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145話 ふとした再会

 自由市を歩き回り、《大迷宮》二十一層からの大河が流れる場所で使用するための、防水加工が施された三人寝れる大きさの天幕を購入。

 なんでも、とある国の軍隊からの放出品らしく、小さく折りたためて持ち運べる便利な物だった。

 

「ほらほら、ウパルも何か気になった物があったでしょ」

「はい。それでは、あの練り飴というものを頂けたらと思います」


 遠慮気味だったウパルも買い食いを始めた頃、自由市が広がる道の途中でばったりと、仲間だったカヒゥリと騎士志望青年のジョンたち一行と出合った。


「おっ、テグスじゃないッスか」

「やあ、カヒゥリ。そっちに行ってみてどんな調子?」

「鍛え我意のある子ばかりでいいッスよ。そっちはまた一人抜けて、新しく若い子を入れたようッスねー。相変わらずお盛んみたいッス」

「アンヘイラは別行動中なだけだよ。それと、なにその誤解を招きそうな口調は」


 性格と考え方の違いで別れた二人だが、旧友に出合ったような軽快な口調で会話を交わしていく。


「いやー、やっぱりテグスは年上より年下派なんだと思っただけッスよ。なのでそっちのお嬢ちゃんは、気をつけないとぱくって食われちゃうッスよ?」

「テグス様がお望みでしたら、夜伽程度は進んで致しますが?」

「おおぅ、軽口から出た真実ッスね。もしかして、ヤッちまってるんッスか?」

「誰とも何もやってません」

「やるって何です?」

「う~んと~、毎日テグスと一緒に寝ているハウリナちゃんなら、いずれ自ずと分かることかな~?」


 軽口の押収をしていると、のけ者にされた形のジョンが、カヒゥリの腕を軽く引っ張った。


「おい、あんまり馴れ馴れしくするな。お前は俺らの仲間なんだと自覚を持て」

「別にそんなんじゃないッスよ。単なる挨拶をしているだけッス」

「ふん、ならいい」


 憮然としたジョンの態度が嫉妬交じりのように見えたので、テグスは少し意地悪い顔を浮かべてカヒゥリを見る。


「……もしかして、ぱくっと?」

「想像にお任せッス。ただ、冬の夜は長かったッスからねー」


 冗談という態度を貫きながらの言葉だったので、本当か嘘か分からない。

 ジョンの仲間たちの方に視線を向けても反応が薄いことから、嘘の可能性のほうが高いように感じた。

 カヒゥリとジョンの間柄なんてどうでもいい事だと思い立ち、テグスは話題を変える。


「それで、カヒゥリたちは何を買いに来たの?」

「武器の掘り出し物がないかッスね。この子たちが使っているの、《大迷宮》十層に出るコキトからの戦利品ッスし、もうちょっと良いもの持たせたいと思ったんッスよ」

「十分通用すると思うけど?」


 《仮証》の時は、コキトから奪ったなまくらな短剣を使い続けていたので、テグスは不思議そうにジョンたちを見る。

 彼らの持っている武器は、使い込まれていて良い感じに馴染んでいるように見えた。

 カヒゥリはテグスの反応を見て、肩をすくめてみせた。


「まだ使えるッスけど、掘り出しやいい武器があれば、その都度買い換えた方が無難なんッスよ」

「そうなの? 僕は使い潰すまで使うけど?」

「黒棍、壊れてないです。まだ使えるです」

「殴穿盾は、力いっぱいに使っても壊れなくて頑丈なの~」

「《鈹銅縛鎖》はテグス様からの頂き物な上に、《清穣治癒の女神キュムベティア》様に関連する鎖ですので、買い換える気など毛頭ございませんね」


 両者の考えは間違いではなく、《探訪者》としての安全性の考え方の違いによるものだろう。

 カヒゥリが指導するジョンたちの方は、いい武器と防具を揃えてから少し格上の相手に挑むのだ。

 一方でテグスたちは、基本的に所持する武器や考えた戦法で倒せない相手とは戦わない。《魔物》を倒すのに厳しくなってきた頃に、武器の買い替えを考えることが多い。

 前者は武器の更新で、後者は技術の進歩で、《迷宮》の先に進んでいく様式である。


