13話 拾った獣人少女と強盗たち
《小五迷宮》の地上へ向かう帰り道。
テグスは《縞青蛇》を数匹昼飯用に狩り、そして当初の予定通りに《辛葉椒草》を背負子一杯になるまで狩り集めた。
そのついでに《黄塩人形》の一体でも狩ってみようと、五層の通路を歩いていた。
時折擦れ違う《探訪者》たちに、背負子から出る辛い匂いに顔をしかめられながら、四層に登る階段まで遠回りになる様に道を歩き続ける。
誰も戦っていない《黄塩人形》は中々居なくて、テグスは六層に戻ってみようかと考え始めた。
その途中で入った小部屋状の開けた空間の中では、《黄塩人形》とテグスと同い年ぐらいの少女が戦っていた。
いや戦っていると言うのは間違いだと、テグスは直ぐに分かった。
少女は右足を痛めているのか、少し違和感のある歩き方で下がりつつ防御しながら、どうにか《黄塩人形》から逃げようとしている。
そして《黄塩人形》は少女を追い詰めようと、砂混じりの手足で攻撃し続けている。
《黄塩人形》は『白塩人形』に比べてたら、身体も小さいし動きも明らかにド素人なもの。
しかしながら、同じ身長で手傷を負っている少女にとっては、そんな動きから繰り出される攻撃でも危ない事に変わりは無かった。
「いけない!」
テグスは少しだけこの戦いの様子を見ていたが、少女の腹に《黄塩人形》の蹴りがまともに入り、少女の身体がくの時に曲がって地面に崩れ落ちたのを見て、すかさず介入する事にした。
走り寄りながら短剣を抜いたテグスに《黄塩人形》は反応し、テグスに向き直って素人臭い構えで迎え撃とうとしてきた。
しかしテグスは慌てずに、先ずは鋭刃の魔術を使用して、《黄塩人形》の首元を右から左へと横に短剣を滑らした。
砂交じりで純度が低いからか、《黄塩人形》の首は呆気なく飛んだ。
その首の形が崩れて空中に撒かれるのと同時に、身体の方も地面の上に塩と砂の混合物の小山と化す。
余りに呆気なさ過ぎて、『白塩人形』との差異にテグスは戸惑ってしまった。
消化不良な気分を抱きつつ、短剣を箱鞘に戻したテグスは、少女に向き直る。
少女はぐったりとうつ伏せで地面に倒れこみ、気絶しているように見えた。
「ねえ、大丈夫かい。ちゃんと生きてる?」
揺すっても反応が無いので、手でうつ伏せから仰向けにさせる。
薄汚れた肌の上にボロボロの衣服を着た、栄養状態の悪さを表すような少女の平たい胸は、生きている証の様に上下していた。
取りあえず死んではいないと安心したテグスは、少女が《黄塩人形》に蹴られた腹を服を捲って確かめる。
肋骨と腹の間に、膝で蹴られた証である丸く赤い跡が残っていたが、内臓にまで達するような怪我では無さそうだと判断する。
その時、真っ平らな胸の頂点も見えてしまったが、孤児院での世話で散々年下の裸など見慣れているテグスは、何の感想も抱く事は無い。
服を元に戻し少しの間だけ待ってみたものの、苦しげに眉を寄せたまま気絶している彼女は、一向に起きる気配が無い。
しょうがないので時間つぶしのために、倒した《黄砂人形》の砂混じりの塩を、背負子に入れっていた予備の汚れた麻袋の中に入れておく。
その作業が終わっても、少女が目覚める様子は無い。
「うーん、まあ《小五迷宮》でやる事は済んだし。この子の仲間は居なさそうだし。きっとここの支部の孤児院の子だろうから、連れて行ってあげようか」
背中におんぶするのは背負子があるし、いざ戦闘になったら少女を直ぐに安全に地面へと置かないといけないので、自ずと抱っこをする事に成る。
抱え上げ自分の腕の中でぐったりとしている少女の顔を間近に見て、テグスが抱いた思いは唯一つ。
「あ、獣人だったのか、この子」
ボサボサの頭髪で気が付かなかったが、獣人特有の動物のような三角形の耳が、伏せた状態で頭にくっ付いている事に気が付いた。
尻の下に置いた手には、垂れ下がったフサフサの毛の尻尾が手に触れるのも感じる。
