161話 鯱の《魔物》
鯱の《魔物》が迫ってくる。
だが、元となる生き物を知らないため、アンヘイラ以外は砂浜にいるので少しは安心だと考えていた。
それが甘い考えだと、鯱の《魔物》が再び水面から飛び上がったときに教えられてしまう。
「――二匹!?」
見上げて数を確認したテグスが視線を戻すと、一匹が泳ぐ速度を維持したまま、砂浜の上へ乗り上げてきた。
そして、可愛らしい見た目とは裏腹に、刺々しい歯が生え揃った凶悪そうな口を開け、ハウリナに噛み付きにくる。
「噛まれて、たまるかです!」
飛びのいて回避したハウリナの足先に、鯱の《魔物》の口が閉じる。
噛み合った歯が立てるトラバサミのような音は、聞いたものに背中に怖気を走らせるには十分な威圧感があった。
しかし、噛み付きで終わりではない。
砂浜から海へと戻ろうと、鯱の《魔物》は尾っぽや胸鰭を振り回して、後退していく。
「くぅ、意外と、力が強いの~」
尾っぽに当てられて、ティッカリは殴穿盾で防御したのに、吹っ飛ばされる寸前だ。
なら遠距離攻撃だと、テグスが投剣を、アンヘイラが矢を放とうとする。
二人の背後から、水から何かが出てくる音が聞こえた。
嫌な予感が走り、テグスは咄嗟に横に跳ぶ。
アンヘイラもその場を飛びのきながら、番えていた矢を背後へと向ける。
二人の目の前には、海水から飛び出てそれぞれに襲い来る、鯱の《魔物》がいた。
「この!」
「厄介ですね、やはり」
テグスが投剣をアンヘイラが矢を放つが、いやいやをするように振られた頭に跳ね除けられ、少しの傷で済まされてしまう。
そして、テグスたちが追い討ちをかける前に、二匹は海の中へと戻っていく。
どうやら、この襲撃は仲間を助けるためだったようで、最初に襲い掛かってきた鯱の《魔物》も既に砂浜にはいない。
「なんというか、頭の良い《魔物》だね」
「それに、見た目に似合わない、力持ちだったの~」
「い、意外と大きくて、こわ、怖いですよ」
「それにしましても、水の中の動きは素早いものがございますね」
「水中にいられると手の出しようがないです、分かってはいたはずですが」
テグスたちが相談を続ける中、水中を泳ぐ三つの黒い影は並んで泳ぎながら、何かを狙うように砂浜に近づいたり遠のいたりを繰り返している。
矢や投剣では、この素早い変幻自在な泳ぎの狙いをつけるのは難しい。
なので、攻略の糸口になりそうなのは、元の生物を知っているアンヘイラの知識だけしかなかった。
「それで、鯱ってどんな生き物なの?」
「高い知性と、獰猛で肉食な海の獣で、自分の身より大きな獲物を狩ることもあり――」
「キュイイーキュィイー」
「キュキュキュ、キュイー」
「キューキッキュー」
水中から薄っすらと独特な鳴き声が聞こえてきた。
すると、水中の黒い影たちは散開して泳ぎ始める。
「――独自の言葉で会話を交わしているような行動をします、先ほどのように鳴き合いのように」
「馬鹿な人よりは賢そうだね……」
戦う連携が取れているあたり、知性に疑う余地はなさそうに見えた。
「弱点、ないです?」
「動きが鈍る程度ですよ、砂浜に上がった時に。水の中で戦うのは分が悪いですね、鯱の独擅場ですので」
「テグスの五則魔法で、何かないの~?」
「使えるのは炎と水と風だからね、水の中にいる相手には相性が悪いよ」
「アンジィーの精霊魔法ではいかがですか?」
「――あの、その、かなり明るいので闇の精霊は弱まってるし、他の精霊だとちょっと難しいです……」
アンジィーの返答が遅れたのは、どうやら精霊魔法で何かをしようとしてみようとしていたからのようだ。
だが、手ごたえが芳しくなかったらしい。
「『動体を察知 (パルピ・ベスタ)』」
せめて鯱の《魔物》の位置だけでも確実に分からないかと、テグスは索敵の魔術を使ってみる。
