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159話 《大迷宮》産の海産物

 テグスたちは、倒した蟹の魔物を解体していた。


「けど、この量は全部持っていけないよ?」


 問題はこの巨体からくる、獲れる量だった。


「防具の需要は高そうですよ、殻は固いのですし」

「爪は殴穿盾で殴ってもへこまないようだから~、新しい盾の素材に欲しいかな~」

「身は、食べればいいです!」


 三人の主張もあり、爪と身を取り出した後の殻を、出来るだけ回収することになった。


「関節部と殻の色が薄い部分には、短剣の刃が通るね」

「なんとも、海の蟹の身はこのように美味しいものなのでございますね」

「あ、甘くて美味しい……」

「たくさんあるです。どんどん食べるです」

「蟹味噌を着けて食べるのも良いので、ティッカリに頭の殻を剥がすお願いをしても?」

「その程度のことならお任せなの~」


 最初は喋りながらだったのに、いつしか殻の回収と身を食べることに没頭し始めた。

 お腹が膨れて食べられなくなった人は、まだ食べられる人の補助をして、どんどんと消費する。

 やがて全員が思う存分に蟹の《魔物》の身を堪能して、殻も頭と足の部分を集め終えた。

 食べ切れなかったものや、脚の先端部と殻でも柔らかい部分を纏め、魔石化させて回収する。


「ここ、美味しいものばかりです」

「羽根の生えた猫だけですからね、海産物でない《魔物》は」

「多分だけど~、釣竿を使ったら他の魚も獲れそうなの~」

「水面の少し先を覗き込んだときには、手のひら大の貝の姿も見受けられましたので、あり得る話だと思われます」


 大分砂浜の一本道を歩くのにも慣れ、《魔物》を警戒しながらもゆったりとした足取りで進んでいく。

 何個目かの岩場を乗り越えたところで、先を進む他の《探訪者》が見えた。


「近づいても良いこと無いだろうし、ゆっくり進もう」

「あ、あの、で、でも、たくさん人がいた方が、いいんじゃないかなって……」


 数々の戦闘を経てアンジィーもテグスたちに慣れてきたのか、つっかえながらも自分の意見を言えるようになったようだ。

 そのことは嬉しく思いながらも、テグスは静かに首を横に振った。


「必ずしも、良いとは言えないと思うよ」

「居るだけなら、ジャマです」

「協力できるか未知数ですよ、あの人たちの実力が分からないので」

「それに、初見の相手を悪漢の類でないと言い切るのは、難しいものでございますよ」

「そ、そうですか……」

「でも~、ちゃんと意見を言えて、アンジィーちゃんは偉かったの~」


 否定する意見が多くてしょげるアンジィーに、ティッカリはよしよしと頭を撫でてやっている。

 すると、さらに恥ずかしそうに顔を俯かせた。

 皆してその姿に微笑みを浮かべつつ、さらにゆっくりとした足取りで進む。

 だが、先にいる《探訪者》たちの足が遅く、少しずつ近づいてしまう。


「遅すぎるです……」

「ん~、荷物持ちっぽい人が、かなり多く物を持ってるの~」


 テグスが目の上に手でひさしを作って見てみると、確かに荷物持ちらしい一人が大荷物を抱えていた。

 そして、足場が砂浜なので足をとられて動きにくそうにしている。

 ウパルも見ていたが、少し首を傾げた。


「なぜお一方だけで持っていらっしゃるのでしょう。分散して持っておられた方が良いと思うのですが」

「あ、あの、仲間みんなが荷物を持つのは、《探訪者》では珍しいって……」

「あれも役割分担ですよ、戦闘を行う者が良く動けるようにという」


 ウパルはアンジィーとアンヘイラの説明に納得した。

 一方でテグスは、あの《探訪者》たちを追い抜くかどうかを考える。

 そして、近づいて何らかの嫌がらせを受けてもつまらないので、どうにか時間を潰そうと結論を出す。

 後ろを振り返り、後続の《探訪者》の姿が見えないのを確認し、岩場から砂浜へと降りた。


「仕方がない、休憩にしよう。なんならここで、海の食べ物を集めてもいいし」

「わふっ! それはいい考えです!」

「釣りをして大物を狙うの~」

「見張りをします、警戒のために」

「では、蓮の葉のお茶をお入れしましょう。アンジィーさん、お手伝いしていただけますでしょうか?」

「て、手伝います」


 背負子を下ろして、各々が休憩を取り始めた。

 鎧を脱ぎ薄布姿で海へと飛び込んだハウリナは、水底にあった巻貝を腕いっぱいに拾うと、素早く戻ってきた。

 釣り竿を握っていたティッカリは、手のひら大の魚を何匹と長い海草を釣り上げる。

 残ったテグスたちは、ウパルとアンジィーが煎れた茶を飲みながら、《魔物》が襲ってこないか警戒した。

 何度か羽根猫とトビウオの《魔物》が襲ってきたが、時間をかけて安全に倒しつくす。

 先の《探訪者》たちと十分に離れたことを確認すると、多少の獲物を背負子に入れて休憩を終わらせ、また砂浜を歩くのを再開したのだった。

 



