか、多少不機嫌そうな顔をしている。

 男女の行動の理由を聞いて、納得したテグスの横で、レアデールは怒っていた。


「まったくもう、どうしてうちの孤児院を罠に使うのよ。変な事を教えた人を見つけて、お仕置きしないと」


 テグスは不用意なことを教えた人の、今後の冥福を神に祈った。


「それで、なにか孤児院に被害はなかった?」

「私がいて、出るわけがないじゃないの。でも、アンジィーちゃんが居て助かったわ。血の掃除をしてくれたし、物音に驚いた子たちの相手をしてもらってもくれているのよ」

「和んでいる場合じゃない。今年の人狩りは、子供狙いだと分かったんだぞ」


 アンジィーの意外な活躍に感心していると、テマレノから注意が飛んできた。


「なるほど、奴隷商単位の活動で利益をあげるには良い方法しょうね、子供は軽いので量が載せられますから」

「だから、関心もしている場合じゃねえだろうが。子供の中には、《仮証》で《小迷宮》に言っているやつもいるんだぞ」


 純粋に心配しているのか、《探訪者ギルド》の損失になるからかは分からないが、テマレノは苛々としている。


「確かに心配だけれど、この悪い子を囮にして孤児院の警備を手薄にする狙いがあるかもしれないし、下手には動けないわよ?」

「丁度いいところに、《白銀証》持ちの《探訪者》が六人いるだろうよ」


 その言葉に、レアデールはテグスたちに振り向くと、にっこりと満面の笑みになった。


「そうだったわね。じゃあ、テグスたちには、孤児院の警備をお願いしちゃおうかしら」

「こっちは構わないけれど……」


 テグスは言いながら、呆れ果てた様子のテマレノに目を向けた。


「おいおい、自分で行くつもりかよ。一介の商人相手なら、過剰戦力にも程があるぞ」

「駄目よ。私の孤児院を襲うなんて悪い子は、この手で懲らしめないと気がすまないわ」

「チッ、分かった好きにしろ。俺も孤児院の防衛に回るが、テグスたちもきっちりと守るんだぞ。失敗したら、この女の後が怖いって分かるだろ」

「言われなくたって、子供たちは守るよ。沢山くるようだったら、孤児院の建物までは、ちょっと保障できないけどね」


 テグスの言葉に、ハウリナたちも同調する。


「守って、倒すです!」

「一つの部屋に集めれば、守りやすいかな~」

「テグスとハウリナは遊撃で残りが子供たちの護衛でしょうね、付け火されてあぶり出しされると厄介でしょうし」

「非力な子供を狙うなど、職務という理由があろうと看過できかねますね」


 頼もしげな言葉に、レアデールは微笑みながら彼女たちの頭を一撫でずつしていく。


「出来るだけ急ぐけれど、その間はお願いね。さて、そうと決まったら、準備をしないと」

「俺は他の職員に、別の孤児院も注意するよう回状を送るように指示しておく」


 話が決まり、それぞれがそれぞれの行うことのための準備を始める。

 テグスたちは子供をあやしていたアンジィーと合流し、子供たちを含めてこの後の話を詰めていった。

 レアデールは髪の毛を後頭部で一つのお団子状にすると、何処からか取り出してきた傷のない赤と黒で色分けされた鎧兜に身を包んでいく。

 そして、支部からやってきたテマレノも、深い傷がある鎧で身体を覆い、大盾と五角形の柱に持ち手をつけたような戦棍を引っさげきた。


「それじゃあ、行ってくるわね。風の精霊さん~、移動の補助をよろしく~♪」


 用意が済んだレアデールは、片目を閉じて茶目っ気を出した後で兜の覆いを下ろし、歌うような口調で精霊魔法を使用すると外へと高く跳んだ。

 そして着地した建物の屋根を伝って、何処かへ走っていってしまった。


「派手に出やがって。これじゃあ、様子をうかがっていただろう人狩りたちが、仲間を集めて押し寄せてくるぞ」

