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164話 《大迷宮》の商売人

 テグスたちが目的地にした、二十四層へ着くのには時間がかかる。

 なにせ、十一層から二十層までを半日で走破したとしても、二十一層からは素早く移動して一日で一層を下りれるかどうかだ。

 余裕をもって二日間で順々に進むとすると、《中町》から二十四層に着くまでに七日はかかる計算である。


「あー。暇つぶしに、ティッカリに釣りを教わったはいいけど……」

「また、荷物が釣れたです」


 二十一層を進んで半日が経ち、テグスたちは天幕を張って休憩していた。

 テグスが上げた釣竿の針には、罠で大河に落ちた《探訪者》が捨てた物であろう革袋が下がっていた。

 ここまでの釣果も似たり寄ったりで、革靴や袋の類が多く釣り上がり、一番の大物は鞘に入った片手剣だった。


「竿釣りの才能はなさそうですね、器用なテグスにしては意外ですが」

「この釣果は、僕に物拾いの才能が溢れているせいだし」


 もう一度だけ竿を振って針を飛ばし、重い手ごたえに引き上げてみれば、水で腐りかけた背負子の木枠だった。

 見ていたハウリナとアンヘイラは、思わずといった感じに忍び笑いをしている。

 テグスは咎める視線を向けながら、釣り竿を仕舞おうとする。


「釣りやりたいです!」

「……はい、どうぞ。僕は釣った獲物の選別でもするよ」


 自虐な物言いをしつつ釣竿を渡すと、テグスは釣り上げた道具を調べ始める。

 片手剣を鞘から抜いてみると、多少錆があるものの、まだまだ使えそうである。

 しかし、鞘を含めた革製品の多くは水を吸ってふやけていて、使い物になりそうもない。

 念のためにと、濡れきった革袋の中を確かめてみると、魔石や硬貨が入っていた。


「少しでも魔石が欲しいところだったから、丁度良かったかな」


 当初の目的だった魚は釣れなかったものの、暇つぶしの行動にしては良い収穫になりそうな予感に、残り全ての釣った袋も開いていく。

 水を吸った携行食は捨て、新たに封がされた瓶と砥石を手に入れた。

 

「これはむしろ、魚を釣らない方が実入りがいいかもしれないね」

「どうしたです?」


 テグスが意外な収穫に頬を緩ませながら振り返ると、ハウリナの足元には大きな魚が跳ね回っている。

 その魚の姿を見て、先ほどの発言が負け惜しみであると、テグス自身が理解してしまった。


「いや、なんでもないよ。魚釣り、がんばって」

「はい。がんばるです」


 応援を受けて、ハウリナは意気込みながら釣竿を振るう。

 程なくして二匹目を釣り上げた。


「人数分は釣り上げそうだから、薪を集めてくるよ」

「お気をつけて、要らぬ心配でしょうけれど」


 アンヘイラに見送られて、テグスは中洲の潅木の落ち枝を拾い集め、罠に使われている材木も回収していく。

 たっぷりと薪を集められたので、引き返す。


「おかえりです」

「ただいま。それにしてもよく釣ったね」


 ハウリナが釣り上げたと思わしき何匹もの魚が、内臓と鰓を抜かれて転がっている。


「一人二匹食べられますよ、数の上では」

「ウパルとアンジィーは小食だから、一匹で十分だって言いそうだけどね」

「そうしたら、その分をもらって、食べるです」


 そんな会話をしている間に、またハウリナが魚を釣り上げる。

 いったい何匹釣る積りかと見守っていると、釣竿を振ろうとした手が止まった。


「……《魔物》が来たの?」

「違うです。少し遠くに、人の足音です」

「では、起こしましょうか、休んでいる人たちを」


 他の《探訪者》がやってきたようなので、テグスたちは軽く警戒しながら、天幕の中にいるティッカリたちを起こしにかかる。

 ハウリナの警告が早いお蔭で、やってくる人たちの影が見えてきた頃には、全員が戦闘に移れるだけの用意が出来上がっていた。

 一方で、その人たちもテグスたちに気がついたのか、敵意が無いと知らせるような身振りをしながらゆっくりと近寄ってくる。


「やあやあ、こんにちは。なにかご入用じゃないかな?」


 御用聞きの商人のような口調で、二十人ほどの一団の代表者の男が声をかけてきた。


「……なんですかいきなり?」

「あれあれ、知らないのかな。こちらは《大迷宮》の中を歩く商人だよ。仲間内では有名だと、自負してたんだけどなあ……」


 代表者の言葉を受けて観察してみる。

 すると、確かに《探訪者》にしては、種類過多な荷物を背負っていた。


「それで、商人さんが、なんで《大迷宮》の中を歩いているんですか?」

「そりゃあもちろん、十層の《中町》と四十層にある《下町》を行き来する行商だからだよ。ついでに、途中で出会った《探訪者》の人に、何か売り買い出来ないか尋ねているわけだ。それで、何か売ったり買ったりするつもりはあるのかな?」