 二十七層から二十八層に入る。

 この海の場所も、時間と共に光球の強さが変わるらしく、段々と薄暗くなってきた。


「この時間帯に綺麗な夕焼けが見えるのですが、本物の海ならば」

「《迷宮》の中だし、それは高望みだと思うけど」


 話しつつ乗り越えた岩場の付近に天幕を張り、食事と就寝を含めた休憩に入った。


「この岩場で貝の《魔物》に出会えたのは、行幸でございましたね」

「大きな貝殻で、まとめて鍋です!」

「どんどん斬って中に入れるの~」


 二人寝ベッドより大きな貝殻の中に、海水で洗ったトビウオや蛸の《魔物》を、下処理してからぶつ切りにして入れていく。

 ハウリナが拾い集めた巻貝や、ティッカリが釣った魚と海草の類も入れられた。


「それで僕が魔術で水を入れて、五則魔法で火にかけるわけね。『水よ滴れ(アコヴィ・ファリ)』。『我が魔力を火口に注ぎ、呼び起こすは暖かなる火(ヴェルス・ミア・エン・フラミング、ミ・ボキス・ヴァルム・ファジロ)』」


 入れたものが少し浸る程度に魔術で水を入れ、五則魔法で貝殻に火にかけていく。


「岩場を少し崩してもらえませんか、ティッカリ」

「お安い御用なの~」


 すると、アンヘイラがティッカリに岩場を殴穿盾で砕かせ始めた。

 そして手に乗る程度の石を、五則魔法の火の中に入れ始める。

 手すきだったアンジィーも、石を火に入れるのに参加する。


「何しているの?」

「秘訣ですよ、鍋を早く沸かす」

「あ、あの、ハウリナさん、その棒を貸しては……」

「どうぞです」


 五則魔法であっというまに赤くなった石を、アンジィーが黒棍で掻き出す。

 そして、アンヘイラが投剣を左右の手に一本ずつ持つと器用に赤くなった石を拾い、鍋代わりの貝殻の中へと投入した。

 じゅぅっと音がしたかと思うと、ぼこぼこと水が泡立つ音がしてくる。

 次々に熱された石を入れていけば、あっという間に中が煮だった。

 

「魔力の節約になるでしょう、こうすれば」

「なるほど、こんな方法もあるんだ」


 もう火は要らなさそうなので、テグスは五則魔法を止める。


「んぅー、いい匂いですー」

「思わず、お腹が鳴っちゃいそうなの~」


 うっとりとするハウリナとティッカリの姿に苦笑いしながら、テグスは背負子の隠し箱の中から、鉄串を人数分取り出して配って回った。

 受け取ったアンヘイラが、食材の一つに刺し、煮え具合を確かめる。


「少し生ですがもう十分でしょう、獲れたてで新鮮ですしね」

「わふっ、食べるです!」

「川のと海のとで、魚にどのように違いがあるのか、楽しみでございますね」

「巻貝の身を食べるの~」

「え、あの、じゃあ、お魚を……」

「なら、蛸を食べてみようかな」


 思い思いに鉄串を刺して、湯気を放つ食材に口をつける。

 