「なら、テマレノさんは足が悪いんだし、ティッカリと同じく子供たちを集めた部屋で護衛が良いでしょ」

「悪いがそうさせてもらおう。なに、入ってきた奴らは、これで叩き潰してやるさ」

「捕まえようとしたら、殴穿盾で粉砕してやるの~」


 テマレノが頼もしく戦棍を掲げて見せると、ティッカリも子供たちの護衛に意気込みを見せた。

 二人が孤児院の中に入ると、残りの面々にテグスは顔を向ける。


「二人いれば、部屋の護衛は十分だから――」

「ならば屋根の上に陣取ります、矢の援護と周辺監視のために。元同業なので予想は付きますからね、何処から襲ってくるかの」


 アンヘイラは直ぐに孤児院の壁に手と足をかけると、身軽に屋根に上がってしまう。

 直ぐに周囲を見回し、人狩りを見つけたのか、早々に弓矢を引き始めた。


「直ぐに襲ってくるようですよ、レアデールが帰ってくるまでに仕事を済ませようと」


 テグスたちに報告しながら、矢を放つ。

 上がった悲鳴は、意外なほど孤児院に近かった。


「どこから来るか教えて!」

「先ずは裏口に来ますね、庭からくるのはこちらで押さえますので。次は正面から」


 アンヘイラの報告に、テグスは頭の中で戦法を組み立てていく。


「アンジィー、あの粉吹き魔道具を渡して。あと、短矢に毒を塗るのを忘れないで」

「は、はい。分かりました」

「ウパルは《鈹銅縛鎖》を鞭のように使って、痛みで足を鈍らせて」

「はい、畏まりました」


 魔道具を受け取りつつハウリナに顔を向けると、命令を待つ狩猟犬のような、緊張しながらもうきうきとした様子で待っていた。


「ハウリナは僕といっしょに、やってくる人を素早く無力化していくよ」

「叩き潰せばいいです?」

「そういうことだね」

「わふっ、がんばるです!」

「さて、忙しくなるよ!」


 テグスの言葉に合わせたかのように、孤児院の裏口付近に五人の男たちが現れたのだった。




 人狩りたちからの防衛戦を続けていると、この孤児院は良く考えられて立てられていると分かった。

 正面の出入り口こそ通りに面しているが、木窓や木戸を閉じればかなり硬くなる上に、残る三方向も守りやすいようになっている。

 《探訪者ギルド》支部の建物に隣接している面は、支部の中を通らなければ孤児院に入ることが出来ない。

 軽い運動ができる大きさの庭の周りは、壁代わりにあばら屋などで囲われていて、一気に雪崩れ込む事は出来ない作り。

 裏口に繋がる路地も、一人が通るのがやっとの幅だ。

 そんな押し入るには難しく、守るには簡単なこの作りに、大分テグスたちは助けられている。


「次が来ます、五人、正面側から」


 あばら家の中を通って庭に入ってくる輩を、屋根の上から矢を放ちながら、アンヘイラから警告きた。


「そんなに沢山は来ないと思ってたのにッ!」

「どんどん来るです」


 裏口の通路で、人狩りを長鉈剣で斬り殺し、黒棍で殴り潰すと、足場を悪くするため死体を地面に転がしておく。

 まだ、奥から迫る人がいて、テグスは心の中で舌打ちする。


「急いでください、正面に入られますよ」

「ウパルとアンジィー、正面にいって時間を稼いで。直ぐ追うから」

「畏まりました。アンジィー、行きましょう」

「は、はい。直ぐに、来てくださいね」


 援護の二人を正面に送り、テグスとハウリナは素早く見える人狩りたちを殺しにかかる。


「というわけで、さっさと終わらせるッ!」

「とやっ、あおおおおおおおおおおおん!」


 テグスは前進して、投剣と長鉈剣で先頭から一人ずつ殺していく。

 ハウリナは狭い路地の壁を蹴って跳ねると、少し奥の人狩りの頭に黒棍を振り下ろす。

 

