154話 二十一層から先
《大迷宮》の二十一層について何個目かの中洲で、テグスたちは天幕を張って休憩していた。
「ここも《中三迷宮》みたいに、朝と夜で光る強さが変わるんだね」
地面に座り高い天井に無数にある光球を眺めながら、テグスはなんの気はなしに呟く。
傍らには、中洲に生える潅木の枝で作った焚き火がある。
「テグス、焼けたです」
「《猛毒山蛇》の開きなの~」
「良い具合に出来ましたよ、《罠産川鴉》の丸焼きも」
ハウリナたちが差し出してきたのは、中洲に入ってから獲った《魔物》で作った夕食だった。
「ありがとう。ウパルとアンジィーも、作業の手を止めて食べなよ」
「はい。頂かせていただきますね」
「は、はい。ちゃ、ちゃんと食べます」
ウパルは切り落とした《猛毒山蛇》の頭の顎を開かせ、アンジィーの毒液が入った金属製の筒の端を噛ませていた。
《猛毒山蛇》の毒を、筒の中に移しているらしい。
「でも、意外と量が取れたよね」
「わふっ、大猟です!」
《猛毒山蛇》は中洲に踏み入れば襲ってくるし、《罠産川鴉》は罠を作らせないために積極的に狩ってきた。
なので、食べて消費しないと荷物になってしまうのだ。
現に、噛み付こうと飛び出してきた《猛毒山蛇》が、ハウリナに握りとめられて首を捻り折られる。
「また、食べ物きたです」
「これだと休憩にならないから、他の人たちみたいに、これからは橋の上で休むようにしようか?」
「ですが中洲のほうが便利でしょう、煮炊きをするには」
「なら、寝るときだけ橋の上に天幕を張れば良いの~」
食べながら視線を向けた近くの橋の上では、他の探訪者が寝転がって休んでいる姿があった。
見ていると、ふとウパルが首を傾げる。
「素朴な疑問なのですが、あの方たちは《七事道具》をお持ちになられていらっしゃるのでしょうか?」
「どうだろう。見える限りでは持ってなさそうだけど」
テグスの言葉が引き金になったわけではないだろうが、一人の男の探訪者が寝返りをして罠の区域に入ったらしく、橋の床板が開き河に落ちた。
「ぶえぶえあああー?!」
河に入るや否や、奇怪な悲鳴を上げて水を蹴立てながら、落ちた男は慌ててテグスたちの居る中洲へと逃げ帰ってくる。
「ぶははははっ、馬鹿だ。寝ながら落ちた馬鹿がいやがるぜ!」
「あいつ、寝相悪いからなぁ。宿のベッドで寝てても、朝には床で寝てるぐらいだし」
「次は、もう少し罠と罠の間隔が広い場所を選ぶ」
物音に飛び起きた橋上の探訪者たちは、間抜けな仲間を指差して笑っている。
笑いものなった男は、迫る《排撃岩魚》に短剣を突き入れて倒した後で中洲に上がった。
「笑うな! こいつの硬い鱗を食わせるぞ!」
自身の身長の半分ほど《排撃岩魚》のエラに手を入れて持つと、仲間たちの方へと帰っていく。
彼らの慣れているような姿を見ていたテグスたちは、関心と呆れの混じった溜め息を吐いた。
「休憩中に橋から落ちるのは、織り込み済みなんだろうね」
「《七事道具》あるです。関係ないです」
「でも、油断しているとああなっちゃうのかな~」
ティッカリが横目を向けた中洲の草むらには、うつ伏せで倒れる人の姿がある。
仲間か他の探訪者に身包み剥がされたそれは、紫に変色した腿の真ん中に《猛毒山蛇》の噛み跡があった。
その一体だけではなく、いままで渡ってきた中洲には、ぽつぽつとこういった死体が転がっていた。
中には、溺れ死んだ末に、水ぶくれた姿で中洲の縁に流れ着いているのもある。
それらの光景を思い出したのか、ウパルは《猛毒山蛇》の開きを口にして、青い顔をして固まった。
話題を振ったティッカリは申し訳なさそうに、ウパルの背中を撫でやる。
テグスも話題を変えた方がいいと判断した。
「油断しないで進むとしても、進むのに時間がかかりそうだよね」
「罠の多さが厄介ですね、この広さというのもありますが」
「橋を歩くときは良いけど、中洲のときは《七事道具》は当てにならないの~」
