165話 効率重視
順調に二十四層に到着し、浮き橋のような低い橋を歩いていく。
何度か方向転換をして、二十五層の階段には着かない場所へと向かった。
「うん、ここなら大丈夫かな。それじゃあハウリナ、よろしくね」
「任せるです!」
ハウリナが大きく息を吸い込む間に、残りの面々は手で耳を塞ぐ。
「あおーーーーーーーーん!」
顔を上に向けて、ハウリナの大音声での遠吠えが当たりに響き渡っていく。
残響がまだ聞こえる間に、テグスたちは各々の武器を構える。
すると、遠近両方にいた《魔物》たちが、合計で十匹ほど寄ってくるのが見えた。
「射ちますよ、先ずは回収の容易な近くを優先で」
「は、はい!」
橋に上がろうとしていた二匹の《放電鯰》の額を、それぞれの矢で打ち抜いて仕留めた。
アンヘイラは弓を番えて、アンジィーは機械弓の取っ手を急いで動かして弦を巻き上げていく。
沼地を跳ね寄る《跳蹴沼蛙》の一匹が、アンヘイラの矢に倒れる。
屍を飛び越えて、新たに二匹《跳蹴沼蛙》が橋の上に来ようとする。
巻き上げて装填され終えた短矢が、空中を漂う一匹の目の間に突き刺さる。
二匹とも橋には到着したものの、短矢が刺さった方は明らかに絶命していた。
「ご苦労様でした!」
残った《跳蹴沼蛙》に、テグスは素早く近寄る。
そして長鉈剣を下から上に振るい、喉を深々と斬り裂く。
致命傷を受けても最後の維持とばかりに、脚に溜めていた力を解放して、ティッカリへ飛びかかってきた。
「強化した殴穿盾を食らうといいの~」
足場を踏みしめながら、ティッカリは思いっきり右の殴穿盾を突き出した。
体格と重量差をものともせずに、一撃で《跳蹴沼蛙》は頭をひしゃげさせ、沼の中に叩き込んでしまう。
その沈んだ屍の向こうから、《誘引蔓蓮》が沼地に入ったまま根を伸ばしてくる。
「ウパル、手助けたのんだです!」
「はい。畏まりました」
まだまだ近寄ってくるのに時間はかけられないとばかりに、ハウリナは橋から《誘引蔓蓮》へ跳びかかった。
上空には根を伸ばせないのか、防御も出来ずに黒棍で白い大きな花を散らされてしまう。
力を失い崩れる《誘引蔓蓮》を蹴って、ハウリナは橋の上に復帰しようとするが、跳躍距離が僅かに足りていない。
そこに、伸びてきた《鈹銅縛鎖》がハウリナの胴に巻きつくと、引き寄せて足りない分を補った。
着地するや否や、橋を挟んで反対方向から来ていたもう一匹に、ハウリナは元気に跳びかかっていく。
再び白い花が散るのと同じくして、橋に《巨鋏喇蛄》が乗り上げる。
運悪く、テグスたちを二匹と一匹に分かれて囲い込む形になっていた。
「ティッカリは前の二匹を引きつけて。アンヘイラとアンジィーはその援護。僕は後ろのを相手にするから!」
言い捨てるように告げてから、テグスは一匹だけの方に走っていく。
入れ替わるようにして、アンヘイラとアンジィーはは移動して、右の殴穿盾を杭を先になるように着け直したティッカリの、直ぐ後ろに位置する。
「打ち負けることはないと思うの~。だから、ゆっくり狙っていいかな~」
「目か口元をゆっくり狙いましょう、お言葉に甘えて」
「わ、分かりました。け、けど、あの、ちょっと、やってみたいことがあるんですけれど……」
「……やってみたらいいでしょう、少し遠くの《硬泥河馬》がやってくるのにまだ時間がありますし」
二匹の《巨鋏喇蛄》の爪と、ティッカリが殴穿盾と打ち合う中で、アンジィーは腰につけている革で覆った竹筒の蓋を開ける。
中に入っているのは、鳥の羽が一枚。
「あの、風の精霊さん。この矢が飛ぶ速さを上げて欲しいんです」
精霊魔法特有のお願いする言葉に風の精霊が応えたのだろう、発射を待つ短矢から薄っすらと風が吹き始める。
準備が整ったのを背中で感じていたのか、ティッカリが力強く迫る爪を打ち上げることで、強引に《巨鋏喇蛄》の一匹に隙を作り出した。
