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160話 三十層へ

 適宜休憩を入れながら、テグスたちは二十八層を過ぎ、二十九層を渡っていく。


「代わりばえ、しないです」


 蛸の《魔物》の足を食べながらのハウリナの愚痴に、全員で苦笑い気味に同意した。

 普段、ここの《魔物》たちは海に潜っているものが多く、景色の変化が乏しい。

 なので、最初は物珍しかった海の景色も、もう慣れてしまったし飽き始めもする。


「かといって、散歩みたいに気を抜いてはいられないしね」

「どの《魔物》も、戦い方を間違えると危険な相手なの~」


 ここまで、テグスたちは手傷を負っていないが、それは単に慎重に進んできたからだ。

 防備の薄いウパルとアンジィーは、横合いからトビウオの《魔物》に不意打ちを食らえば、一たまりも無いだろう。

 狙いが正確なはずなアンヘイラの矢の多くは、羽根猫の《魔物》に避けられている。

 力自慢のティッカリでさえ、蟹の《魔物》が振り下ろす爪を受け止めようとはしない。

 ハウリナの黒棍の攻撃は、蛸の《魔物》には全く効いていない。

 そして、テグスが一度でも見落とせば、岩場に潜む大貝の《魔物》は仲間の誰かを貝殻の中に引きずり込んで殺すだろう。


「それに、一番危険といいますしね、飽きや慣れが出てきた時こそが」

「長い休憩を取ると、襲われることも多くありましたので、疲れが取れにくくなっているという問題もございますね」

「……はぇ!? あ、あの、大丈夫ですよ。疲れてませんから」


 ウパルの視線に遅れて気がついたアンジィーは、疲れで緩んでいた目を見開いて、ぐっと身構えて見せた。

 しかし、その身動きの最中ですら、疲れを隠しきれていない有様だった。

 今いるのは、二十九層の半ばほどだがーー


「ここまで来たからには、三十層の《階層主》に挑みたいけど……また今度にした方がいいかな?」

「あ、あの、その、本当に、大丈夫ですから」

「アンジィーちゃんのことは、ちゃんと護るから、大丈夫なの~」


 アンジィーとティッカリの言葉に、テグスは他の仲間たちへ意見をうかがう視線を向ける。


「勝ち目はあると思いますよ、ここまでの《魔物》相手に酷く苦戦しているわけでもないですし」

「《階層主》と戦う際には、他の《魔物》が出現しないのですよね。でしたら、テグス様の魔法も心配なくご使用可能でございますので、心配は然程ないかと思われますよ」

「どんな相手でも、どんとこいです!」


 理由は納得出来るものだし、その上にやる気があるようだ。


「ふむ……まあ、戻るより進んだ方が早く帰還できるだろうし。挑んでもきっと大丈夫だろうしね……」


 テグスは少し状況を考えてから、問題はさほど大きくはなさそうだと判断して、先に進むことに決めたのだった。

 



 二十九層を踏破し終えて、三十層への階段を下りていく。


「三十層に着いたら、《階層主》に挑む前に、長く休憩を取ろうか」

「え、あの、その、気を使わなくても……」

「腹ごしらえで、戦う準備するです!」


 恐縮そうに断ろうとしたアンジィーの発言を、ハウリナが断ち切るように声を上げた。


「なにも、アンジィーちゃんのためだけじゃないの~」

「強い敵に挑む前には、確りと休憩は取らねばならないものです」

「あの、その、ごめんなさい……」


 しゅんとうな垂れるアンジィーに、ティッカリとウパルは揃って頭を撫でやる。


「気にしなくてもいいのに――」


 途中で言葉を切ったテグスは、踏み出しかけていた階段に視線を向ける。


「どうしたです?」

「次の層への階段に罠があるのが、初めての経験だから警戒をね」

「でも~、《七事道具》があれば、大丈夫じゃないかな~?」

「その段を飛び越してみてはどうでしょう、一応の警戒で」


 アンヘイラの提案に、テグスは踏もうとしていた段の先へ視線を向ける。


「いや。この先ずーっと、なにか動く仕掛けがされているね」

「あの、じゃ、じゃあ、この先には進めないんですか?」

「ですが、海の層になってからは一本道でございました。別の階段が存在するとは考え難いと思われます」


 テグスは自分の《七事道具》を弄りながら、どうしようかと悩む。


「何かが飛び出てくる罠じゃないようだし、《七事道具これ》もあることだし、下りてみよう」


 テグスの決断に、全員で階段を慎重に下りていく。

 警戒していた段を過ぎ、その先に踏み入っても罠は発動しない。


「どうやら、取り越し苦労だったようなの~」

「人騒がせな罠でございま――」


 緊張を緩めて軽口を言った瞬間、階段の足場が一斉にへこんだ。

 そして、まるで滑らかな斜面のように変化する。


「なんで《七事道具》があるのに!?」

「わふゅ!?」


 急な変化に全員足をとられて、その場にしゃがみこむような体勢へ。

 さらに、この斜面の脇から砂浜にあったのと同じ白い砂が流れ出てくる。


「え、え、す、滑、滑っちゃう!?」

「どうやら無駄のようですね、手を着いても」


 砂はしゃがんだテグスたちの下に入ると、潤滑剤のように全員を斜面の下へと運ぼうとする。

 どうにか耐えようとするが、砂の出てくる勢いが増すごとに、体が段々と滑り始める。


「も、もう駄目なの~」

「ティッカリ、押さないで欲しいです!」

「わわっ、ちょ、ちょっと二人とも!?」

 

