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146話 適正試験

 テグスたちは《中三迷宮》の一層に着いた。


「でもなんで、こんなに人が集まっちゃったのかな……」


 女騎士ベックリアの勧誘の発言を聞いていたのか、テグスたちの後を追ってかなりの人数の《探訪者》たちが、《中三迷宮》の一層にやってきていた。

 《探訪者》全員《青銅証》持ちではある。しかし、食い詰めているような薄汚れた身なりの人が多い。


「ロイパー、トヤル。有象無象は君らが相手し、光るものがある者のみを選別せよ」

「「はっ、畏まりました」」


 ベックリアに付き従っていた二人が、集まっていた人たちへ向かって歩いていく。 


「我らと一対一で戦い、善戦した者のみ兵として勧誘する」

「勝てた者はベックリア様と戦ってもらう。勝てれば騎士に推薦して下さるだろう」

「おっしゃー、人生の転機だ。一発逆転を狙うぜ!」

「お前らなんて、一ひねりさせてもらうぞ!」


 盛り上がっている向こう側は放っておいて、ベックリアは先ずジョンに向かい合う。


「では、そこの威勢の良い男子。君から相手をしてあげよう」

「ふん。得と俺の実力を見るがいい!」


 抜き放った両手剣を構えるジョンに、ベックリアは武器は抜かずに真っ白な盾だけ構える。


「武器を抜かないとは、俺を舐めているな……」

「武器を抜かせてみせるがいい。もっとも、そのような実力があるようには見えないがね」


 言葉を受けて、ジョンは苛立った様子で切りかかった。

 ベックリアは盾で両手剣を受け止め、受け流し、時折軽い蹴りをジョンの足元へ放っていく。

 ジョンの攻撃は全て無効化され、ベックリアの蹴りは面白いように当たる。

 少しの攻防だけで、口調だけは似通っている二人の実力は、かなりかけ離れた差があるのがわかった。


「遊ばれているね」

「子供と遊んでいる大人みたいです」

「危なげなく防御していて、感心しちゃうの~」

「安心して観戦していられる光景でございますね」


 明らかな差があるため、ジョンは額に汗を浮かべるほど猛攻しているのに、ベックリアに危なげな場面はない。

 このままいけば、ジョンの体力切れでベックリアが順当に勝つのは目に見えていた。


「こら、ジョン! 無闇に武器を振っても駄目だって、冬の間に教えてやったッスよね!」


 不甲斐ない姿に焦れたのか、カヒゥリから檄が飛んだ。


「わ、分かっている。ここまでは小手調べだったのだ!」

「ほう、それは楽しみだ。いささか、本気を出すのが遅いと思いはするが」

「これを食らった後で、言ってもらおうか!」


 軽く距離を離したジョンは、両手剣をやや落として、右わきの下に柄を引きつけて腰だめに構えた。

 何をする積りか興味が沸いたようで、ベックリアは泰然と構えながら、ジョンのやることを待つ。


「いくぞ、奥義・突旋撃回重斬!」


 わざわざ攻撃すると教えた後で、ジョンは両手剣を腰だめに構えたまま、ベックリアへと突っ込んでいく。

 まるで、両手剣を突撃槍代わりに使ったような突撃に、ベックリアの顔に浮かんでいた興味が一瞬にして失せた。


「突撃技なら、盾持ちにもある」


 ベックリアは盾を構えながら足をやや広げて腰を落とす。

 両手剣の切っ先を盾で阻んだ瞬間、一気に身体を前に飛び出させる勢いで地面を蹴り跳んだ。

 両者の突撃が合わさった衝撃で、ジョンは両手剣をごと大きく弾かれてしまう。

 転ばないように踏ん張るジョンの顔に、なにやら意味深な笑みが浮かんだ。


「うおおおおおおおおおお!」


 弾かれた勢いを、身体を横に回転させることで攻撃力に転化し、ベックリアへと叩き込もうとする。

 多少の硬直はあったが、滑らかな攻撃の仕方に、どうやらジョンの突旋撃回重斬とはこの回転攻撃こそが本命のようだ。


「発想はよし、だが甘い!」


 ベックリアは迫る両手剣を防ごうとはせずに、再びジョンへ構えた盾ごと体当たりをする。

 両手剣を振り切る前に、真っ白な盾がジョンを痛打し、身体を後ろへと吹っ飛ばした。

 ごろごろと地面を転がったジョンを悠々と追いかけ、ベックリアは両手剣を踏みつけ地面に固定する。