「お、お願いします!」
初めての試みなので不安なのか、アンジィーの手は少し震えながら、短矢を発射する。
機械弓から放たれると、一気に風が噴出する力が強まり、弾かれたように短矢が加速した。
《巨鋏喇蛄》の口元に飛び込むと、柔らかい殻を突き破って根元まで埋まる。
致命的な部分にまで到達したようで、この一匹は橋の上に力なく崩れた。
矢の威力を間近で見ていたからだろう、残った一匹が急に大きい爪で目元から口元までを覆い隠す
「守りに入っちゃったら、こっちのものなの~」
ティッカリが杭が手の先にきている右の殴穿盾を振り抜くと、爪に風穴が開いた。
しかし、矢の恐怖がまだ残っているのか、《巨鋏喇蛄》は一向に爪を顔前から動かそうとしない。
それならそれでいいとばかりに、ティッカリは容赦なく杭を爪に突き立て続けてボロボロにしていく。
とうとう持ち上げられなくなり橋の上に大きな爪が降りると、それを待っていたようにして、目と目の間に杭が突き立った。
「こっちも終わったよ。残りは《硬泥河馬》が一匹だね」
「先にいくです」
テグスも《巨鋏喇蛄》の止めを刺し終えたとき、橋に着地していたハウリナが《硬泥河馬》の足止めに向かった。
「ボオオオオオオエエエエエエ」
「あおおおおおおおおおおん!」
《硬泥河馬》が奇妙な鳴き声と口を大きく開けて威嚇する。
ハウリナは構わずに、黒棍を硬い体表に叩きつけた。
橋の上を踊るように素早く移動するハウリナに、動きが鈍い《硬泥河馬》はついていけていない。
しかし、ハウリナが振るう黒棍も、硬い皮膚には効果が薄い。
そこに体勢を整えたテグスたちが、援護するために寄ってきた。
「ボオオオオオオエエエエエエエ」
危険だと分かったのだろう、《硬泥河馬》は鳴き声を上げると、なぜか体表に赤い汁を出し始めた。
「身体強化かもしれないから、ハウリナは一度退いて。アンヘイラとウパルはお願い」
「目を狙うのは変わりませんよ、赤い液体は皮膚にだけのようなので」
「は、はい。あ、あの、風の精霊さん。もう一度お願いしてもいいですか」
アンヘイラは弓を引き、ウパルは精霊魔法を用いてから、《硬泥河馬》の目を狙って射る。
螺旋鏃の矢は見事に片目を貫いた。
だが、風を巻き起こす短矢は、狙いが外れて顔の横に当たる。
すると、赤い汁は油なのか、短矢の鏃が滑ったのが見えた。
「斬撃からの保護なのかな……」
「それなら、殴穿盾にお任せなの~。と~~~~や~~~」
ティッカリが《硬泥河馬》に接近し、殴穿盾の杭を突き出す。
杭の切っ先は滑りながらも、身体の厚い皮膚を突き破る。
しかし、滑った所為だろうか、杭の半分も貫いてはいない。
「ティッカリ退いて!」
そこに、テグスが駆け寄る。
ティッカリが杭を引き抜くのと同時に、テグスが長鉈剣を皮膚に開いた穴へと突き入れた。
深々と剣身が入ると、内臓を傷つけたのか《硬泥河馬》の大きな口から血が止め処なく溢れ出る。
そして、大きな頭が落ちるように体勢を崩して、橋の上に崩れた。
「ふぅ~、とりあえず一回目はこれで終わりのようだね」
「けっこう、忙しかったです」
「でも、大漁なの~」
「手分けをした方が早いでしょうね、素材を集めるのに」
「《誘引蔓蓮》の回収はお任せくださいませ」
「あ、あの、なら、《跳蹴沼蛙》をやらせて下さい」
思い思いの倒した《魔物》に取り付き、必要な素材と食べられる部位を回収していく。
周囲の《魔物》を引き寄せて倒したお蔭で、回収作業はゆっくりとすることが出来たのだった。
最初の一回目の戦闘は大忙しだったものの、同じ方法を続けた二度目からは、やってくる《魔物》の数が少なく済んで危険なことはなかった。
「大分、素材や食べ物も集まったね」
素材として価値があるという《硬泥河馬》の皮と《巨鋏喇蛄》の殻が、かなりの数を集めることが出来た。
