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174話 今年の人狩りたち

 詳しい話を聞こうとしたものの、《探訪者ギルド》からの又聞きだったらしく、レアデールも大した情報は知らないらしい。


「今年は去年みたいに、大々的じゃないって話ぐらいかしらね。そんなことよりも、アンジィーちゃんに精霊魔法を教えることの方が重要よね」

「は、はい。よ、よろしくお願いします」


 精霊魔法を教える気をだしているレアデールにアンジィーを預けると、テグスたちは孤児院から出て周りを巡ってみることにした。


「まさか、もう人狩りが来ているなんてね」

「でも、周りにいるように、見えないです」


 周囲の住民はいつもと変わらずに、剣呑と退廃が入り混じった態度で暮らしている。

 去年の人狩りが来た時にはあった熱狂的な空気は、まだうかがえない。


「まだ、住んでいる人たちには知られてないってことかな~?」

「被害はあまり出ていないということなのでございましょうか」

「ですが居たかもしれませんよ、我々がここまでの道のりで倒した人の中に」


 意味深な言葉に、全員がアンヘイラへ視線を向ける。


「なにか、知っているのかな~?」

「ただの根拠のない勘ですよ、元同業としての」

「なら、元その道の人に聞くけど。今年の人狩りはどんなことになりそうか、予想でいいから教えて」


 仕方がない様子で、アンヘイラは少し考えてから口を開く。


「隠れて行っているか下準備でしょうか、この状況から考えられるのは」


 全員の注意が向けられるのを待ってから、アンヘイラの言葉が続く。


「前年は奴隷を大量に得ましたからね、軍を動かしてまで。ならば今年は静かに隠れながら奴隷を確保するでしょうね、人狩りの大群を見て住民が過剰反応するかもしれませんので」

「今年も去年みたいに大勢動員してくるかも、という意識の裏を突くわけだね」

「もしかしたら、今年は軍や多くの人を出せないのかもしれませんね、何らかの事情があって」

「なるほどです」

「分かったけれど、じゃあ下準備ってなになのかな~?」

「それは別の予想ですよ、より大掛かりに動員してくるのではといった。先乗りした人狩りが奴隷確保の傍らで地理を確認しているのではと、前年に軍が斥候を放っていたように」


 二つの予想を聞いてみて、テグスはどちらもあり得る話だと感じていた。


「アンヘイラはどちらの可能性が高いと思う?」

「静かに確保の方でしょうね、前年は得た利益に比して被害が大きく出ましたし。もっとも、聞いた方が早いでしょう、当事者に直接」


 言葉を切ると、アンヘイラは道端で寝転がる薄汚れた衣服の男に近寄っていく。

 そして、突然に男のわき腹をつま先で蹴り上げた。


「――ぐげぁ。な、なに、しや、がる、げほげほげほ」

「ウパル縛り上げてください、逃げると違うのを探す手間がかかるので」

「はい。畏まりました」


 地面に寝ながら苦しげに呻く男を、ウパルが《鈹銅縛鎖》で身動きを取れないようにしていく。

 その後で、アンヘイラは男の顔の前にしゃがみこむ。


「こちらはお見通しなんですよ、あなたが人狩りの一味だとね」

「は、はぁ? ごほ、ごほ、そんな、わけないだろうが」

「その程度が低い変装が見破られないとでも思ったのですか、まあ惚けるのはご自由にしてくれて構いませんけれどね」


 アンヘイラは男の汚れた顔を、彼の服で拭ってやる。

 それだけで垢で黒く汚れていたと見えた顔は、綺麗な肌になった。

 

