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158話 海の《魔物》たち

 《大迷宮》の二十七層は、通路が砂浜で周囲が海という変わった地形だ。

 出てくる《魔物》の種類も、海に関連したものが多く現れる。


「この八本足の軟体動物め!」

「この蛸めでいいと思いますよ、そこは素直な表現で」

「キュキュィイィィイィイーー」


 数匹まとまって砂浜を這ってくる蛸の《魔物》に、テグスは小剣を振るう。

 沖に上がり、頭が潰れた見た目だが、それでもテグスの顔元までも大きさがある巨体だ。

 絡み付こうとする足も長く、斬り飛ばしてやるものの、時間とともに再生していくので厄介だ。

 だが、八本の足を半分以上排除しないと、本体に斬り込めない。


「続いてください、矢で目を狙います」

「は、はい。がんばります!」


 アンヘイラとアンジィーは、近づく蛸の《魔物》目を狙って矢を放つ。

 だが、無事な足に阻まれてしまい、数匹の《魔物》の内、潰れたのは一つか二つ程度だった。


「打撃はあまり効かないかも~」

「テグス、テグス。丸焼きをすすめるです!」

「仕方がない。『我が魔力を火口に注ぎ、呼び起こすは火閃の炎(ヴェルス・ミア・エン・フラミング、ミ・ボキス・リニオ・フラモ)』!」


 胴体を殴ったティッカリの攻撃は、効いた様子はない。

 テグスはハウリナの意見を受けて、左手の小剣を手放すと《補短練剣》を抜いて向ける。

 火閃の五則魔法を唱え、切っ先からほとばしる炎で、蛸の《魔物》を焼いていく。


「ミキュィイイィィィィーーー」


 炎を当てると、岩場のような茶黒色い見た目だったのが赤く染まり、足が丸まっていく。

 所々焦げた見た目になったところで、テグスが長鉈剣で胴体を次々に刺し貫いて仕留めた。


「相性が悪くて活躍できませんでしたので、解体は張り切らせていただきます」

「はんなまのタコの足、うまうまです」


 滑る体表に《鈹銅縛鎖》を引っ掛けられなかったウパルが、率先して蛸の《魔物》を解体していく。

 その傍らで、ハウリナは短剣での解体作業はしつつも、切り離した赤く丸まった足を美味しそうに食べ始める。


「どうせ全部は持っていけないから、多少腹ごしらえをしておこうか」

「砂がついた部分は、海の水で洗うの~」


 胴体部や足を思い思いに切り分けて全員で食べながら、解体を続ける。

 表面は焼けて歯ごたえがあるが、中は半生で噛めば果物とは違う、海産物の甘さが出てきた。

 顎の力が強いハウリナとティッカリは、足の方を好んで食べている。

 一方で、残りの全員は、薄くて柔らかめな胴体部分を選んで食べた。

 背負子の容量を考えて、一匹分を解体し尽くした所で、その残骸と残りの蛸の《魔物》を纏めて魔石化する。

 出てきた魔石は、ここまで見た中では一番大きな、人の目玉程度の大きさだった。


「これだけ大きな魔石が出るって事は、よほどの強敵なんだろうね」

「気を引きしめて、進むです!」

「綺麗な海なのに、出てくる《魔物》は大変なものばかりかな~」


 砂浜を進んでいると、立ちふさがるように黒々として角ばった岩場が現れる。

 迂回することも出来るような感じだが、手強い《魔物》に囲まれると厄介なため、岩場の上を進むことにした。


「手をつけて歩いた方がいいようですね、濡れていて転ぶと危なそうなので」

「ゆっくりと足場を見て、一緒に進んでまいりましょうね」

「は、はい。お、お願いします」

「罠が仕掛けられてはいないようだから、焦らないでいいよ」


 テグスは岩場に罠がないか探しながら、先頭を進んでいく。

 終わりが見えてきた、その時だった。

 岩場の割れ目に見えた奥に、生々しい質感を持つ何かが蠢いているのが見えた。

 嫌な予感に、テグスは抜いた小剣の柄で岩場を砕き、破片を中に入れてみる。

 落ちた破片が蠢く何かに触れた瞬間、割れ目が閉じて動き始めた。


「これも《魔物》だ!」


 岩場に擬態していた《魔物》が振動を始め、岩場の上に登ってくる。

 そして、テグスたちに向かい合うように、閉じていた割れ目を開いてテグスたちへ向ける。


「おっきな貝です」

「あ、あの、口から触手のようなものが……」

「でも硬そうな相手ならお任せなの~」

「触手は僕が斬り払う!」

 

