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14話 レアデールと精霊魔法

 男たちの装備品と残していた《縞青蛇》数匹を手土産に、孤児院にてレアデールに獣人少女の事を伝えて了承を貰ったテグスは、夜になったので付近の安宿に止まった。

 食事付きで鉄貨七枚の宿だけあり、《雑踏区》の宿にしては良い夕飯と寝心地の良いベッドで、テグスは満足しながら朝を迎えた。

 背伸びをしながら、後二つの《小迷宮》を攻略すれば、晴れて《外殻部》に入り《中迷宮》へと行く事が出来ると気合を入れる。

 それに鉄貨がまだ四百枚も残っているので、例の《補短練剣》の鞘の材料を買って自作するか、出来合いの鞘を買う事も出来るだろうと、朝食を頂いた後で宿を後にする。

 早速、道具屋か武器屋へと向かおうと思い立って、そしてその場所を知らない事を思い出して、テグスは《小三迷宮》の支部へと向かう事にした。

 宿でぐっすりと眠ったので空が薄暗い程では無いが、まだ早起きと言われる時間帯に、テグスは支部へと到着する。

 するとどうやら交代の時間だったらしく、テマレノが他の職員と入れ替わろうとしている所だった。


「テマレノさん。丁度良い所に。ちょっと教えてほしい事があるんですけど」

「ん? おお、テグスか。こっちもお前さんに伝えなきゃならん事があったんで、丁度良いな」


 長くこの支部にいるテマレノなら、良い武器屋か良い道具屋を知っているだろうと声を掛ける。

 すると意外な事に、あちら側もテグスに用事があるのだと言う。


「伝えなきゃ行けないって、どうしたんです?」

「いや、こっちよりもお前の方の用件を聞こう」

「? いや、短剣の鞘って何処で手に入れれば良いのかなって、聞きたかったんですけど」

「それなら、この支部の横の脇道を入って五軒先に《ツェーマ武器店》ってのがある。基本的に鈍器と武器の修復が専門だが、短剣の鞘ぐらいは融通してくれるだろうさ」

「じゃあそこに行ってみます。それで伝えなきゃいけないことってのは?」


 良い情報を手に入れて、テグスは喜びながら用件を尋ねる。

 するとテマレノが急にニヤついた笑顔を浮かべ出す。

 それは昨日の男たちと同じく、獲物を見つけた獣の笑みだ。

 物凄い嫌な予感が走る中、テグスはテマレノが何を言うのかをじっと待った。


「いや~、まさかお前がな~……」

「なんですか、もったいぶって」


 テグスの反応を面白がりながらに、こっちは知っているんだぜと言いたげなテマレノの様子。

 何の事だか皆目見当も着かないテグスは、段々と不機嫌になって行く。


「いやよ~、お前が彼女連れてくるから、レアデールによろしくって言ってたらしいじゃねーか。つい先日大人になったばっかりだってのに、お盛んな事だな、オイ」


 変な事を言われて、テグスは呆然とする。

 そんな言った事も無い事をでっち上げられて、それをネタにからかわれていたなんて、テグスの予想外の事だった。


「えーっと、それってどういう事?」

「おいおい、隠すこと無いだろうよ。お前が昨日、行き成り孤児院を訪ねてきて、武器やら防具やら服やら蛇やらをレアデールに手渡して、近いうちに女の子と来るって言ったんだろ。もう孤児院の砂利ガキどもが、兄ちゃんの彼女だって騒いで五月蝿かった――って違うのか?」


 ニヤニヤと笑いながら言葉で突付こうとして、テグスが何でそんな話になっているのかと困っている表情を浮べているのに気が付いた様で、テマレノは笑い顔を止めて純粋に尋ねてきた。