しかし、魔術で感知した位置に目を向けると、黒い影が泳ぎ去っていくところだった。
どうやら、泳ぐ早さに感知するのが難しいようだ。
首を振るテグスを見て、一発で形勢逆転という手札がないと分かり、全員肩を落とす。
「仕方が無いの~。いつも通りに戦うだけなの~」
「そうだね。一匹ずつ着実に倒していくしかない」
「ガンバルです!」
「番えて待ちましょうか、直ぐに射られるように」
「は、はい、頑張ります」
「足場が砂地なので、《鈹銅縛鎖》動きを長々とは止められないと、留意していただきたいかと」
武器を構えて、鯱の《魔物》の到来を待つ。
「キュイキュイイイー」
「「キュィ」」
まるで待っていたかのように鳴き声が上がり、一匹が水面に背びれを出しながら、一直線に砂浜へと近寄ってくる。
「射掛けてみます、無駄だと思いますが」
「わ、わたしも、撃ちます」
二つの矢が背びれの根元へ飛ぶ。
だが、水面で威力が減じてしまうようで、皮膚に弾かれてしまっている。
「突っ込んでくるなら、受け止めてやるの~」
立ちはだかる場所に移動し、ティッカリは殴穿盾を構えると、砂浜に足先を埋めて腰を落とす。
もう少しで海面から出るという場所で、近づいてきた鯱の《魔物》は急反転した。
そして、尾っぽで強く水面を横に打ち払うと、再び水面下へ潜る。
「わぷっ、水かけられたの~」
全身海水に濡れたティッカリに、苦笑いを浮かべかけたテグスの横の水面が揺れる。
そして、静かに忍び寄ってきていた他の一匹が、突如飛び出して襲い掛かってきた。
「防御役を離す積りだった!?」
テグスは驚きながらも横に跳び、かろうじて閉じられた口から逃げられた。
だが、これで終わりではなかった。
「わわっ、いきなり暴れだしたです!」
「もう少々、大人しくしていて――きゃっ!」
砂浜に上がったこの一匹は、突如身をくねらせて、尾や胸鰭で周囲を殴ろうとしてきたのだ。
咄嗟に、ウパルが《鈹銅縛鎖》を尾に巻きつけて行動を抑制する。
だが、体格と力の差だろう、ほんの少し動きを鈍らせる程度にしかなっていない。
さらに悪いことに、残りの二匹も別方向から砂浜に上がり、別々に暴れ始めた。
「わっ、この、危なッ!?」
「ひゃわ、ひゃわ!?」
その二匹の狙いはテグスとハウリナらしく、執拗なまでに噛み付こうとしてくる。
テグスは小剣で斬りかかろうとし、ハウリナも黒棍で殴ろうとはしていた。
だが、噛み付くのを避けるあまりに、攻撃に力が入っていない。
「鎖を巻いたのは、押さえつけておくの~」
「ならばテグスたちを援護ですよ、機械弓の装填を!」
「は、はい、直ぐにします」
アンヘイラは素早く螺旋鏃の矢を放ち、アンジィーが急いで機械弓の機構を動かして矢を装填する。
砂浜にいるなら、水面に矢が邪魔されることが無いため、螺旋鏃はテグスを噛もうとしていた一匹の、顔の横にある白い模様の部分に刺さった。
恐らく目を狙ったものなのだろうが、生憎そこに鯱の《魔物》の目はない。
アンジィーが機械弓で放った短矢も当たる。
だが、流線型の体型の所為か、表面を滑るように通り過ぎ、薄い傷を身体につけるだけで精一杯だった。
「キュイ、キュイ」
矢を射られた一匹が無くと、暴れ続けていたのに一斉に海水の中へ素早く戻ろうとし始める。
「《鈹銅縛鎖》は千切れぬ鎖でございますよ!」
「くぬぬぬ~~、絶対に逃がさないの~」
逃げようとするのを、ウパルとティッカリが尻尾に巻きつけた《鈹銅縛鎖》を掴んで阻止する。
「キュイキュキュイーー」
水の中に逃げられなかったこの一匹は、まるで仲間に助けを求めるような鳴き声を上げる。
「悪いけど、仲間と連携されると厄介なのは、さっき学んだんだッ!」
テグスは素早く砂浜の上を走り、小剣を鯱の《魔物》の首の部分へ突き入れた。
