144話 買い物日和
翌日。
テグスたちは、別行動中のアンヘイラ以外の全員で、《外殻部》の街並みの中を散策していた。
なぜ《中心街》に行かないかというと――
「さあさあ、流通が再開した初物だよ。珍しいものもあるよ!」
「珍しいものならうちだって負けちゃいないよ。遠方の品があるぜ。次にいつ見れるか分からない品だ!」
「遠ければいいってもんじゃないよ。近場でもいいものは沢山ある、見てってみてって!」
《外殻部》が商人が中心で活動している区域であるため、街道が再開通した春先の季節は一番活気がある。
厳しい冬を越した祝いで羽目を外したがっている人々に向けて、内外の商人たちが盛大に売り込みをかけている。
「エールだ、エールを樽で買う! だから少し負けてくれ!」
「燻製した魚の油漬けだ! そっちじゃない、香辛料の入った方だよ!」
「この外套とその短剣を交換してくれ。足りないってか、チッ、足元を見やがって。分かったよ払うよ!」
呼び込みに乗って、住民と思わしき人たちと《探訪者》らしい服装の人たちが、大勢商店に詰め掛けて取引している。
「はー。地上の街とは、こんなにも騒がしいものなのでございますね」
「ここらの商人たちは、売った商品で得た資金で《魔物》の素材を買い集めて、戻った国元で素材を売ってもう一稼ぎ。って人ばかりだからね」
呆気にとられている様子のウパルに、テグスは苦笑いを浮かべて説明する。
「外からいらしている方たちなのですね……」
「《迷宮都市》にしかいない《魔物》とかもいるし、冬の間は道が閉ざされていたから、需要が高くなって高値で売れるだろうからね」
実際に、店先で持ち込んだ《魔物》の素材と、物々交換をしている場所もあった。
売り買いする喧騒を横目に、テグスたちは通りを一本外れた道へと入る。
この道の両側には、屋台や露店がずらっと道の奥まで立ち並んでいる――自由市場だ。
こちらも先ほどの場所と同じように、商人が呼び込みをしている。
通りがかった人たちは売り口上に耳を傾け、商品に目を向けていた。
「なんだか、見たことないもの売ってるです」
「掘り出し物のお酒がありそうな気配がするの~」
屋台や露店に広げられた品々は、色々な物がやってくる《迷宮都市》でも、見かけたことの無いものが多くある。
「変り種や珍しいものはこっち側に多いんだよ。前に短剣入れに使っていた箱鞘も、こういった露店で買ったんだ」
「欠けた壷など、何に使う積りなのか理解しがたいものがございますが?」
「商売を続けていて、集まってしまったガラクタを売りに来る人もいるんだよ」
良い物や悪い物が混在した市場の中を、テグスたちは歩きながら商品を物色していく。
道の途中途中に、《探訪者》と思われる二人組が、道行く人々に鋭い視線を向けている。
「テグス様、あの方たちは何故ああしていらっしゃるのでしょう?」
「この自由市を取り仕切る商会からの見張りだろうね。人が多いから、いざこざがかなり起きるし――」
テグスの言葉を遮るように、大きな喧騒が上がった。
「手前ェー! つり銭詐欺なんて、随分な真似してくれるなァー!!」
「《探訪者》は数が数えられないとでも言いたいのか!!」
「すみません、すみません。こちらの単なる数え間違いなんです!」
露店主の襟首を掴んで吊り上げている男たちの方へ、鋭い視線の二人組みが近寄っていく。
彼らが持ち場を離れた瞬間、こそこそと盗みを働こうとする人たちが出た。
何人か財布や露店の品を盗むことに成功したようだが、不運な何人かは見咎められてしまう。
「ぎゃああああああああ!」
「悪い手が直らないように、複雑に折ってやったぜ。感謝しな」
「お前は女か。なら迷惑料を身体で払ってもらおうか!」
「止めて、悪かったから。やだ、やだーーーーー!」
治安が《雑踏区》よりも良いとはいえ、《外殻部》も無法地帯に変わりはない。
盗みを働いた者たちを、見抜いた被害者たちが身勝手に裁いていく。
哀れな盗人から上がる悲鳴は、止まることのない喧騒の中に解け消えていった。
「――冬明けで住民も気が立っているから、制裁に容赦がないんだよね」
「こ、怖い場所でございますね」
「大丈夫だよ。盗みをしたり、喧嘩を売らなければ、《外殻部》では生き死にに発展することは少ないから」
説明を証明するように、肩がぶつかった二人の男は、お互いに少し顔を見合わせた後で軽く会釈して別れた。
