149話 待ち時間の合間
アンジィーが新たに仲間に加わり、少し食料品を買った後で、テグスたちは一度宿に戻ることにした。
今日、別行動をしていたアンヘイラが戻ってくるはずだからだ。
「じゃあ~、ちょっと一飲みするの~」
「おつまみ、食べていいです?」
待っているだけでは暇なので、ティッカリは買い込んだ酒を開け、つまみになる食べ物も広げ始める。
ハウリナはつまみだけを貰い、大人しくもぐもぐと食べだした。
「それでは、お祈りをしますので……」
ウパルは断りを入れてから、目を閉じて手を胸の前で組んで、静かに祈りを捧げる。
「あ、あの。何をやってるんですか?」
「これ? ちょっと細工できないかなって、試行錯誤中なんだ」
先日、露店で購入した風で矢を飛ばす杖の外観の魔道具を、テグスはベッドに座りながらあれこれと弄くる。
案外、こういう仕組みがある物が好きなのか、アンジィーは控えめながらじっとテグスの手元を覗いていた。
「筒は単なる鉄の筒か。外しちゃおうっと」
「そ、そのぅ、見せてもらって、いいですか?」
「いいよ。はい、どうぞ」
控えめな求めに応じて、テグスは外した筒を手渡す。
単なる鉄の筒なのに、何が面白いのかアンジィーはじっくりと見だした。
テグスは魔道具の要の部分らしき、握り部分を重点的に調べていく。
もっとも、魔道具の知識があるわけではないので、改善点を探っているわけではない。
確かめているのは、風が何処から出てくるのか、そしてその強さだ。
「風が出る場所は筒がはまってた部分だけか。強さは結構あるけど、少し間を空けただけで拡散しちゃうな……」
しかも、ほんの一瞬の間だけ、手を押すほど強い風が出る仕組みだった。
物欲しげなアンジィーに魔道具を手渡しつつ、何に使えるのかの発想を求めて、テグスは背負子の中を物色していく。
《見惚華人》から採った粉が入った袋を見たとき、ある道具に加工可能なのではないかと思いついた。
「アンジィー。筒と魔道具、ちょっと返して」
「あ、は、はい。ど、どうぞ!」
弾かれたように素早く、アンジィーは手にしていた物を差し出す。
受け取って直ぐに、テグスは筒の加工から始めた。
「『刃よ鋭くなれ(キリンゴ・アクラオ)』」
小剣を抜いて鋭刃の魔術をかけ、鉄筒を指の長さに切り落とした。
短くした鉄筒を持ち手部分に嵌め直す。
一度、風を出させて、筒の脇から漏れてないかを確認する。
買った物を入れるのに使った麻袋を回収し、筒の口を覆う程度の大きさの麻布を切り出した。
その布で口を覆い、指で押さえながら風を出してみる。
少し麻布が膨らみ、網目の間から空気が抜け出ていく。
布の真ん中に小さく穴を開ける。
穴から風が抜けるように、大きさを少しずつ広げて調整していく。
覆う布と筒を、紐できつく縛りつける。
口を上向きにしてから、麻袋からまた布を切り出す。
覆った布の上に被せて、紐の片側を引っ張れば抜けるような結び方で、今度は緩く縛る。
これで一応は完成だ。
「テグスお兄さん。あの、それ、何なんですか?」
「ちょっとした護身具かな。本当は蓋を鉄にしたいんだけど、鍛冶魔法の才能を持つ人は仲間にいないしね」
アンヘイラを待つ間の暇つぶしに、試しに作っただけなので、動作確認が終わればどこかの鍛冶屋か武器屋で筒を作り直してもらう積りでいる。
一方で、アンジィーはこの変な見た目の道具を、どう使うのか気になっているようだ。
「試しに使って見せてもいいけど、無害な粉がないんだよね。細かい麦粉でも買ってこようかな」
「買い出しにいくの~? なら、おつまみを買ってきて欲しいかな~。ハウリナちゃんが、ほとんど食べちゃったの~」
「味が濃くて、おいしかったです」
少し酔っているのか、ティッカリは緩く微笑んでいる。
ハウリナは食べたりないのか、少し不満げに干し肉を噛んでいた。
「じゃあ、買い出しに行ってくるかな」
「はい。いっしょに行くです!」
「じゃあ~、大人しくお留守番しているの~」
「え、あの、お留守番を、してます」
「……………………」
真摯に祈っているウパルも留守番組に入れて、テグスはハウリナと共に宿の外に買出しに出かけた。
大きめな商店でテグスは細かく轢かれた麦粉を買い、ハウリナは美味しそうでつまみになりそうな食べ物を買い集める。
道すがら、屋台や露店で串焼きや揚げ物を購入してから、宿に戻った。
「ただいまです。あっ、アンヘイラです。おかえりです」
ハウリナが部屋の扉を開け放つと、もうすでにアンヘイラが中に座っていた。
「ちょっと待たせちゃった?」
「いいえ。来たのは、ほんの少し前ですので。それにしても、新しい仲間を入れたのですね、離れていたこの三日の間に」
テグスが荷物を置きがてらの問いかけに、アンヘイラは相変わらずの口調で返してくる。
冗談なのか本音なのか相変わらず分かり難く、テグスは返答に少し困ってしまった。
「うわ~、豪華なおつまみなの~」
「アンジィーもウパルも、食べるです?」
「えっと、その、それじゃあ……」
「ではご相伴に預からせていただきます」
一方で、ハウリナが机の上に置いた食い物に、ティッカリたちが集まっていく。
光景に苦笑いしながら、テグスはアンヘイラが何かを言いたそうにしているのに気がついた。
「人狩りの仲間たちの怪我は治ったんだ」
「はい。完治しました、テグスのお蔭さまですね」
話の水を向けてみたのに、アンヘイラの言葉にはなにか言いよどんだ響きがあった。
「仲間から抜けたいっていうのなら、別に構わないけど?」
「いえ。考えていたのは別件です、その件ではありません」
何か真剣な様子があったので、ハウリナたちも食べる手を止めて、アンヘイラが何を言うのかを待った。
少しだけ葛藤の表情を浮かばせて、アンヘイラはテグスたちを見回す。
そして意を決したような目になった。
「ついてきて欲しい場所があるのです、それも日が沈んでから」
唐突な申し出に、テグスたちは一様に首を傾げたのだった。