でもそれ以外の事はどうでも良いと言いたげに、テグスは少女を抱かかえたまま直ぐに五層から四層へと上り。
《探訪者》が少なくなったので、少女を無闇に揺らさない程度に抑えながら、地上へ向かって走り始めた。
地上へ出て《小五迷宮》の支部へと辿り着いたテグスは、受付で迷宮攻略の証である赤い魔石と引き換えに、《鉄証》への刻印の彫金と鉄貨十枚を受け取る。
「こんなに若いのに《精塩人形》を倒すとはな。そちらの気絶している女の子も仲間なんだろ。《鉄証》を渡してくれれば、ちゃんと『五』の印を入れてやるが?」
『白塩人形』の正式名称が《精塩人形》なのだと、気を向けていたテグスは、何を言われたのか理解出来なかった。
テグスに《鉄証》を返した受付の男性が、テグスが抱いたままの少女の方を指差しているのを見て、漸く何を言われたのか理解した。
なのでテグスは慌てて否定した。
「違うよ。迷宮で《黄塩人形》にやられそうになってたから、助けて連れてきたんだ」
「ふーん、でどうするんだ。その子?」
「どうするって、ここの孤児院の子じゃないの?」
「見たこと無いな……その子の首に《鉄証》か《仮証》があるなら見せてみな」
テグスはその存在を忘れていたと、慌てて少女の首に掛けられている紐を引っ張る。
紐を手繰って出てきたのは《鉄証》だった。
つまりこの少女は十三歳以上の、《迷宮都市》内では成人として扱われる存在だ。
てっきりまだ子供だと思っていたテグスは、少し驚きながらも少女の《鉄証》を窓口の男性に渡す。
「名前は、ハウリナ。この生年月日なら十三歳だな。どうやら孤児院出身じゃないらしい」
「ここじゃないなら、何処のか分かります?」
「いや、《迷宮都市》の孤児院出身じゃないって事。《仮証》からじゃなく、普通に《鉄証》を作ったって証がある。ホラ坊主、お前のと見比べてみな」
テグスが手渡されたハウリナという名の少女の《鉄証》を見比べてみると、なるほど中心に彫金された模様が異なる。
よくよく観察すると、テグスのには中心に古文字の『三』がかなり崩して書かれ、その周りに三重丸で囲われているのが分かる。
対してハウリナのには、単なる丸が入れられているだけだ。
「その中心のは傍目にゃ模様にしか見えないが、ここで育った子供か外様かが直ぐに分かるようになっているのさ」
「何でそんな事をしているんです?」
「使える奴かどうかを見分けるためだな。迷宮で育ったお前らと、他から来た無知なガキを同列にして、何の得がお互いにあるんだ?」
つまりは《探訪者ギルド》にとって、素材を集めてくれる方か、まだまだ手が掛かる方かを見極める為だろう。
なにせ未熟な《探訪者》には、多少の助言をしなければうっかり死にかねないのが、迷宮と言う場所なのだから。
「孤児院出身じゃないなら、この子は結局どうしましょう?」
「あー、どうするかね。関係者が見つかるまで、一時的にここの孤児院で預かるのは可能だが。まあコレが必要だな」
受付の男は親指と人差し指に中指を使って、何かを擦る動きをする。
それは硬貨を擦り合わせて音を出す動きの模倣で、要するに金銭の要求をしているのだ。
でも《迷宮都市》内では、親指と人差し指で丸を作って硬貨を表す方が主流なので、男のは珍しく見慣れない所作とも言えた。
テグスは《外殻部》で商人が同じ様な仕草をしていたので、内容を理解出来たが。普通の《雑踏区》に住む孤児たちなら、それが何の意味なのかに気付かなかっただろう。
「うーんと、取り敢えずの手持ち全部」
「……これなら、ニ日三日程度なら預かれる。それでその間に見つからなかったらどうする?」
「《小三》の孤児院に行くように言って下さい。テグスに言われて来たといえば、追い返される事は無いでしょうから」
所持金全ての鉄貨十八枚を受付の男性に手渡し、獣人の少女を預ける。
それで用が済んだテグスは、背負子の中の《辛葉椒草》を全て買い取り窓口で換金する。
