151話 アンジィーの装備更新のための調べもの
六人組となったテグスたちは、アンジィーの劣っている装備品を買い換えることにした。
「え、その、でも、テグスお兄さんたちに悪いですし……」
「遠慮しなくて、いいから」
「新しく入った人の通る道なの~」
「足手まといですし、その装備では」
「でも、なに買うです?」
「精霊魔法使いに合う装備品に、心当たりがおありでございますか?」
テグスは思わずあると答えそうになる。
しかし、心当たりが色々と破天荒な養母のレアデールであることを思い返し、当てにならないのではないかと考え直した。
「取り敢えず、闇の精霊魔法がどんなことが出来るとかも調べなきゃいけないから、《中一迷宮》の最下層に行こうか。あと《七事道具》を取りに《中四迷宮》にも行かなきゃね」
「食料運び、しないです?」
「また《依頼》があったらいいかな~」
「他の人を集めなくてもいいでしょうね、六人いますし」
話がまとまり、全員で《中一迷宮》へ向かう。
《探訪者ギルド》の支部に、携帯食料を運ぶ《依頼》があった。
人数分の《依頼》を受注し、背負子と背嚢に携帯食料と水石を満載してから《中一迷宮》の中へ入った。
素早く通路を進んでいき、次々に層を下っていく。
瞬く間に二十層に到達し、倒した《晶糖人形》を回収。
その欠片を口にしながら、さらに先に進む。
「アンジィーもアンヘイラと同じ後方支援の役回りになるだろうから、この機械弓使ってみてくれない?」
「は、はい。使ってみます」
二十一層で倒した《機械弓犬》から剥ぎ取った、機械弓と短矢をアンジィーに装備させる。
これでアンジィーは、後方から攻撃することが出来るようになった。
三十層に到達し、《合成魔獣》と戦いに入る前に、テグスは初めてのウパルとアンジィーの戦い方を伝えることにした。
「ウパルは《鈹銅縛鎖》で行動を阻害して。アンジィーは機械弓で援護ね。二人とも無茶しなくていいから」
「はい。承りました」
「は、はい。が、がんばります!」
直接攻撃系のカヒゥリとは違い、二人は支援攻撃系なので、戦力の低下が心配された。
だが、実際に戦ってみると、杞憂でしかなかった。
「一度捕まえたからには、この鎖からは逃ることは叶いません」
テグスとハウリナとティッカリが前で奮戦している間に、《合成魔獣》の後ろ足の片方をウパルが《鈹銅縛鎖》で絡め取る。
「グルグオ「ケエエエアア……」……」
「たあああああああ!」
「あおおおおおおん!」
「とや~~~~~~~」
足を振って剥がそうとするが、テグスたちに次々に攻撃されて、後ろ足ばかりに構っていられない。
「機械弓を使用する場合はじっくりと良く狙ってください、再装填に時間がかかりますので。敵のみが射線上に残った時のみ引き金を引きます、仲間に当てないためにも」
「よ、よく狙って……」
目や口腔を狙って矢を放つアンヘイラの横で、アンジィーが両手に持った機械弓の先を《合成魔獣》に慎重に向ける。
射線が通った瞬間に、引き金を引いた。
放たれた短矢は見事に命中。
しかし、《合成魔獣》の体毛に弾かれて、地面に転がってしまった。
「あ、そ、その、ご、ごめんな――」
「直ぐに装填ですよ、撃った後は。ですが上出来です、最初は当てることが肝心ですよ、傷を負わすよりも」
「は、はい!」
遠距離武器の仲間だからか、意外にもアンヘイラは面倒見よく指導している。
その後は、ウパルの阻害行動が思いの他に機能したお蔭で、早い段階でテグスが急所を刺し貫いて戦闘は終了した。
《中一迷宮》最下層。
大図書館内の所定の場所に、テグスたちは持ってきた携帯食料と水石を置いた。
「携帯食料を持ってきて貰ったお礼に、お兄さんが調べ物を手伝ってあげよう。でゅふでゅふ、さあ悩みを言うがいい!」
相変わらずな《考求的学び舎》の信者であるオーマに、闇の精霊や精霊魔法使いに関しての書籍がある場所に案内してもらった。
「ここら一体が精霊魔法の書籍の棚。闇の精霊に関しては、このあたりだ。ん? 解説して欲しい? そうかそうか、じゃあ手伝って――」
「サボりを発見。直ぐに回収業務に移る!」
「今日も元気だ、仕事が捗る!」
「やめろ゛ーー! やめ゛ろ゛ーー!」
オーマは別の信者に両脇を抱えられて、どこかへと去っていった。
テグスたちは以前来た時になれたので、無視して本棚に向き直る。
「適当に選んでみようか。このとき、僕しか古代文字を読めないのは痛いね」
「古代文字でしたら、多少解読することが可能でございますが?」
「ウパルも読めるの!?」
「はい。教義や規範を記した書は、全てが古代文字で記すのが決まりとなっておりましたのです」
予想外の戦力が出てきたので、テグス・ハウリナ・アンジィーの組と、ティッカリ・アンヘイラ・ウパルの組に分かれて探すことにした。
テグスは適当に本を引き抜き、ぱらぱらと捲って中身を確認する。
よさそうな物を見つけたら、ハウリナかアンジィーに持たせて、次の本に目星をつける作業に戻る。
ウパルは端から順々に本を調べていき、素早いながらも頁を一枚一枚丁寧に捲っている。
手が届かない場所はティッカリが補助し、アンヘイラは静々と荷物持ちに徹する。
持ち寄った本を、テグスとウパルが読んで、闇の精霊と精霊使いに最適な装備を探していく。
重要だと思う部分は紙にペンで書き記し、読み終えた本は二人以外が率先して戻しに行った。
