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12話 《小五迷宮主》

 《小五迷宮》の九層と十層で出くわした《縞青蛇》の全てを、換金は諦めて魔術で調理して食したテグスは、小腹が満たされた状態で十一層目の《迷宮主》の間の前にある小部屋にたどり着いていた。


「さて、短剣はまだ十分大丈夫だし。魔術は結構使ったけど、魔力に余裕は有るし。じゃあ行ってみよう!」


 誰も居ない小部屋の中で、一人決意を新たにしてから、テグスは《迷宮主》が居る場所へと入っていった。

 入った瞬間、他の《小迷宮》と同じ様に、三つの光の玉が上空を駆け回り、天井の一点で静止する。

 そして照らされ浮かび上がる《迷宮主》は、何処かで見たことの有る姿。


「《黄塩人形》――じゃないよね。大人みたいに大きいし、身体は真っ白だし」

 

 五層目と六層目で出会った《黄塩人形》に似た造形。

 しかし大きさは子供と大人ほども違い、身体の色も黄ばんだ白ではなく、白砂の様に真っ白だ。


「見た目で『白塩人形』かな?」


 この《迷宮主》の情報は、何故か《探訪者ギルド》支部から得られなかったので、仮としてテグスはそう命名した。

 『白塩人形』が動き出す前に、何時ものように背負子をその場に下ろし、ゆっくりと左周りに歩いていく。

 そんなテグスの行動を、首を巡らせて『白塩人形』は見続ける。

 そこには隙らしい隙は無いため、短剣を投げて反応を確かめようと、テグスが左手を振りかぶろうとした時、突然に『白塩人形』が動き出した。

 しかもテグスに向かって突進してくる。


「くッ、行き成りかッ!」


 投擲してもう一本の短剣を抜くには近過ぎるので、投げるのをやめて迎撃する事に決める。

 無詠唱で鋭刃の魔術を使用し、短剣の刃の部分に魔力の光が灯る。

 その準備を待っていたわけでは無いだろうが、近寄ってきた『白塩人形』はテグスの顔面に向かって、ちゃんと指の造形まである手を握って突き出してきた。

 まさか殴りに来るとは予想して無かったテグスは、慌てて頭を左横に振りながらも、反撃で短剣を『白塩人形』へと突き出す。

 風鳴りの音を立てて拳が耳の脇を通過するのと、短剣が『白塩人形』に突き刺さるのは同時だった。

 しかし『白塩人形』の胸を狙った一撃は、防御した塩の腕で止められていた。

 魔術のお陰でざっくりと刺し入った短剣は、『白塩人形』が自分の腕を捻るように動かした所為で、テグスの手から離れてしまった。


「……ちょっとちょっと。再生能力があるわけ?」


 仕切り直しの為に距離を置いたテグスが見たのは、『白塩人形』の腕に刺さっていた短剣が独りでに抜け、その開いた穴が時間経過と共に小さくなり消えていく姿だった。

 思わず再生能力とテグスは言葉を出してしまったが。数秒後には、元々塩で出来た人形なのだから、刺した傷で開いた穴は身体の塩を融通して塞ぐなど出来るだろうと、納得する。

 その結論に至ったのは、《黄塩人形》を相手にしていた《探訪者》が、鈍器で身体の各所を吹き飛ばすように攻撃していた事を思い出したからだ。


「つまり突き刺すんじゃなくて、身体を少しでも良いから斬って飛ばす事」


 じりじりと『白塩人形』へと近付き、両手の短剣に鋭刃の魔術をもう一度使用する。

 より刃の光が強さを増したのを見てから、テグスは『白塩人形』へと左右の連続攻撃で斬り掛かる。

 防御力には自信があるのか、『白塩人形』は手と腕でその攻撃を捌いて行く。

 二つの短剣と塩の塊がぶつかり、ガリガリと削り合う音を立てる。

 短剣の光は当たるたびに弱くなり、『白塩人形』の腕からは塩の欠片が飛ぶ。

 

