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166話 《大迷宮》中層部での稼ぎ方

 テグスたちが二十三層と二十四層を行き来し、何日も泊りがけで、戦いの経験と素材を集めていった。

 その間に、以前に二十三層以下を進んでいった時には、気がつかなかったことが三つあった。


「僕たちと同じ事を考える人が居るよね」

「あっちの人たち、顔を合わせて四日目です」


 一つ目は、テグスたちと同じ方法を取る《探訪者》の組がいくつかあること。

 恐らくは、二十四層からはどこにでも《魔物》がやってくるため、橋の上は安全な二十三層で休憩を取りつつ、戦いに身体を慣らしているのだろう。

 予想の正しさを証明するかのように、彼らが持っている二十四層に出る《魔物》の素材や可食部位は少なかった。


「また、たくさん荷物を持って、人が上がってきたの~」

「《巨鋏喇蛄》の殻ばかりでございますね。やはり、戦い易さの違いかと思われますね」


 二つ目は、沼地の層を拠点として活動している《探訪者》たちのこと。

 その多くが、《巨鋏喇蛄》の殻を持ち運ぶ。

 《硬泥河馬》の皮を持つ人もいるが、相対数はかなり少ない。

 ちなみに、テグスたちの両方の素材を運ぶ際の感想はというと――《巨鋏喇蛄》の殻は軽いので量が多く持てるのに、《硬泥河馬》の皮は大きいし重いので数を集められないというものだった。

 

