171話 装備更新までの空き時間はどう過ごす?
《強襲青鯱》を倒し終わった後、ハウリナが魚や貝を集めるのを待っていた。
「小ぶりなの、多いです」
確かに、二十七から二十九層までに獲ったものよりも、やや小さく見える。
「他の《探訪者》も、ここで魚や貝を獲っていくんじゃない?」
「《強襲青鯱》を倒せば安全だし、あり得るかな~」
背負子と背嚢の積載限界まで魚と貝を集めてから、浮き彫りされた《靡導悪戯の女神シュルィーミア》に《祝詞》を上げて、《中町》へ転移する。
先ずは、クテガンの店へ行くことにした。
「クテガンのおっちゃん、《虎鋏扇貝》の貝殻を持って来たよ」
「おー、遅かったじゃねーか」
厳つい顔に軽く笑みを浮かべて、クテガンはテグスたちを店の中へ迎え入れた。
テグスは、《虎鋏扇貝》の貝殻を、二袋分手渡す。
「じゃあ、小剣をこっちに寄越せ。鞘ごとだ」
「はい、はい」
左右の順に、沼地と海の層でさらに使い込まれた小剣が手渡される。
鞘を払った剣身を見つめて、クテガンが呆れた顔をした。
「前に見たときよりも、大分酷使しやがったな。しかも、使い方が荒い」
「僕は剣使いってわけじゃないし、大目に見て欲しいね」
「この分じゃ、そっちの剣も大概だろ。見せてみろ」
テグスは指差された長鉈剣を抜いて、手渡した。
「こっちは、まだまだ大丈夫そうだな。手荒に使ってもいいように、丈夫に作ったことを感謝しろよ」
「はい。感謝してます」
にっこりと、テグスに笑顔で言われてしまい、クテガンは調子を外されたようだった。
「まあいい。小剣二本とも、《虎鋏扇貝》の貝殻を使って作り直すからな。出来上がるのは、だいたい十五日だ」
「分かったよ。十五日後に取りに来るね」
「出来上がるまで、この二本の代わりを持っていくか?」
返されて鞘に仕舞った後で、長鉈剣をぽんと叩く。
「これがあるし、投剣もあるから、大丈夫」
「そうか。それならいい」
用が済んだろと無愛想に身振りをされて、テグスは苦笑いしながら店を後にした。
次に《白樺防具店》へと向かった。
「すみません。持ってきましたー」
「おーおー、大量だ~ね」
テグスたちを見て、エシミオナが売台の向こうから、相変わらず身体を揺らしながら手招きする。
「《帝王槌蟹》の殻に、砕いて集めた《虎鋏扇貝》の貝殻、そして魔石です」
「はい~、集計し~ちゃうね」
エシミオナは台の上に置かれた順に、素材の状態を見ていく。
そして、魔石が詰まった革袋を掴むと、秤に載せずにそのまま回収してしまう。
「こ~れで、完済だ~ね。じゃ~あ、次は二人の採~寸だね」
「お願いいたします」
「は、はい。お願いします」
エシミオナは売台から出ると、印がついた紐でウパルとアンジィーの身体の各所を測り、木片に文字を記していく。
「二人とも~成長期だろう~し、大きめに~作ろ~ね。他に要望があ~れ~ば聞いてお~くよ」
「いま着ているのと同じ図案で白色であれば、文句はございません」
「あ、えっと、あまり、重たくしないで欲しいかなって」
「はいはい~、その要~望通りに仕上げる~ね。それで出来上がる~のは、十日から十五日ってとこ~ろだね」
奇しくも、小剣が出来上がるのとほぼ同じ日数だと分かって、テグスたちは顔を見合わせる。
「十五日間、どう過ごそうか?」
「きょうは、背中の魚と貝、売りにいくです」
「そうしたら食堂に行きたいの~。ずーっと《迷宮》にいたから、お酒が恋しいかな~」
「ここは休憩を取るべきだと思いますよ、全員疲れが溜まっているでしょうし」
「それに、香辛料と薬茶の補充なども致しませんと、味気ない食事しか取れなくなってしまうかと」
「あの、その、後のことは、テグスお兄さんが、決めてください」
「なら、とりあえずは地上――《上街》の《探訪者ギルド》本部へ行く、だね」
テグスたちの予定が立て終わるのを待っていたかのように、エシミオナは身体を揺らしながら手を振って、見送ろうとしてきた。
「防具はちゃん~と作っておくか~ら、ゆ~っくり休憩取りな~よ」
「では、十五日後にまたきますね」
店を出て、《中町》の神像で一層にある地上への階段まで転移する。
上り、地上に出てみると、春の空気はもう薄まっていて、日差しに夏が感じられた。
「だいたい二巡月ぐらい潜っていたから、季節が変わりかけてるね」
「暑いの、魚と貝の敵です。早く、持っていくです」