 テグスは返事を保留にして、ハウリナたちの判断を聞くために顔を向ける。


「来る前に、大体の必要なものは買っておいたの~」

「買いたいの、とくにないです」

「う、売るものも、ないと思います」

「ここまでの《魔物》は全て、魔石に変えて回収してまいりましたしね」

「それに高く売り安く買い叩くものですよ、こういう商人は」


 全員の意見を聞いてから、テグスは再び行商人の代表者に向き合う。


「特に買うものはないですね。売れるものといっても、引き上げた片手剣と謎の薬瓶、それとガラクタぐらいしかないですよ」

「ほうほう。それらなら、お売りいただけると。では少々拝見させてもらいます」


 代表差の男は先ずガラクタの山を物色し始めた。

 一通り見終わると、革製品だけを回収していく。

 そして、テグスから片手剣と薬瓶を受け取り、状態を確かめるように見回す。


「はい、では全部で銅貨二十枚でどうでしょう」

「剣と薬瓶も含めてその値段はないと思うけど」

「おや、不満がありで?」

「あるにはあるけど、魔石で払ってくれるならそれでいいよ」


 片手剣と用途不明の薬瓶を持っていっても邪魔なので、小さいものにでも変えられるなら、防具の代金になる魔石の方が有難い。


「銅貨二十枚分の魔石か……持ってる?」


 代表者が行商仲間に声をかけると、そのうちの一人がほんの小さな魔石を手渡した。


「二十枚分にはちょっと大きい気もするけど、まあ初回のお客さんにおまけってことにしよう」


 売買が成立し、行商人たちは濡れた革製品と片手剣に薬瓶を、テグスは受け取った小さな魔石を袋に入れた。


「それで、君らはここら辺の層を活動拠点にしているのかな?」

「いえ。まだまだ先――二十四層から三十層にいきますよ」


 テグスの予定を聞いた代表者の男は、内心がうかがい知れない商人の笑みを浮かべてきた。


「なんなら、その場所まで護衛してあげてもいいよ?」

「護衛料を吹っかけられても困るので、遠慮します」

「またまた、そんなこと言って。安全を金で買えるんだから安いと思うよ。実際に、数多くの《探訪者》たちに人気があるんだけれど」

「行くだけなら、大した手間じゃないので、必要ありませんね」


 にべもなく断り続けられて、根負けしたように肩を竦めてきた。


「今回は縁が無かったと諦めよう。君らが海の層を活動拠点にするなら、一本道だからまた出会うだろうし、そのときはもうちょっと色よい商いが出来ればいいなと思うよ」

「いまは魔石が多く欲しいので、売るほうになら利用すると思いますよ」

「では、またのご縁があったら、ご贔屓に」


 会釈をすると、行商人たちは連れ立って先へと去っていく。

 姿が見えなくなっても、しばらく続けていた警戒を解き、テグスたちは再び休憩に戻ることにした。

 

「《大迷宮》の中でも商売をしようなんて、変わった商人だったの~」

「商人なんてどこにでも沸く生き物ですよ、商機がある場所なら」

「でも、釣り上げただけのガラクタが、お金や魔石になるならいてもらった方が便利だよ」

「そ、それと、つ、使い切った物の、補充が出来そうかなって……」

「足元を見られますけれどね、便利な分だけ」


 出会った行商人の話をしていると、ハウリナが身を乗り出して割って入ってきた。


「商人より、釣った魚、焼いて食べるです」

「そうだった。そのために薪を集めたんだったね」

「でしたら、野草のお茶をお入れいたしましょう」


 河原の石で簡易竈を作り、薪に火をつける。

 ウパルは河の水を入れた薬缶を、その竈に落ちないように置いた。

 ハウリナは新鮮な魚に枝を刺し、持ってきた塩を振って遠火で焼いていく。

 段々といい匂いがしてくる中で、全員が静かに魚が焼けるのを待った。

 そうして出来上がった焼き魚に、薬缶で煮立てた野草茶が良く合い、あっという間に魚は骨だけになってしまったのだった。


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