それでも暴れようとするので、小剣を捻って傷口を広げてやる。
赤黒い血が噴出し、砂浜と海水を汚していく。
だが、ここまでしてもまだ生きているようで、しきりに水の中に逃げようとする。
「毒液の蓋を開ける、早く!」
「は、は、はい!」
矢を取り出しながら、アンヘイラが叫ぶ。
アンジィーは慌てて、前腰につけている毒液の入った筒の蓋を開けた。
「『身体よ頑強であれ(カルノ・フォルト)』……」
毒液に鏃を浸してから、身体強化の魔術まで使用して、力いっぱいに弓を引く。
そして、心臓部に目掛けて放った。
「キュイキュイイーーー!」
突き刺さった矢か、それとも塗られた毒の所為か、鯱の《魔物》は悲痛に聞こえる鳴き声を上げた。
アンジィーも真似をして、毒を浸した短矢を機械弓に装填する。
テグスは狙う邪魔をしないため、小剣を《魔物》の身体から引き抜きながら、素早く後退した。
待っていたかのように、アンジィーと再度矢を番えたアンヘイラから、何本もの毒液つきの矢が射ち込まれた。
「キュ、キュキュ……」
胴体に何本もの矢が刺さり、毒の影響でか動きが鈍くなった。
押さえる必要がなくなり、《鈹銅縛鎖》がウパルの袖の中へと回収されていく。
「キュウウイイイイーーー!」
すると、先ほどの鳴き声に呼ばれてか、一匹が水中から飛び出してきた。
アンジィーの警戒と反応が薄いのを見抜いてか、噛み付こうとしている。
「やらせないの~」
《鈹銅縛鎖》が回収されていたことが幸いし、ティッカリが背にアンジィーを護りながら両手の殴穿盾を構える。
しかし、接近されすぎていて、殴ることは出来そうもなかった。
仕方なくか、ティッカリは殴穿盾を、閉じ始めた鯱の《魔物》の口へ押し付けた。
そして、殴穿盾の硬さ任せに歯を押さえ、口が閉じるのを止めた。
「ぐぐぅ~~、凄い力が強いの~~」
ティッカリが全身に力を入れて堪える。
そうしなければ、鯱の《魔物》が身をくねらせるだけで、振り回されそうなのだ。
さらに悪いことが続く。
ティッカリが全力で使用しても壊れない殴穿盾に、段々と鯱の《魔物》の歯が埋まり始めたのだ。
「この、放すです!」
近寄ったハウリナが、黒棍を突き出す。
狙いは、巨体の割りに小さくて円らな瞳だ。
「キュオオオオオオーー」
片目を潰され、殴穿盾から口を放して水中へ逃げようとする。
「『刃よ鋭くなれ(キリンゴ・アクラオ)』!」
海中に逃げられる前に、テグスが近寄る。
そして、尾っぽと尾鰭を、鋭刃の魔術をかけた小剣で切り離した。
「キュイキュイー」
胸鰭で這って水中へ入ったが、尾鰭が無いため上手く泳げないようだ。
砂浜近くの海面を、溺れるようにして逃げようとしている。
「ウパル、《鈹銅縛鎖》を僕の胴に巻きつけて。仕留めてから、ティッカリと引いて回収して!」
「お任せくださいませ」
「お任せなの~」
テグスは助走をつけて跳び、小剣を逃げようとする鯱の《魔物》の脳天へ突き刺す。
頭蓋骨を突き抜けた剣身を動かし、鼻先を二つに割るように振り抜く。
傷から血が噴出した。
その血煙の向こうから、最後の一匹が大口を開けてテグスに噛み付こうとしている。
口が閉じられる一瞬だけ早く、テグスの胴体に《鈹銅縛鎖》が巻きつき、後ろへと引っ張られた。
「よいしょ~~~」
「ぐはッ――」
腹を《鈹銅縛鎖》に締め付けられて、テグスは息を詰まらせながら、吹っ飛ぶように空中を飛ぶ。
そして、砂浜に尻から着地した。
「げほげほっ、だけど、これで残り一匹」
頭を割られた個体の隣で、最後の鯱の《魔物》は水面から顔を出して見ている。
テグスたちも警戒して視線を向ける。
すると、鯱の《魔物》の体表に変化が現れる。
「身体の黒い部分が、青色に変わっていく?」
