169話 方法確立&取引
大量の《魔物》と戦い勝ってからも、呼び寄せる別の方法を思いつく限りに試していった。
岩場を砕いて得た大きな石を水面に投げ込んでみたり、砂浜で一斉に足踏みを繰り返してみたり、《鈹銅縛鎖》をじゃらじゃらと派手に鳴らしてもみた。
そんなテグスたちの横を、他の《探訪者》たちは、変なことをしている目で見つつ抜けていく。
だが、試行錯誤した結果、一番効果があって、さほど多く引き寄せるわけでもない方法が見つかった。
「つぎのを呼ぶです」
「お願いするね」
黒棍を半分ほど水面下に浸してから、上半分に短剣を打ち付ける。
こんこん、と金属同士が奏でる音が、空中と水中に鳴らされた。
十回ほど打った後で、ハウリナが黒棍を水面から引き上げて、砂浜の中央にまで戻ってくる。
すると、遠くの方から波飛沫が上がり、水面から《飛掛羽魚》が何匹も飛び出しながら近づいてきた。
その後ろからは、《帝王槌蟹》のものらしき影が一つ、ゆっくりと底を歩いてくる。
数も多くなく、大した脅威でもないので、あっさりとテグスたちはそれらを仕留めてしまった。
「もうそろそろ、鉄線の網も限界かな?」
「数ヶ所に入ってますね、切れ込みが」
《飛掛羽魚》を捕まえるのに活躍していた網は、何度も繰り返し使われてきて、何個かの網目に切れ目が生まれていた。
もっとも、《飛掛羽魚》の胸鰭が長いため、網目が多少切れていても引っかかって止めらてはいる。
どれだけ、長く保つかが問題だった。
「下手に直そうとすると、逆に悪化しそうだよね」
「こういう時に、鍛冶魔法が使える人がいると便利なの~」
「でも、いないです」
「考慮に入れても仕方ないですね、ここにないものを」
使えなくなるまで使うことには決め、素材の回収を行う。
この後も、何度か黒棍を使用した呼び寄せを行い、《飛掛羽魚》と《絞殺水蛸》と《帝王槌蟹》の素材と身を大量に得た。
「何度も叩いているのに、こないの~」
「近場のは集めきっちゃったようだね」
「ちょっと、見てくるです!」
ハウリナは装備を外し、黒棍の先に銛をつけると、水面に飛び込んだ。
「あ、あの、き、危険じゃ」
「ハウリナは泳ぎが上手なようだし、呼び寄せてみても来ないんだから、この付近に限っては大丈夫だと思うよ」
沼地の時も、何度か引寄せると、来る《魔物》の数が少なくなっていった。
そのことから考えると、《魔物》を獲り尽くしてしまうのも可能なはずである。
「本当にいないか確かめるには、爆炎の五則魔法を使うのが一番だと思うけど」
「い、いえ。な、ならいいです」
よほど、爆炎で《魔物》を呼び寄せた時が怖かったのか、アンジィーにしては珍しいほどに頑なに拒否してきた。
態度が軟化してきた感じがして、アンジィーも慣れてきたのかなと、テグスは思った。
少しして、ハウリナが水面から上がってくる。
何種類もの貝を大量に抱え、黒棍につけた銛には大ぶりの魚が暴れていた。
「《魔物》、いなかったです」
ぶるぶると水気を振るって落としながら、ハウリナが報告した。
「ならしばらく安全だろうし、ハウリナが獲って来た物も使って、食事休憩しよう」
「取っておいた《絞殺水蛸》と《帝王槌蟹》の身で、鍋にするの~」
「《絞殺水蛸》の墨を入れると味が良くなると聞きましたので、試してみるのも良いかと思われますが」
「海草、取ってくるです」
今度は短剣だけを掴んで、ハウリナは再び水面下へ潜っていく。
戻ってくるのを待つかわりに、テグスたちは食事の用意を始めた。
残していた薪に火をつけて、食材を投下した鍋を煮始めた頃に、ハウリナが海草と追加の貝と共に戻ってきた。
早速、海草も刻んで鍋の中に入れる。
「まっ黒です」
「蛸墨の色だから仕方ないの~」