 大人が三人は中に入って寝れるほど、大きな貝の《魔物》。

 テグスは小剣を左右それぞれに握り、割れ目から伸びる触手を斬っていく。

 ティッカリは殴穿盾を反転させて付け直すと、開いた場所に走って入り、牙杭の部分で貝殻を砕き割っていく。

 二人が戦い始めると、そこに新たなる《魔物》の援軍がやってくる。


「みゃ~~~~~」

「みゃぅ~~~~」

「みゃみゃ~~~」


 頭上から聞こえてきた鳴き声に、戦っている二人以外が顔を向ける。

 生やした羽根で空を飛ぶ、その独特の鳴き声の《魔物》は――


「羽根がある猫です?」

「本当に猫とだとは、てっきりウミネコかと思ったのですが」

「意外と大きいでございますよ!?」

「こ、こっちに来ますよ」

「「「みゃうぅ~~~~~」」」


 羽根の生えた山猫の《魔物》が三匹、頭から飛び掛るように飛んでくる。


「矢で先制を架けますよ、アンジィーも構えなさい」

「は、はい。す、直ぐに、き、機械弓の準備します」


 アンヘイラはゆっくりと弓に矢を番えて引き絞る。

 アンジィーは慌てながら機械弓の取っ手を引いて弦を巻き上げ、短矢を設置する。

 二人とも確りと狙いを定めてから、同時に放つ。


「みゃうみゃ~」

「みゃみゃう~」

「みゃががう――」


 一射目は避けられて共に外れたが、アンヘイラがすかさず放った二射目が一匹に当たった。

 首を貫かれた《魔物》は、錐もみしながら落ち、水面に浮かぶ。


「みゃ~みゃ~」

「みゃみゃう~」


 残った二匹は広く左右に分かれ、どちらか一方でも襲いかかろうと工夫してきた。

 アンヘイラとアンジィーは、矢を可能な限り放ち牽制を続ける。

 だが、連射力で劣るアンジィーが担当した方面から、羽根を打ち払った一匹が急速に接近してきた。


「ですが、直線的に過ぎて、絡め取るのは容易でございますよ」

「みゃう~!?」


 ウパルが袖を払った勢いで、射出したように伸びた《鈹銅縛鎖》が、羽根のある猫の《魔物》胴体に巻きつく。

 そして、勢いをつけて引き、飛ぶ方向を操作した。

 羽根を動かして制御しようとするが、むなしく頭から岩場の尖った場所に激突し、頭が割れて自滅する。


「みゃう~~~」


 敵をとろうというのか、残った一匹が身体に矢を当てられつつも、無理やりに接近してくる。

 アンヘイラは容赦なく矢を放ち続け、羽根や身体に穴を開けていく。

 しかし、ある程度接近されると、弓を下ろしてしまう。


「頼みます、ハウリナ」

「頼まれたです!」


 屈んでいた上体から飛び上がり、近寄ってきた羽根猫の《魔物》に黒棍を叩きつけた。


「みゃ、みゃ~~~!」

「甘い、です!」


 顔を半ば吹き飛ばされながらも、羽根猫の《魔物》は爪を振るう根性を見せた。

 だが、その一撃はあえなくハウリナの脛当てに防がれてしまう。

 しかもお返しにと、ハウリナの両足で首元を挟まれ、そのまま岩場へと直滑降に叩きつけられた。

 頭が粉砕されてしまえば、どれだけ底力を振るおうと、身体は動かせない。


「ふぃ~、こっちも終わったの~」

「ちょっと梃子摺ったね」


 ティッカリとテグスの先にいる大きな貝の《魔物》は、殻がボコボコに穴を開けられて崩れていた。

 中の身もテグスの小剣で真っ二つにされていて、蠢いていた触手も力なく横たわっている。


