168話 海の層で思考錯誤
休息を終えて、テグスたちは再び沼地の層までやってきた。
今回はこのまま進み、海のある層まで行くつもりだ。
時折《魔物》が襲ってくるが、相手するのも慣れたもので、確実に急所を素早く突いて進んでいく。
「少し、ものたりないです」
「呼び寄せてないから、数も少ないしね」
「これが普通なのですよ、そもそも」
倒した《魔物》の素材を剥ぎ、魔石化を行って回収し、休憩を順次取りながら先へ先へと進んでいく。
二十四層に入ってから四日をかけて、二十七層に到着した。
「海、ふたたびです」
「あ、あの、波しぶきが、近づいて」
「早速の歓迎でございますね」
「あの速さで泳ぐのは、《飛掛羽魚》だろうね」
少し遠間から近づいてくるのを見て、テグスは買っておいた鉄線の網を取り出す。
ハウリナはその網の片側を持ち、ティッカリは背に残りの面々を守る体勢に入った。
そして、水面から《飛掛羽魚》の先頭が飛び出してきたのを見計らって、テグスとハウリナは左右別々に跳んで移動する。
二人の手で広げられた網へ、《飛掛羽魚》が飛び込む。
だが、鉄線を突き破れずに勢いを殺されて砂浜へ落ちた。
「叩いて、止めです!」
黒棍で砂の上を跳ねる十匹ほどの《飛掛羽魚》を、次々に打ち据えていく。
頭の先端と長い胸鰭は刃物のように硬く鋭いものの、耐久は普通の魚と同程度なので、一撃ずつで動かなくなった。
「胸鰭を回収するの~」
「て、手伝います」
「次の休憩まで時間があるし、他は魔石化しちゃおう」
回収作業を終えると、テグスたちは再び歩き出す。
このまま進み続けるのかといえば、そうではない。
二十七層からの通路は一本道なのだが、波の影響か砂浜には広い場所と狭い場所がある。
テグスは最初の岩場に乗ると、砂浜で一番広い場所を見つけ、そこまで進んで陣取った。
「『動体を察知 (パルピ・ベスタ)』」
砂浜に荷物を下ろしながら、テグスは索敵の魔術を使用する。
目的は海の中を調べる事ではなく、近くに他の人が居ないか確かめるためだ。
「うん、大丈夫なようだね。じゃあハウリナ、試しに吠えてみて」
「分かったです。す~……あおーーーーーーーーーん」
波の音を蹴散らすように、ハウリナの遠吠えが響いていく。
だが、少し待っても、水面や水面下に変化はない。
「みゃみゃー」
「みゃうみゃうー」
鳴き声に視線を上に向けると、《大翼海猫》が五匹近づいてきていた。
「出番ですね、射掛ける準備を」
「は、はい」
飛来しようとする相手に向かって、二人はそれぞれの武器を構える。
アンヘイラは右手に二つ矢を握り、片方を番えて引く。
アンジィーは取っ手を引いて短矢を機械弓に装填し、羽が入った革に入れた竹筒の蓋を開ける。
「射ます、食らいなさい」
先ず、アンヘイラの弓から矢が放たれた。
まだまだ距離があるため、《大翼海猫》は余裕をもって羽根を打って回避する。
しかし、回避した先に、素早く放たれた二矢目が飛来した。
再度、羽根を振るって回避しようとするが、矢が胸元を貫く方が早かった。
「風の精霊さん、当てられるように矢の動きを変えてください」
矢を当てられた一匹が海へと落ちきる前に、アンジィーの精霊魔法をかけた短矢が別の一匹に飛んでくる。
風を纏って飛ぶ短矢は、《大翼海猫》が回避した方向へ曲がり、耳から頭蓋へ突き入った。
「みゃうみゃう~」
「みゃーみゃーうー」
回避しきれないと悟ったのか、残りの三匹は羽根を振るって高速で飛び、テグスたちへ襲い掛かろうとする。
だが、一直線に飛ぶ相手になら、狙いをつけるのは簡単だった。