ハウリナは、日の光を感じていたテグスを、後ろから押し始める。
言われたことは最もだったので、全員やや早足で《探訪者ギルド》本部へ向かった。
「おやおや、テグスさんたちじゃありませんか。長い間どこに雲隠れしていたかと思えば、磯臭くなって戻ってきましたね。海で休暇など、流石は自由な《探訪者》様だと、関心を通り越してあきれ果てます」
「お久しぶりです、ガーフィエッタさん。でも、僕らの格好を見れば、海で休暇なんてしているはずが――」
「これ、売りたいです!」
挨拶代わりの言葉の応酬をしようするのを、ハウリナは横から割って入り、ガーフィエッタの鼻面に腸と血を抜いた魚をぶら下げる。
目の前から漂う磯臭さが嫌いなのか、ガーフィエッタにしては珍しいことに、二歩後ろに下がった。
「わかりました、さかなのかいとりですね」
臭いを嗅ぎたくないのか、変に鼻声になっている。
「おやー、ガーフィエッタさんともあろう本部職員のお方が、まさか海のものが嫌いだなんてことは――あ痛ッ!?」
「誰しも苦手な物はあるものでしょう!」
本当に嫌だったらしく、ガーフィエッタは普段の余裕顔をかなぐり捨てて、テグスの頭を平手で叩いた。
「前に来たときは、そんな素振りなかったじゃないですか」
「前回持ってきたのは《強襲青鯱》の肉と、《虎鋏扇貝》の真珠ではないですか。両方とも、磯の臭いはしません!」
「そういえばそうでした。あっ、真珠がまた手に入りましたよ」
しかしガーフィエッタは、他の職員を呼び出して、テグスたちの持ち込んだ魚と貝と真珠の清算を頼んだ。
終わるまでの場つなぎのように、ガーフィエッタが口を開く。
「そうそうでした。回状に、テグスさんたちの様子を見て欲しいというのが載ってましたね」
「……なんでまた。ここ最近は、《魔物》以外は相手にしていないんですけれど?」
《大迷宮》の二十一層以下にいけている《探訪者》たちは、腕っ節だけでかなりの金を稼げる成功者である。
加えて、《魔物》を倒したほうが安全で実入りが確実なため、他の《探訪者》たちと諍いを起こさない人が多い。
そのため、テグスたちが相手するのも、必然的に《魔物》に限定されていたので、《探訪者ギルド》の回状に乗るようなことはしていないはずだった。
テグスが不思議そうにしているのを見て、ガーフィエッタは人の悪い笑みを浮かべる。
「特に、行動が問題視されているわけではありませんよ。特定の『だれかさん』が、個人的にテグスさんたちを気にしていただけなようですよ」
嫌味を含んだ言い回しに、テグスはすこし眉をひそめる。
その後で、ガーフィエッタが言おうとしている人物が、思い当たった。
「……もしかして、レアデールさんが?」
「その通りです。なので、回状を私的に利用しないようにと、直ぐに帰って忠告してください」
「えー……《探訪者ギルド》の職員が直接言えばいいのに」
「《雑踏区》の支部職員ごときが、あのレアデールに言えると思っているんですか?」
同じ職員を扱き下ろすような言い方だが、ガーフィエッタの自虐的な嫌味なのだと、苦々しい表情で分かる。
しかし、テグスは不思議そうに小首を傾げる。
「ちゃんと理由を言えば、レアデールさんは聞いてくれると思いますけど?」
「正当性があろうと、竜のような相手に物言いをつけられる人材が、どれほどいると思っているんですか」
「またまた、大げさですね」
レアデールを竜と言い表すなんてと、テグスは笑う。
すると、ガーフィエッタは処置なしといった顔で、溜め息を吐いた。
「竜かそうでないかにせよ、子が言うことなら親は真摯に聞くものです。ですので、お願いをしているのです」
「言うだけならしますけど、聞き入れてくれるかは別の問題ですよ」
「清算、終わったです!」
話しこんでいるうちに買い取りは済んだらしく、ハウリナがテグスを手を振って呼んでいた。
テグスは手を振り替えしながら、ガーフィエッタに再び顔を向ける。
「近いうちに、孤児院に顔を出して伝えておきます」
「では、そのことを回状で回しておきましょう」
「……私的はのは駄目なんじゃないんですか?」
「《探訪者ギルド》の利益になることなので、私的な使用にはあたりません」
屁理屈を咎める視線をガーフィエッタに浴びせてから、テグスはハウリナたち近づいていった。
そして、生存報告を兼ねて、得た収入の分け前から、いくらかを孤児院に寄付をしておくのだった。




