150話 取捨選択
アンヘイラの求めに応じて、テグスたちは連れ立って夜の《外殻部》を歩いていた。
「脇道に入ります、あそこの道具屋の横のです」
先導するアンヘイラの言葉に従い道を進む。
商店の明るさがある大通りから離れ、路地へ裏路地へと入っていく。
店よりも住居が多くなり、家の外観も薄汚れたものへと変わる。
建物から漏れてくる灯りも乏しくなり、道の大半は天の星と月の光だけで薄暗い。
「あ、あの。ほ、本当に、ここを通るんですか……」
暗さに、気弱なアンジィーが怯える素振りを見せながら歩く。
一方で、テグスたちは気にすることなく、アンヘイラの言葉通りに歩いていく。
やがて、周囲を半ば朽ちた三階建ての建物で囲まれてる、袋小路で立ち止まった。
アンヘイラが振り返り、テグスたちに向き直る。
「目的地です、ここが」
「なんというか、いかにもな場所だよね」
アンヘイラが弓と矢を番え引き始めるのに合わせ、テグスも左右の小剣を抜き放つ。
ハウリナは黒棍を握り直し、ティッカリは殴穿盾を構える。
ウパルの両袖から《鈹銅縛鎖》が垂れ下がり、アンジィーはテグスが改良した杖の持ち手のような魔道具を持った。
この一触即発の空気を切り裂くように、別の場所から何かが複数飛来してくる音がする。
「させはいたしません!」
ウパルが《鈹銅縛鎖》を頭上で振り回すと、何かを弾き飛ばした。
テグスが視線を向けると、それは黒く塗られた投剣だった。
「効きませんよね、不意打ちなんて」
「そりゃあ、こんな場所に連れてこられたら、誰だって警戒するよ。そう思いません?」
テグスが問いかけた先は、アンヘイラではなく周囲の屋根の上と、袋小路の出入り口。
そこには全身を黒尽くめにした人たちが、闇にまぎれて立っていた。
屋上に九人。出入り口には五人いた。
ティッカリが出入り口側へ向き直る。
ウパルとアンジィーは隠れるように、ティッカリの後ろに移動する。
「あの人たちって、アンヘイラのお仲間さんでしょ。人数増えてない?」
「ええ。集めたそうですよ、テグスにお礼参りのために」
「アンヘイラにも得たお金は頭割りにして手渡してたから、間接的にお世話してたようなものなのにね」
「聞き入れてはくれませんでしたけれど、同じ事は言いはしたのです」
少し残念そうなアンヘイラに、テグスは苦笑いを浮かべて見せた。
楽しく談笑しているとでも思われたのか、唐突に屋上や出入り口から黒い投剣が降ってくる。
「こんなの、大したことないの~」
「攻撃を通したいのでしたら、直接降りてきていただけなければいけませんよ」
ティッカリは鎧と殴穿盾の堅さに任せて、ウパルは振り回す《鈹銅縛鎖》で投剣を弾き飛ばす。
「問答無用って事だね。残念だよこんな結果になって」
「同じですね、こんな結末が不服なのは」
顔を向け合う二人。
アンヘイラが強く弓を引き絞ったのを見て、テグスも動いた。
右手の小剣を手放し、腰に収めてある投剣へ手を伸ばす。
だが、テグスが投剣を放つ前に、アンヘイラの手から矢が放たれる方が速かった。
「ぐあああああああーーー!」
悲鳴が上がる。
ただし、それはテグスの口からではない。
出入り口付近にいた中の一人からだ。
突然のアンヘイラの裏切りに、黒尽くめたちの動きが鈍る。
「『身体よ頑強であれ(カルノ・フォルト)』!」
彼らに、身体強化した腕で放たれた投剣が迫る。
合計五本投げられたうち、二本は防がれたが、残りは建物の屋上にいる三人に一本ずつ突き刺さった。
「ぐっ、あ、あああああああーーーーーー!」
「いぐっ、ああああああああーーーーーー!」
「ぐくぅ……」
投剣を受けたうち二人は体勢を崩して宙に身を投げ、一人は屋上に蹲る。
少しして、ぐしゃぐしゃり、と骨が折れて肉が潰れる音が二度した。
「う、裏切ったな……」
落ちて息のある方の黒尽くめが、震える指をアンヘイラに向ける。
「恩人を奴隷にしようと考える恥知らずな家族を見限だけ、裏切りも致し方ないでしょう」
「こかッ……」
冷め冷めとした口調の後で、アンヘイラは番えた矢を放って死に損ないを殺した。
これでアンヘイラも敵と認識されたのだろう、投剣や小矢などの武器が四方から飛んでくる。
「宿屋でこの襲撃のことを教えてもらったときは、本気で家族を討つ積りか疑ったのを謝らないとね」
地面に落としていた小剣を拾い上げ、テグスは投擲武器たちを打ち払う。
「はかない望みでしたよ、襲撃を思い直してくれないかというのは」
「あああああああーーーーーー!」
また矢の犠牲になった黒尽くめが一人、屋上から落ちた。
「下から援護はよろしくね」
「矢での攻撃なら、お任せを」
「ハウリナ、行くよ!」
「待ってたです!」
声をかけて、テグスとハウリナは囲む建物へと走り寄る。
「『身体よ頑強であれ(カルノ・フォルト)』!」
「『爪よ、尖れ(アンゴ・アクリギス)』!」
テグスは身体強化の魔術を施した足で、建物のへこみや穴を足場に屋上へ。
《中一迷宮》最下層での特訓でカヒゥリから教わっていたのか、ハウリナは削爪の魔術を足爪に施す。