「なあ、なあ、姐さんよ。そりゃあ、ちょっと厳しいって」

「これぐらいが妥当なのは分かってますよ、傷の少ない《硬泥河馬》の皮ならば」


 そして三つ目は、《大迷宮》の中を行きかう行商人が、実は何組も存在していたこと。

 彼らの商品の持ち運び方は、全員で持ったり、一人に持たせたり、動物を使ったりと様々だが、どの商人であっても《探訪者》たちとの売買を希望している。

 いま、アンヘイラが交渉しているのは、ここまで溜めた《魔物》の素材を売却する交渉だ。

 もちろん、受け取るのは貨幣ではなく魔石である。


「《硬泥河馬》の皮は確かに良い物だけどな、《下町》とそこから下――下層ではあまり人気がないんだ。運賃考えたら……これで限界だよ」

「ふむ、納得しましょう、その値でいいと」

「よかったー。じゃあ売買成立って事で」


 交渉が纏まり、テグスたちが二十四層で集めた素材は、全て商人の荷物の一部になった。

 換わりに得たのは、アンジィーの小さな手に乗る程度の小袋に、一杯に入った魔石。

 得た素材を魔石化した時よりも大きな量に、テグスは少し疑問顔になる。


「価値の違いですよ、何処でも手に入る魔石と手に入れにくい《魔物》の素材との」

「あちゃー、そっちの男の子と交渉すればよかった。良い子っぽいから、ぼろ儲けできそうだったのにー」

「まあ、物の価値とかには疎いと自覚はしてますよ」


 テグス自身、あまり商売に向いていないとは分かっていた。

 なにせ、今までの《魔物》の素材を卸す場所は、《探訪者ギルド》か気心の知れた鍛冶師のマッガズぐらいだった。

 その上に、《迷宮》という稼げる場所があるため、テグスは多少の損をしてもまた頑張ればいいやと、楽観してしまう癖がある。

 損を許容する考え方は、法のない《迷宮都市》ではカモも同然。


「でも、なんとなく嘘は分かるので、あまり稼がせてあげられないと思いますよ?」

「ありゃりゃ。まあ《探訪者》さま相手に、アコギな商売は出来ないわな」


 だが、善意と悪意を嗅ぎ分ける感性の鋭さで、おおよそ乗り切ってきてしまっているのも事実だった。

 相手の商人も、過去にテグスに似た性格の人で痛い目を見ているのか、返答する時には引きつった苦笑いをしていた。


「じゃあ、良い商売をありがとさん。では、またのご贔屓に」

「はい。こちらも荷物が捌けて助かりました」


 方々の《探訪者》と交渉していた行商人たちが集まると、次の層へと去っていった。

 それを見送ってから、テグスたちはゆっくりと荷物を纏め始める。

 置き忘れたものがないか確認までしてから、行商人たちを追うかのように次の層へと入る。


「うん。十分に離れているね」

「ま、また、あの方法をするんですか?」

「もう十回以上やっているんだから、アンジィーも慣れたでしょ」

「え、あ、はい。な、慣れた、のかな?」


 自分の気持ちがよく分からない様子のアンジィーを軽く撫でてから、通いなれた場所まで進んでいく。


「あらあら、既に他の方々がいらっしゃっておいでですね」

「稼げると思ったのでしょうね、我々が何日も使っていた場所ですので」

「たぶん、戦うのマネしたです」


 しかし、今まさに八人組の《探訪者》が、十匹近い《魔物》に集られて奮闘中だった。


「仕方がないね。良い機会だし、他の場所を探そう」

「助けにいかなくていいのかな~」

「えっと、その、やられちゃいそうですよ?」


 踵を返そうとするテグスに、ティッカリとアンジィーから控えめな声がかけられる。

 言葉の通りに、八人組は近くの《放電鯰》の放電にしびれて動けず、その他の《魔物》に弄り殺される寸前だ。

 しかし、テグスは静かに首を振る。


「他の人が使っている場所を取るような人だよ。助けたところで、難癖つけられそうだし」

「テグスの言う通りだと思いますよ、あの手の輩は自分勝手なので」

「自らが招いた困難は、自らで克服せねば良き人にはなり得ないと思われますよ」


 アンヘイラとウパルまで考えに追従したので、他の面々は仕方がないと納得する顔をした。

 背後に悲鳴を聞きながら、別の良さそうな場所を探し歩いていく。

 やがて着いたのは、橋が終わっている行き止まりだった。


「一番近い橋もかなり遠いし、稼げそうな場所じゃない?」

「たくさん、来そうです!」

「戦いが大変になるんですが、その分だけ」


 いつもより激しくなるであろう戦いの予感に、全員に程よい緊張感が生まれる。

 特に、自信がない性格のウパルは、戦う手順を口の中で小さく呟くほどだった。

 ここで戦うことを決めたテグスたちは、橋の終わりからやや後ろに戻る。

 そして、武器を構えた後で、ハウリナに遠吠えをさせた。


「あお~~~~~~~~~~ん……」


 すると残響を蹴散らすように、四方から二十に迫ろうという大量の《魔物》が近づいてくる。


「え、あ、あの、あの、数が、数が凄いんですけど!?」

「戦い方はいつもと同じ。近づいてきた《魔物》から、順に急所を狙って素早く倒していくだけだよ」

「泣き言は後で聞きますよ、その元気が残っていればですが」

「《鈹銅縛鎖》を使用して中距離の牽制を担当いたしますので、止めはお任せいたします」

「わふっ! がんばるです!」

「最初っから、殴穿盾の杭を両方使っていくの~」


 戦端はいつものように、ティッカリの矢とアンジィーの短矢が、《放電鯰》の脳天を射抜いたことで開かれた。

 



