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148話 選択した道

 ジョンたちやベックリアと再会した翌日。

 テグスたちは、《外殻部》と《雑踏区》を隔てる関所に向かっていた。


「ティッカリ、ずーっと酒くさいです」

「臭うかな~。二日酔いにはなってないけどな~」

「人の鼻ではあまり感じませんが、獣人の方には強く感じられるのでしょうね」

「珍しいからって小樽一つ開けたにしては、あまり臭わないよね」


 会話をしながら昼前に関所に到着すると、幌付き荷馬車が三台あり、周囲に十数人の人が集まっていた。

 一台はベックリアとつながりのある商店の商品の運搬用なのか、二頭立ての荷馬車に箱詰めされた物がぎっしりと詰め込まれている。

 何の気なしに光景を見ていると、人の集まりの中に居たベックリアが、テグスたちを見つけて近寄ってきた。


「兵士隊に入隊する気になってくれたのかい?」

「用事ついでに、お別れを言いに来ただけですよ」

「別離の挨拶をしにか、これは少し心の距離が縮まったと、解釈してもいいのではないかな」

「一定距離から近づきも遠ざかりもしてませんよ」


 軽口の応酬をしてから、テグスは集まっている人たちに視線を向ける。

 まだジョンたちは来ていないようだった。


「ロイパーさんとトヤルさんでしたっけ、あの二人が判別した人のほぼ全員来ているようですね」

「待機時間の間に、少し身の上話を聞かせてもらったが、大半は《ザルメルカ王国》の出なのだそうだ」

「国を出たのに、また戻るんですか?」

「元々は、この地で勇名をはせるのが目的だったそうだ。夢破れ、兵士でも良いので戻りたいのだそうだ。一定以上の実力があるため、こちらとしては断る理由はないのだ」

「国から出た人を戻すのって、国の法に抵触しないんですか?」


 先日、国の法というのは厄介だと学んだばかりのテグスは、不思議そうに尋ねる。


「彼らの中に罪人がいるのならば、別人に仕立て上げるのであろうね。まあ、専門部署が上手くやるであろうさ」

「前の秋に持って行った人たちのことも、上手くやったんですね」

「得た奴隷は有意義に活用させてもらった、とだけ言っておこう」


 ベックリアの物言いで、法というのが確りしたものなのか曖昧なものなのか、良く分からなくなる。

 なので、テグスは自分には関係ないものとして、法のことは思考の隅に追いやることにした。

 話の流れが途切れたのを見計らったかのように、ジョンたちが慌てた様子で走りよってくるのが見えた。


「急げ急げー!」

「何でこんな大事な日に揃って寝坊なんて!」

「別れの酒盛りなんかするからだろ!」

「ほらほら、皆さんお待ちッスよー」


 蓄えた荷物を背負って、ジョンたちは騒がしくやってきた。

 彼らの中には、アンジィーとカヒゥリの姿もある。


「これで、声をかけた者は全員来たようだな」

「ちょっとジョンたちと話すことがあるので、これで失礼します」

「こちらも、荷物の積み込みの指示をしておこう」


 ベックリアと分かれ、テグスは近づいてきたジョンたちと向き合う。

 ジョンたちの顔には、旅立ちの決意のようなものが浮かんでいた。


「ベックリアさんと一緒に行くんだね」

「ああ。騎士になる目標の第一歩を踏むためだからな」

「他の皆も、兵士隊に入るんだね。僕としては《白銀証》を持ってるのに、もったいないと思うけどね」

「他の仲間が言うには、この半年続けてみたが《探訪者》は性に合わないのだそうだ」


 元々、連れ回しという裏技で、半ば無理やり《探訪者》にさせられた人たちだ。

 別の安定な道を提示されれば、そちらの方へと流れるのも道理だろう。


「アンジィーとカヒゥリとはここで別れる。今後どうするかは、二人が直接お前と話すのだそうだ」


 話を打ち切るようにジョンは言うと、《ザルメルカ王国》へ向かう仲間をつれて、ベックリアへ向かっていく。