「もっとも、買い替えの主体は、精霊魔法を覚えたアンジィーなんッスよね。後方要因の武器を入手しちゃおうって腹ッス」

「お、お久しぶりです。テグスお兄さん」


 カヒゥリに引っ張り出されて、アンジィーは相変わらずおどおどとした様子でテグスたちを見回し、ぺこりと頭を下げる。

 変わっていないように見えて、どことなく少し自意識に芯が通ったような雰囲気がアンジィーにあった。


「精霊魔法を使えるようになったんだね」


 雰囲気の違いを、テグスは精霊魔法が使えるようになったからだと受け取った。

 だが、アンジィーは少し困ったような気弱な笑顔を浮かべる。


「は、はい。でもですね、そのぅ、いまは火風水土の四大精霊さんと、仲良しになろうとがんばっていて……」

「冬の間に借りた家の中で練習して、アンジィーは闇系の精霊が得意になったんッスよ。けど、それが後ろめたいらしいんッス」


 小声になってしまったアンジィーを引き継ぐように、カヒゥリが言葉を繋げる。


「闇系の精霊って、あまり聞いたことがないね」

「書物で読んだ限りでございますが、闇の精霊は人や《魔物》の精神に作用する術を使うと書かれておりましたね。某国では、闇の精霊使いを《魔物》と同類と弾劾されるとの記述もございましたね」


 ウパルの言葉にアンジィーはビクビクと怯え始めた。

 カヒゥリは抱きかかえつつ咎める視線を向けて、ウパルは申し訳なさそうな顔を浮かべる。

 一方で、テグスは闇の精霊の術とやらが気になった。


「アンジィーは闇の精霊にどんな『お願い』をするの?」

「えっと、薪の節約とかしなきゃいけなくて、そのぉ、皆が良く眠れるようにって……」

「他にはお願いしなかったの?」

「あの、喧嘩になりそうになった時に、怒るのを止めさせたいなって……」

 

 チラチラとジョンたちの方を見ながら、声小さく使用用途を教えてくれた。

 どうやら、闇の精霊は人の精神を落ち着かせて、冷静にさせることが出来るらしい。

 某国では弾劾される対象という事実から、それだけに止まらない『恐ろしい』使用法もあると予想することが出来る。

 そんな闇の精霊の恐ろしさが分かるからこそ、気弱なアンジィーは四大精霊の精霊魔法を修めようと頑張っているようだった。


「でも、折角得意になったんなら、もっと闇の精霊を上手に扱えるようになっても良いと思うけど?」


 テグスからしてみれば、闇の精霊を使っていたとしても、精霊魔法を伸ばした方がいいと感じていた。


「あ、あの、テグスお兄さんは、イヤと思わないんですか」

「闇の精霊が使えると知ってってこと?」

「は、はい。そのぅ、人の感情を操れるんですよ……」


 アンジィーの少し悲壮な顔を見て、テグスは首を傾げる。


「人なんて言葉で煽れば怒るし、刃物で脅せば怯えるし、親切にすれば喜ぶんだから、感情を操れるって大したことじゃないと思うけど」


 感情を揺れ動かす方法など、精霊魔法以外でもいくらだってある。

 危ない薬を使って、幸せそうにしている人など、いい例だろう。


「アンジィーが使うのを止めたいならそうすればいいよ。折角の長所がもったいないと思うけどね」

「は、はい。わかりました」


 闇の精霊を使えると知っても変わらないテグスの様子に、アンジィーは拍子抜けしたような姿を見せる。

 テグスは逆に、何でそんなにも怖がっているのか良く分からなかった。

 一通りの話は終わったので、カヒゥリたちと別れようとしたとき、急に周囲がざわつき始める。

 自由市にいる人たちが一様に一方向を見ているので、テグスたちもそちらへ顔を向ける。

 綺麗な身なりをした、二人の男性と一人女性の姿があった。

 男性二人はどこかの兵士を思わせる、軽金属鎧と装飾の薄い兜を被り、腕には大型の菱形盾を持ち、剣を腰に帯びている。

 そして女性の方はというと――


「げっ、あの人は……」


 ――歳は二十代前半頃で、ほっそりとしながら筋肉がちゃんと付いている手足を持つ、女性らしい精悍さがある引きしまった輪郭の顔。誰かを探している切れ長の目と、通った鼻筋と赤々とした唇に、三つ編みにした金髪。

