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147話 分かれ道

 ベックリアと従者のロイパーとトヤルによる、実力を測る試験が終わりを告げた。

 最終的に《中三迷宮》の一層に残っているのは、三人に加えてテグスたちとジョンたち、加えて歳も格好もバラバラな十数名の《探訪者》だった。

 《探訪者》たちの方は、ロイパーとトヤルと戦った後で、ベックリアとも戦ったため疲れた様子が見えている。


「予備騎士に勧誘すべき者はいないようだな」

「はっ。兵士隊に勧誘出来る者も、二十名もありません」

「ふむ。そのぐらいいれば良いであろう」


 この結果を予想していたのか、ベックリアの顔には喜びや失望の色はない。

 評価を確認したトヤルが、《探訪者》たちの方へ進み出る。


「貴君らは《ザルメルカ王国》の兵士隊への入隊資格ありと認められた。この地を離れる決心をし入隊を希望するのであるならば、明日の昼までに《雑踏区》と《外殻部》を隔てる関所の前に来るが良い」


 威丈高に言われて、《探訪者》たちは多少不快そうな顔をするが、大半は嬉しげに《中三迷宮》から去っていった。

 彼らの姿が消えてから、ベックリアはテグスに視線を向ける。


「テグス殿は、兵士隊に入る気はないのか?」

「《探訪者》が性に合っているので、お断りします」

「惜しい。兵士隊で叩き上げなくとも、歳が満ちれば予備騎士に入れる技量がいまの時点であるのだがな」


 寝言は寝て言って欲しいと、テグスは舌を出す。

 一方で、ベックリアの発言に興味を抱いたのは、ジョンだった。


「兵士隊に入っても、騎士になれるのか!?」

「その通り。兵士隊で良き力を発揮した者は、予備騎士に配属される。配属された後に功を績み上げれば、晴れて騎士になれるのだ」


 目標である騎士の道筋が見えたからか、ジョンは嬉しげに頬を緩ませる。

 テグスは少し気になった事があったので、軽く手を上げた。


「ベックリアさんは、どんな道筋で騎士になったんですか?」

「予備騎士の時にこの盾を手に入れ、叙勲騎士となったのだ」

「兵士隊には入らずに、予備騎士に入ったんですね」

「昔から、女だてらに腕っ節が立ったので、父に予備騎士へ押し込まれたのだ。望むところだったのだがね」


 どんな思惑がベックリアの父親にあったか知らないが、彼女自身は騎士が天職だと思っている雰囲気があった。

 テグスが少し呆れた目を向けていると、再びジョンが割って入ってきた。


「そう言えば、明確に実力の判定をしてもらっていないぞ。兵士隊に入れる実力が俺たちにはあるのか?」


 発言にベックリアは少し驚いた顔をして、テグスに視線を向ける。

 実力判定をしたかどうかの問いかけだと判断して、明確には言っていなかったので首を横に振った。


「それは申し訳ないことをしたね。君は入隊資格あるが、残りの五人は少し厳しい――」


 ベックリアが言葉を続けようとすると、すっとロイパーが彼女の耳元に口を寄せる。

 何を話すのか気になったテグスは、暇そうにしていたハウリナを手招きして呼び寄せた。


「なにか用です?」

「二人が何を話したか教えて」


 嬉しそうに近寄ったハウリナは、獣耳をベックリアとロイパーの方へ向ける。


「力のあるなし、聞いたです。もう一歩と、返したです。まとめて兵士にする、言うです。言い考え、と受け入れたです」


 ロイパーとベックリアを順に交互に指差しながら、ハウリナは内緒話を鋭敏な獣耳で聞き取り、小声でテグスに伝えた。

 ジョンたちをまとめて兵士隊に入れるのは、良い判断だとテグスも考える。

 多少の実力不足があっても、歳若い彼らの成長で十分補えるはずだからだ。


「君たち五人も、入隊資格ありと認めよう」


 判断に納得した後で、ふと気になったことがあった。


「ジョンを除いて、五人って言ったよね?」


 ジョンたちは少年少女七人とカヒゥリの八人組だ。必然的に二人余る。

 そして、ベックリアと戦っていない二人――アンジィーとカヒゥリであると、直ぐに予想がついた。


「兵士や騎士なんて堅苦しそうなの、ガラじゃないッスからねー」

「えーっと、仕方が無いかなって、思いますし……」


 カヒゥリは興味なさそうな口調で言い放ち、アンジィーは上目遣いで周囲をうかがうようにしながら小声で言った。

 一方で、喜びを表していたジョンは、少し困ったような顔をする。


「アンジィーだけでも、兵士隊に追加で入れてもらえないか?」


 兄と妹の関係であるため、《迷宮都市》に残すのは気がかりなのだろう。

 だが、ベックリアは非情にも静かに首を横に振った。


「聡明さは伺えるが、彼女は見るからに大人しいい気性だ。兵士となるに相応しいとは思えない」

「精霊魔法が使える。かなり強い精霊魔法をだ」

「ほぅ、どんな精霊が得意なのだ?」


 ベックリアの口調に少し嫌な物を感じたテグスは、隣にいたハウリナを伴って静かにアンジィーの近くへ歩みを進める。

 アンジィーも嫌な雰囲気を感じたのか、急にオロオロとし始めた。

 だが、ジョンは気がつかなかったのか、ベックリアの問いに素直に答えてしまう。


「闇の精霊が得意なんだ。喧嘩している奴らの頭を、精霊魔法で直ぐに冷やす事だって出来る」


 闇の精霊と聞いた瞬間に、ベックリアは剣呑な目をアンジィーに向けた。

 ロイパーとトヤルも、思わずといった感じで視線を向けてくる。