そして、壁を削り穴を開けながら、まるで猫のように屋上へと駆け出す。
「ぎゃああーーーーーーーー!」
「うあああああーーーーーー!」
壁を上ってくる二人を、攻撃しようと身を乗り出した二人が矢を受けて地面へ落ちた。
「てやあああああ!」
「ぐおッ――」
入れ替わるようにして屋上に到着して、テグスは身近の一人を斬り殺す。
「あおおおおおおおん!」
「ぎぃいいいいいいいい!!」
ハウリナは屋上へ飛び込んだ勢いを生かした蹴りを放つ。
削爪の魔術が残っていたのか、避けようとした顔が切り裂かれ、黒い布と共に血が舞った。
戦う邪魔になるので、二人とも倒した相手を地上へと蹴り落とす。
屋上にいる黒尽くめは、残り三人。
細かな意匠がある短剣を構え、一斉に襲い掛かってきた。
「動きが鈍いねッ!」
「あまあま、です!」
成長した結果か、半年前は手玉に取られて逃走を許した相手なのに、瞬く間に三人を倒してしまう。
息があるのか確認するのも面倒で、屋上から突き落して始末した。
残るは出入り口にいる四人だ。
状況が不利と分かったのか、地上にいるティッカリたち四人へ、武器を投げながら突っ込んでくる。
「むぅ~~~~~……とや~~~~~~」
後ろにいる三人の盾代わりに鎧と殴穿盾で武器を受けた後で、ティッカリは近寄ってきた一人を殴りつけようとした。
その黒尽くめは手を広げて、殴穿盾を受け止める素振りを見せる。
恐らく、装備で接近戦主体だと見抜いたのだろう。身を挺して、ティッカリの動きを封じようとしているようだ。
「ぐおおおおおああああーーーー!」
しかし、様々な《魔物》を一撃で沈める殴穿盾を受け止めるには、力不足に過ぎた。
胸を強打されると、顔を覆う布から血を滲ませながら、弾かれたように後ろへ吹き飛んでいった。
失敗は見越していたのか、残りの三人が建物の壁を蹴って宙を舞う。
狙う先は、ティッカリの背後にいるウパルとアンジィーだ。
「え、ええい!」
アンジィーが手にしていた魔道具を動かすと、先端から細かな麦粉が噴霧された。
行き成り視界を粉で覆われて、混乱する黒尽くめたち。
そのうちの一人の額に、アンヘイラの矢が突き刺さり、言葉もなく頭から地面に墜落する。
「お待ちしておりました」
じゃらり――《鈹銅縛鎖》が不穏な音を立てて振るわれ、残る二人の首に絡みつく。
そして、強く引かれた《鈹銅縛鎖》のせいで、無様に顔から地面に落ちた。
ウパルは落ちた二人を、身動き取れないように複雑に縛っていく。
「なんだ、もう終わっちゃったか」
「急いできた、意味なかったです」
「全然、大したことなかったの~」
「病み上がりですしこんなものでしょう、身内ながら情けないとも思いますが」
「包み上げるのが終わりましてございます」
「じゅ、十分、こ、こわ、怖かった……」
拍子抜けしたようなテグスたちとは違い、アンジィーだけは襲いかかられた恐怖で震えている。
「もう終わったから、安心して大丈夫なの~」
ティッカリが率先して、微笑みながらアンジィーを慰めた。
対応は任せておけば大丈夫だと判断して、彼女たち以外は《鈹銅縛鎖》で雁字搦めになっている、黒尽くめ二人に顔を向ける。
「これ、どうするです?」
ハウリナが端的に問いかけると、ウパルが軽く手を上げる。
「出来ましたら、お仕置きを一任していただけたらと考えております」
「って言っているけど?」
「お任せします、もう身内とも思ってませんので」
アンヘイラから許しを得ると、ウパルは嬉々とした様子で、捕らえた二人の口に《鈹銅縛鎖》を噛ませる。
「人を物として扱うその性根、死する前に叩き直し、真人間に戻してご覧に入れましょうね」
「ぐいいいいいいいいいいいいいいいい!」
「じゃあ僕らは、死体から剥ぎ取ろうか」
拷問紛いの責め苦をウパルが与えている間、テグスとハウリナとアンヘイラは死体の身包みを剥ぎにかかる。
やがて、責め殺した黒尽くめの身包みも剥ぎにかかる。
覆面を取り払うと、責め苦から開放される喜びからか、幸せそうな死に顔を晒していた。
「どうかなさったのですか?」
「い、いえ。そ、その、だ、大丈夫です……」
恐らく責め苦の一端を見てしまったのだろう。
ウパルの問いかけに、アンジィーは青白い顔をしながら首を控えめに横に振る。
「さて、貰うものは貰ったし、宿に戻ろうか」
「アンヘイラちゃんも、一緒でいいのかな~?」
ティッカリの言葉を受けて、アンヘイラはすっきりとした表情でテグスたちに頭を下げた。
「ええ。お世話になります、以後ずっと」
「わふっ。また、よろしくです!」
今までは金稼ぎの一時的な間柄だったが、自分から仲間になると決めたからか、アンヘイラの表情に温かみが生まれていた。
「本当に大丈夫ですか。心が落ち着くお薬を処方いたしましょうか?」
「いえ、その、薬は必要ないと……」
一方で、気分が悪そうなアンジィーの理由が分からないのか、ウパルは宿に戻るまで心配して構い続けたのだった。
 