「違うよ。迷宮で《黄塩人形》に殺されかけた女の子を助けて、《小五》の孤児院に一時的に預けたの。それで保護者が見つからなくて、行く場所が無かったら、取りあえずはこの孤児院を紹介してと言ったから。その連絡とお伺いに、昨日お土産を持って来ただけで。彼女とか恋人とかじゃないから」

「チッ、なんだつまらねぇ。食い意地だけのガキが、やっと色気づきやがったと思ったのによ~」


 何を勝手に期待して勝手に失望しているのかと、テグスは思いっきりテマレノに呆れる。


「じゃあその女の子がよ、昨日の夜に来ていて、いまは孤児院で寝てるんだが。お前はどうするんだ?」

「どうするって、レアデールさんに任せれば大丈夫じゃないのかな」

「……ああ、何かを伝え忘れていると思ったが思い出した。レアデールがテグスが来たら顔を見せろって言ってたんだ。忘れてた忘れてた」

「どうして重要な事を先に言わないんですか! お母さ――レアデールさんは怒ると怖いんですよ!」

「良いじゃねえか。どうせこんな朝早くに来るだなんて思っちゃいねぇさ」

  

 テマレノの言葉を聞き終える前に、大変だとテグスは孤児院の方へと急いで歩く。

 この時間帯ならば炊事場だろうと、テグスが顔を出すとレアデールがニッコリと笑って手招きしている。


「おはよう、テグス。朝食作るの手伝ってくれない」

「いいけど。何か用事があるんじゃ無いの?」

「あの女の子の事で少しね。でもその前に、子供たちが起きてくるまでに朝食作らないと」

「……分かった。何から手伝えば良い?」

「ありがとう。じゃあ、芋の皮剥きをお願いね」


 レアデールが相変わらず精霊魔法を使って調理する横で、テグスは黙々と掌に収まる程度の大きさの芋の皮をナイフで剥いていく。

 この芋はどんな場所でもある程度育ち、実付きも良いという特性がある。そのため、言わば《迷宮都市》の主食として、家の庭先やら専用の畑やらで大量に育てられている。

 なので《雑踏区》ではこの芋は、笊一杯で鉄貨一枚程度の値段で売られている。

 ただし生では食べられなくて調理しなければならないために、迷宮に潜ってそれどころでは無い《探訪者》などからは受けが悪い。

 またそれが芋の安さに拍車をかけるので、孤児院側の人間であるテグスやレアデールにとっては願ったり叶ったりだった。


「はい、じゃあ笊の上に山盛りにして、鍋の上に置いてね布巾を被せて」

「ほいよっと。これで良い?」

「十分十分。じゃあ、火の妖精さん~、お鍋の水を温めて~、湯気をもうもう出しちゃおう~♪」


 竈に轟々と妖精の火が焚かれ、あっという間に鍋の水がお湯に変わり、息苦しいまでの湯気が調理場に蔓延する。

 その湯気で芋を蒸している間に、レアデールは鍋に萎びた野菜や野草に香草を入れて、スープを作り始める。


「もう一人の火の妖精さん~、こっちのお鍋はじっくり温めたいの~、だからダラダラしててね~♪」


 どうやら出汁は前日に仕込んであったらしく、お玉でグルグルと回す鍋の中から、良い匂いがしてくる。

 お手伝いする事は無くなったので、テグスは暇を持て余したので、レアデールに気になる事を尋ねる事にした。


「ねえ、お母さん。精霊魔法の使うコツってあるの?」

「ん~、別にそんなのは無いよ~。皆が進んで手伝ってくれるだけだし、ね~♪」


 料理を歌いながらするレアデールは、テグスの疑問にも歌っているような調子で答えてきた。


「そうなんだ。迷宮で土の精霊にお願いした時、一回ヘソを曲げられちゃったんだけど。何故だか分かる?」

「あら~、テグスって精霊魔法の才能があったのね~。そうねぇ~、そっちの頑張ってくれている火の精霊さんに、もっと頑張れーってやってみてくれない~?」

「良いけど?」