「調べた結果、分かったことを発表します」
「わーわー、いいぞー、発表しろー」
「闇の精霊に関して、新たなる発見を期待しまくり!」
「晶糖をなめなめなめなめ。頭に栄養補給して、ばっちし、ばっちし!」
書きまとめた紙を掲げてテグスが宣言すると、本棚の脇からオーマを始めとする例の三人が顔を覗かせてきた。
「……なんで、あなた方がいるんですか?」
「ふふん。愚問だな少年よ!」
「知識を発表する場には、我々《考求的学び舎》の信徒が常にいると思うのだ!」
「単純に、闇の精霊を調べるのは後回しにしてたから、内容が気になるだけさ」
「「おい、真面目な口調でばらすなよ!」」
相変わらずの調子な三人は無視して、テグスは発表を始める。
「本を読んだ限りだと、闇の精霊って悪い精霊ってわけじゃないみたいだった」
「でも、禁止されてるです?」
「精神に作用するからって理由でね。でも、基本的に精神を落ち着かせたり眠らせたりという、沈静させる役割の精霊なんだよ」
「興奮や混乱を引き起こすのは、光の精霊の役割でございました。光の精霊を使用する禁忌は、何処の土地にも無いもようでございます」
テグスとウパルの言葉に、ティッカリが手を上げる。
「聞く限りだと光の精霊の方が危険っぽいの~。なんで、闇の精霊魔法だけ禁止されているの~?」
「本によってまちまちだね。光と闇という言葉で受ける印象の所為、魔法を使用した際の見た目の差異、効果が強い時間帯と場所のため、とか書いてあったよ」
精霊魔法は、各種精霊の属性に見合った媒体が必要となる。
火なら炭や竈、水なら杯や瓶、風なら空いた窓、土なら地面などだ。
それを考えると、闇の精霊魔法の使用には、影や暗闇がある場所や時間が必要になる。
逆に光の精霊を扱うには、光溢れる場所や時間帯が必要になるはず。
どちらも精神に作用する精霊だが、どちらの方が傍目でより凶悪に見えるかは、容易に想像がつくだろう。
「加えて申し上げますと、強く闇の精霊魔法をおかけになった場合、人は無気力となり非生産的になるのだそうでございますね。一方で、光の精霊魔法の場合は、自分の命を捨てるほど活動的になるのだそうでございますよ」
「活動的にする方が使用用途が広いですね、元気を無くす方法よりも。そして、光の精霊は尊いと勘違いさせるのですね、闇の精霊という蔑む対象を作ることで」
人狩りの経験を元にした見解を、アンヘイラは入れた。
ここでテグスは、話題を入れ換える合図のように、一度手を打ち鳴らし合わせた。
「じゃあ、次は闇の精霊がどんなことが出来るかに話を移すよ」
注意を向けさせた一同の顔を見回してから、テグスは続ける。
「さっきも言ったけど、闇の精霊を使うと戦闘意欲を削ぐことが出来るんだ。強くかければ、相手を眠らせる事だって可能だって」
「それだけではありませんよ。認識を阻害させ、闇の中に相手を閉じ込めることも出来うるそうで。偉大な精霊魔法使いは影で敵を拘束し、影の槍で刺し殺した、などという記述もございましたね」
「闇の精霊魔法、すごそうです!」
「えっと、そのあの、が、がんばります」
ハウリナにキラキラとした目を向けられて、アンジィーは少し困った表情の後で決意を見せて言った。
「アンジィーの今後の成長に期待をする前に、闇の精霊魔法を使う人の装備なんだけど――」
「媒体とする影を生み出し易くするためにと、ゆったりとした大きく黒い外套を纏うという記述が目につきました。偉大な精霊魔法を使うお方も、こちらの格好をなさっていたそうです」
「僕が読んだ本の多くは、人影は必ず出来るからって余分なものは着ないって。そして、闇の精霊魔法は補助と割り切って、その人に合った装備をつけるのが多かったね」
「え、あの、どっちが、いいんですか?」
まったく正反対のことを言われて、アンジィーは混乱したようだ。
テグスは仕方が無いなという表情をしてから、アンジィーの目を見つめる。
「決めるのはアンジィーだけど、その前にちょっと質問があるんだよね」
「え、あ、は、はい」
「アンジィーって、闇の精霊だけ仲良くしたいの? それとも他の精霊とも仲良くしたいの?」
思っても見なかった質問なのか、アンジィーは少し驚いた表情をした。
そして、考える素振りをする。
「え、あの、その……他の精霊とも、仲良くなり、たい……」
おどおどとした態度で、おずおずと伝えた。
聞いたテグスは破顔して、アンジィーの肩に手を乗せる。
「じゃあ、余分なものを着ない方向でいこう。多種類の精霊魔法を使う人は、こっちの格好が多いんだってさ」
何を言うべきか分からなかったのか、アンジィーは同意するように首を上下に振る。
「精霊魔法使いで弓も使う人のお話の本があったから、装備や格好はその内容を元にするね。何か他に要望ある?」
「い、いいえ、ないです。お任せします」
多少強引な決定ながらも、アンジィーの装備の方向性は決まった。
テグスは紙の余白に、アンジィーの装備に必要な物を羅列していく。
「もしかして、俺ら無視されてね?」
「もしかしなくても、無視されてる」
「闇と光の精霊に関しての話を聞けたんだから、満足しとけば?」
「「それはそれ、これはこれだ!」」
終始居ないものとして扱われたのに、なぜか楽しそうな《考求的学び舎》の信者三人だった。