「『刃よ鋭くなれキリンゴ・アクラオ』」


 短剣の刃に光が無くなった瞬間に、今度は詠唱込みの鋭刃の魔術を掛ける。

 『白塩人形』は腕から塩の欠片を飛ばしながらも、焦った様子も無く捌き続ける。

 感情の無い、見た目通りの人形のように振舞うこの《迷宮主》に、テグスは段々と焦れてくる。

 ここでもう一度仕切り直しを入れ、短剣ではなく片刃の剣を使用するかと少し悩む。

 その思考の隙を見られたのか、一気に『白塩人形』が攻勢に出てきた。

 捌くのに徹していた両手を、攻撃にも使い出し。

 更には足での攻撃も繰り出し始めた。

 両手両足を使用した四方向からの攻撃に、テグスは一転して防御一辺倒になってしまった。

 このままではいけないと思いつつも、攻撃してくる『白塩人形』の手足を削るので精一杯になってしまう。

 この猛攻にテグスは仕切り直しを狙うのも、腰の片刃の剣を抜くのも、そんな暇は無いと判断した。


「『刃よ鋭くなれキリンゴ・アクラオ』!」


 なので気合を入れる為に鋭刃の魔術の詠唱を叫び、攻撃を防ぐ為に短剣を振るい続ける。

 運動量と緊張感から、テグスの頬から汗が流れて顎を伝って落ちる。

 その滴を『白塩人形』の足が捉えて弾けさせる。

 顎下を通過した足にゾッとしながらも、テグスは汗を振り乱して攻撃を避けて受けてを繰り返す。

 そして呼吸が苦しくなり、喉が渇き始めて水が欲しくなった所で、テグスの頭に閃きが走った。

 もしかしてという思いは有りつつも、『白塩人形』へと付いたテグスの汗が小さな染みとなっているのを見て、駄目で元々ととある魔術を使用する。


「くぅッ――『水よ滴れアコヴィ・ファリ』!」


 本来なら右の短剣で叩き逸らす所を、無理矢理身体を左へと捻ってかわしたテグスは、右手の指を『白塩人形』へと向ける。

 そして呪文を唱える。飲料水・・・を生み出す魔術を。

 指先からドバドバと音を立てて出てきた水は、胴体部分に当たった『白塩人形』へと吸い込まれる。

 それがどうしたと言わんばかりに『白塩人形』が殴りかかろうと腰の部分を捻った瞬間、その胴体部分が崩れてしまった。

 何が起きたか分からない様子で、『白塩人形』は岩床に上半身を落とし、下半身は尻餅を付くかのように座り込んでしまう。


「ふぅ……やっぱり塩なんだから、水に溶けるよね」


 指から出していた水を止め、胴体部分が水に溶けて崩れた『白塩人形』を見つめる。

 まだ生きているのか、上半身が床を引っ掻くようにして移動しようとしている。


「『刃よ鋭くなれキリンゴ・アクラオ』――『水よ滴れアコヴィ・ファリ』」


 なのでテグスは、短剣にもう一度鋭刃の魔術を掛けて首に突き刺し、開いた穴に水を流し込んで溶かし崩す。

 首と胴体が分かれて漸く停止したのか、上半身下半身共に『白塩人形』の形が崩れ、塩の山に変わった。


「はふぅ……今回はやばかったぁ」


 汗をかいたし良い所に良い塩があるからと、指で一掬いして舐めつつ、今回の事に付いて回想する。

 この『白塩人形』と仮名を付けた《魔物》は、人間紛いの格闘術と塩の固まり特有の硬さという、今までの《小迷宮》の《迷宮主》とは一線を画する実力があった。

 魔術を学んでいなかったら勝てなかっただろう、とテグスは純粋に思った。

 しかも勝ったとはいえ、水を掛けて溶かし崩すという裏技を使っての勝利なのだから、実力で勝てたとは言い難い状況だ。


「こんなに強敵だから、《黄塩人形》よりも良い塩なのに、この《迷宮主》に再挑戦を待つ人が小部屋に居ないわけだね」


 はっきりと言ってしまえば、テグスが経験した《大迷宮》の《中町》までの浅層の《魔物》たちかそれ以上に、この『白塩人形』は手強かった。

 その強さを回想しながら、溶けてない塩の部分を触り見る。

 きめ細かい手触りと白さに、実に勿体無いと思ってしまう。

 何故ならテグスの目的は塩ではなく、この迷宮の攻略である赤い魔石。

 なので後ろ髪を引かれる思いをしながらも、魔石化の《祝詞》を唱えた。

 塩の塊と塩水は《祝詞》によって、小指のほんの先ほどの赤い魔石へと問題なく変わってしまった。


「帰りにもう一度挑戦――いや、ちゃんと相手出来るようになってから、また来よう」


 赤い魔石を魔石用の皮袋に入れて、背負子を背負い直したテグスは、迷宮攻略のご褒美である《技能の神ティニクス》の神像の間へと足を踏み入れる。

 取り立てて取り替えられる装備も無かったので、テグスは神像の少し苔むした場所を拭いてからその間を後にした。



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