 身体には隣にいる男性の鎧よりも華美に装飾された軽金属鎧を着て、手には真っ白な盾を持ち剣らしきものを帯びている。

 その以前見たことのある姿に、テグスは思わずうめき声に似た呟きを漏らしてしまった。

 呟きが聞こえたのか、女性がテグスに顔を向ける。

 獲物を見つけた肉食獣のような笑みを浮かべて、女性が男性を伴って近づいてきた。


「やあ、少年。久方ぶりだ」


 古臭い男性口調で語りかけてきた女性に、苦手意識から思わずテグスは頬を引きつらせる。


「ベックリアさん、どうして《迷宮都市》にいるんですか?」


 女性は、前の人狩りの季節の時に出合った、《正義の盾》の称号を持つ《ザルメルカ王国》の叙勲騎士のベックリアだ。

 軍とともに帰った筈なのに、《迷宮都市》で再び会うなんて、テグスの予想外だった。

 嫌そうなテグスの顔を見れて満足なのか、ベックリアはにこりと笑いかけてくる。


「なに、また上司に君を勧誘してこいと仰せ付かったのだ。可能ならば、仲間も同時に引き抜いて来いとね。少年が居そうな場所は、ご母堂殿に聞いたのだ。たまには顔を出せと仰っておいでだったぞ?」


 テグスの脳裏に、楽しげに微笑むレアデールの姿が思い浮かんだ。

 思わず眉を寄せてしまう。


「用件は分かりました。でも、十三歳だと入隊するには、歳が足りないんじゃなかったんですか?」

「然り。兵士隊は十四から、予備騎士は十六からの齢が必須なのだ。だが、本年度で十四になるのだから、兵士隊へ勧誘して来いと言われ已む無くだ」


 童話やお話で英雄として扱われる騎士に、勧誘なんてやらせていいのだろうかと感じながらも、テグスは聴きなれない言葉に首を傾げる。


「年度、ですか?」

「年度の意味を知らぬか。我が《ザルメルカ王国》では、一巡年の始めを春とし、終わりを冬として設定している。この括りを年度と呼称しているのだ。他の国では、収穫の秋を始めとしたり、冬の初めを年終わりとしたりして、ややこしいので区別のためだ」


 《迷宮都市》にはあまりない考え方なので、テグスは少しだけ感じ入った。


「つまり、この春から次の冬までに、僕が十四歳になるから勧誘しろということですか。お断りします」


 理由を納得出来たテグスは、にべもなく勧誘を断った。


「ふむ。武具は更新されて《迷宮》を征くのが順調そうゆえ、誘いに乗らぬと分かっていたがな」


 ベックリアは残念そうでありながら、断られて安心したような表情をしていた。

 彼女に付き従っている男性二人は、誘いを断ったテグスに、少しだけ険を含んだ目を向けている。

 テグスが少し警戒していると、唐突に肩を掴まれそうになり、身体を捻って振り向く。

 そこにはジョンが立っていた。


「おい、あの人たちは一体誰だ?」


 相変わらず騎士風を心がける口調に、テグスは苦笑しながらベックリアへ手の先を向ける。


「この人は、《ザルメルカ王国》の叙勲騎士のベックリアさん。《正義の盾》って呼ばれている凄い人らしいよ」

「少年の蛮行のお陰で、《透け盾》や《艶盾》などと男から変な陰口を叩かれているがね。君らも言った事があるのだろう?」


 お供の男性二人にベックリアが視線を向けると、大慌てで首と手を振って否定し始める。

 苦労しているようだと、テグスは過去の行いを棚上げした感想を抱いた。

 すると再び、ジョンがテグスの肩を掴もうとしてきたので、軽く避ける。


「なんだよ、何回も」

「俺をあの方へ紹介しろ」

「……あーあー、そういえば騎士になりたいんだっけ?」

「そうだ。このような機会は二度とないかもしれん!」


 ちらりとテグスがベックリアに視線を向けると、話が聞こえていたのか不適な笑みを浮かべていた。


「ならば、勧誘するに相応しいかどうか、実力を測らせてもらう。少年、良い場所に心当たりはないか?」

「この時期は、春を楽しむ人がどこもかしこも居るから、《迷宮》の一層ぐらいしか人が居ない場所は無いね」

「ふむ、ならば近場の《迷宮》に案内してくれたまえ。目に適った暁には、この叙勲騎士のベックリアが直々に勧誘してやろう」


 ジョンは騎士になれるかもと張り切り、ベックリアも決めた事を曲げそうにない。

 テグスはハウリナたちに買い物を止めねばならないことを目で謝罪してから、《中三迷宮》へ案内し始めたのだった。



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― 新着の感想 ―
「テグスはハウリナたちに買い物を止めねばならないことを目で謝罪してから、《中三迷宮》へ案内し始めたのだった」 テグス達は、関係ないのだから買い物を続ければよかったのにと思う。
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