焦がした鍋のような色合いに、ハウリナは少し気後れした様子を見せる。
しかしそれは、鍋からの匂いを嗅ぐまでだった。
よほどいい匂いがしたのか、ハウリナは楽しみな様子に変わると、獲ってきた二枚貝に短剣を突き入れて開き始める。
テグスとアンヘイラも投剣を使用して、貝を開いて中身を出す作業を手伝った。
取り出した貝の身も、軽く切り分けてから、黒色の鍋料理へ投入する。
「よーし、できたの~」
「わふっ、おいしそうです!」
「お茶も淹れ終りました」
「残り火で、巻貝を焼いていくよ」
「皿の代わりは二枚貝の貝殻を用いましょう、取るのは鉄串でいいでしょうから」
「な、なんだか、テグスお兄さんの仲間になってから、いっつも食事が豪華な気が……」
アンジィーが思わずこぼしたように、《迷宮》内の食事にしてはいいものに出来上がっていた。
黒い鍋料理をそれぞれが食べながら、焼き上がった巻貝の蓋に鉄串を入れ、身を捻って出して食べる。
「魚の身に旨味が加わって、美味しいかな~」
「はぐはぐ、タコも美味しく煮えてるです」
「煮込んだスープも、絶品で御座いますよ」
「……お歯黒になってますよ、スープを飲んだ後」
「あ、あふ、あふかったです……」
「煮たて焼きたてだからね」
楽しげに食事をしていると、不意にハウリナが視線を通ってきた道へ向けた。
テグスも見てみると、少し遠くに行商人がいて、砂浜の上を歩いている。
「ちょうど食べ終わる頃にくるかな」
「量がありませんしね、分け与えるほどには」
「とってくるです?」
ハウリナの小首を傾げながらの問いかけに、テグスは首を横に振る。
「食べるかどうか分からないし、無駄になるかもしれないから」
行商人のことを気にせずに、テグスたちは食事に戻るのだった。
全ての料理を食べ終え、鍋は海水と砂で洗い、食べ物の残骸と焼け終わった白炭を水面へ投げ捨てる。
そして料理に使った荷物を纏め終わるのと、行商人の一団がテグスたちに近づき終わるのは同じだった。
「おやおや、君たちは活動場所を海の層に決めたのかい?」
話しかけてきたのは、《大迷宮》の中で最初に出会ったあの行商人だった。
「お久しぶりです。こっちの《魔物》の素材を頼まれましたので」
「そうかそうか。それで、大荷物のようだけど、良かったら買い取るよ?」
行商人の視線の先には、素材が積まれた背負子があった。
まだ、《虎鋏扇貝》の貝殻を集めてはいなかったので、いまある素材――《帝王槌蟹》の殻や《飛掛羽魚》の胸鰭に《大翼海猫》の毛皮は全て売ることにした。
「出番ですね、交渉ならば」
「あーあー、君らのことか。やけに渋く値段交渉してくる、黒髪の美人さんがいるって噂になってたよ」
「おだてても手加減はしません、商人の褒め言葉ほど無意味なものはないですので」
「いやいや。この付近には珍しい顔立ちだから、美人だとは思っているよ?」
軽い前哨戦を行ってから、二人は値段の交渉に入った。
どちらが優勢かには興味がないので、テグスたちは背負子にある素材をばらして、行商人の一団の近くに積み始めた。
しかし、作業が終わる前に、あっさりとアンヘイラの交渉が終わってしまう。
「いやいや、流石噂通りの渋さでした」
「読みきった上でしょう、白々しいですね」
握手を交わし、アンヘイラの手の上に魔石が入った袋が乗せられる。
「さて、買い取りはこれで終わりとして。何か買うものはあるかな?」
「特には――鉄線の網ってあります?」
断ろうとして、テグスは網の寿命が近いことを思い出した。
「ありますが、高いですよ」
「なら、直せる人はいますか?」
「おやおや、網自体はあるのですね。なら、今後のご贔屓を期待して、格安で手直しをしましょう」
取り出した網の状態を見た行商人が、再びアンヘイラと値段交渉を始める。