中洲にある罠の多くは《罠産川鴉》が設置したものなので、《靡導悪戯の女神シュルィーミア》の罠のみを止める《七事道具》の効果は適応されないのだ。
「まあ、一つ一つ進んでいけばいいよ。幸い、《魔物》はそんなに強くはないんだしね」
「強くないけど、美味しいです」
話し合いの最中でも、ハウリナはぱくぱくと食べ続けていた。
そして話が一区切りついたとみるや、テグスにも押し付けるように勧めてくる。
仕方がないなと苦笑して、テグスたちは《魔物》の襲撃を警戒しながら、食事を再開するのだった。
二十一層を中洲を行ったりきたりしながら三日がかりで通過し、同じ光景の二十二層へ下りる。
そして同じように進みながら、途中途中で中洲に流れ着いていた、河に落ちた探訪者の失くし物であろう荷物も回収していく。
「釣竿が入っていたのは、よかったの~」
「入れ食いが続きますね、どんな肉でも」
「アンジィー、じょうずです」
「え、あ、村に居たとき、父に教わっただけで……」
食事のたびに《猛毒山蛇》と《罠産川鴉》肉ばかりでは飽きるので、回収した荷物から釣竿を拝借して、河で普通の魚と《排撃岩魚》を釣っておかずにする。
「テグス様。こちらが食べられる野草で、似ておりますがこちらは毒草でございます」
「う~ん……どこが違うんだろう?」
付け合せの野草はウパルが中洲で調達し、護衛兼荷物持ちとしてテグスが同行する。
時折、実物を見せて講義をしてもらい、テグスは食べられる野草の区別を覚えていく。
罠の解除や休憩の仕方も慣れてきたので、進む早さは上がり二日で次の二十三層へ。
「いつまで、河がつづくです?」
「もしかしたら、三十層までこのままかもね」
「《中三迷宮》もずーっと同じだったから、ありえるかな~」
いい加減、同じ光景がずっと続くので飽きてくる。
それは他の探訪者も同じようで、橋の上で座って休憩している人たちも、うんざりしているようだった。
この飽きが油断を招くのか、中洲には罠にかかった人や、《猛毒山蛇》に噛まれてのた打ち回る人に、度々出会ってしまう。
「この方たちは処置いたしましても助かりません。楽にして差し上げた方が、よろしいと思われます」
「そう。じゃあ、仕方ないね」
出会った時にはすでに毒で虫の息だった探訪者五人組を、テグスは小剣で次々に一撃で奪っていく。
軽く冥福を祈ってから、《白銀証》を含めて身包みを剥いだ。
かさばって重い鎧や武器はティッカリの背負子に載せ、残りはそれぞれ分散させて載せる。
「あ、そ、そんなに、重くないですね」
「造罠コキトの背嚢のお蔭だね」
重量軽減の効果があるため、膨らんだ見た目よりはずっと軽い。
そのため、何匹かの《魔物》を倒して背負子に追加しながらも、足を鈍らせることなく先へと進んでいける。
「テグス、先に人がいるです」
幾つか目の中洲に到着したとき、ハウリナから注意を促す言葉がかけられた。
指差す先を見てみると、確かに七人ほどの集団の姿がある。
あちらもテグスたちを見つけたのか、上客を呼び込む店員のように、大げさに手を振って呼び寄せようとしてきた。
テグスは仲間と顔を見合わせた後で、少し警戒しながらその集団に近づく。
距離が縮まって彼らの様子が良く見えるようになる。
人間と獣人の混成した、男女八人組。
一様に、男は上半身裸で、女性の上半身は下着姿だ。
全身濡れているのを見れば、橋の罠で河に落ちた《探訪者》たちなのだろうと予想がついた。
それでも《探訪者》の意地なのか、武器と腰回りの装備は捨てていない。
「どうかしましたか?」
少し警戒しながらのテグスの問いかけに、八人全員が安堵の溜め息を吐き出した。
「よかった、話が出来そうな相手と最初に会えて」
「少年一人にほか女ばかりの不思議な組み合わせだからって、少し様子見して損したな」
口々に安心からの軽口を始める、彼ら彼女ら。