「貝の身は、焼いて食べると美味しいです!」


 ハウリナは足で踏みつけていた《魔物》をほったらかしにして、テグスたちの方へと駆け寄っていった。


「一まとめにしておきましょうか、翼のある猫は使い道が分からないので」

「じゃ、じゃあ、まとめて持って行きます」


 アンジィーは岩場の上の羽根猫の《魔物》の死体を二つとも引きずり始めた。

 一人では大変そうなので、アンヘイラとウパルも片足を持って手伝う。


「テグス、テグス、早く焼くです!」

「はいはい、分かっている――ん? これは、白い玉?」


 崩してしまった貝殻を取り除き、切った身を出そうとして、テグスは丸くて艶のある白い玉を見つけた。

 大きさは人の瞳ほどで、光に当てると薄く虹がかかって見える不思議な玉だった。


「おや、それは真珠ですよ、宝石の一種の」

「これ宝石なの? 貝から出てきたのに?」

「真珠は宝石ではなく、妙薬の材料の一つと聞き及んでおりますが?」


 アンヘイラとテグスとウパルは、自分の常識に合わない情報が交わされたからか、お互いに顔を見合わせて首を傾げる。

 そんな横で、ハウリナは貝殻の破片を取り除き、自分の上半身ほどもある貝の身を、喜び勇んで掲げ上げるのだった。




 テグスの五則魔法と貝殻を利用した磯焼きで、大きな貝の《魔物》の身を堪能した一行は先へと進む。

 ちなみに、真珠は新しい革袋に入れて、テグスの背負子の隠し箱の中に収められた。

 その後も、羽根猫や蛸にトビウオの《魔物》が度々襲ってくるが、戦い方を理解したので地道に時間をかけて倒していく。

 そんな、テグスたちが二十七層に慣れ始めたのを狙ったように、新しい魔物が立ちふさがるように現れた。


「カニです。けど、おっきいです……」

「片方の爪だけ、異様な大きさなの~」

「沢蟹を見たことがございますが、こんなに大きな種類が海にはいるものなのでございますね」

「こんな大きさはいませんよ、見た目は片爪が大きな石蟹ですが」


 ティッカリの身の丈を超える高さと、手を広げた大人二人分の横幅がある、太い脚を持った蟹の《魔物》が三匹。

 その赤茶色い殻もあって、まるで壁のようだった。


「来るよ!」


 テグスの警告と同時に、蟹の《魔物》はそれぞれ口から泡を吹きながら、自身の身体の半分ほどもある、大きな方の爪を振り下ろしてきた。

 全員で後ろに跳んで回避する。

 足場は砂浜なのに、打ち下ろされると重々しい音が発せられた。


「あんまり、正面から受け止めたくないかな~」

「足元、揺れた気がしたです」

 

 振り下ろされた爪の威力に、力自慢のティッカリですら尻込みしていた。

 そして、ハウリナも嫌そうな顔をしながら、鉄棍を握り締めている。

 純粋な力押しではどうしようもなさそうな相手に、テグスは素早く戦い方を頭の中で纏める。


「僕とハウリナが足を生かして戦うから、アンヘイラとアンジィーは目を狙って。ティッカリは二人の護衛に。ウパルは《鈹銅縛鎖》で嫌がらせをして、攻撃を集中させないようにして」

「分かったです!」

「一気に来られると、あまり自身はないかも~」


 テグスとハウリナは駆け出し、残りの仲間たちは後ろへと離れていく。

 蟹の《魔物》は、近づく二人から排除しようというのか、三匹が連携して攻撃してくる。

 巨体に似合わず、六本の足での移動は素早い。

 