 最初に本格的に滑り始めたのは、装備と所持品が重いティッカリだった。

 巻き込まれる形で、先を進んでいたハウリナとテグスも滑り始める。


「これはもう滑り下りるしかないですね、覚悟を決めて」

「前衛のお三方と離れ離れは危険でございますしね」

「え、あの、な、なんで手を握ってえええーえーえーえー」


 テグスたちの復帰が難しいと理解して、アンヘイラとウパルは掴んだアンジィーと共に、斜面になった階段を滑り降り始めた。

 全員で滑り下りていくと、やがて先から打ち寄せる海の音が聞こえ、砂浜が見えてくる。


「待つところが無いです!?」

「この階段は、《階層主》との戦いに無理やり入らせるための罠だったのかな!?」


 明らかに今までの《階層主》が出る層と違う光景に、テグスとハウリナは驚いた。


「どうでもいいから、止めて欲しいの~」


 滑り落ちる斜面の横が空中とあって、高所恐怖症のティッカリから泣きが入る。


「もうそろそろ砂浜に着くよ」

「こけないように、跳ぶです」

「ひ~ん~、怖くて目が開けられないの~」


 テグスとハウリナは、終わり際に斜面を蹴って空中へ跳び、砂浜に着地する。


「――ぶべっ」


 一方で、目を瞑っていたティッカリは尻から着地してから、速度を殺しきれずに顔から砂に突っ込んだ。


「手を握りますよ、前に倒れている人がいて危険なので」

「確りと握っていて下さいませね。さん、はい、で跳びますので、呼吸を合わせて下さいませ」

「え、あの、ちょ、ちょっと待っ――」

「「さん、はい!」」

「――はい!」


 やや遅れて滑り落ちてきたアンヘイラたちは、ティッカリが顔を砂から出す前に上を跳び越す。

 着地し、アンジィーが少し体勢を崩すが、アンヘイラとウパルが握った手で支えてやった。


「うぇ~、酷い目にあったの~。ぺっぺっ」


 砂から顔を上げて、ティッカリが口に入った砂を吐き出す。

 その間に、テグスは背負子を砂浜に下ろして、周囲の状況を確認する。


「狭い足場の回りが、全部海って……」


 テグスたちのいる場所は、海水に周りを広く囲まれた、二十人は乗れないほどの狭い円形の砂浜だ。

 さらに最悪なことに、斜面となった階段が砂浜から離れ、ゆっくりと上がり始める。


「わわっ、どうするです!?」

「あの斜面に掴まったところで、上には戻れそうもないよ。ここで《階層主》と戦うしかないね」

「ですが嫌な感じがしますね、周囲を水に囲まれているのは」


 全員、背負子や背嚢を砂浜に下ろして一まとめにし、周囲に視線を向けた。

 だが、警戒する姿をあざ笑うかのように、海水が打ち寄せる音だけが満ちている。

 いつ《階層主》が出てくるのかと焦れ始めた頃、遠くの海面に黒い影が現れた。


「あれは、魚の《魔物》なのかな?」

「にしては、大きいです」


 テグスたちに近寄る、水面下の黒い影は三つあった。

 やがて、影が濃く大きくなったかと思うと、海面から黒々とした背びれが突き出た。


「かなり太い背びれでございますね」

「海で漁師を食べちゃう大きな魚が、あんな背びれを持ってるって、なんかの話に聞いたことあるの~」

「そ、それ、たしか、海にあこがれる子供に聞かせる、怖い話だったと思います」

ふかでしょうか、話の筋からすると」


 アンヘイラは言いはしたが、納得しない表情で首を傾げる。


「何が気にかかっているの?」

「いえ。どうやって攻撃してくるのだろうかと、こちらは砂浜の上にいますので」


 テグスも言われてみれば確かに気になった。

 大きい魚なので、トビウオの《魔物》のように空中を飛ぶなんて真似は出来ないだろう。

 かといって、海に引きずり込むような触手があるようには、影の形からは見えない。


「疑問があるにせよ鱶ならどうという相手ではないはずです、砂浜に上げてしまえば」

 

 一端疑問点は棚上げし、いよいよ近くにきた黒い影に、テグスたちは身構えた。

 すると、黒い影の速度が如実に上がる。

 そして、海面から飛び出したかと思うと、テグスたちの頭上を飛び越えて、反対側の海へと着水して泳ぎ去っていく。

 少しだけ見ることが出来たその姿は――


「丸っこくて可愛かったです」

「目の周りが白いのも、可愛らしいの~」

「綺麗な流線型でございましたね」

「えっ? あ、あの、あれ三十層の《階層主》ですよ?」


 アンジィーが動揺して指摘するぐらいに、ハウリナたちは愛らしい印象を場違いに抱いたようだった。


「それで、あの体が黒くてお腹が白いのが、鱶なの?」

「いえ、もっと厄介ですよ、この相手は」


 一方で、元となった生き物を知っているらしいアンヘイラは、苦々しく嫌そうな顔をする。

 まるで、その表情を見ようとするかのように、三匹の《魔物》が海面から出し、顔を向けてきた。


シャチですよ、鯱の《魔物》です」

「「「クィィイイィィィーーーーー」」」


 正解と教えるかのように、鯱の《魔物》たちは一斉に可愛らしく聞こえる鳴き声を上げ、テグスたちへと再び泳ぎ寄ってきた。


書籍化の事について、活動報告を書きました。

追加情報もありますので、ぜひご一読くださいますよう、お願い申しあげます。

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