需要が高いのに採取する人が居なかったためなのか、鉄貨できり良く五百枚と意外な大金になった。
《雑踏区》に住む大人一人が、鉄貨十枚以下で一日を過ごせるのだから、これは二ヶ月分ほどの生活費に当たる。
鉄貨が入ったずっしりと重い麻の小袋を渡されたテグスは、その重さに辟易としながら生活費として数十枚を別の袋に入れ、残りを無造作に背負子の中へと入れた。
そして素材を売ったのに、やけに重くなった背負子を背負って支部を後にした。
道すがら、手に入れた重い鉄貨を消費する意味を込めて、屋台で串焼きを買う。
一本鉄貨幣三枚という高い串だったが、使われているのが良い肉でさらに塩で下味を付けているので、テグスとしては鉄貨三枚は安いと思った。
なので試しで頼んだ一本を食べ終わると、追加で十本ほど頼む。
「毎度。坊ちゃん、次からもご贔屓に!」
「近くに寄ったら、必ず来るよ!」
思わぬ大量注文に、強面の顔にニッコリ笑顔を浮べる店主。
テグスも元気に返事をしてから、大きな葉の上に乗せられた串焼きを食べながら道を歩いていく。
今日この後、テグスは《小六迷宮》へと向かい、付近の宿で一泊して翌日に潜る積りだった。
しかしハウリナという少女を助けてしまった上に、もしかしたらレアデールに世話をして貰うかもしれないため、事前連絡を入れに育った孤児院に行く事にした。
《小五迷宮》の支部の場所から《小三迷宮》の支部の場所へは、近道をすればテグスが今の速度で歩き続けて、日が落ちる頃には到着する。
なのでのんびりと食べながら大通りから外れて裏路地を歩いていたのだけれど、後ろから突き刺さる視線を感じたテグスは、誘い込むように更に奥の裏路地へ。
そしてもしかしたら串焼きを落としてしまうかもと、急いで串焼きを消費し始める。
「おいそこのガキ。ちょっと待ちな」
テグスが大急ぎで最後の一本の串焼きを食べ終えるのと、男の声で制止を促されるのは同時だった。
もぐもぐと口を動かしながら振り返ると、くたびれた革鎧を着けた汚れた中年男が四人、ニヤニヤと変な笑い方でテグスを見ていた。
その笑い方の意味を悟ったテグスは、相手をするのが面倒そうに顔をしかめる。
そんなテグスの反応に、男たちのニヤニヤ笑いの度合いが強くなる。
「なあ、さっき大金手に入れたんだろ。俺らに少し奢っちゃくれないかね」
「串焼き買うのに使っちゃいましたよ?」
「あんな串焼き屋で使いきれる程の金じゃなかったろう?」
予想通りの要求に、一応テグスは嘘半分に食べ切った十一本の串を掲げて見せたのだが、どうやら無駄だったらしい。
恐らくこの男たちは、テグスが買い取り窓口で鉄貨が沢山入った袋を得たのを見ていて、背の小さい子供に見えるテグスを強請って金をせしめてやろうと、こんな場所まで追いかけてきたのだろう。
同じ《探訪者》同士というのになんと矜持が低いのかと、テグスは嘆きたくなり、良い年して《小迷宮》程度に間誤付いているのだから当たり前かと思い直す。
「お断りします。なんで見知らぬ人に、ご飯を奢らなきゃならないんですか」
「おいおい、この状況分かっているのか。大人しく従っていりゃあ、痛い目見ずに済むんだぜ?」
「それで一度奢ったら、次にも集りに来る積りでしょ。まあこっちはもう《小五迷宮》『なんか』は、もう用が無いので来ませんから、無理でしょうけどね」
「……なんだと、このガキ」
彼らが生きる糧にしている迷宮を、『その程度』と言う意味合いを込めて扱き下ろしてみれば、面白いように男たちの顔に怒りの色が出てくる。
「聞こえませんでしたか? 《小五》はもう攻略してしまったから、もう来ないって言ったんですよ。こんな黄色い塩なんかを集めて、日銭を稼ぐあんたらと違って、こっちには旨みが無いんでね」
背負子の取れる所に括ってあった麻袋を取り、男たちの足元に投げ捨てる。
ザッと砂が零れ出るような音と共に、袋から黄色い塩が出て床にぶちまけられる。