「海の魚は、少々味が強く感じられるものなのですね」

「はぐはぐはぐ、煮た魚、美味しいです」

「巻貝の身に苦い部分があって、お酒が飲みたくなるの~」

「あむっ、もぐもぐもぐもぐ……」

「蛸の身は煮た方が、少し柔らかい気がするね」


 塩や香辛料を入れていないのに、食材を煮込んで味が出たのか、単に食べた時よりも美味しく感じられる。

 全員の手の止まらない食の進みっぷりからも、この即席鍋の美味しさが分かるようなものだろう。

 だが、この食の楽しみを奪うかのように、近くの水面と上空に《魔物》の影が現れた。


「みゃみゃ~~」

「みゃぅ~~~」


 上空からは二匹の羽根猫の《魔物》が、テグスたちに向かってきている。

 水面からは蟹の《魔物》が、飛沫を上げながら砂浜へと上ってきた。


「もう、食事中なのに!」

「食べるジャマに、怒ったです!」

「追加の食材にしてあげるの~」


 テグスは左右に小剣を持ち、黒棍を握ったハウリナと、殴穿盾を腕につけながらのティッカリと共に、蟹の《魔物》へと向かっていく。


「良いところに手羽先と獣肉の追加ですね、海産物ばかりに変化が欲しかったので」

「え、あ、あの、猫も食べる気なんですか?」

「羽根の生えている生き物を、見た目で猫とくくってよいものなのでございましょうか」


 アンヘイラとアンジィーにウパルは、上空から飛来しようとする羽根猫の《魔物》を狙う。


「蟹の《魔物》は、左右から挟むようにして戦うよ!」

「脚、全部折ってやるです!」

「隙があったら、杭を打ち込んであげるの~」


 蟹の《魔物》を中心に、三角形を作るように展開して、攻撃を加えていく。

 テグスとハウリナは、宣言通りに脚を狙って攻撃して、身動きを封じていく。

 少し距離をとったまま攻撃してこないティッカリよりも、手傷を与えてくる二人に狙いを定めたのか、蟹の《魔物》は左右の爪で追い払おうとする。

 だが、両手を広げるような格好になった瞬間に、ティッカリが走り寄る。


「と~~~やぁ~~~~~~」


 右の殴穿盾の杭の部分で、蟹の《魔物》の目と目の間を貫く。

 瞬間、固められたように動きが止まった。

 そして、ゆっくりと杭が引き抜かれると、穴から体液と蟹味噌を流れ、脚の力が抜けて崩れ落ちた。

 一方で、羽根猫の《魔物》を狙っている側は、武器を構えながらも静止した状態だった。


「ゆっくりと狙いましょう、薄暗いですから」

「は、はい。で、でも、なんか、凄く近くなって……」

「ご心配なさらなくても、後ろには通しは致しませんよ」


 アンヘイラは弓を引いたまま、アンジィーは機械弓を向けたまま、羽根猫の《魔物》が近づいてくるまで待っていた。

 二人のやや前にはウパルが立ち、両袖から《鈹銅縛鎖》を垂らしている。


「みゃ、みゃ~~」

「みゃみゃう~~」

「射ちますよ……今です」

「は、はい!」


 もう目と鼻の先というところで、二人が矢を放つ。

 だが、羽根猫の《魔物》は行動を読んでいたのか、羽根を大きく打ち払って直前で回避する。

 弓矢の準備が整う前に再度襲い掛かろう、空中で一瞬動きが止まった瞬間に、《鈹銅縛鎖》が二匹の胴体に絡みついた。


「このまま、岩場にご案内いたします!」


 ウパルに引かれた《鈹銅縛鎖》は、羽根を動かす羽根猫の《魔物》の努力を無視し、後方の岩場に二匹を打ち付けた。

 しかし、単に衝突しただけでは致命傷ではなかったらしく、岩場の上に立ち上がろうとしている。

 アンヘイラは冷静に弓に矢を番えて引き、アンジィーは慌てて短矢を機械弓に装填した。

 そして、二匹が飛び立つ前に、それぞれに矢と短矢が突き刺さった。


「みゃ、みゃうぅー……」

「みゃ、みゃああああー!」


 矢に頭を貫かれた方は死に、胴体に短矢を受けた方は飛び立とうと羽根を振るう。

 少し足が岩場から離れたところで、アンヘイラが素早く放った矢が頭を貫いた。

 体勢を崩して横倒しになり、岩場に横向きに胴体着地した。


「ふぅ……食事休憩をするにも、この層からは気を抜けないね」


 アンヘイラたちに援護しようとして構えていた投剣を戻しつつ、テグスは安堵の息を吐く。


「そんなことより、カニです。カニの鍋です!」

「直ぐに切り分けて、煮込んで食べるの~」


 一方で、ハウリナとティッカリは蟹の《魔物》を引きずり始めていた。


「羽根を切り離しましょうか、毛皮を剥ぐ前に」

「な、なら、羽根をむしりますね」

「では、もう一匹を捌くのはお任せを」


 アンヘイラたちも、相談しながら解体をしている。

 そんな女性陣の頼もしい逞しさを見て、テグスも《魔物》を切り分ける作業に加わるのだった。


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