三匹にほぼ同時に、アンヘイラからの矢が突き刺さり、真っ逆さまに落ちていく。
「回収いたしますね」
水面に沈もうとする《大翼海猫》を、ウパルが《鈹銅縛鎖》を巻きつけて引き寄せる。
回収作業が終わるのを待ちつつ、テグスは水面下にいる《魔物》を、どうやって引き寄せようかと考えていた。
「うーん、可能性があるとすると、爆炎の五則魔法かな……」
音と衝撃が大きいので、十分に可能性があるとの判断だ。
テグスは《補短練剣》を抜いて構えると、少し遠くの水面に向ける。
「みんな、注意してて。『我が魔力を火口に注ぎ、燃え盛るは破裂する炎(ヴェルス・ミア・エン・フラミング、アディシ・エクフラミ・エクスプロジ・フラモ)』」
《魔物》を倒すためではないため、必要最小限だと思う威力で放った。
水面に着弾した炎の球は、大きな音と小さな水柱を上げる。
音と水柱が納まっても最初は変化はなかったが、方々から《飛掛羽魚》のものらしい水飛沫が、着弾地点へと集まってくる。
続けて、その地点から《帝王槌蟹》が四匹、身体や爪に《絞殺水蛸》をつけて出てきた。
「結構、たくさんいたね」
「あ、あの、こ、こっちにきますよ!?」
テグスの暢気な言葉に、アンジィーが非難するように警告をする。
確かに、着弾地点に集まった《魔物》たちが、一斉に向かってきていた。
「最初は《飛掛羽魚》が相手でしょうね、移動速度を考えれば」
「でしたら、先ずは鉄線の網を用意していれば、問題はなさそうでございましょうね」
「そうしたら、次は《帝王槌蟹》と《絞殺水蛸》が相手なの~」
「カニ鍋、ふたたびです!」
「アンジィーの出番も《帝王槌蟹》が来てからだから、準備はゆっくりでいいよ」
「あの、その、もうちょっと、安全な方法を願いします……」
全員で迎撃の準備を整えると、先ず広げた鉄線の網に《飛掛羽魚》が次々に飛び込んでくる。
支えているテグスとハウリナは、手に受ける衝撃を堪えながら、砂浜に足をとられないように注意して踏ん張る。
途中、鉄線が伸びる音がしたが、《飛掛羽魚》の大群を全て押し留めることに成功した。
「止めです!」
「僕も手伝うから、ティッカリたちは周囲の警戒をしていて」
砂浜の上を跳ねる《飛掛羽魚》を、黒棍と二本の小剣の刃のない背で、叩いて殺していく。
だが、全部を殺しきる前に、四匹の《帝王槌蟹》が次々に砂浜に上陸してきた。
相変わらず、身体の各所に《絞殺水蛸》がくっついている。
「もう少しだから、それまでお願い!」
「任して欲しいの~」
「牽制はお任せくださいませ」
「狙うは《絞殺水蛸》ですよ、戦う邪魔になりそうなので」
「は、はい。で、でも、数が多いですよぉ……」
《帝王槌蟹》一匹に対して、《絞殺水蛸》が最低でも四匹くっ付いていた。
しかも、《絞殺水蛸》は砂浜に降りようと、《帝王槌蟹》の身体を這って移動している。
「いくの~」
テグスとハウリナが参戦する時間を稼ぐために、ティッカリが突っ込んでいく。
《帝王槌蟹》たちは押しつぶそうと、次々に大きな爪を振り下ろしてきた。
「危~、な~、い~、の~。と~~~~や~~~~」
ティッカリは爪を大きめに避けながら、最後に振られた爪の根元に、殴穿盾を叩き込んだ。
強化された硬さは、《帝王槌蟹》の殻を上回っていたようで、一撃で大きく破砕させる。
すると、爪の重さで持ち上げられなくなったのか、その一匹の動きが途端に鈍った。
「て~~~~や~~~~」
隙を逃がさず、ティッカリは白い殻の口元へ殴穿盾を繰り出す。
べきべきと音を立てて突き入り、大穴が開く。