「これで春先の《外殻部》のことは分かっただろうから、買い物巡りをしていこう」
「わふっ、美味しそうな物を食べるです!」
「お酒を探すの~。珍しいものか、酒精が強いものが欲しいかな~」
「僕は掘り出し物狙いで、ガラクタを見ていこうかな。ウパルも気になった物があれば言ってね。お金払うから」
「え、あの、はい。ではお言葉に甘えさせていただきます」
最初は遠慮気味だったウパルも、楽しげにするハウリナとティッカリの雰囲気に合わせた。
「おっちゃん、それ美味しそうです!」
「ケジャイークという、香辛料を塗った牛と豚の薄切り肉を交互に串に刺して炭火で焼く料理だ。削いだ肉だけ食べても、パンに挟んでも美味いんだぜ」
「肉だけほしいです、銀貨一枚です!」
「まいど。銀貨一枚分を、こちらのお嬢さんがお買い上げだぜー! 早くしないと無くなっちまうぞ!」
周囲の興味を引くように、屋台の店主が大声を上げる。
葉を器にした中に入った熱々の削ぎ肉を受け取り、ハウリナは嬉々として指で肉を掴んで口に入れる。
美味しいそうに食べるハウリナの姿を見て、興味をそそられた人たちが屋台に集まってきた。
「早くしないと本当に無くなるぞー! この香辛料は《迷宮都市》にないから、次はいつ食べられるか分からんぞー!」
集まった人たちへと、店主は忙しそうながらも嬉々とした表情で売っていく。
テグスはハウリナに近寄り、目で食べていいかを尋ねる。
構わないと葉の器を差し出してきたので、一つまみ分の肉を口に入れる。
舌にピリッとした感覚の後に、粉末薬のような苦味と香草のような匂いが広がり、牛と豚の美味い脂が刺激を包んで緩くしていく。
味を吟味して、テグスは牛肉と豚肉は《迷宮都市》の《迷宮》に出る《魔物》の肉だろうと判断した。
一方で、不思議な刺激と匂いの配合された香辛料は、確かに《迷宮都市》の商店では並ばないものが多く含まれているようだった。
「おい、その獣人のお譲ちゃん。揚げ芋や揚げ玉ネギはどうだい、美味しいぞー」
「獣人が野菜を好んで食うものかよ。こっちは串焼きだぜ、食べてみてみなよ」
「良いとこ取りで、水溶き小麦粉と肉と野菜を混ぜ合わせて焼いた鉄板焼きだけど、いらないかい?」
ハウリナが味方につけば売り上げが上がると思ったのか、方々の屋台の店主から呼び込みが始まった。
「ふんふん。鉄板焼き、貰うです」
「おおー、まいどまいどー!」
匂いを嗅ぎ比べたハウリナは、鉄板焼きだけを選んで購入する。
がっくりとうな垂れる他の店主をよそに、テグスはそっとハウリナに近寄った。
「鉄板焼きだけ買った決め手は何だったの?」
「他の二つ、揚げただけ、焼いただけ、だったです」
食べてみてとばかりに突き出された鉄板焼きに、テグスは軽く口を付けてみた。
焼いた小麦の味と野菜と肉の味に、塩や少量の香草の匂いがする。
どうやら、素材に下味があったかどうかが、ハウリナの購入の決め手だったようだ。
混雑し始めた屋台を離れて歩いていくと、ティッカリが目の色を変えて一つの露店へと突き進んでいった。
「これ~、なんのお酒なの~?」
露店には大小の樽や陶器製の瓶が、所狭しと並べられている。
「おっ、頑侠族のお嬢さんか。これはな酒精の高い酒でプライムっていう果実を漬けたものだ。酒で飲んでよし漬けた果実を食ってよしっていう、とある雪深い地方で冬篭りの時に作られるもんなんだ」
味見として、ティッカリの掌に数滴果実酒を垂らす。
ぺろっと手を舐めたティッカリは、垂れ目を思いっきり見開いた。
「気に入ったから、小樽ごと買っちゃうの~」
「お買い上げどうも。花を漬けて、香りを際立たせた変わり種もあるけど、どうするよ?」
「なら~、これで買えるだけ買うの~」
ティッカリが取り出したのは、金貨が二枚。
露店の店主は満面の笑顔で受け取ると、ティッカリが気に入りそうな酒が入った樽や瓶を渡した。
「沢山買ってくれたからな、これも持ってってくれ」
需要が高い酒でも変り種が多くて売れてなかったのか、ここぞとばかりにオマケまで付けてくれた。
「むふふ~、珍しい種類のお酒が、沢山買えちゃったの~」
ティッカリは背負子に、買い集めた樽や瓶を山のように載せる。
「《探訪者ギルド》に預金してるのに、よく金貨なんて持ってたね」