言葉にすれば、ほんのその程度の違い。
だが、この色彩の変化による恐ろしさを、直ぐに実感することになる。
なぜなら、水中に潜った、青くなった鯱の《魔物》の姿を見失ってしまったのだ。
「どこにも、見えないです?」
「黒い影にならないようですね、水の色と同じなので」
全員で周囲を警戒するが、どこにも鯱の《魔物》の姿を見ることが出来ない。
「精度に難はあるけど仕方が無い。『動体を察知 (パルピ・ベスタ)』」
索敵の魔術を使用して、大まかな場所だけも把握しようとする。
得た反応に、テグスが素早く顔を向ける。
しかし、見えたのは、波間に揺れ消える薄い影だけだった。
「これは、襲ってくるまで待つしかないね」
「全周警戒ですね、要するに」
「でも、集まってるの、危険です」
「突っ込んでこられたら、一網打尽になっちゃうの~」
「かと仰られましても、それしか手がないと思われますが」
「あ、あの、ちょっとだけ、考えたことが、あるんですけれど――」
自信なさげなアンジィーの考えに、テグスたちは耳を傾ける。
「まあ、悪くはないと思うけど、出来そうなの?」
「あの、その、魔力を限界まで使えば大丈夫かなって思います」
「なら、一度っきりかな~」
「駄目であっても、次までの時間稼ぎにはなるかと思われます」
反対意見は出なかったので、アンジィーの考えた作戦を実行することになった。
手始めに、アンジィーを中心に据え、円を描くように残りが周囲を警戒する。
何処から襲われてもいいように、円周の全員が身構える。
「砂の中にいる精霊さん、少しお話を聞いて欲しいんです……」
アンジィーは砂浜にしゃがんで手をつき、目を瞑って小声でぶつぶつと喋る。
精霊魔法の準備をしているらしく、テグスたちの足にざわざわと何かが動くような感触が走った。
準備は整ったようだが、最後に残った鯱の《魔物》は慎重らしく姿を現さない。
仕方がなく、このままの状態で、しばらく時間が経つ。
精霊にしたお願いを保持するのが難しいのか、段々とアンジィーの顔にきつそうな表情が浮かぶ。
ウパルが心配そうに視線をアンジィーに向けた瞬間、警戒が緩むのを待っていたのか、鯱の《魔物》がウパルに襲い掛かる。
変化は体色だけでなく、筋力にも及んでいたのか、水面から弾き出されるような勢いで突っ込んでくる。
「来たです、アンジィー!」
「お願いします!」
水しぶきの音を聞いて直ぐに、ハウリナから警告が飛ぶ。
反応して、アンジィーは精霊魔法を使った。
ウパルの目の前に、砂浜が爆発したかのように、砂の壁が立ち上る。
「キュキュイーー!?」
鯱の《魔物》は驚いたような声を上げる。
しかし、方向転換する方法はなく、砂の壁に頭から突っ込んだ。
すると、水で固めた砂のように壁が硬くなり、鯱の《魔物》が暴れても抜け出れなくなった。
「あ、あんまり、長く、もたない……」
魔力が尽きかけているのか、アンジィーが苦しそうな声を上げる。
「一気に片付けるよ!」
「めった打ちです!」
「穿ち抜いて、ぼろぼろにしてやるの~」
「《鈹銅縛鎖》で、動き回る尻尾を押さえに回らせていただきます」
「では手伝いましょう、押さえるのを」
《鈹銅縛鎖》を尾っぽに巻き、ウパルとアンヘイラで暴れるのを押さえる。
その間に、テグスとハウリナとティッカリは、腹部を中心に武器を叩き込んでいく。
腹部の白い体色が赤く染まり、振るわれる武器によって、内臓が砂浜に待ち散らされる。
「ご、ごめんなさ、も、もう無理で……」
精霊魔法に魔力を使い過ぎて、アンジィーが気絶した。
すると、砂の壁も役目を終えたように、単なる砂に戻ってしまう。
だが、腹を食い荒らされたような有様になっていた鯱の《魔物》は、既に絶命していた。
「ふぅ~、どうにかなったけど、紙一重な感じだったね」