「盾を用いた突撃技で『衝盾』という。覚えておくといい」

「くっ、俺の負けだ」


 負けを認めたジョンは、酷く悔しそうな顔をしている。

 彼の目標が騎士になることと考えれば、仕方のないことだろう。

 ベックリアはジョンを見下ろしたまま、彼の内心を悟ったのか軽く笑って見せた。


「筋は悪くない。このまま実力をつけていけば、予備騎士に推薦しえる」

「なッ、それは本当か!?」


 ジョンは驚いたように地面から身体を起こした。


「嘘ではない。兵士隊にならば、今直ぐに勧誘してもよい程だ」

「そうか。実力を上げれば、騎士になれるのか……」


 ジョンが軽く震えているのは、目標まで直ぐ近くに来ていると理解して、やる気が溢れてきたからだろう。

 ベックリアは両手剣から足を離して、テグスたちの方へ戻ってきた。


「次は誰の実力を見たら良いかな?」

「じゃ、じゃあ!」


 手を上げたのは、ジョンの仲間の一人で、盾を持った少年だった。

 彼の目には、良い将来を夢見ている輝きがある。


「ずりぃぞ。俺も俺も!」

「わたしだって、力を見てもらいたい!」


 一人を皮切りに、アンジィー以外のジョンの仲間たちは一斉に手を上げる。


「ふふっ。では順番にお相手しよう」


 元気な彼らの様子に微笑みながら、ベックリアは一人ずつ順番に相手をしていく。

 彼らの誰もがジョン以上の実力はなさそうなので、テグスは視線を大勢の《探訪者》たちと戦っているロイパーとトヤルに向ける。


「くのくのおお!」

「…………」

「くそが、防御が硬ェ!」

「…………」


 《探訪者》たちは大声を上げて打ちかかる。

 ロイパーとトヤルは言葉もなく、黙々と戦っていた。

 戦い方はベックリアに似ていて、盾で防御してから攻撃を返している。

 だがやはり、円熟度に関しては二人よりベックリアの方が勝っているように見えた。


「……次だ」

「こっちも次だ」

「おっしゃー。腕を見せつけてやるとするぜ」

「兵士にでもなれりゃ、こんな底辺からはおさらばだぜ」


 挑んできた人を盾や蹴りで倒し終えた二人に、別の《探訪者》が向かっていく。

 どこか遊んでいる風だったベックリアの戦い方に比べて、二人は真剣かつ手早く戦いを済ませていく。

 テグスは、二人の戦いの方が得るものがありそうだと注視を続ける。

 盾の使い方や身体運びを見つつ、自分ならどう戦うかを脳内で組み立てていく。

 ロイパーとトヤルが十人を倒したあたりの時に、戦っていた十台後半に見える《探訪者》に実力があったのか、今まで倒した人たちとは別の場所に立たせた。

 《探訪者》の顔が嬉しそうに緩むのを見て、他の《探訪者》たちに気合が入る。

 より一層真剣みが増した戦いで、テグスが得られる情報も増えていった。


「少年、戦ってみないか?」


 独特な呼びかけに振り返ると、ベックリアが三つ編みにした金髪を払っている場面だった。

 少し視線を巡らすと、ジョンの付近に彼の仲間が疲労困憊の様子で、地面に座り込んでいた。

 唯一、アンジィーだけは困り顔で彼らの様子を見ている。


「あれ、アンジィーは戦わないかったの?」

「い、いえ、そのぉ。戦っても勝てないって思って……」


 ジョンたちの中で、一番非力そうなアンジィーなので、戦って勝つ見込みは砂粒以下もないだろう。

 戦わなかった理由を聞いて、ベックリアは少し考える素振りをする。


「ふむ。自分の実力を把握しているのは良い資質ではあるが、試験に尻込みするようでは良い兵士や騎士にはなれんよ?」

「あ、あの、兵士とか騎士に、あまり、なりたくない、かなぁ……」


 初対面の相手に強く出れない性格なのか、目を泳がせながらアンジィーはぼそぼそと呟いた。

 性格も戦いに向いていないと分かったからか、ベックリアの興味はテグスに一心に注がれている。


「……僕も、兵士や騎士になりたいわけじゃないんですが?」

「ふむ、ならば稽古をつけてやろう。この半巡年の間に、どれほど成長したか見せてみたまえ」


 有無を言わせない言い方に、テグスは少し息を吐いてから、ベックリアへと進み出る。