これが致命傷だと分かるのか、残りの三匹の《帝王槌蟹》が爪を振り上げて、仲間ごとティッカリを潰しにかかる。
さらに悪いことに、《絞殺水蛸》が落ちてきて動きを阻害しようとしてきた。
ティッカリの身体に触手が到達しようとした時、横合いから矢が飛来し、《絞殺水蛸》を次々に射抜いていく。
そして短矢が、一匹の《帝王槌蟹》の片目を射抜き、振ろうとしていた爪の動きを鈍らせる。
「逃げてください、今のうちに」
「い、忙しいよぉ……」
「助かったの~」
的確に矢を放ち続けるアンヘイラと、取っ手を急いで動かして装填しようとするアンジィー。
二人の援護を受けて、ティッカリは致命傷を負わせた《帝王槌蟹》の脇を通り過ぎて逃げる。
しかし、背を向けて逃げるアンヘイラを狙って、残りの《帝王槌蟹》たちが移動しようと脚を動かす。
「そちらには行かせません!」
ウパルが《鈹銅縛鎖》の先を打ち付けて、注意を引く。
殻に傷が出来る攻撃ではないが、飛んでくる矢も合わさって煩わしいのだろう、《帝王槌蟹》が向きを変え爪を振り上げる。
防壁役であったティッカリは遠くにいるため、腕力自体は非力なウパルたちに防ぐ手段がないように見えた。
だが、そこに別方向から数本の投剣が飛来し、ほんの少しの間だけ《帝王槌蟹》の動きを阻害する。
「あおーーーーーーん!」
この時間を使って、一匹の至近距離まで接近したハウリナが、黒棍を泡を吹く口へ突き入れる。
そして、引き抜いくと同時に逃げ出すと、その《帝王槌蟹》は口から血泡を吹き、砂浜に座り込むように力を失う。
ハウリナとウパルたちの、どちらを攻撃するか迷いを見せる残った二匹に、それぞれ刃が薄く光る小剣が飛んできた。
片方は殻の硬さに任せて身体で、もう一方は小さい方の爪で受けた。
どちらの小剣も硬い殻を突き破って刺さり、身体で受けた方は急所に当たったのか、砂浜に倒れてしまう。
「『刃よ鋭くなれ(キリンゴ・アクラオ)』」
最後になった一匹へ、テグスは抜いた長鉈剣に鋭刃の魔術の光を纏わせて、突っ込んでいく。
得てして一対一の形となり、《帝王槌蟹》は迎え撃つように両の爪を上に上げて構えた。
間合いに入れば即座に打ち下ろす積りのようだ。
だが、テグスに付き合う積りはさらさらない。
「食らえッ!」
爪の間合いの一歩外から、テグスはためらいなく、長鉈剣を投槍のように投げ放った。
まさかの行動に、《帝王槌蟹》は爪を上げた状態で、目の間に長鉈剣が突き刺さり硬直する。
その間に接近したテグスは、刺さった剣の柄を握ると縦に両断した。
倒れる《帝王槌蟹》を避けつつ、長鉈剣を鞘に収める。
そして、投剣や小剣も回収していく。
「大量に来たときは驚いたけど、どうにかなったね」
「おど、驚いた、どころじゃ、ないです!」
アンジィーは気弱さからくる恐怖を伝えようと、平然としているテグスに言葉少なげに訴えかけた。
テグスも内心では、この方法は危ないと感じていたので、誤魔化すような曖昧な笑みを浮かべてしまう。
「ごめん。次は、もっと少なくすむような方法を考えるから」
言葉はないが疑わしいと視線を向けられて困っていると、アンヘイラから声がかけられる。
「二人とも素材の回収を手伝ってください、仲良く喋っていないで」
「胸鰭をどんどん回収するの~」
「《絞殺水蛸》の中には、かろうじて生きているものもおりますね」
「わふっ! カニだくさんで大喜びです!」
注意されてしまったので、《魔物》を引き寄せる方法については一端棚上げする。
そして、大量に倒した《魔物》の素材を、テグスとウパルも回収に向かうのだった。
 