「殴穿盾に歯形がくっきりついちゃってるから~、大変な相手だったの~」
鯱の《魔物》の連携は、今まで出会った《魔物》たちとは、一線を画す上手さがあった。
そして、殴穿盾に跡が残ったことを考えると、一噛みで致命傷になりうる相手でもあった。
「この戦闘での一番の功労者ですね、アンジィーは」
「いまここで、少しだけでも休ませて上げましょう」
ぐったりと横たわるアンジィーの頭を、ウパルは太腿の上に乗せて、休み易くしてあげる。
「じゃあ、その間に回収作業かな」
「荷物も回収しなければなりませんね、この《魔物》の肉と皮だけでなく」
狭い砂浜だったために、戦いの余波で、背負子の中身が散乱していた。
疲れからくる溜め息を吐き出してから、アンジィーとウパル以外の面々で回収していく。
いくつかの物品が水底へと落ちているのを見つけて、ハウリナが飛び込んでいった。
泳ぎ慣れている様子で、全てを素早く回収して上がってきた。
「貝と魚がいっぱいです。獲ってきていいです?」
「……あーそうか。《階層主》倒せばもう《魔物》は出てこないし、ここでなら貝や魚を集められるんだ」
戦いの疲れから鈍った頭を再稼動させて、テグスはこの場所が意外な穴場であることに気がついた。
安全と分かり、ハウリナに行って良いと身振りで伝える。
ハウリナは嬉々として、黒棍を置いて防具を脱ぐと、水の中へと潜っていった。
テグスとティッカリとアンヘイラは、背負子の中身を戻し終えると、鯱の《魔物》の解体に移る。
青色になった一匹の皮を剥ぎ、肉も回収する。
毒で仕留めた一匹は、恐らく肉は食えないので皮を剥ぐだけにしたが、矢傷で穴だらけで価値があるかは疑わしい。
「ハウリナ、あの波にさらわれそうになっているの、持ってきてくれる?」
「おやすいごようです!」
両手いっぱいに貝を採って上がってきたハウリナに手伝ってもらい、波間に漂っていた一匹からも皮と肉を回収した。
全ての作業が終わる頃には、ハウリナは短剣で魚も仕留めてきたらしく、砂浜の上には貝と首元が切られた魚が山になっている。
鯱の《魔物》の肉も合わせれば、背負子に載せきれないほどの大漁だった。
「さて、出口が開くはずなんだけど」
「見当たりませんね、どこにも」
顔色が悪いがアンジィーも起きてきて、出立する準備を整えたテグスたち。
だが、出口が何処にも見当たらない。
首を傾げあっていると、上がっていた二十九層へ戻る階段が下りてきた。
「これで上に戻れってことかな~?」
「いや、ここが最下層じゃないんだけど」
いぶかしげにしていると、テグスたちの立っている砂浜が揺れ始めた。
「な、な、なんですか!?」
「なにか、動く音がするです」
ハウリナが視線を、この砂浜の中央に向ける。
すると、砂浜の下から円筒形の石が、回転しながらせり出してきた。
ぽかんとするテグスたちの目の前で、石の一部が外開きの扉のように開く。
警戒しながら中を見てみると、下の層へ続く螺旋階段があった。
「でも、《階層主》事に、神像があるはずじゃないの?」
「像は見当たりませんが、神のお姿が開いた石の内側にございますよ」
ウパルの指摘を受けて目を向けると、確かに《靡導悪戯の女神シュルィーミア》の姿が浮き彫りされている。
その表情は、この仕掛けに驚く人を見越してか、憎らしいほどの満面の笑みだった。
「この浮き彫りに、《祝詞》が使えばいいのかな~?」
「試すだけ試してみましょう、疲れたのでこの先に進むのはご免ですので」
とりあえず、テグスが代表して《中町》に移動する《祝詞》を唱えてみる。
「ワレ、この場から安息の地への帰還を望むものなり」
すると、足元が光り始めた。
次の瞬間には、テグスたちは《中町》にある十一層への階段の手前に移動されていた。