「お酒は一度買いそびれると、二度と出会えないことがあるから、用意していたの~」
「こんなに飲めるです?」
「お休みの間に、飲みきっちゃおうかな~」
「二日酔いになった時は仰ってくださいね、薬湯を煎じますから」
買い食いを適度にしつつ少し道を進むと、脇道のあたりにひっそりと敷物を広げている露店があった。
並べられているのは金属製の道具の類だが、一見するとガラクタにしか見えない。
そのガラクタにテグスは好奇心をくすぐられ、露店に近寄った。
「見せてもらっても良いですか?」
「んー? ああ、構わないよ……」
商売をする気概のなさそうな店主だが、テグスは構わず商品を見ていく。
装飾の無い腕輪、杖を半分に切ったような持ち手つきの金属の筒、細長い金管の横笛、火箸のような細い棒、などなど。
一見すると共通項がなさそうに見えるが、魔石が道具のどこかにあるのに気がつく。
「ここにあるの、魔道具ですか?」
魔道具は、《中町》の明かりにも使われている、魔石を動力源とした少し変わった道具のことである。
「ああ。ちょっと、いわくつきの品だ」
つまり、盗品やそれに近い出所の道具らしい。
「手に取って見て見てもいいですか?」
「ああ。盗もうとしなきゃいい」
店主は腰元の短剣に手をかける。盗もうとする素振りを見せたら殺す積りなのだろう。
テグスは元から盗む積りは無いので、気負いもなく商品を手に取って眺めていく。
腕輪は縁に仕込まれた針が飛び出す仕掛けがしてあった。横笛は特に仕掛けは無く、吹いたときに何かの効果がありそうだ。
他も少し見れば、どんな物か予想がつく。
ただ、テグスでも分からなったのは、金属の筒と細い棒の二点だ。
「この二つ、どうやって使うんですか?」
「魔石があるなら、使って見せてやっても良いぞ」
見物料ということだろうと納得して、テグスは小さめな魔石を二つ店主に手渡す。
「先ずは、この筒の方だな。これは仕込み杖の類で、短く細い鉄矢を打ち出せる」
「弦は張ってないのに打ち出せるんですか?」
「魔石の力で、筒に空気を送り込んで矢を出すんだ。吹き矢を大きくした感じだ」
筒の持ち手を掴んだ店主が、脇道の家壁に切っ先を向ける。
ぷひゅっと空気が狭い場所を通る音がして、筒から飛び出てきた鉄の短矢が壁に当たった。
だが、壁の硬さに負けて弾き飛ばされる。
「発想は良いと思ったんだが、見ての通り威力不足だ」
「一発しか撃てないのも問題だと思いますけど?」
「一発だけでいいんだよ、護身用か暗殺用だからな」
続いて取り出した火箸のような細い棒を手に持った。
「これは先端に熱を生み出すことが出来る」
店主が持つ棒の先端が直ぐに赤熱し、陽炎のような揺らめきが起きる。
「だが、魔石の消費が激しくて長く使えない」
「薪に火を点けるなら、魔術がありますしね」
「いや、これは拷問用だ。一々火箸を温めるのが面倒だと意見があったんで、作ったやつだ」
説明から察するに、この店主は魔道具製作が本業のようだ。
《迷宮都市》は魔石の産出地だが、武器防具の製作ばかりで魔道具の開発に力を入れていないので、恐らく外から来た人だろう。
そして、並べられている商品は、要望に沿えず依頼主からつき返された、ガラクタの魔道具らしい。
「それで、何か買ってくれるのか?」
見物料でテグスが魔石を二つ払ったからか、少し期待している目を向けている。
テグスは装備に満足しているので要らなった。
でも、少し手を加えたら面白いことが出来そうなので、筒の魔道具を買ってみようかと思った。
「この筒の魔道具はいくらですか?」
「銀貨十枚――いや、五枚でいい」
銀貨十枚と聞いたテグスの興味が消えそうになったのを悟って、店主が慌てて訂正した。
使えなくても魔道具なのだから、銀貨五枚ならお買い得だとお金を支払い、筒の魔道具を受け取る。
一つだけでも売れてほっとしたのか、店主の顔が若干緩んだ。
苦労してそうだなと思いつつ、テグスは露店から離れた。
「それ、どうするです?」
「矢を放つためなら、機械弓買ったほうが良いの~」
「杖にするのならば、本式の杖をお買いになられた方がよろしいのではございませんか?」
「考えがあってね。ちょっと分解して確認してみて、考えに合わなさそうなら、孤児院のお土産にでもするよ」
テグスは悪戯っ子な笑みを浮かべながら、無造作に背負子の中に筒の魔道具を入れたのだった。