 そのレアデールの要求に、テグスは迷宮で土精霊相手にしたように、竈で手を温めるような姿で、魔力を掌に集めて火の精霊に差し出す。


「火の精霊さん、お疲れ様です。これでもうちょっと頑張ってくれますか?」


 するとテグスの差し出した手を、火の妖精が軽く火でテグスの掌を炙ってからその魔力を食べて、火力を維持し始める。

 あたかも気が進まないが、レアデールが言うからしょうがなくやってやるよ、と言わんばかりの魔力の取り方だった。

 熱さに思わず自分の手を見て、火傷を負ってないかを確かめるが、すこし赤くなっているように見えるだけで大丈夫だった。


「んもう、テグスってば。そんな魔力じゃ、精霊さんが臍を曲げるのはしょうがないわよ~」


 二つの火の精霊に、魔力を提供したレアデールは、一旦竈から離れてテグスを引っ張って水瓶の方へと歩いていく。


「はい、じゃあ今から右手にテグスが出した様な魔力、左手に何時も精霊さんたちに上げている魔力を出すからね」


 てっきり手を冷やしてくれるのかと思いきや、どうやら精霊魔法の講義の始まりだったらしい。

 レアデールが右手と左手を同時に水瓶に出し、水の精霊を呼び出す歌を歌うと、精霊が水の鞭の形になって出てきた。

 それは蛇であるかのように、レアデールの右手と左手を行き来し、右手をぱしっと払い除けると左手の方へと擦り寄った。

 どうやら左手の魔力の方が気に入って、右手の魔力の方は気に入らなかったらしい。


「こんな風に、精霊魔法を扱うには魔力にも色々と工夫が必要なのよ。そうね、精霊さんに魔力で料理を作る感じかしら」

「魔力で料理を?」

「そうよ。火の精霊さんならこんな味付けの魔力。土の妖精さんならこんな舌触りの魔力って風に、使い分けないといけないの」

「魔術とか五則魔法とかは、そんな事しないはずだけど」

「あら、精霊さんだって生きているのよ。生きているのなら、不味い物より美味しい物を差し出してくれる方が、お願いを聞いてくれるのは当たり前でしょう」


 つまりは燃料と食料の違いのような感覚なのだろう。

 魔術や五則魔法では、魔力は燃料――言うなればランタンに入れる灯油だとすると。

 一方で精霊魔法では、魔力は食料――同じ油で例えるなら、ドレッシングや揚げ物に使う食用油となる。

 なのでランタンに入れる様な油を、食べなさいと差し出せば、誰だって怒るのは当然だろう。

 レアデールの言葉をテグスはそう理解して、はて魔力の種類をどう変えたら良いのかと首を捻ってしまう。

 テグス自身は、自分の体にある魔力を素直に出しているだけなので、何をどう変えたら食用のに変わるのかが分からない。

 レアデールはそんなテグスの困った様子が分かっている様で、くすくすと忍び笑いを漏らしている。


「教えてくれても良いじゃん!」

「駄ー目。魔力は人によって味も見た目も食感も違うのよ。だから、自分の魔力に合った方法を見つけないといけないの。小麦粉からパンを作るのと、芋を蒸し芋にするのでは、使う材料も作り方も違うけど、どちらも主食なのは変わらないでしょ?」


 だからコツなんて教えられないの、と言われてしまっては、テグスにはどうする事も出来ない。

 なのでテグスはどうやったら魔力の質が変えられるかを、竈の中で轟々に火を焚く火の精霊相手に、ああでもないこうでもないとくり返し試し。

 その都度、上手く行かなければ掌を暑く熱せられる罰を受ける羽目になった。

 勿論、朝食に作ったスープと蒸かし芋は美味しく出来上がり。

 お腹をすかせて起きて来た孤児たちが、我先にと食べて何人かが芋を喉に詰まらせたのは余談である。

 



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