どういうことかと小首を傾げていると、代表者なのか三十歳に届きそうな男がテグスたちの前に立つ。
視線は一番大柄なティッカリへと向けられている。
「見て分かると思うが、少々情けない状況でね」
「大体は予想できますけど、それと僕らと何か関係が?」
まさかテグスが代表で受け答えすると思ってなかったのか、男の視線が向け直される。
「ああ、まあ、そうだな。恥ずかしい話だが、防具があれば譲ってくれないかと思って声をかけたのだ」
確かに男たちに防具は必要に見える。
だが、テグスは自分たちの防具を譲る積りは無い。
その意思が顔に出たのか、男は慌てて顔を横に振った。
「訂正だ。拾った防具があれば、融通してくれないか」
「それなら構いませんけど。融通ってことは、代金は支払うって事ですか?」
見た目から金を持ってなさそうだと暗に言ったことに、男は少し恥ずかしそうな顔をする。
「溺れないように荷物の大半は捨ててしまったから、所持している金は乏しいが」
男が仲間たちに顔を向けると、革袋が一つ飛んできた。
それを受け取った男は口を開いてから、テグスへ中身を見せる。
入っていたのは、銀貨や銅貨に魔石。
これで拾った防具を買おうというのだ。
テグスの後ろから中身を見たアンヘイラが、少し嫌そうな顔をする。
なにせ《大迷宮》二十四層までこれる人たちの防具だ、人数分の防具を揃えるなら、この程度のお金で済む安物ではない。
実際、革袋の中身全てでも、テグスの鎧一式の購入代金にも届かない。
「その革袋の中身で良いですよ。ただし、僕らが拾った物だけですよ」
テグスはティッカリに手で指示を出し、背負子から拾った防具を出させる。
すると、アンヘイラが軽くテグスの袖を引っ張った後で、耳に口を寄せてくる。
「テグス、《中町》でなら下取りでももっと高く売れます、考え直しましょう」
「初めての層を進んでいるのに、要らない鎧で荷物を増やす意味が無いよ。それに、下手に断ったりしたら、あの人たちと戦うことになるんだよ?」
「……それだけではないでしょう、テグスの考えることですから」
「まあ、《仲間殺し》と前に変な噂が立ったから、ちょっと評判稼ぎみたいな考えもあったりするけどね」
二人で内緒話をしている間に、拾った防具は八人組の《探訪者》たちへと渡った。
防具が体に合っていないからか、変に大きかったり窮屈そうだったりしているので、人の笑いを誘う姿になっている。
それでも満足なのか、彼ら彼女たちは一応に気が楽になった表情をしていた。
「助かった。それで、君らはこの先に行くのかな?」
「ええ、このまま行けるところまで行くつもりですよ」
代表の男から金と魔石が入った革袋を受け取りながら、テグスは問いに答える。
「そうか。なら足りない料金の少しでも補填するため、情報を渡そう」
言葉を切り、テグスの聴く用意をするのを待ってから、話が続く。
「いいか、二十四層からは景色が一変して、橋が架かる場所が沼地に変わるんだ、そして出る《魔物》も一新されて、かなり手強くなる」
「戦ったことがあるんですか?」
「つい今しがた、二十四層で一通り《魔物》たちと戦ってみて、実力が足りなと分かり引き返したのだ。その時の戦闘の疲れで罠を見誤ってな……」
肩を竦める男に、テグスはなんと声をかけて良いか迷い、黙ってしまう。
「済んだことを引きずってもしょうがないな。それで出てくる《魔物》の名称と特徴だが――」
有益な情報を聞き漏らさないように、テグスだけでなくハウリナたちも、男の話に聞き入る。
そうして一通りの情報を渡し終えたのか、男はこれでお終いだと身振りする。
「情報、どうもありがとうございました」
「助かるです」
「いやいいさ。鎧の適正価格には、これでも程遠いからな」
苦笑いを浮かべながらの男の言葉に、テグスたちは再度頭を下げてお礼を示してから先へと進む。
男とその仲間の八人も、テグスと別れると《中町》へ向かって引き返していった。