「くそっ、護衛は消えたんじゃなかったのか!?」 

「ガキの割りに強すぎる、引いて別の場所から襲うぞ!」


 予想外の事態は人狩りたちも同じだったようで、二人の猛攻に狭い通路を後ろに下がろうとする。

 殺されて減った人数が幸いして、幅の狭さにしては素早く脱出していく。


「あばら家を通って、庭から――ぎゃあッ!」

「な、なんだ、くそ、何処からこんな人数が、がああ!」


 しかし、出た場所で待っていたのは、孤児院の喧騒を聞きつけた近隣住民たち。

 折れた木材や太めの薪を持ち、逃げてきた人狩りたちを襲い始めた。


「装備を奪えば、この場所からオサラバできる!」

「外の国の金を持っているはずだ。《雑踏区ここ》では、銅貨でも大金だ!」

「ぐがっ、くそがっ、完全に囲まれた!」

「ぎゃっ、がっ、やめろ、捕まえて好事家に売り飛ばすぞ!」

「こいつら人狩りだ、容赦はいらねー、やっちまえ!」


 殴られた男が発した不用意な言葉に、住民の振るう腕がより力強くなった。


「その人たちを殴り終えたら、この路地にある死体もお好きにどうぞ!」

「ありがとよ!」

「あとで剥ぎ取るが、いまはこいつらだ!」


 人数差で任せても大丈夫そうだったので、テグスは声をかけるとハウリナと裏口から孤児院に入り、廊下を通って正面出入り口に向かう。

 壊された木戸の内側から、ウパルが入らせまいと《鈹銅縛鎖》を鞭のように振るい、アンジィーが短矢を射掛けて牽制していた。

 しかし、相手は八人に増えていて、人数まかせに押し切ろうとしている。

 しかも、振るう動きを見切られたのか、とうとう二人がかりで《鈹銅縛鎖》が掴まれてしまっていた。

 悪いことに、アンジィーの機械弓は装填作業中である。


「たあああああああああ!」

「あおおおおおおおおん!」

「「ぎゃああああああーー!」」


 走る勢いのままに、テグスとハウリナが《鈹銅縛鎖》を掴む二人を殺すが、脇を抜けようとする人を押し止めるには間に合わなかった。

 四人、後ろに抜けられてしまった。


「い、行かせません!」

「立ち入りを許可しては下りませんよ!」


 装填し終えた毒矢で一人を射止め、解放された《鈹銅縛鎖》が一人絡め取る。

 廊下を進んでいく残った二人に、テグスは投剣を放とうとして、正面出入り口からまだまだやってくる人狩りの対処のため止めた。


「完璧に抜け出た。ガキを探すぞ」

「一つの部屋に集めているはずだ、二人ずつ確保して逃げようぜ」


 足音荒く廊下を走り、大きさはともかく数は少ない部屋の中を次から次に確認していく。

 そして、扉のない食堂の奥に、三十人ほどの子供たちが固まっているのが見られてしまった。


「くそっ、大量にいるじゃねえか。なのに連れて行けるのは四人が精々かよ」

「抱えて逃げるんだ、仕方がないだろ」

 