意外と多くきた《誘引蔓蓮》から集めた花と葉は、担当のウパルの背嚢に入りきっていない量を手に入れている。
「少し、肉や身はもったいなかったです」
魔石の回収も必要なため、素材にならない《魔物》と不必要な分の可食部位は、全て魔石化してしまった。
それが、ハウリナには少しだけ嫌なようで、獣耳と尻尾をしゅんとさせている。
「仕方がありません、持てる量に限界があるので」
「それに~、これから休憩なんだから、いっぱい食べて元気だすの~」
「そういえば、ウパルさんは精霊魔法をかなりお使いのご様子でしたが、大丈夫なのでございますか?」
「は、はい。だ、大丈夫です。元気です」
連戦していたため、テグスたちでも軽い疲労が様子からうかがえた。
なので、ここで休憩を取ることにして、適した場所へ移動していく。
一度、二十四層に入ってきた場所まで戻り、階段を上って二十三層へ。
橋を渡った最初の中洲にて、薪を拾って天幕を展開し、本格的な休憩に入った。
「それにしても考えたものですね、二十四層で戦い大河の層で休憩を取るとは」
「《猛毒山蛇》以外に脅威となる《魔物》が居りませんし、煩わしければ橋の上に退避も可能でございますからね」
二人が感想を言い合う視線の先にいたテグスは、集めた薪に火をつけるところだった。
「《誘引蔓蓮》の根に、《放電鯰》と《巨鋏喇蛄》の身を一緒に煮ようか」
「《外殻部》で買っておいた鍋が、大活躍なの~」
「《硬泥河馬》の肉で、串焼きです」
「でしたら、《誘引蔓蓮》の葉と野草を使って、お茶をお淹れしなければなりませんね」
「あ、相変わらず、す、凄い量ですよね」
てきぱきと調理をして、後は煮えたり焼けたりする段になって、アンジィーは量の多さに呆れた様子を見せた。
「むしろ、アンジィーが少食な気がするけど」
「食べる量は必要かと、運動しているので」
「いっぱい食べると、大きくなるです」
「そうだよ~、たくさん栄養つけないと小さなままかな~」
アンジィーは微笑むティッカリの姿を上から下まで見て、自分の頭の上と胸元を触れると、控えめに食に意気込む姿を見せた。
「食べ物の量を取るためにも、食前に胃の調子を整えておくと良いと思われますよ」
「い、いただきます」
笑顔でウパルがお茶を差し出すと、アンジィーは自分の行動に気がついて赤面しながら受け取る。
テグスたちも忍び笑いを漏らしてから、出来上がった料理を食べ始めた。
「うぅ~、く、苦しい……」
「ほら~、天幕の中で休むといいの~」
控えめな気質のアンジィーにしては勢いよく食べ始め、程なくしてお腹が重たそうに手を当ててうなり始めた。
たきつけた事を反省した様子で、ティッカリが天幕の中まで運んでやった。
「あとで、胃痛に効く煎じ薬をお持ちいたしましょうか」
「お願いするの~」
よほど苦しそうだったのか、ティッカリは心配そうにウパルの申し出を代わりに受ける。
テグスも少し心配に思いながらも、視線はハウリナに向く。
「んぅ? なんです?」
串焼きを嬉々と食べながら、小首を傾げてみせてきた。
「いや、同じぐらいの背丈なのに、ハウリナは大丈夫なのかなってね」
「ふふん。もっともっと入るです」
ハウリナは自慢げに鼻を鳴らすと、証明するように次から次へと料理を口の中へ入れていく。
その健啖ぶりに、テグスも思わず苦笑いをこぼす。
「まあいいか。まだまだあるんだから、もっと食べてかないとね」
「わふっ! いっぱい食べるです!」
「鍋に食材を追加なの~」
「もう少し香辛料を足しましょう、《放電鯰》と《巨鋏喇蛄》の泥臭さの緩和に」
「皆様もくれぐれ食べ過ぎには、ご注意くださいませね」
「うぅ~、うぅ~、お、お腹が苦しいよぉ~」
時々現れる《猛毒山蛇》も食材に追加しながら、テグスたちの休憩は進んでいくのだった。