 しかし、立ちはだかったテグスとハウリナに遮られて、アンジィーにまで視線が届かなかった。


「一応、弁明しておきますけど。アンジィーは精霊魔法を覚えて三巡月ほどですから、熟練者ではないですよ」

「アンジィーに、怖い目むけるのダメです」


 テグスは両手をそれぞれ小剣の柄に添え、ハウリナも手の黒棍を確りと握る。

 軽いながらも荒々しい空気が流れたが、ベックリアの方から怖い雰囲気を解いた。

 そして、ロイパーとトヤルにも手振りで止めさせるように指示する。


「済まない。《迷宮都市》が法無き場所であると失念しかけていた。《ザルメルカ王国》の法を持ち出し糾弾するは、道理が合わないな」


 自嘲するベックリアの姿を見て、テグスとハウリナも警戒を解いた。


「闇の精霊を使った精霊魔法は違法なんですね」

「ああ。精神を変じさせる可能性がある魔法や薬の類は、法の下で禁止されている。もっとも、禁止指定薬物が《迷宮都市》から流れ込んで来るのを、完全には防げてはいないがね」


 危険な薬物と闇の精霊の行使を同類扱いする言葉に、アンジィーは恐れからか身を縮み込ませる。

 怯える雰囲気を背に受けて、テグスだけでなくハウリナも、非難する目をベックリアに向けた。


「いや、脅す積りではないのだ。こう、人に配慮した物言いが苦手なだけなのだ」


 女性の顔立ちながら精悍な顔つきなのに、困り顔になると可愛らしく見える愛嬌が生まれていた。

 謝罪に誠意が感じられるからか、アンジィーの硬直がやや薄まる。

 話が一段落ついたところで、再びジョンが会話に入ってきた。


「結局のところ。アンジィーは、その《ザルメルカ王国》とやらに連れては行けないのだな?」

「連れて行くこと自体は可能だが、兵士隊には入れられぬな。別に職を見つける必要がある」

「兵士になったら、給料が出るのだろう!?」

「出はするが、一年目の兵士の給与は己の世話で消えるものだ」


 にべもないベックリアの物言いに、ジョンは真剣に悩む顔をする。


「よく仲間内で話し合い、考えることだ」


 助言するように告げてから、ベックリアの視線はテグスに向けられる。


「テグス殿のことは、再び振られてしまったと上司に報告しよう。正直に個人的な内心を言えば、来てくれなくて安堵しているがね」

「絶対に騎士や兵士になる気は無いので、二度と来なくてもいいですよ」

「ふふっ、そうつれない事を言われてしまうと、逆に再び顔を合わせたくなる」

 

 笑顔を浮かべて楽しげにするベックリアが珍しいのか、従者のロイパーとトヤルが顔を見合わせて小声で何かを喋り合っている。


「それにしても、明日に二十人近くの人を、国まで連れていくのは大変じゃないですか?」

「気にせずともよい。我らは商会の護衛として《迷宮都市》に入っているのだ。その商会に馬車と糧食を用立て貰う」

「商人に借りを作ると怖いと思いますけど?」

「目に余るほど強気に出てきたのならば、戦時下特権で全財産を接収するだけだ」


 法の無い場所で育ったテグスには、戦時下特権の意味は分からないが、話の筋から軍隊が商人に強盗することだろうと解釈した。


「勝手に持ってったら、報復されると思いますけど」

「大丈夫なのだ。法の下で行う、正当な行動なのだからね」


 法というのは面倒だと知って、テグスはますます《ザルメルカ王国》で騎士や兵士になる気が無くなった。


「ベックリア様、明日の用意の為には、早く商会に戻りませんと」

「そうだな。無茶を言うのだから、時間ぐらいは大目に与えてやらねばな」


 ベックリアたちはテグスたちに軽く目礼をしてから、《中三迷宮》から立ち去っていった。


「さて、僕らは地上に戻って買い物の続きでもしようか」

「わふっ、少しお腹がへったです」

「なら、支部に行って預金していたお金を下ろしたいの~」

「お酒をお買いになるのも、程ほどになさってくださいね」


 テグスたちも急な展開で中止していた買い物に戻ろうと、《中三迷宮》を出ようとする。


「ちょっと待っては貰えないだろうか!」


 呼び止めたのは、ジョンだった。

 彼の仲間たちは理由を知らないのか、不思議そうな目を向けている。

 

「何か用?」

「仮に俺たちが兵士隊へなった場合、残すアンジィーとカヒゥリについて話がある」


 一方的な物言いに、テグスだけでなくハウリナやティッカリの顔も、若干の嫌悪感が浮かんだ。


「それは君らの問題で、僕らには関係が無い話だよね。それに、そっち側でどうするかを話し合うのが先でしょ」

「うぐっ、それはそうなのだが……」

「さらに言えば。アンジィーやカヒゥリがどう考えているかを聞かないで、身の振り方を勝手に決めようなんて失礼だよね?」

「そうッスよ。この仲間を解散するなら、ウチはテグスじゃなくて、別の《探訪者》に混ざりたいッスよ。なんならアンジィーを引き取って、仲間を別に集めてもいいッスしね」

「えっと、そのぅ、直ぐには決められないというか……」


 カヒゥリとアンジィーの言葉を聞いて、ジョンは反省する色を濃くする。


「君らの将来のことなんだから、ちゃんと話し合って決めなよ。明日、関所までどうなったか見に行くけどさ」


 ジョンたちを残して、テグスたちは《中三迷宮》から地上に戻った。

 そして、買い物の続きを楽しむために、先ずは《探訪者ギルド》の支部へと向かっていったのだった。


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