あたかも、こんな塩なんてこの程度の価値しかないと言わんばかりの態度に、それを飯の種にしている男たちからの怒気が膨れ上がる。
「このガキが……もう勘弁ならねぇ」
先頭にいた男が腰に下げていた棍棒を取り出し、テグスを威嚇するように振り上げる。
それを見ていたテグスは、漸く敵対行動した、と呆れ気味な感想を抱いていた。
そんな恐れた様子も無いテグスに、木の棍棒を取り出した男は引き下がるに下がれなくなり、振り上げた棍棒を叩き付けようとテグスに寄ってきた。
その《精塩人形》にも劣る動きに、テグスは余裕を持って振り下ろされた棍棒を避ける。
そして言い逃れの出来無い攻撃を確認し、手の中の串を一本取り出し、その先端に無詠唱の鋭刃の魔術を掛け、驚愕に見開かれた男のその目に突き刺して押し込んでやった。
「ぐぎゃがががががが――」
一息に目から頭の中まで串が刺さった男は、身体を痙攣させながら地面に倒れた。
テグスは止めの為に、もう一本串を取り出し、同じ魔術を掛けた後で眉間に根元まで突き刺して命を断つ。
「こ、こここの、ガキ。やりやがったな!」
「先にやったのはそっちですからね」
テグスの挑発めいた言葉に、残りの三人がそれぞれ武器を取り出す。
短剣が一人に、木の棍棒が二人。
脅威度が高いのはどれだろうと、テグスは冷静に判断しながら、串を一本掴んで投げる。
狙いは短剣持ちの男。
「この程度!」
「『物よ空中にて左へ挙動を変えろ(オルビト・デ・オブジェクト・ヴァリリ・アル・マルデクストレン)』」
「!?――ぎゃああああ、俺の、俺の目がァ!!」
顔の中心に飛んで来た串を短剣で払おうとして、しかしテグスの曲投の五則魔法で軌道が変化した串は、男の右目に突き刺さった。
刺さったといえど、魔術で強化もしていない食べ終わった串焼きの竹串を投げただけなので、その怪我の度合いは軽い。
だが目という急所に攻撃を貰った短剣の男は、大仰に驚き目を手で覆って悲鳴を上げる。
それを見て聞いてうろたえた残りの棍棒持ち二人。
「『身体よ頑強であれ』」
テグスは足を身体強化の魔術で強め、一瞬で片方の懐に飛び込むと、身体を伸び上がらせて片手で二本握りこんだ串で両方の目を潰す。
そしてその事実にその男が悲鳴を上げる前に、もう片方の男へと近付き。今度は耳の穴に串を入れ、そして奥まで突き入れる。
「ぎゃああああ、なにも、なにも見えねぇーー!!」
「あがきょ――」
棍棒を手放し両目を押さえる男と、痛みに呻いた瞬間に白目を剥いて後ろへと倒れる男。
その無防備な両方の男の眉間に、遠慮なくテグスは魔術で強化した串を眉間に刺して殺す。
そしてまだ生きている短剣の男へと視線を向けると、串が刺さった目を瞑りながらテグスへと突進してくるところだった。
「この、死にやがれー!!」
男のこの破れかぶれの攻撃は、片方の目を瞑ってたために目測を完全に誤り、テグスの居る場所のかなり前で短剣を突き出してきた。
このまま避けなくても当たらなかったが、テグスは串を新しくもう一本掴み前に出て、男と交差しながらその眉間に魔術で強化した串を突き刺した。
「くそがァ……」
絶命する最中、最後の恨み言を言い放ち、男は地面に倒れた。
きっちりと全員仕留めた事を確認してから、テグスは男たちの身包みを全て剥ぎに掛かる。
「孤児院に行くのに、良いお土産が手に入っちゃったよ」
ウキウキとしながら、男たちの衣服や革鎧に革靴、棍棒や短剣と少量の鉄貨を集め、それら全てを背負子へと入れ。入りきらなかった分は手に持って、テグスはその場を後にした。
ほぼ全裸になった男たちの死体に、様子を見ていた《雑踏区》の住人数名が近付く。
剥ぎ取れる物の少なさに嘆きながらも、換金可能な男たちの《鉄証》を奪い取り、かつら用に頭の毛や薬になる陰部などを、欠けた陶器の破片などで切り取っていく。
勿論彼らは、立ち去るテグスを背後から襲う事などしない。
命あっての物種。実入りが少なくとも、抵抗出来ない死体相手の方が安全なのだから。