再び、あっという間に終わり、アンヘイラの手にある袋の中から、魔石がいくつか行商人の手の中に戻った。
「では、少し拝借いたしますね」
網を持って一団の方へ戻ると、ティッカリと同じ頑侠族に見える男に手渡した。
広げた網目を眺めながら、切れたり切れ目が入っている部分に指を這わせる。
鍛冶魔法を使用したのだろう、あっという間に綺麗な状態になっていった。
「はい、お返しいたしますね」
「ありがとうございました」
テグスは網を受け取ると、行商人と直してくれた男に礼を言った。
行商人は商人特有の笑みで応え、男は少し気恥ずかしそうにする。
「他にご用は。食事の用意なでも出来ますけれど?」
「食事ならもう済んだので」
断りを入れると、行商人は少し残念そうにした。
「それはそれは。海の層の水面下に生息する、特有の貝や魚もご用意できますのに」
「それなら、さっき散々食べましたし」
当たり前の口調でテグスが返すと、行商人は大げさなほどに驚いて見せた。
「不躾で申し訳ないですが、水の中が得意そうな種族の方は見えませんが?」
「付近の《魔物》を一掃してから、泳ぎの得意なハウリナが獲りに行ったんですよ」
「この層を根絶やしにしたと?」
「いえ、この近くだけ、呼び寄せても来なくなる程度に狩ったんですよ」
「呼び寄せですか、ちなみにどのような方法かは?」
「教えてもいいですけど――」
「いただきますよ、しっかりと情報料を」
三度目の交渉を二人が行い、網を直した分の魔石がアンヘイラの手に戻った。
その間にテグスが考えていたのは、どの方法を教えるかだった。
ちらりと、行商人一団の面々を見て、力量を大まかに把握する。
自分たちよりも強そうなので、簡単に呼び寄せることが出来て、より多く集まる方法にしようと決めた。
渡した素材が一団が積んだのを確認してから、全員で歩いて岩場へ向かう。
「ティッカリ、岩場を崩して、投げて」
「分かったの~。て~~~や~~~~」
ティッカリが殴穿盾の杭で岩場を崩し、一人では抱きつけないほどの岩を作る。
「と~~~~~~や~~~~~~」
ティッカリはその岩を力任せに持ち上げると、少し遠くに投げた。
水面に落ちた岩によって、大きな音と派手な飛沫が上がる。
まだ、《魔物》が多くは戻ってきていなかったのか、空中にいた二匹の《大翼海猫》だけが、岩の落ちた場所をぐるぐる回っていた。
「みゃみゃー」
「みゃうみゃう」
原因がティッカリにあると気がついたらしく、飛ぶ向きを変えて近寄ってくる。
だが、戦い慣れ回避行動を見切ったアンヘイラによって、二匹は瞬く間に射ち落とされた。
「と、こんな感じに《魔物》が寄ってきます」
「は、はあ。岩を少し小さくすれば、投げられはする、よね?」
力技だったのが意外だったのか、行商人は目を丸くしながら、一団へ顔を向けている。
「無理でしたら、別の方法もありますけど?」
「いえいえ。十分に参考になりましたとも」
他も力技だと誤解をしたのか、行商人は慌てて断ってきた。
「それならいいですけど」
「はい、大変に有意義な情報をありがとうございました。名残惜しく思いますが、我々は先を急がないといけませんので」
「なら、僕らはゆっくりいきますね。岩場には《虎鋏扇貝》も出ますし」
よほど急な荷物があるのか、行商人一団はテグスたちの先を、疲れがたまらない程度の速さで進んでいった。
「急いでいたなら、長々と引き止めて悪いことしちゃったね」
「つぎも、売ってあげるといいです」
「え、あ、あの、そういうことじゃない気が……」
アンジィーの言葉に、テグスとハウリナは揃って首を傾げた。
一方で、ティッカリとアンヘイラとウパルは、両者の考え違いが分かるのか、苦笑いをこぼしたのだった。
 