「炭と砂を混ぜたもので顔を汚したのでしょう、衣服は住民から追い剥ぎして」

「ぐっ、くそ。何故ばれたんだ」

「全身を汚すべきでしたね、見える肌の部分だけではなく」


 指摘を聞いて、テグスは男の姿を観察する。

 言われて見てみると、手足や首元は汚れているが、衣服の解れ目から覗く肌は綺麗なままだった。


「畜生。俺が人狩りだったら、何だってんだ!」


 言い逃れは出来ないと開き直ったようで、男は縛られながらも毅然とした態度でアンヘイラを睨みつける。


「ただ単に知りたいだけですよ、今年の人狩りの活動予定を。悪いようにはしませんよ、素直に話してくれさえすれば」

「はんっ。仲間を売るような真似なんか――」

「そこのウパルは拷問の妙手ですよ、言い忘れていましたが」


 アンヘイラの巧みな言葉による誘導に、男は思わず視線をウパルに向けてしまう。


「更生をお手伝いさせていただくだけで、拷問ではございませんよ」


 微笑みながらの言葉に、男はうろたえたように目をさまよわせる。

 そして、同性のテグスに視線を固定した。

 どんな事をされるか知りたいのだろうと理解して、テグスは自分の股間部に手を置き、少し腰を引いてみせた。

 この身振りで行われることがわかったのだろう、男は顔を青くして慌てたように視線をアンヘイラに戻す。


「わ、分かった、話すよ。話すから止めてくれ」

「いいでしょう。ですが蹴らせますよ、嘘だと判断したら」

「では、位置を調整いたしますね」


 ウパルが《鈹銅縛鎖》を操作して、男を尻を上げさせたうつ伏せの状態にする。

 体勢を変えられてより恐怖が身近に感じたようで、唇を震わせる。


「では、語ってください、今年の人狩りの活動について」

「わ、分かったよ。去年は大量の奴隷を得られたが、国が捕らえてからの払い下げだったから実入りが悪かったんだ。だから今年は、奴隷商人が各個に確保することにしてるんだ。俺は単なる先乗りで。狙い目の場所を探しているだけだったんだ」


 予想とそうは違わない話に、テグスは納得する。

 しかし、元同業だったアンヘイラは、何か違和感を感じたのか、男の後頭部を踏みつける。


「こちらは知っているのですよ、もう人狩りが本格的に始まっているのを」

「ち、違う、さっきのは言葉のあやだ。俺たちの活動は始まってないってだけで、他の奴のことじゃないんだ」

「思わず蹴らせるところでした、嘘かと思ったので」

「う、嘘は言わない。だから、お願いだから潰さないでくれ」


 その後も根掘り葉掘りアンヘイラの尋問は続いたが、あまり聞きたい情報をこの男は持っていなかったようだった。


「では最後に尋ねます、去年のように大量の人が襲い来るかどうか」

「そ、それは知らない。知らないが、恐らく来ないはずだ」

「そう思うのは、なぜでしょう?」

「国境付近で他国と睨み合いをしているんだ。わざわざ兵を割くような真似はしないだろう。奴隷商側が傭兵を雇うかもしれないが、経費が掛かるから去年ほどの人は無理なはずだ」

「あくまで奴隷商単位だと、活動しているのは」

「ああそうだ、絶対に間違いはない。なにせ、そう取り決めがされたからな」


 聞きたいことは全て聞き終えたようで、アンヘイラはウパルに目を向ける。

 最後まで蹴り上げる場がなかったことに、ウパルは気落ちした様子で、男の拘束を解いていく。


「あ、あの」

「尋問は終わりです、行きなさい何処へでも」

「あ、ありがたい!」


 開放された男は、振り向かずに通路を走って逃げていった。


「どうしますか、という事情のようですが」

「人狩りを判別するの、難しそうなの~」

「でも、やっつけたいです!」


 様々な人がいる《雑踏区》では、人狩りを判別するのは難しいのは、簡単に予想がつく。

 それでもどうにかしたいという、奴隷だったハウリナの気持ちも分かる。

 どうしようかとテグスが悩んでいると、ウパルが控えめに手を上げた。


「《迷宮都市》に入る人狩りについてはよく理解いたしましたが、あの方を逃がしてよろしかったのでしょうか」

「大丈夫だよ。《雑踏区》の住民は、人狩りだけには容赦がないから」


 テグスたちの話を隠れて聞いていた住民に殺されたのか、少し遠くから逃がした男のものと思われる悲鳴が聞こえてきた。


「それで、仮に隠れ動いている人狩りの対処をしようとしたら、見破れるアンヘイラを頼りにしないといけないかもね」

「期待されても困りますよ、あの男の変装が酷かっただけですので。私でも見破れませんよ、本格的な変装をした一定技量以上の人狩りだと」

「どうにか見破れる方法はございませんでしょうか?」

「誰かが連れ去られているのを待つことでしょうね、一番分かりやすいのは。ですが見合わないと思いますよ、かける時間と労力には」

「なら、今年は見送った方がいいのかな。小規模なら《雑踏区》の住民たちだけで対応できるだろうし」

「うぅ~……残念です」


 ハウリナは少ししょんぼりしながら従う姿勢を見せた。

 軽く伏せられた獣耳の間に、テグスはぽんと手を乗せると軽く撫でてやった。


「《迷宮》の攻略に。でもその前に、《探訪者ギルド》に人狩りの情報を報告しに行かないとね」

「――わふっ、がんばるです!」


 気分が持ち直したのか、ハウリナの獣耳は立ち上がり、尻尾は左右に揺られだした。

 現金な様子に微笑んだ後で、テグスたちは来た道を引き返し、孤児院の横にある《探訪者ギルド》の支部へ向かった。


「ん? なんだか騒がしいね」

「ケンカです?」

「なにやら、職員の方が慌てておいでのご様子ですね」


 普段とは違うような喧騒が聞こえてきたので、こっそりと出入り口から中を見る。

 するとそこに居たのは、細身の剣を手に血まみれで佇むレアデールの姿だった。



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