 不用意に食堂に入ろうとした、先頭の一人が頭上から降ってきた五角形の戦槌に押しつぶされた。

 半分に潰された頭から、赤い血を床に広げる男を見て、生き残った方は理解が追いつかないのか呆然と立ち尽くす。


「と~~~や~~~~」

「えっ?」


 食堂の入り口横の壁に背を預けて隠れていたティッカリが飛び出し、その隙だらけの顔面に殴穿盾を振り下ろし気味に叩き込んだ。

 男は間抜けな声を上げるのと同時に斜め下へ吹っ飛ばされ、後頭部を壁に打ち付けて死んだ。


「へっ、二人だけか。もっと来るかと思えば、テグスのやつ頑張りやがって」


 ティッカリと同じく隠れていたテマレノが、手にした戦槌を振るって、食堂の床を汚す死体を廊下に打ち出す。


「そのお蔭で、こっちは楽なの~」

「庭を突っ切ってくるやつらも根性が足りねえな。足を矢で射抜かれたぐらいで、諦めて帰りやがって」


 食堂の木窓にある節穴から外を見ながら、テマレノは動きが鈍い足をなでる。


「テマレノさんの足の傷も、矢で受けたの~?」

「そんなもんで動きが鈍くなる足じゃねーよ。《大迷宮》の四十六層から出てくる――いや、なんでもねえ」


 素直な疑問に答えそうだったが、嫌な顔をして黙り込んでしまった。

 その嫌気が伝播したわけではないだろうが、孤児院に攻め入ってきていた人狩りたちが、波が引くように去っていく。

 アンヘイラが屋根の上から眺める先で、人狩りたちが《雑踏区》のあばら屋や路地の影に消え去ていく。

 中には、間抜けにも住民に見つかり袋叩きに会う者もいたようだが、片手の指で済む数だった。

 警戒して人狩りの影が近く似ないことを確認してから、アンヘイラは屋根から飛び降りた。

 そして、食堂へ入る。

 

「どうやら終わったようですよ、第一陣は」

「結局、こっちは合計で二人だけか」

「子供に被害がなくて、いいことなの~」


 そこに正面出入り口の木戸をはめ直し補強も終えた、テグス、ハウリナ、ウパル、アンジィーの四人も合流する。


「被害の割りに随分とあっさり引いたね」

「決めていたのでしょうね、成功にせよ失敗にせよ引く時間を」

「おやつ休みです?」


 運動して小腹が空いているのか、ハウリナが物欲しそうな目を向ける。

 戦いが一段落ついた空気も手伝ってか、食堂にいる子供たちの方からも、小さな腹の音が聞こえてきた。


「仕方がない。ウパル、何か調理場で軽い物作ってあげて」

「畏まりました。ですが、孤児院の食料を勝手に使って、よろしいのでしょうか?」

「お母さんには、僕が怒られるから心配しないでいいよ。あまり必要以上に使わないでくれさえすれば」


 調理場に向かうウパルを見送っていると、テグスの服が引かれる。


「ハウリナ、どうかしたの?」

「孤児院のかまど、まきが置いてないです」


 そういえば、レアデールが精霊魔法で料理するため、薪の備蓄はしていないことを遅まきながらに思い出した。


「そうだった。僕が魔術で手伝いにいかないと」

「あ、あの、手伝いは、わたしがやります」


 アンジィーの言葉に、テグスが立ち止まって振り返る。


「せ、精霊魔法の特訓で、料理の仕方を、教えてもらったから」

「それなら、お願いするね。でも、魔力切れまで、無茶しなくていいから」

「は、はい。ほどほどに、がんばって、手伝います」


 控えめに意気込む様子を見てから、テグスはハウリナたちに向き合う。


「じゃあ、僕らは倒した死体から身包み剥ぎにいこう」

「たくさんあって、たいりょうです!」

「ですがほぼ孤児院に寄付でしょうね、大した武器は持っていないでしょうから」

「戦闘で貢献できなかったから、ここで頑張るの~」

「というわけで。テマレノさんは、念のためにここで待機です」

「仕方がないな。まあ、さっきの程度の奴らなら、俺一人でここを守るのは十分だ」


 ハウリナたちが死体を剥ぎに向かうなか、テグスは食堂の隅で一塊になっている子供たちに近づく。

 そして、不安そうにしている子の頭を順々に撫でていく。


「念のためにもうちょっとだけ我慢してて。心配しなくても、もう直ぐしたらお母さんが帰ってくるからさ」

「う、うん。だいじょうぶ、へーきだよ」

「そうだよ。こわくなんて、ねーし」


 気丈に振舞う子の姿に苦笑して、テグスも死体を剥ぎ取りに向かうのだった。

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