 後日、また別の行商人の集団が、テグスたちが休憩している二十三層にやってきた。


「なんともまあ、凄い数。《探訪者》は見た目によらないから注意しろ、っていうけど。流石に君たちみたいに歳若い子まで、そんな対象だとは思ったことはなかったわ……」


 行商人の中では初めて見る女商人は、テグスたちが売り希望として並べた《魔物》の素材の数に目を丸くしていた。

 なにせ、多くの《魔物》に襲われるあの場所で、テグスたちの背負子が耐えられるギリギリまで、素材を集めたのだから仕方がないことだった。


「どれも傷が少ない物ばかりです、どうでしょう」

「こっちにも運搬可能な重量があるのよ。ちょっと待ってくれる」


 アンヘイラの問いかけに、女商人は一団の頭目らしき、年嵩のある男性に意見を聞きにいってしまった。

 だが、直ぐに戻ってくる。


「この程度なら大丈夫だそうよ。でも、あまりにも大量だから、買い叩かせて貰うわよ」

「ほほぅ。大きく出ましたね、値段交渉の前に通告とは」


 通常は無表情なアンヘイラが、まるで肉を前にしたハウリナのような、楽しげな笑みを浮かべている。

 ちょっとした驚きをもってテグスたちが見る中、二人の値段交渉が始まった。


「魔石のみってことだから、まあせいぜい小袋一つ……いえ、二つね」

「四つでもいいぐらいですよ、ぼり過ぎですよ」

「ほら、この皮のここに、こんなに大きな傷が! だからこその、この値段なのよ」

「無茶を言いますね、まったくの無傷でどうやって倒せと?」

「それだけじゃないわよ。剥ぎ取りが甘いから、皮に余分な脂肪が残って重い。これは行商にとってとても不利だわ!」

「なめしの作業に影響しますよ、皮の脂を取りすぎてしまうと。むしろ最適だと自負してますよ、残った脂肪の量は」

「そもそも、こんな大量に一度に出すなんて非常識。もっと少量じゃないと、こちらの移動が鈍っちゃうわ」

「常識的な範囲の分だけ売り残りは他の商人に売りましょう、そう言うのならば」


 この後も交渉は白熱して長々と続き、逆にテグスたちは暇を持て余して河釣りを始める。

 相変わらずテグスの釣り竿には、河底に沈んでいた道具を引っ張り上げるばかり。

 逆に、大量に釣り上げているのはハウリナと、意外な事にアンジィーだった。


「凄いね。なんだか手馴れてるって感じがするよ」

「え、あ、あの、ありがとうございます。こ、故郷で、ちょっと食べ物確保でやったことが……」


 隣に座っていたテグスに顔を寄せられて、説明はしながら気恥ずかしそうに俯いてしまう。


「あー、もう分かったわ! 小袋二つと半分。これ以上は無理だから!」

「無理と言わせてから本番ですよ、交渉というのは……ですが、惜しいことに近いですね、時間切れが」


 視線の先には、他の《探訪者》たちから買い付けたものを仕舞う一団の姿があった。

 アンヘイラにしては仕方なくだろうが、提示された小袋二つ半で、売買の合意に至った。

 恐らく規定以内に収まったのだろう、女商人の顔がほっと緩む。

 そこに、テグスが手を上げて注意を呼びかける。


「あのー、良ければこの釣り上げたガラクタで、引き取れる物があったら引き取ってもらいたいんですけど?」 


 この一言で、女商人の顔が固まり、アンヘイラの顔に微笑が生まれる。


「では時間も差し迫っているので早さ重視でいきましょう、交渉の第二戦は」

「うぅー。ちくしょうー、かかってきなさいよ!」


 素早くガラクタの中を改めてから、交渉が再び始まった。


「ほとんどゴミ。これとこれとこれで、小さな魔石が二個!」

「四つです、中身はいいものなので」

「話にならない。さらにこれとこれを貰っても、せいぜい三個が限界! 運搬賃引いて、二個!」

「四つです、これとこれも目星つけてたでしょう?」


 先ほどよりも早口で進められるためか、女商人の交渉終わりを待つ行商人の一団は手を止めて、二人の激しい舌戦を煙草を呑みながら眺めている。

 見られているという意識があるのか、より交渉が素早くなっていき、程なくして決着を迎える。


「というわけで、全部合わせて小さな魔石三個ね! はい、決まり!」 

「妥協しましょう、仕方ありません」


 新たに小さな魔石を三個受け取ったアンヘイラは、肩を落としてテグスたちに合流しながらも、口元はにやけていた。


「あッ痛ッ! な、なんですか頭目!?」

「商人なのに交渉が雑すぎだ。あと、余分な物を押し付けられたと気づけ」


 なにせ、我が物顔で買い取った物の荷造りを始めた女商人が、頭目の商人に平手で頭を叩かれて説教を食らっていたのだから。

 


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