 昨日のうちに別れを済ませてあるのだろう、傍目にはあっさりとした分かれ方に見えた。

 入れ替わるようにして、アンジィーとカヒゥリがテグスの前に立つ。


「じゃあ、先ずはウチの今後の予定を話すッスかね」


 アンジィーが少し気後れしている様子を見て、カヒゥリが先にテグスに言葉をかける。


「子供に戦い方を教える面白さが分かったッスからね。《雑踏区》で子供の《探訪者》たちを集めて、組もうと考えてるッス」

「良いんじゃないかな。これから外からやってくる子もいるだろうし、孤児院から出る子もいるだろうしね」

「仲間にしたら、鍛え上げて、良い《探訪者》にしてみせるッスよ」


 あまりにも楽しげな様子なので、テグスは少しだけ別の目的があるのではと、邪推しかけてしまった。

 テグスの考えたことなど知らず、カヒゥリはアンジィーの肩を掴むと、テグスの前に移動させる。


「ほら、次はアンジィーの番ッスよ」

「う、うん。わ、分かってる……」


 相変わらず自信なさそうな態度だが、目には少しの覚悟が宿っていた。

 興味が沸いたが、テグスは急かす事無くアンジィーから話すのを待つ。


「えっと、その、テグスお兄さんの仲間にしてください!」

「うん、いいよ」


 アンジィーが一世一代の決心のように言ったのに対して、テグスはあっさりとした口調だった。

 言われたことが理解できなかったのか、アンジィーの反応が少し遅れる。


「……え、その、本当に仲間にしてくれるんですか?」

「僕は構わないし、ハウリナたちも拒否しないと思うよ」


 テグスが顔を向けると、ハウリナが代表するように首を何度も縦に振る。


「来るもの、拒まずです」

「新しい仲間は歓迎するの~」

「同年代の女子が新たに加わるのは、嬉しいものでございますよ」

「ここには居ないけど、アンヘイラは気にしなさそうだしね」


 すんなりと受け入れられて、逆にアンジィーは困ったような顔をする。


「え、でも、その。テグスお兄さんみたいに、上手く戦えないし、足引っ張るだろうし……」

「何をしてもらうかは、追々指示するし。仮に荷物持ちでも、僕らは助かるよ」


 アンジィーが入れば六人組になり、人数の上では平均的な《探訪者》の集団だ。

 それに、ウパルは戦い方の理由で重たい物を背負えないので、仮に荷物持ち役で落ち着いたとしても、ありがたい存在には変わらない。


「そ、それじゃあ、その。これから、よろしくおねがいします!」

「はい。よろしくね」

「よろしくです!」

「アンジィーちゃん、よろしくなの~」

「お互いに頑張りましょうね」


 こうしてテグスたちに、アンジィーが新たな仲間として合流した。


「今日の晩ご飯に、歓迎会をしないといけないの~」

「とか言って、お酒を買って飲みたいだけでしょ」

「お酒は、ほどほどが一番です」

「お酒に関しては同意見ですが、歓迎会はいい催しだと思われますね」

「え、その、歓迎会なんて、してもらわなくても……」


 アンジィーは歓迎されるのが慣れていないのか、少し戸惑っている様子だった。


「ちょっと豪華なだけな晩ご飯だから、気にしないでいいの~。でも、何を食べようか、今から決めておくといいかな~」

「肉を多く食べるです。力がつくです」

「お好きなものは何でございましょうか?」

「えっと、その、お肉は好きですよ。でもその、果物も好きです」


 この後も、世話好きなティッカリが主体となって、ハウリナとウパルもアンジィーに喋りかけていく。

 喋り返すのにぎこちなさがあるが、時間と共に打ち解けるだろうと、テグスは四人の会話を止めずに放っておいた。

 アンジィーが三人との会話にぎこちなさが薄れてきた頃、荷馬車の中に集まっていた人が乗り始める。

 気づいたテグスは会話を止めさせて、ジョンたちが乗った荷馬車の方へと歩いていった。

 律儀にも待っていたのか、カヒゥリも合流する。

 荷馬車の中にいるジョンと仲間たちは、残すアンジィーに少し負い目を感じているのか、ややうつむき加減でいた。