 半年前は罠にかける以外に戦い方がなかったが、今ではどうだろうかと興味があった。

 加えて、ロイパーとトヤルの戦い方を見ていて、考えついた戦法を試す良い機会だと思惑もあったためだ。


「それじゃあ、よろしくお願いします、ねッ!」


 ベックリアが真っ白な盾を構えた瞬間を狙って、テグスは右手で投剣を抜きざまに投げつける。

 狙いは目だったが、あえなく盾で防がれてしまう。

 だが、狙い通りにベックリアの顔が盾で覆われ、テグスの姿が一秒未満の時間だが隠れた。

 この間にテグスは、もう二本投剣を右手で放ち、左手で小剣を抜きつつ接近する。

 少しだけ盾の縁から目を覗かせたベックリアは、顔を狙って飛来する投剣を目にして、再び顔を盾の内側へと戻した。

 見えていないと判断して、テグスは右手で小剣を抜きざまに切りかかりつつ、左手の小剣で胴体へ突きを放つ。

 盾でテグスの姿は見えていなかったはずなのに、ベックリアは盾で一つ目の小剣を受けた後、軽く横にずれて二つ目の小剣の突きを避けた。

 テグスは両手とも引き戻しつつ、ベックリアが突き出してきた片手剣を避ける。

 少し間隔を空けて、二人は対峙し直した。


「甘いぞ、少年。先ほどのような攻撃は想定済みであるよ」

「そのようですね。あっちの二人には効きそうだと、思えたんですけどね」

「おいおい、部下と同程度と思われていたとは、叙勲騎士の名が泣いてしまう。しかしながら、少年の新しい武器は良い物なのだな」

「《大迷宮》に行ってますからね。いつまでも、鈍な短剣を使ってばかりもいれませんし」

「ほぅ、順調そうで何よりだ」


 会話を終わらせて、今度はベックリアが盾を掲げたまま突っ込んでくる。

 テグスは軽く足踏みをしてから前へ飛び出すと、右へ左へと少し移動する方向を切り替えながら近づく。

 衝盾を行うのは難しいと判断したのだろう、ベックリアはテグスが身近に迫った瞬間に、片手剣を突き出した。

 顔目掛けて突き進む片手剣を、左手の小剣で横に払って顔横を通過させ、右手の小剣でベックリアの足を斬ろうとする。

 しかし、ベックリアがさらに一歩近づき、盾でテグスの右腕を押さえて振れなくした。

 接近戦の様相となり、ベックリアは盾と片手剣を押し付け、テグスにも押し付け合いを強要する。

 女性と男性であっても、大人と子供の体格差があるため、テグスは離れる判断を下すと直ぐに後ろに跳び退いた。

 ベックリアの反応は素早く、衝盾の体勢でテグスを追いかけて突っ込んでくる。

 地面に着地したテグスは、避けるために横へと再び跳んだ。

 追いすがるベックリアも同じ方向へと跳び、構えていた盾を大きく横へ振り回した。

 テグスは二本の小剣をぶつけるようにして盾を受け止め、反動を利用してさらに大きく後ろへ逃げる。

 再び追ってこようとするベックリアに、テグスは小剣を二本とも投げつけて足止めした。

 ベックリアに盾と片手剣で弾かれた二つの小剣が地面に落ちる前に、テグスは長鉈剣を抜いて突き込む体勢で突進を仕掛ける。

 ジョンが突旋撃回重斬を使った時と同じく、ベックリアは盾で切っ先を受けると払い上げる。

 盾で払われる一瞬前に、テグスは長鉈剣を手放していた。

 空中を回転しながら飛んでいく長鉈剣を尻目に、テグスは突進を止めないまま、後ろ腰から普通の短剣を抜く。

 ベックリアに斬りつけようとした瞬間、テグスはぴたりと動きを止めた。

 なぜならば、テグスの腹にベックリアの片手剣の切っ先がついていたからだ。


「半巡年から見事な進歩だと賞賛しよう、テグス君・・・・。今一歩、戦術が練り上げきれていなかったようだがね」

「なにが、今一歩、ですか。魔術も魔法も使ってない上に、完全に手玉に取っていたじゃないですか」

「魔術と魔法の件は、そちらとて同じであろうに。使用していれば、もう少し粘れたであろうに」

「嫌ですよ。そこまで手札は晒しません」


 喋りあった後でお互いにゆっくりと離れる。

 お互いに手の武器を収めてから、ベックリアは満足げな吐息を漏らし、テグスは投げた武器を回収し始めたのだった。


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