「『身体よ頑強であれ(カルノ・フォルト)』」

「『身体よ、頑強であれ(カルノ・フォルト)』」


 身体強化の魔術を使い、テグスとハウリナは襲い来る合計六つの爪を避け回る。


「たああああああああああ!」

「あおおおおおおおおおん!」


 そして、武器の間合いに入ると、二人して一匹の脚関節を狙う。

 小剣で脚が二本斬り飛び、黒棍で一本が折れ曲がる。

 脚の半数失い体勢が崩れたものの、身体を小さい方の爪で支えて、二人へと大きい方の爪を振ろうとする。

 狙いきれなかったのか、移動するテグスたちのやや後方に大きな爪が落ちた。


「止めを刺すから、ハウリナは他のに攻撃してて」


 テグスは小剣を爪の根元に突き入れつつ指示する。


「みんなに、近づこうとしてるの狙うです!」


 矢の攻撃で優先順位が変わったのか、一匹が横向きになり素早くティッカリたちへと近づこうとしていた。

 ハウリナは背を向けると、蟹の《魔物》が進む先へと先回りする軌道で走る。

 その行動を見ていたのか、三匹目もティッカリたちへと近づこうと、横向きになり始めた。


「あおおおおおおおおおん!」


 ハウリナは三匹目の行動を見つつも、雄たけびを上げて先にティッカリたちへ近づこうとした方に撃ちかかる。

 振り下ろした黒棍が、大きい方の爪で防がれた。

 そして、小さな方の爪を開いて突き出してくる。

 ハウリナは迫り来る爪の縁を蹴って飛び、ティッカリの横に着地した。


「射ちますよ、動きが止まったあの蟹の目を」

「は、はい。射ちます」


 入れ替わりに、アンヘイラとアンジィーの矢が飛び、ハウリナと戦っていた蟹の《魔物》の目を潰す。

 息を吐かぬ内に、三匹目が近づいてきた。


「役目は果たさせて頂きます!」


 少し横に展開していたウパルの袖から《鈹銅縛鎖》が素早く伸び、蟹の《魔物》の目と目の間を打ちつけた。

 敏感な部分だったのか打たれた瞬間、身体を縮こまらせるようにして止まり、二つの爪を交差させて目の間を守りに入る。


「ハウリナ。それは放っておいて、もう一匹を素早く仕留めるよ!」

「いま行くです!」


 最初に交戦した一匹の両爪を落とした後で腹側を縦に斬り裂き、テグスは目を潰されて動きが鈍った方を仕留めにいく。

 呼ばれたハウリナが駆け寄り、脚の一本を殴りつける。

 衝撃で位置が分かったのか、小さな方の爪を繰り出してきた。

 この時、潰された目の間――小さな触覚が何本も生えた位置に、テグスがつま先で蹴り放った砂が当たる。

 蟹の《魔物》の巨体からしたら、とるにたらないように見える嫌がらせだ。

 だが、砂が当たると、怯んだように伸ばしかけた爪が止まる。


「あおおおおおおおおおおん!」

「『刃よ鋭くなれ(キリンゴ・アクラオ)』!」


 この隙を逃がす二人ではない。

 ハウリナはいち早く近づくと、思いっきり黒棍をしたから上へと振り上げ、蟹の《魔物》に上を向かせる。

 お膳立てを受けて、テグスが小剣を手放しながら接近し、抜いた長鉈剣に鋭刃の魔術を込めると、胴体へ深々と突き刺す。

 そして爪で攻撃される前に、中身を押し切るようにして広く切り裂いた。

 脚の力が抜けて崩れ落ちる蟹の《魔物》。

 潰されないように跳んで逃げた二人は、ウパルが《鈹銅縛鎖》を打ち付け続けて動きを封じている最後の一匹へと向かう。

 もう護衛の意味も無いため、ティッカリも攻撃に参加する。

 こうして、ほどなくして全部の蟹の《魔物》は、テグスたちに倒されることとなったのだった。


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