 そこに、アンジィーとカヒゥリが声をかける。


「お兄ちゃん。テグスお兄さんに仲間にしてもらえたから、心配しないでね」

「色々と困難があると思うッスけど。目標に届くまで、頑張るッスよ。皆も兵士になったら、へこたれちゃ駄目ッスよ」

「勿論だ。俺は騎士になるべく生まれた男、スページア・エンター・インサータスだからな」


 うつむき加減が少し深まる仲間とは対照に、無意味に偉そうに胸を張ったジョンは、顔をテグスへ向ける。


「騎士になったあかつきには、様子を見に来るからな。その時にアンジィーを死なせていてみろ、殺してやるからな!」

「確約は出来ないけれど、もし死なせちゃった時は、僕もきっと死んでると思うよ」


 意味が分かり難い物言いだったが、ジョンには伝わったようだ。

 なら良いとばかりに、荷馬車に座り腕組みをし、むっつりと黙り込んでしまった。

 その態度が、分かれる妹に涙を見せまいとしているように見えて、テグスは思わず苦笑する。

 少し和やかになったテグスたちの方へ、近寄ってくる人――ベックリアだ。

 テグスは身振りで待っているよう指示してから、自分からベックリアへ近づいた。


「別れは済ませたかい?」

「ええ。ベックリアさんも、これでさよならですね」

「次に合うのは、今度の秋か。はたまたその先かだな」

「……また人狩りの時に、軍を出すんですか?」

「理由が出来たら行かねばならんのは、軍属の悲しい定めだからね。致し方がない」


 あまり気乗りはしてなさそうな雰囲気で、肩を落として見せてきた。


「出来れば、来て欲しくはないですね。騎士と本気で戦いたくはないですから」

「こちらとてやって来たくはないな。変な子供の所為で、また不名誉なあだ名が増えるのはご免被りたい」


 本気と冗談が入り混じった言葉を掛け合った後で、二人は分かれた。

 テグスたちはアンジィーとカヒゥリを伴って、出発の邪魔にならない位置に移動する。


「目的地は《ザルメルカ王国》である。道中に危険が予想される」

「暴漢や悪漢の類が出てきた場合、各々で対処せよ。生かして捕らえれば、褒賞が出るぞ!」


 荷馬車に乗った人たちに聞かせるように、ロイパーとトヤルが大声を上げる。

 言葉が染み渡ったのを見計らって、ベックリアが先頭の荷馬車のに立ち、真っ白な盾を上へと掲げる。


「出発ッ!」


 盾を振り下ろしながら発せられた号令に、四つの荷馬車が《外殻部》から《雑踏区》へと進み出る。

 ベックリアが荷馬車に飛び乗った後から徐々に速度を増していき、まるで夜逃げするように暴走一歩手前の速度で《雑踏区》を駆け抜けていった。


「さて、じゃあ晩ご飯まで、買い物しようか。アンジィーの装備も見繕わないといけないしね」


 荷馬車の列が見えなくなるまで見送ってから、テグスは努めて明るい声を出した。


「そうなの~、歓迎会のためにお酒を買わないといけないの~」

「もちこみで料理してもらう、肉を買うです!」

「果物が好きとのことでしたので、美味しそうなのを見繕うといたしましょうか」

「あの、その、そこまでしてくれなくても……」

「駄目ッスよ、こういう時は甘えるものッス。でも、ウチもご相伴に預かるのは駄目ッスか?」

「構わないけど、飲み食いした分のお金は出してよ」

「うぅ~、仕方ないッス。《雑踏区》で活動し始めたら、上手いものを食う機会が減る予定ッスからね……」


 軽く笑い合ってから、テグスたちは《外殻部》の中を歩き始めたのだった。


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「元々、連れ回しという裏技で、半ば無理やり《探訪者》にさせられた人たちだ。別の安定な道を提示されれば、そちらの方へと流れるのも道理だろう」 ダンジョン内にあった図書館のようなところで働きたいと言って…
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